セナは頭を抱えていた。
自分はあくまでドルハンを死なせないために、彼の主であるエミ・アルフォーヌを捕え、軟禁するつもりだった。エミは間違いなく悪人であり、子どもを攫わせようとする外道だ。だからこそ、最初からそういう人間への接し方をしようと思っていた。
だが今の光景はどうだ? エミはどういうわけか潤んだ目でセナを見て、お姉さまなどとのたまっている
基本的に人懐っこい性格であることは自覚していた。もしかするとちょろいと言われてしまうようなレベルかもしれないとも思っていた。
だからこそ、これほどまでに嫌悪を感じる人間は初めてだった。
「ああ……」エミは温かいため息を吐いた。
「ねぇ、ちょっとあんまりこっち見ないでもらえる? 気分が悪いから」セナはいらいらしながら言った。
「はい! そう命じられるなら、そういたします」
自分の言葉に快感を得ているエミを見て、ますますセナは気分が悪くなった。
セナ自身は決して認めないだろうが、セナは多淫の毛があるマゾヒストだ。しかし、それが適用されるのは愛する者にだけで、嫌いな人間から性欲を向けられて悦ぶような性質ではなかった。
一方でエミは自分が──また自分を──嫌悪する人間からの加虐に興奮している変態である。セナからすれば趣味の合わない自慰に無理矢理付き合わされているのようなもので、ストレスは凄まじいものだった。
「はぁ……」
「大丈夫?」カロが心配そうに言った。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、カロちゃん。あの危ない奴の拘束は問題なさそう?」
「うん。毒やんがしばらく動けないようにしてくれたから」
「ありがとう。一応物理的にも縛っておいたから平気でしょう。しばらくすれば、王国側から使いが来るだろうから、その時に引き渡すわ」
セナはカロにそう言ってから、近くで休んでいるドルハンへ顔を向けた。
「最初の話通り、その使いにあれを引き渡すわ」セナはエミを指さしながら言った。「そのままあれは王室主導で幽閉。ドルハンさんはアイスフレームに参加してもらう。問題ないわね?」
「なぜドルハンが──」エミが口を挟もうとする。
「──あなたは喋らないで。私はあなたの言葉を求めてないわ」
思わずエミの言葉を遮ってしまい、セナはハッとした。
案の定、エミは興奮に震えながら下を向いている。
「問題ありません」ドルハンが言った。「セナ殿はエミ様の命の恩人です。それに、エミ様もお前の言葉通りに振る舞うことを望んでいます。わしから何か言うことはありません」
「そう、よかった。想像とはちょっと違う形だけど、丸く収まりそうね。怪我の方は大丈夫?」
「大丈夫です。神魔法をかけていただきましたから……躰に入れていたムシもそこのお嬢ちゃんのおかけで離すことが出来ました」
「ムシって……いやそれよりもまず、ドルハンさん敬語やめてくださいよ!」
「しかし、あなたは……」ドルハンはエミとセナの顔を見て思い直す。「いや、わかった。そちらの方がいろいろといいだろう。わしはお前さんに従うように言われておるしな」
セナはひどく複雑そうな顔をして、エミのことをちらりと見た。すぐに視線をドルハンへ戻す。
「ムシを離すってどういうこと? なんかさっきカロちゃんが頑張ってたみたいですけど」
「……それは」
「おじちゃん、躰にムシを入れ過ぎてたの。もう少し遅ければ、躰が耐え切れずに死んじゃうところだった」カロが代わりに説明する。
「……わかってると思いますが、ドルハンさんが死んだら、私はあれを殺します。今後はそういう命を削るみたいな無茶はしないでね」
「ああ、わかった。約束しよう」
セナの殺意は本物だった。それでも、ドルハンがセナの言葉に頷いたのは、エミがそれを望んでいるからだ。それにこれまで接してきて、彼女が約束を露悪的に利用するとも思えなかった。
「あとは、かなみちゃんが使者を連れてきてくれるのを待つばかりね」
「ああ、あの女の人……」
「なに、カロちゃん? かなみちゃんと知り合い?」
「うん。ちょっとね」
カロは以前ランス達一行が、ムシ使いの解毒薬を求めてここにやって来た時のことを話した。結局、解毒薬を見つけることは出来なかったが、それを見ていたカロが不憫に思い、こっそり一人の戦士──話を聞くにロッキーのことである──が寝ている枕元に解毒薬を置いてあげたことがあったらしい。
「うわぁ、いい子! いい子ね! カロちゃんって!」セナは手放しでほめた。
「えへへ」撫で回されて悪い気はしないカロは笑った。
きゃあきゃあとじゃれつく二人からは、先ほどまでの死の香り漂う雰囲気はまるで感じられなかった。それを見ている者たちは思わず気を緩めずにはいられなかった。
そんなところに、かなみが帰ってくる。
「おーい! セナさーん!」
手を振りながら声を上げるかなみの横に、ウルザとカオルが居るのを見て、セナは驚いた。ウルザがここまで来ることも、カオルが使者としてやってくることも、想定外だったのだ。
そしてもう一人、その光景に驚いた人物がいる。忍者風の服装をした女は見覚えがある。あの格別強い女戦士が、まさかあの男の仲間だったとは。
一瞬、警戒と怒りが漏れ出したために、セナはその気配の下に向かってほとんど自動的に走った。
来る! そう思った時にはすでにセナはその男の子の目の前に立っていた。
「あら? どうしたの? 迷子ってわけじゃないわよね?」
「あ、ああ……」
セナは一目で目の前の男の子が普通の人間ではないことに気が付いた。おそらくは悪魔──フェリスに近い雰囲気を感じる──あるいはそれに類する存在だろう。
その直観は当たっている。目の前の男の子はまさしくフェリスの子だ。以前、父であるランスを殺すためにここで彼を襲い、返り討ちにあった。その後もランスを殺すためにここで修業を積んでいたのだ。
セナがこの子を悪魔と一目で見抜いたように、フェリスの子も一目でセナの異常性を見抜いた。父親譲りの剣の才能が、目の前にいる女がどうあがいても敵わない強者であることを教えたのだ。
二人の下にかなみとカオルが追いついた。
「あれ、この子は」かなみが言う。
「知ってるの?」
「はい。前にここに来た時に、私たち……というよりもランスを殺そうとした子です」
「へー」セナはぎらりと子どもを見た。「詳しく聞きたいな。どうしてランスくんを殺そうとするのかな?」
フェリスの子にはどうすることも出来なかった。力の差がありすぎる。観念してすべてを話す以外、取れる手段は何もなかった。
そうして、自分についてのことを話し始める。なぜランスを殺そうとするのか、母が今どうなっているのか、どうしなければいけないのか。自分が思うすべてを話した。
セナは号泣した。