「おぶぎぎょ、うじじび……!!」
「もう何言ってるかわかんないですよ!」
あまりの号泣に人間の言語を失ったセナにかなみがツッコんだ。
セナ一行はフェリスの子から、彼の出生からランス殺害を決意するまでの顛末をすべて聞いた。途中、フェリスがセナの命の恩人であり、そのことについてセナが深く感謝していることを彼が知ると、尋問は説明に変わり、皆が真剣に話を聞いた。
説明が終わった今では、セナはただひたすらにフェリスの子を抱きしめ、涙を流している。母のために命さえ危ぶまれる冷遇に耐えながら、父を殺そうと努力するなど、こんな幼い子に課していい試練ではない。しかもこの子には自分と違い、
「だすけましょう……! フェリスさんを!」セナが言う。
「わかってるよ! だから……だからおいらはランスを殺さなきゃならないんだ!」
「ダメ! ダメよ! お願い……お願いだから! どんなに憎くても家族が、家族を殺すなんて……お願いやめて」
「じゃあどうすればいいんだよ!!」
セナは再びフェリスの子を抱きしめた。強く強く抱きしめて、決心したように目を開く。かなみにはその目に覚えがあった。強い意志を秘めた目だ。
「フェリスさんを助けられる人を知ってるわ」
「っ! だ、誰だよ!?」
「……ランスくん。ランスくんなら、きっと出来る」
「なんであんな奴に!! あんな奴がそんなこと!!」
「やってくれるわ。ランスくんはどんなことでも、出来てしまう人だから」
遠くアイスフレームにいるランスを想い馳せるその顔には、信頼というものが見て取れた。思わず、フェリスの子はその顔に見とれた。
そして、次の瞬間、セナは噴火する。
「ていうか、完全にランスくんが悪いんだから、ランスくんに責任取らせるのは当然のことでしょう!!? 今回に関してはひどすぎるわ!! 冒険者だからとか好色家だからとかの範囲を超えてる!!! そうだ!! 殺すのはだめだけど、一発ぶん殴ってやりましょう!!? 私も一発殴るからさぁ!!! そうしましょう!!!!」
想像を絶する大噴火にフェリスの子はおろか、ウルザやカオル、ドルハンまで目を白黒させた。
セナはピッと立ち上がると、エミを指さす。
「じゃ、カオルちゃん、あれよろしく! 私たちは戻って、ランスくんボコボコにしなきゃいけないからさぁ!!」
「え、あ、はい」
結構覚悟してセナと再会したカオルは、ものすごくあっさりそう言われて、あっけにとられる。プリプリと怒るセナの姿にはハツラツとしたエネルギーが満ち満ちている。なんだか、逆に安心した。
フェリスの子と、なぜかカロの手を引くセナの後姿はかつて共にゼスの暗部と戦った時に見せていたものとは、別種の頼もしさがあった。
「はぁ、なんだか途中からこうなる気はしてたけど……」かなみがため息を吐いた。
「ふむ……」ウルザはセナの姿を見て考える。
実のところ、ウルザはセナがアイスフレームに参加すると言い出すと予測しており、それに対する任務を用意していた。その任務はペンタゴンとの接触の可能性が少なく、かつある程度難度の高いものだった。
何もしていないことの辛さをウルザ自身わかっていたために、前々からセナにやってもらえそうな任務を探していたのだ。
彼女は精神的に不安定な所があり、持てる力に相応しいほどの正義感があるものの、目が離すことのできない危うい存在。そう思っていた。
だが、それはややズレた認識だったようだ。
セナの精神性はごくごく一般的な善良な人間のそれと同じもの。愛情や同情で動き、理屈は考えても、いざという時は無視する普通のメンタルだ。
彼女は特に考えることなく善をなそうとし、辛いことがあれば立ち止まってしまう。つまり、不安定なのではなく、そもそもあまり太くないメンタルなのだ。
ウルザの頭の中で急速にセナに関する考えがまとまっていく。
平凡な精神力の上に、究極ともいえる武力とエネルギーが乗っている。その危うさが恐ろしいとは思う。
しかし、ある意味では安心した。セナはたとえネルソン・サーバーに会ったとしても、ペンタゴンに与することはないだろう。現状の不満とそれを変えてやるという強い精神力がなければ、革命組織に感化されることはない。
きっと本気でペンタゴンに誘われた時、セナは感激するのではなく、その狂熱に怯え、立ち止まるだろう。ペンタゴンの熱量を受け止めるだけの精神力がないためだ。
つまり自分はセナの平静を出来るだけ保ってあげればよい。ウルザはそう結論付けた。
方法はわかっている。セナに好きにさせてやればいいのだ。彼女は素朴な善意と圧倒的な実力で善行をなす。それを無理に抑えつければ──どこかの誰かとは違って、セナは止められると本当に止まってしまう──ストレスがたまり、また己を壊してしまうだろう。
冷静な組織の長としての考えをまとめた後、ただただセナのことを憂うもう一人のウルザがそんな自分を非難した。
そして、セナがやりたいことを出来るというならば、それでいいじゃないかと思い直す。誰かを助けること自体に悪い要素など一つもありはしない。
セナたちを追いかけ始めたかなみやドルハンの後姿を見て、カオルに一声かけた後、ウルザも皆を追いかけた。
〇
アイスフレームにいた人間は正体不明の悪寒に襲われた。一瞬だけびくっとするがその後はなんでもないようにいつもの生活に戻る。大抵の人間がそうだった。しかし、例外もいる。
たまたま帰ってきたセナの姿を目撃した者たちだ。鬼神のごとく怒りを浮かべるセナを見ただけで、皆一様に小さな悲鳴を上げた。そしてその怒りが自分に向いていないことを知って安心する。
「うぉお」
パットンは訓練の手を思わず止めて呻いた。いつも目にする緩くて優しい女とは違いすぎる。一体何をそんなに怒っているのか、聞いて宥めた方がいいだろうか。そう思った。
だがセナの怒りと足がランスの方へ向いていることに気が付いて、そうする気が失せた。
それにこの怒り方には覚えがある。自身の師であり育ての親であるハンティ・カラーが本当に怒った時──おおよそパットン自身に非がある時──こういう風になる。
ああなった女には近づかないのが吉だ。
「隊長、成仏してくれよ」
南無南無と手を合わせながら、ランスの屋敷に入るセナを見送った。
〇
ランスもまた他のアイスフレームメンバーと同じように悪寒を感じていた。
一流の冒険者として、その感覚に従い、心のどこかが警戒モードに入る。しかし、すぐに持ち前のてきとうさで、俺様に限ってそんな馬鹿な目にはあうまいと笑い飛ばした。
その時、がちゃがちゃと屋敷のドアノブが回る音を聞いた。
ドキリとしたが、扉は開かない。そういえば、いつもはそんなことしないのに、戸締りを確認しておけとシィルに命じたことを思い出した。
誰かがランスを訪ねてきたのだ。そー、と扉の方へ歩いていき、離れた場所で観察してみる。するともう一度ドアノブが回った。鍵がかかっているので開くことはない。
扉の前にいるのは女な気がする。だというのに、ランスの本能が扉の方へ行くことを拒否していた。ランスは悩んだ。
悩んでいるうちに、
「のわー!?」
咄嗟に身をかわし、扉を回避する。すぐに外を見る。そこにはセナが立っていた。片足を上げていることから扉を蹴り飛ばしたことは明白だ。
「ど、どうした? セナちゃん……?」
めちゃくちゃキレてることだけはわかる顔を見て、ランスは冷や汗をかく。無言のままのセナから目を離さずに、自分の装備がどこにあるかを思い出していた。
来る!
「ランス大脱出!」
人類最強の初撃を躱せる人間がこの世に何人いるだろうか。少なくともランスはその一人だった。
正面から戦ってもセナに勝てる可能性はゼロ。とにかく一度逃げて、奇策秘策をうちまくれば、この異常事態に対処することが出来るだろう。
しかし、セナはそんな逃走を許しはしない。
「ぷちアンコク!」
「魔法まで使うか、普通!?」
「ええい、問答無用!」
一瞬のうちにセナはランスを羽交い締めにした。攻撃ではなく拘束されたことに、少なからずランスは驚く。
「いまよ!」間髪入れずにセナが叫ぶ。
その時、拘束されたランスに向かって小さな影が突っ込んだ。フェリスの子だ。こぶしを強く握り、ランスの顔面目掛けて振りぬいた。
「ぐえー!!?」
ランスはダメージにより素っ頓狂な声を上げる。それでも戦闘のプロらしく即座に自分を殴ったチビへ反撃の蹴りをくれてやろうとした。
しかし、ランスの体がセナによって持ち上げられる。付与魔法も合わさってとんでもないパワーであるため、逃げることが出来ない。
「──成敗!!」
そのままセナは体勢を後ろへ傾け、ランスを頭から床にたたきつけた。
判定要らずの一発KO。決まり手はバックドロップだった。