くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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希望的観測

 ゼスの国家会議室には、いつもとは違うメンバーが集まっていた。皆が同志たるガンジー王派の実力者たちだったが、誰もがひどく暗い顔をしている。

 助手のキャロットに支えられながらも、腕を失ったばかりのパパイアが長々とした説明を終える。

 それはこの一週間の調査結果だった。対象はアニス不思議迷宮へ閉じ込められたセナ──あるいはノミコンだ。

 

「では、失敗したと?」

 

 説明を聞き終えたガンジーが言った。ノミコンにやられた怪我は治ったものの、万全とはいいがたい。

 

「はい。想定よりも奴が迷宮を攻略する速度が速く、十分な結果が得られませんでした」

 

 淡々とパパイアは言葉を出したつもりだったが、やや震える声は彼女の動揺を物語っている。

 

「黒色破壊光線まで使えるようになっては、そうなるのもやむ無しだろう。むしろ、アニス、パパイア両名ともよくもたせてくれた。だが、もはや猶予はない」

「……はい」パパイアが答える。

「これより先は奴を……いや、セナ殿を討伐する方向に舵を切る。よいな」

 

 その場にいる誰も否定の声を上げなかった。だが誰も進んで肯定しなかった。

 

「パパイア、彼女に対する対抗策はある?」

 

 セナとつながりの薄い山田千鶴子があえて自分から話を切り出す。

 

「ええ。元々作戦が失敗する可能性も考えて、もっと強引に彼女を無力化する方法は考えてるわ」

「では、それを詰めましょう」

「……問題があるのよ」

「どんな?」

「ノミコンの適応速度よ。私はあいつがセナちゃんの体に慣れるまで、もっと時間がかかると思ってた。でも実際は……あまりに速いわ。想定をはるかに超えてる」

「……戦力が足りないってことね」

 

 話に聞く最強の冒険者を想像しながら、千鶴子は言った。その言葉にパパイアは頷いた。

 

「軍部に話を隠して協力させたらどう? 何人か、黙って協力してくれそうな人材に心当たりがあるけど」

「どうかしら……将軍レベルなら戦力として数えられると思うけど」

「兵たちでは無意味ってこと?」

「セナちゃんは足切り能力が異常なほど高いわ。一定以上の力がなければ、おそらく千人いても歯が立たない」

「そこまで……さすがに将軍レベルを複数人連れてくるのは無理よ。一人ならなんとかなるかもしれないけれど」

「……満更戦力にあてがないわけじゃないの」

「どこにそんな戦力が?」

「アイスフレームよ」

 

 わずかに会議室がざわつく。

 

「ちょっとまって、確かに話に聞くアイスフレームには、それなりの戦力が集まってると思うけど、将軍レベルが複数人といえるほどではないはずよ」千鶴子が言う。

「ええ、そうね。でも、ノミコンはセナちゃんの顔見知りを殺せない。殺すレベルの攻撃は仕掛けられないの。その弱点を一番活かせるのは、間違いなくアイスフレームだわ」

「その性質はどんどん弱まってるって話だったと思うけど?」

「ええそうね。でも、そこを利用できないなら、そもそも勝つのは不可能よ。たとえ希望的観測だろうと彼女が顔見知りを殺せないという前提でしか、作戦なんて立てられないわ」

「……状況は最悪ね。どうやって、アイスフレームとセナ・ベリウールを戦わせるの?」

「……カオルちゃんに誘導してもらうしかないわね。噂のグリーン隊を」

「待ってください!」ウィチタが思わず口をはさんだ。「カオルはただでさえいまアイスフレームで疑いの目をかけられているんですよ。誘導なんて不可能です!」

 

 お銀=セナであることを説明する際に、カオルは彼女と冒険者時代に知り合いだったという設定──嘘ではないが──をアイスフレームの面々に話した。

 なぜこの状態のセナをアイスフレームに参加させたのか。そもそも、なぜリーザスの英雄がゼスにいるのか。それらについての追及を、カオルは強引に躱さざるを得なかった。

 結果として、彼女はいまアイスフレームメンバーからの信用を失いつつある。つまるところ、リーザスからのスパイか何かだと思われているのだ。

 

「どんな手を使ってでもやってもらうしかないわ」パパイアが苦々しく言った。「出来なきゃゼスは滅ぶ。あの子にこの国を滅ぼさせてしまうのよ」

 

 パパイアの言葉には言外にカオルの命を捧げさせる意図があった。

 言葉を発しようとしたウィチタをガンジーが手で制する。

 

「アイスフレームを誘導し、なし崩し的にセナ殿と我々の戦いに共闘させる。それは可能なのか?」

「……報告に上がっているグリーン隊隊長の人となりを考えるに、出会わせさえすれば、可能かと思われます」

「そうすれば、どれほどの確率でセナ殿を打倒できる?」

「……おそらく10%ほどかと。それも先ほど話題に上がった性質が失われていなければですが」

「わかった」ガンジーは強くそう言った。「カオルにアイスフレームの者たちを誘導させる。我々は彼らと共にセナ殿と戦い、これを討伐しなければならない」

 

 その言葉で会議の方針は決定された。

 パパイアは立てられていく作戦に頭を使いながら、それでもセナを諦めきれずにいた。

 しかし、時間は無慈悲に過ぎていった。

 

 

 〇

 

 

 もうずいぶん日の暮れた時間に、カオルは一人、与えられた部屋で考え続けていた。

 

 カオルはグリーン隊の誘導任務を受けた時、それが自分の生涯最後の任務になることを覚悟した。

 この任務が成功すれば、自分はグリーン隊の人間たちと共にセナと戦うことになる。きっと死者を出さずに戦いが終わることはないだろう。そして、誰かが死ぬならば、自分はその最前列に立たなければならない。そう考えていた。

 また任務が失敗すれば、ただでさえ怪しまれている自分は、今度こそ敵対勢力の人間であることを看破されるだろう。そうなれば、命はあるまい。

 

 いや、もしかするとランス隊長は私の命を奪わないかもしれない。

 

 ふとそう思って、カオルは己の無恥さに辟易した。

 自分には責任があるはずだ。セナ・ベリウールという人類史でも類を見ない英雄を人類の敵へと変えてしまった責任が。

 任務の成否がどちらに転んでも、自分はその責任を取らなければならない。

 

 そんな風に思ってから、カオルは首を振る。

 

 自分の命などとくだらないことを考えるな。失敗することなど許されていない。私の行動でゼスの命運が決まってしまうのだ。

 問題はどうグリーン隊を誘導するか。いまの信用が足りない自分に、どんな手が取れるのだろうか。

 

 カオルの頭はひたすら回転し続ける。無数のアイデアが生まれては消えていく思考の奔流を止めたのは、控えめに鳴ったノックの音だった。

 

「! はい、ただいま」

 

 誰だろうか、こんな時に。ランス隊長だろうか? いや、あの人はノックなどしないか。

 カオルは扉を開き、面食らう。

 

 扉の外にいたのは、このアイスフレームのリーダーである──実際のところは神輿に過ぎないが──ウルザ・プラナアイスだった。

 車椅子に乗っている彼女が一人でこんな時間に。いや、そもそも彼女が一人で出歩いていること自体が普通ではない。いったい何があったというのだ。

 

「──どうしましたか?」内心の混乱をおくびにも出さずにカオルは言った。

「いえ……その……」

 

 ウルザは黙ってしまった。こんなところをほかのメンバーに見られてしまっては、余計な勘繰りをされるのではないかとカオルは焦る。

 

「……いえ、ごめんなさい。なんでもないんです。気にしないでください」

 

 長い沈黙の後、ウルザはそう言った。

 引っかかるところはあるが、今は時間が欲しい。去ってくれるならば、そのまま行かせる方がいいだろう。

 そう思っているのに、カオルの口からは正反対の言葉が出ていった。

 

「お待ちください。せっかくいらしてくださったんです。少しお茶でもしませんか?」

「え? えっと……わかりました」

 

 カオルはウルザを招き入れ、お茶を淹れた。その間、どうして自分はこんなことをしているのだろうと問い続けたが、答えは出なかった。

 ただウルザの思いつめた顔に思うところがあったというのは事実だった。

 

「おまたせしました」お茶をウルザの前に出しながら、カオルが言った。

「ありがとうございます」

 

 ウルザはお茶を受け取り、少し口を付けた後、波立った水面をじっと見つめていた。

 なにか考えているのだ。それがどんな内容なのか、カオルには全くわからなかったが、何もしなければ、彼女はこのままただ考え続けるだけでこの場を終わらせてしまうだろうと思った。

 

「ウルザ様は緑茶はお好きですか?」

「え?」

「この緑茶ですよ。今飲んでるやつです。ゼスではあまり見ませんが、たまたま手に入れることが出来ました」

「……おいしいと思います」

「アイスフレームでは基本的に紅茶ですから、お口に合ってよかったです……ランス隊長なんかは他にも色々見つけてきて飲んでるみたいですが」

「……あの人は、とても自由な人ですから」

「そうですね。やっぱり、冒険者だからでしょうか」

 

 それから少しランスの話で会話は続いた。

 その中でなんとなくカオルはウルザが何を気にしてここに来たのか思い至った。

 

「……お銀様のことで何かお話が?」

 

 藪蛇だ。

 心の中でそう言うもう一人の自分を無視して、カオルはあえてそう問いかけた。

 ウルザはその質問に明らかに動揺する。

 

「どうしてですか?」

「いまアイスフレームの中には私とお銀様の関係を詳しく知りたいと思っている方々が多いので」

「そう、ですよね。ごめんなさい、詮索するように」

 

 気まずい沈黙を耐えるようなウルザは縮こまる。だがその姿は羽化を目前にした蛹のような印象をカオルに与えた。

 

「……そうは思いません」カオルが再度ウルザをはっきりと見ながら言った。「こう話しているうちに自分でも気が付いてきました。ウルザ様の視線は、ほかの方々のそれとは違います。疑念や好奇心からくるそれではない……どちらかというとこれは……」

 

 カオルは最近似た目を見た気がする。いったいどこで。

 想起と分析が並行して行われて、ほとんど同時に答えが出された。

 

「覚悟と……後悔……?」

 

 鏡で見た自分の顔を思い出して、ウルザの視線がそれにそっくりだということに気が付いた。

 

「ウルザ様、いったいあなたはどうしてここに来たんですか?」

 

 長い沈黙だった。おそらく何かが起きる。カオルはそんな予感のためにその沈黙を受け入れた。

 ようやくウルザが口を開いた時、その目に宿る今までとは違う確かな力強さに、一瞬カオルは気圧された。

 

「私はあの日……十二月革命が起きた時、お銀さんを、いえ、セナさんと会っているんです」

「初めて……聞きました」

「誰にも言っていないんです。知っているのは私と、勇者アリオス、彼の従者、そしてセナさんだけです」

「勇者アリオス……!」

 

 十二月革命を鎮圧した我が国の英雄! 

 意外な名前が飛び出したことにカオルは再度驚いた。

 ウルザはその顔を見ながらも、認識はできなかった。彼女の瞳はあの日のセナを鮮明に思い描くので精一杯だった。

 

「知っての通り、彼は当時の私たち、ペンタゴンの一部と共に十二月革命を止めました。逆にセナさんは王国側の人間としてあの革命を止めようとしていた……。同じ目的で……それなのに……」ウルザは言葉に詰まったが再び話始める。「彼女は、ひどく傷ついていて、そのせいで仲間が私たちのようなテロリストと一緒にいることを受け入れられなかった……」

「ウルザ様、あなたはテロリストなどでは」

「同じことです。あの惨劇を生み出した者たちも、止められなかった私たちも」

 

 再びウルザの気配が鋭利なものとなり、カオルはたじろいだ。

 

「……その後、勇者アリオスとセナさんは戦った。いえ、セナさんは彼に殺されようとした」

「なぜ?」

「そうされなければ、ゼスのすべてを殺してしまうから、と」

 

 がっくりとカオルの体から力が抜ける。もしかして、彼女がそんな風に感じているのではないかと思ったことがないわけではなかった。

 だがその度に自分を誤魔化して、やらねばならなぬことに没頭した。

 そうしなければ、ゼスを救うという大業をなせなかったからだ。

 

「彼女にそう思わせてしまったのは私たちです」ウルザは続ける。「私たち、革命組織がゼスを救おうとしたあの人の心を壊し、己を失わせてしまったのです」

 

 アイスフレームの長であるウルザがそう言ったので、思わずカオルは顔を上げ、そしてあまりのやるせなさに再び、首を垂れる。

 ウルザと全く同じことを自身も思っていたからだ。

 

 ではセナ様は一級市民(われわれ)二級市民(かれら)に……ゼスのすべてに破壊されたようなものではないですか。

 

「……どうしてですか?」なんとかカオルは言った。「どうして、ウルザ様はここに?」

 

 それは結局答えられていない問いかけだ。ウルザはようやく決心のついた顔で質問に答えた。

 

「……ガンジー王がセナさんと戦うお手伝いをするためです」

「なぜそれを?」

「彼女がいなくなってから、市井の状況にずっと注意を払っていました。そこからの予測です。彼女は一週間ほど前にアニス沢渡によって拘束された。私はそう考えています」

「……あっています」

「やはり……しかし、アニス沢渡であっても、セナさんを拘束し続けることは出来ないでしょう。それはランスさんやシィルさんから聞くセナさんの実力を考えれば当然です。……それにあなたたちが彼女を拘束しきれるほど弱らせるようなの苛烈な扱いをするとも思えない」

 

 言葉を話すたびに、ウルザの体にはかつて彼女が持っていた覇気が舞い戻っていくようだった。

 

「それにも関わらず、彼女が帰ってこないということは、セナさんはあの時と考えを変えていないということ。つまり、彼女はゼスを滅ぼす気でいる」

 

 それは間違った推論だ。そう否定しようとしたが、カオルは開きかけた口を閉じる。

 その隙間にウルザの言葉が入り込む。

 

「それは仕方ないのかもしれません……」うつむいた顔は諦めた人間のそれではない。「彼女にはその権利があり、力があります。しかし、それでも戦わなければなりません。抗わなければいけません。私たちはゼスを救うために立ち上がりました。多くの間違いを犯し、多くの犠牲を出してしまいましたが、それでもまだ努力し続けなければいけません。故郷を守らねばならないのです。きっと……ガンジー王も同じ考えでしょう」

「ゼスを救うためになら、己のすべてを捨てることもいとわない方です」

「ええ。カオルさんを見ていれば、彼がそういう王だということはわかります……カオルさん──」

 

 ウルザの言葉をカオルは瞳で制した。そして頭を下げ、心の底から願い出る。

 

「ガンジー王の代理として、アイスフレームの長たるウルザ・プラナアイス様にお願い申し上げます。我々にどうか力をお貸しください」

「アイスフレームの長として、カオル・クインシー・神楽殿の申し出をお受けいたします。どうか頭をお上げください」

 

 カオルは頭を上げ、そして二人の視線が合う。()()()()()

 

「気づいておられますか?」カオルが微笑みながらウルザに言った。

「……なにが」

 

 そしてウルザは気が付いた。自分の足が地面を踏みしめていることに。

 驚き、それ以上に喜んだが、すぐになすべきことが口から出てくる。

 

「作戦が要ります。セナさんを倒すための作戦が」




うわー! 立っちゃった! と書いてて思いました。
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