アリオスがこの十二月革命に関与することになったのは、本当に偶然だった。
一か月近い必死の遺跡探索を経て、ようやく目的のエスクードソードを手に入れたアリオスとコーラは、本当に真っすぐラグナロックアークへ向かった。
それは当然、セナを迎えにいくためである。
ひどい顔をしたセナがラグナロックアークに残ってゼスのために働くと言った時、アリオスは少し心配したが、前に思い至ったように過度な心配はセナへの侮辱と思い直し、彼女を置いてエスクードソード探索へ乗り出した。
少し寂しい気はしたが、セナの選択を尊重しようと思ったのだ。
あれからたった一か月。国を変えるにはあまりに少ない時間だろう。セナが言っていたようなゼスを救うようなことは少しも出来ていないかもしれない。
しかし、アリオスは再びセナに会い、魔王討伐への同行を頼むことに決めた。
あの日見たセナの顔色があまりに悪かったからとか、魔王討伐に彼女の力が絶対に役に立つからとか、そういうもっともらしい理由はある。
それ以上に、セナと共に旅がしたい。そんなシンプルな感情があった。
コーラも「せっかく方向音痴がいない旅の快適さを思い出してきたところなのに」などと言っていたが、同行を止めるようなことは言わなかった。
そうしてセナを迎えにラグナロックアークに向かう途中、この大騒動とぶつかり、勇者として──あるいはお人よしのアリオスとして──解決へと向かったのだ。
初めのうち、アリオスは暴徒と化した二級市民を無力化することでこの惨劇を止めようとした。
だが途中で暴徒たちが二つの勢力──暴動を激化させようとしている者たちと、止めようとしている者たちに分かれていることに気が付くと、後者の方と手を組み事態の迅速な解決を目指した。
アリオスが魔法使いからかばった女性。彼女はその暴動を止めようとしているグループの中でも特に実力のあるメンバーの一人だった。
「大丈夫かい?」アリオスは言った。
「ええ。ありがとうございます。油断しました」
「仕方ない。これだけの騒ぎだ。集中力もそがれるだろう」
「その方は」斬られた魔法使いを見ながら女は言った。
「ああ、問題ない。生きてるよ。この剣、結構なまくらだから」
「そうですか──」
殺気。
アリオスは咄嗟に剣を構える。偶然、剣を構えたその場所に攻撃が飛んできたために、どうにかそれを受けることが出来た。しかし、受け切れず、アリオスは五歩分も後方へ吹き飛ばされる。
即座に敵の方を注視して愕然とする。
斬りかかってきたのは間違いなくセナだった。以前演技でそうした時とは比べ物にならないほどの殺意を漲らせている。目は血走り焦点が合っていない。記憶の中の笑顔とは全く似つかぬ表情だ。それでもセナだった。
「どうして……」
アリオスが思ったと同時に彼と対面するセナが同じ言葉を漏らした。
「そいつらに味方するの……?」
セナが続ける。ひどい緊張状態にあるためか、彼女の奥歯がガチガチとなっている音すら聞こえる。
そして追撃が来る。
アリオスには行動の起こりさえ見えなかった。しかし、勇者の持つ特性ゆえに偶然防御が成功する。
──初撃は誘導に使った方がいいね。ある程度強い相手にはそっちの方が戦いやすいよ。
走馬灯のようにいつかセナと話したことが思い出される。
アリオスは今度は意識的に防御を遂行し、セナの二撃目を受け切った。
されど相手は人類最強。加速しながら更に五回斬りつける。
アリオスはなんとかそれをいなす。半年前の彼だったら、とっくに倒れ伏しているだろう。
まだ来る!
アリオスはそう思い覚悟する。しかし、追撃は来ない。セナの手が止まったのだ。すぐにアリオスはセナから距離を取る。
セナの息が切れている。なぜかそんなことばかりに目が行った。初めて見る姿だ。
「どうして……」
再びセナはそう言った。やはりアリオスの気持ちと一致する。
セナが震える指でペンタゴンの女を指さした。
「そいつらは悪い奴だよ……? みんな殺しちゃうんだよ? 平等なんて嘘なんだよ?」
掠れた声を聞いて、アリオスはセナの身に起きたことを想像した。
ともかくひどいことが起きて、彼女はどうしようもなく錯乱しているんだ。
「違う──」
そういう者たちもいる。しかし、ペンタゴンの中にはこれを止めようとしている人もいるんだ。
アリオスの説明は一言で剣によって遮られた。
前置きの否定。ただそれだけに反応して、セナは神速の一振りを放つ。
あまりに真っすぐな死の刃は、勇者が死なないという特性ゆえに、かえって外れるように振るわれ、一片の傷もつけなかった。
しかし、そんな剣を向けられたという事実はアリオスの精神に多大なショックを与える。
「違わない!!!」狂ったようにセナが叫んだ。
必殺の剣が振るわれ、やはり必殺ゆえに空を斬る。その特性を知っているはずなのに、セナは何度もそれを続ける。
「みんな、みんな殺すんだ!! 踏みにじるんだ!!! こいつらは!!! こいつらも!!! みんな!!!」
「ま……! セナ……! 落ち着……!!!」暴風雨のような剣撃に晒されながらアリオスは言葉を吐き出す。
「それなのに!! そんな奴らなのに!! なんでそっちにいる!! なんであなたがそっちに!!」
「勇者だからだ!!!」
アリオスは叫び、初めてセナの剣を押し返した。
二人の間に沈黙が生まれる。それを破ったのはアリオスだ。
「俺たちは決めたはずだ。勇者として目的を果たす。でも、その道すがらにある人助けは全部拾っていくと。それが俺の勇者で、君が認めた勇者だったろ。だから、俺はここにいる。このひどい戦いを止めるためにここに」
アリオスはセナを見る。彼女がどう思っているのかわからない。
それでも話をつづけた。
「確かにこれを起こしたのはペンタゴンだ。だが、彼らも一枚岩じゃない。この人はこれを止めようとしてる。居るんだよセナ。ここには人助けのために命を懸けて頑張れる人たちが」
アリオスはセナに話し続ける。
「俺たちと別れた一か月で君がどんなひどいことを見てきたのか。俺にはわからない。だから、話してくれ。俺もこっちのことを話す。それから、また一緒に冒険しよう。それでまた誰かを助けよう。コーラは文句を言うかもしれないけど」
アリオスは話し、セナは聞いていた。先ほどまでの狂乱ともいえる状態とは違う。セナは言葉を受け止め、咀嚼しているように思えた。
ついにセナはアリオスを見た。そして見覚えのある柔らかい笑顔を見せる。
「ごめんなさい、アリオス君。もう無理よ。私はもう
「違う……! 君は……!」
「止められないの。そうしたいのよ。そうしなきゃらならないと思ってるのよ。出来てしまうのよ」もうセナはアリオスではなく己の剣を見ている。「私はゼスの敵……人類の敵……勇者の敵……」
「そうじゃない! そうじゃないだろう!」
「私はこんな国滅ぼしたいのよ!! もう!! 救ってなんてやりたくないのよ!! 止めてみなさいよ!! 勇者でしょう!!!?」
この場に居る者どころか、この町にいるすべての人間に悪寒が走るほどの殺意がセナの体から迸った。
すべての人間の動きがわずかに硬直するほどの圧力だ。
停止した時間の中で、アリオスとセナの二人だけが動いていた。素早く激しく。しかし、互いの激情に比べれば、スローなダンスのようだった。
「ビリー・ギ──」
「──二式ショウキ!!」
ついに勇者は勝利した。墜ちた英雄は地に伏し、静かに血を流している。
アリオスは呆然とその姿を見ている。自分が立ち、彼女が倒れるその光景はあまりに信じがたいものだった。
「お疲れ様です」どこからか現れたコーラが言った。「まさか勝つとは。彼女がその気になれば、本当にゼスを滅ぼしかねない。お手柄ですね」
「違う……!」アリオスが言う。「セナは出来たはずなんだ。何百通りでも、何千通りでも……俺に勝てる戦い方が出来たはずなんだ! それなのに、あの時と、ガヤの時と同じ斬り方をしたんだ! だから、だからきっと──」
勇者は一度見た必殺技を見切る。その特性をセナが忘れるはずがない。
「──だからなんですか? あの時と同じく演技とでも? 演技ではありませんよ……演技であれだけの殺気は出せません。セナ・ベリウールは勇者の敵になったんですよ」
「コーラ!!」
アリオスは自らの従者に向き直った。彼の表情に感情は見えない。憤りでも失望でも、嘲りでも悲しみもなにも見えない。
その不明さに勇者は彼の心を見出した。
「……いや、すまない」アリオスが言う。「これから──」
再びセナの方に視線を向けた時、いよいよアリオスは驚愕した。
消えている。音も気配も感じさせず、セナは大量の血痕だけを残してこの場から姿を消していた。
「──セナ!?」
思わず、アリオスが彼女を探し回ろうとしたその時、コーラの声が妙に鮮明に聞こえた。
「いなくなってしまいましたね。
激流のように思考がアリオスを駆け巡る。
ほんの一瞬の間にいくつもの考えが浮かび、消える。
「俺は……勇者だ」
「はい」
「……このクーデターを止める。そうすればきっとゼス国王は俺により多くの協力をしてくれるだろう」
「セナ・ベリウールはどうしますか? ほっておけば、国中殺すかもしれませんよ」
「あの傷だ。回復には時間がかかる」
「彼女は神魔法が使えますよ」
「セナの神魔法は素早く使えない。知ってるだろう?」
「……いいでしょう。お供しますよ。勇者アリオス」
アリオスは一度だけセナが倒れていた場所を見てから歩き出した。
こうして半年前に結成された勇者と英雄のパーティは終わりを告げたのである。
〇
血まみれのセナが森の中を歩いている。魔法によって傷は塞がっているものの、ほとんど休息を取らずに二日近く動き続けているので、足取りは重い。
常に朦朧とした意識の中で、セナは目的地に向かって歩き続けていた。たどり着けるはずもない。そんな諦観があったが、それでも歩き続けている。
まるで
「あ……」
見覚えのある川を見つけたことをセナは奇跡のように感じた。
覚えている。
この川を下っていくと、大きな木がある。その木を側には細い道があるので、その道に入る。道にはいくつもの分かれ道があるが、曲がるのは二つ目だ。そこから道をずっと進むと再び森へぶつかる。だが心配することはない。道はそのあとも続いている。草木に囲まれているその道を進むとようやく小さなトンネルが見える。それを抜けると目的地だ。
その道順は何度も何度も通ったために、方向音痴のセナであっても覚えていた。
トンネルの暗闇を抜けた時、突然その家が見えるのが、小さい頃大好きだった。
冒険のようで、しかし、慣れ親しみ、愛していた。
体を引きずりながら、トンネルの暗闇を進む。ゆっくりとゆっくりとしか進めないが、確かに進んでいる。
ようやくトンネルを抜ける。
「あ……」
何もなかった。そこには何もないのだ。
父と母、メルドロス、そして、セナが過ごしたあの屋敷はほんの少しも残っていなかった。
もはや叫ぶこともしなかった。自分の感情の動きにさえ、耐えられなかった。
セナはただうずくまる。
そして、永遠に目覚めないつもりで眠った。
〇
「っあ!!」
目覚めは実に鮮烈極まるものだった。
痛みと熱を感じる。何か魔法をかけられているのか、体もひどく動かしづらい。
戦ってる! しかもかなりピンチ!
状況を把握するために、あたりを見ると、そこには知った顔がいくつもあった。
ランス、シィル、マリア、志津香なんかの以前からの友達。プリマやモロミ、セスナ、ロッキーなんかのアイスフレーム。カオルやウィチタ、パパイア、果てはガンジー王なんかのゼス上層部。
明らかにそろいすぎな面々は、みんながみんな、セナの顔に注視していた。
もしかして、私がみんなと戦ってんの?
ふと思った考えは当たっているようだ。
「これって、どーいう状況?」
痛みを誤魔化すように、セナは冗談っぽく笑った。その顔はかつてのセナそのものだった。
このゼス編を書き始めてから、ただでさえ好きだったアリオス・テオマンがより好きになりました。
長きにわたる回想編終了です。