くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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廃棄迷宮の地獄

 ランス達グリーン隊はランスの号令で廃棄迷宮までやってきた。フェリスの子──シィルによってダークランスと呼ばれるようになった──を助けるなんて御免だと言っていたランスだったが、セナの爆発とダークランスの詳しい説明によって、ようやく重い腰を上げた。

 

 移動するまでの数日でセナの感情は落ち着いた。それでも、まだランスに対してトゲトゲしているが、もっとトゲトゲしている志津香とダークランスがいたのであまり気にされなかった。

 

「うーん、鍵がかかってるな。本当にここから、その地獄? に行けるのか?」ランスが廃棄迷宮に備え付けられた扉をがちゃがちゃしながら言った。

「ああ、ここから道が繋がってるって聞いた」ダークランスが答える。

「やっぱり、あっちの穴から落ちていくのが正規ルートなんじゃない?」セナが言う。「結構深そうだけど行けるでしょ」

「前にハイパービルから落ちて死にかけてなかったか?」

「前とは違うわよ。両側に壁があるんだから、三角飛びで減速しながら落ちれるじゃない」

「ばかもん! そんなこと忍者かセナちゃん以外出来るか!」

「忍者にも無茶よ」かなみがつっこむ。

「セナに先に行かせて、鍵を開けてもらえばいいんじゃないか?」ダークランスが言う。

「セナちゃんに先行なんかさせられるか。これっきり迷宮のどこかに消えていくぞ」

「ちょっと! ランスくんどういう意味よ!」

 

 セナは文句を言うが、ランスは取り合わず、誰もフォローしてくれないので、シィルに泣きついた。

 

「廃棄迷宮を管理してる方がいるみたいですよ、ランス様」シィルがセナを宥めながら言う。

「よーし、かっぱらってこい」

「えー、おらだすか!?」ロッキーが驚く。

 

 かっぱらってくるのは冗談として、ロッキーが廃棄迷宮の案内人マブチに鍵がどこにあるかを聞いてくるが、取り合ってはもらえなかった。

 

「仕方ない、壊すか」ランスがあっさりそう言う。

「さ、さすがにダメじゃないかなぁ」セナが控えめに言う。

「何を言う! 人命優先(人じゃないけど)ではないのか、セナちゃん!」

「……そうね、そうだわ。怒られるだろうけどやらなくちゃ」

「よーし」

「待って、この扉魔法でもプロテクトされてるから、単に斬りつけただけだと壊せないわよ」扉について調べていた志津香が言った。「魔法バリアと鉄板入りの扉を同時に壊さないと」

「ふむふむ」

 

 ランスがセナを見る。セナはしかめっ面を浮かべた。ゼスの公共施設を壊すというのは、ものすごく気の進まない行動だった。

 

「よし、いけセナちゃん、人命優先!」

「……人命優先! ビリー・ギリー!」

 

 ついにセナは扉を両断する。中の鉄板すらきれいに真っ二つにされているのを見て、ダークランスは驚いた。

 

「すげぇ」

「ううう、カオルちゃんに怒られそう……」

「がははははは! 犯罪者犯罪者~」

「ちょっとランス!」

 

 マリアが叱るが、ランスは気にせず廃棄迷宮の奥へと突き進んでいった。

 

 

 〇

 

 

「ぜぇぜぇ、はぁはぁ」

 

 初めの頃はセナを揶揄ってご機嫌だったランスだが、そんな余裕はなくなってきていた。

 廃棄迷宮に出てくるモンスターが強いのだ。物語中盤に物語終盤のダンジョンに挑まされるくらい必死の戦いを強いられている。そんな感じだ。

 

 ランスでさえこの調子なので、グリーン隊の中で疲れ切っていない人間はほとんどいなくなっていた。そうなってくると、先導はこの環境でも全く疲れていないセナということになる。

 

「なるほど、こっちね。こっちしかないわ」セナがうんうんと指さしながら言った。

「……そっちはいま来た道だろーが!!」ついにランスが吠える。

「え!? いや、そんなはずは……」

「こ、このままじゃ、おセナの方向音痴に殺されるぞ!」プリマが思わず言う。

「そんなことは……」

 

 ないなどと言い切れないセナは、誤魔化すように頭をかいた。

 

「……こっちだ」肩で息をしながら、ダークランスが言った。「ようやく知ってる道に出た。ここからは先導できる。案内人も出て……なんだよ」

 

 ダークランスを見る一同の表情に、彼は戸惑った。

 

「よくやったガキ!」意外にもランスが口火を切る。

 

 続いて口々にグリーン隊の面々がダークランスを褒めちぎるので、彼はますます困惑してしまった。ダークランスのまだまだ短い人生において、母親以外の誰かに褒められるなんて経験は初めてだった。

 

 人間なんて──特に自分の父親なんて──大嫌いだと思っていたのに、こうも自分を受け入れてくれるなんて。こんな風に助けてくれるなんて思っていなかった。

 

 元を辿れば、これもすべてセナがあの時──嘘だろ。

 拗ねてる。

 三角座りで拗ねてる。

 

「お、おいセナ」恐る恐るダークランスが話しかけた。

「ふふふ、さすがね。ダークランスくん、父親譲りの冒険力(ぼうけんぢから)というわけかしら」

 

 なんか言ってる。

 

「でも、私負けないわ! 私の冒険力を見せてあげるわ!」

 

 そう言って立ち上がり、来た道を戻ろうとして、恥ずかしそうにセナは帰ってくる。

 すごい所とすごくないところを一度に見過ぎて、ダークランスのセナへの評価はブレブレだった。

 

 

 〇

 

 

 それからの冒険は順調? そのものだった。

 セナはダークランスに負けないように曲がり角の度に行く道を当てようとしたものの、十八回中当たったのは一度だけと散々な結果だった。

 

 ただここ五回は当てようともしていない。ただ静かに目の前を見据えて集中している。

 セナだけではない。ランスやパットンもまた同じように真剣な眼差しだった。

 ダークランスも進むたびに何か嫌な予感が強くなっていった。

 

「もうすぐね」

 

 セナが不意に言ったので、ダークランスは驚いた。

 

「当たりだ」ダークランスが言う。

「ちょっと休みましょうか。10分でも20分でもいいから」

「そーだな。シィル、飯を出せ、飯を」ランスがどかっと座る。

「え、はい」

「……やっぱり気のせいじゃねぇよな?」パットンが言った。「なんかとんでもないのがいる」

「たぶんね」セナが言った。

 

 一行は少しだけ食事と休息をとった。

 それから作戦を立てる。フェリスを助けて、即撤退。すぐにそういうことになった。

 

 一行は再び立ち上がり、慎重に廃棄迷宮を進む。少しすると皆が異様な雰囲気に気が付き始めた。

 一番焦っているのはダークランスだ。母の身にいったい何があったのか。走り出しそうになる体を必死に抑えているのは、自分よりもはるかに強いセナや父親の緊張を感じているからだ。

 

 重い足を引きずって、ランス達はついにフェリスの居る場所にたどり着いた。

 確かに視界にフェリスは入る。彼女の姿はその身にどれだけの凌辱を受けたかすぐわかるほどひどいものだった。

 だというのに、誰も声を上げない。ダークランスすらも何もできない。

 

 理由は単純。あまりに強大な力を持つ悪魔が、すぐそばに立っているからだ。

 その悪魔の名はネプラカス。魔人を遥かに凌ぐ力を持つ第壱階級の悪魔だ。

 

 ランスですら背中に冷たいものを感じたその時、セナがランスの右手に触れた。冷え切ったその感触に、ハッとなり、ランスはセナが何を伝えたいのかはっきり分かった。

 

 セナは走り出す。己の集中力のすべてを使って、悪魔の動きに注意しながら、フェリスの下へ全力で走る。手を伸ばし、彼女を掴んで、それから帰り木で逃げる。そうシミュレートする。

 

 

 人生最大の警告が脳髄に響き渡る。咄嗟に繰り出された剣技は伸びてきた悪魔の腕をわずかに斬りつけた。

 魔人と違って刃は通る。その喜びすら押し流す戦闘の思考は、即座に追撃を選んだ。

 

 セナの人生において、初めて遭遇する格上の存在であるにも関わらず、戦いの才能は正しい戦闘方法を選ばせた。明確にネプラカスを上回る剣技と速度、そしてそこに魔法を混ぜることによる多様さでセナはネプラカスが与える死を遠ざけた。

 

 だがわずか数秒で悪魔は解答を出す。目の前の人間の異常性を理解したネプラカスは、視界の端に映る人間たちの集団に向かって魔法を放つ。

 セナは魔法バリアを離れた位置に展開し、ネプラカスの魔法をそらす。それこそがこの悪魔の狙いである。

 格上相手に他者を守ろうとするなど、致命的な悪手である。ネプラカスの攻撃がセナに炸裂し、その体を破壊した。

 

 骨が砕ける音がする。痛みが走るが、それ以上に戦えなくなることへの焦燥感が心を支配する。

 その時だ。プレッシャーが思考と感覚を研ぎ澄ませ、さらにはあらゆる記憶を引きずり出した。この緊急事態に対応できるような何かをセナの中から見つけ出すために。

 

『ぱぁ』

 

 努力は時に本能を凌駕する。

 今まで繋がっていなかった点と点が結ばれ、異なる才能が一つの事柄へと収束していく。

 速度と正確性。そして神魔法。セナの体内をめぐる魔力は、即座に神魔法の形を取り、破壊された体組織にのみに注力して再生を促した。

 

 神魔法の輝きがセナを灯す。動きはまるで止まらない。輝きと共に振られた一閃は、ネプラカスの想像を超えていた。悪魔の鮮血が飛び散る。

 

 初めて驚愕によって悪魔の体が固まる。しかし、すぐに正気を取り戻すと、再びセナの隙をつくために人間たちの方へ魔法を放った。

 

 今度は守らなかった。

 それは諦めではなく信頼の証だ。不意を突かれた先ほどとは違い、今度はきっと対応してくれる。

 志津香の魔法バリアで勢いが緩んだために、リズナが間に合った。リズナの体に触れた悪魔の魔法は、彼女の特異な体質ゆえに消え失せる。

 

 こうなってしまえば、悪手をうったのはネプラカスの方である。目の前の脅威を無視した代償は重い。

 

「ビリー・ギリ―」

 

 セナによって、ネプラカスの触手が一本切り落とされる。命に関わることのないダメージだが、人間にそれをされた衝撃と怒りでネプラカスは目を見開いた。

 

「セナちゃん!」

 

 不意にランスの声が響く。暴風雨のような戦いの中をかいくぐって、ただ一人フェリスの下へとたどり着いたランスは、帰り木を掲げていた。

 固まる悪魔の懐を抜けて、セナもランスに飛びついた。

 

 その瞬間、帰り木の猛烈な動きによって、一行は廃棄迷宮の外へと戻ってきた。

 しばらく誰も話さなかった。お互いの顔を見て、誰か取り残されていないかを確認する。そして確認しきってもなお、先ほどの出来事がうまく咀嚼できずに、ただただ肩で息をする。

 

 沈黙を破ったのはダークランスだった。

 

「かーちゃん……かーちゃん!」

 

 傷ついた母親の有様に心を痛め、フェリスに縋りつき、涙を流す。

 その姿の痛ましさにセナは思わず涙ぐんだ。

 すると今度は、屍のように動かなかったフェリスの腕が、ゆっくりと動きダークランスを抱きしめる。喋る気力はないのだろう。しかし、その顔には確かに生気が宿り始めている。

 

 その光景があまりに犯しがたく、神聖なものに思えて、誰もが見守った。

 この親子にとって、きっとこの戦いは終わりなどではない。あの恐ろしい悪魔との戦いの始まりなのかもしれない。

 

 それでも、その光景にセナは救われた気持ちだった。




またしばらく書き溜め期に入ります。
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