くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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王者の塔

 王者の塔は、四天王が守る塔の中で、アイスフレームの隠れ里から最も遠い。

 しかし、セナ達は他の隊よりも早く塔にたどり着く。少数精鋭の体制も要因であったが、何よりその速度に寄与していたのは覚悟だった。

 

 各々理由は違うものの、ある種妄執的な覚悟が三人にはあったのだ。

 

「思ったよりも静かね」塔の近くまで来た時、セナは言った。

「おそらく、ペンタゴンたちは騒ぎを起こさずに地下のマナバッテリーを破壊するつもりなのでしょう」ウルザが考察する。

「エミ様はどこに居るのだ?」

「塔の最上階にある部屋に軟禁されていると聞いています。つまり、むしろ彼女はいま安全な状態のはずです」

「敵はみんな地下にいるからってことね。どうするの、ウルザさん」

「……私たちも地下へ行きましょう。下手に騒ぎを起こせば、おそらく塔に居るであろうアニス・沢渡が暴走しかねません。そうなった方がマナバッテリーやエミ・アルフォーヌの危険が増します」

 

 ウルザの言葉に二人は頷いた。実はセナは出てきた名前に心当たりがなかったのだが、質問する暇もないのでなんとなく頷いている。

 

 三人は王者の塔へ忍び込む。意外なほどするりと地下へ入り込めたことを疑問に思わないでもないが、考える暇を惜しんで前に進んだ。

 

 王者の塔の地下は、まるで迷宮のようになっている。おそらく防犯のためなのだろう。戦闘モードのセナであっても、まっすぐペンタゴンへたどり着くのは難しい。

 

 だが、それは敵も同じだろう。そう簡単にマナバッテリーへたどり着くことは出来ないと考え、三人はセナの感覚とドルハンのムシが持つセンサーを頼りに道を進んだ。

 

 グネグネと曲がりくねった道を何とか進んだ三人は、どういうわけか何事もなくマナバッテリーへとたどり着いてしまった。

 ここに来るまで一人のペンタゴンメンバーも見ていない。いったいこれはどういうことなのだろうか。

 

「まさか……!」

 

 ウルザがとんでもない結論へ至る。

 つまり、三人はあまりに道を急いだ結果、ペンタゴンよりも先に王者の塔へ着いてしまったのだ。

 なんという間の抜けた行為。情報を手に入れてから、すぐに行動したのがかえって仇となった。ウルザは焦りによって正常な判断が下せていなかったことに歯噛みする。

 

 しかし、むしろ好都合かもしれない。ウルザの頭が別の可能性を見出す。

 先に着いたというならば、ここで襲撃者を迎え撃てばいい。こちらには人類最強が付いているのだ。どんなに人数が居たところで、負けることはない。

 

 すぐに新たな作戦を考え付いたウルザは、それを二人に伝えようと顔を上げて、口を開いた。

 地面が大きく揺れたのは、その時だ。

 

 地震!! いえ、違う!! 

 

 ウルザだけが瞬時に理解した。

 一度、その可能性を言及したために、すぐに再び考え付いたのだ。

 これはアニス・沢渡の暴走。おそらく大出力の魔法をやってきたペンタゴンへと放ったのだ。

 マナバッテリーを守るはずの行為が、その反対の結果を招く。

 

 そして、その状況でもセナだけは瞬時に行動した。

 一瞬で崩落が始まり、瓦礫がセナ達に襲い掛かる。運がいいことに三人ともマナバッテリーの近くに立っていた。守るべき範囲はそれほど広くない。

 

 鉄や硬い石でできた瓦礫をなんでもないことのように切り払える生き物が、この世界にどれだけいるだろう。セナはその一人だった。

 まるで見えない壁があるかのように、マナバッテリーの周りには瓦礫が落ちてこない。奇跡のような数秒を他の二人は目撃していた。

 

 しかし、マナバッテリーを破壊しようとするのは建築物だけではなかった。

 場所が地下であることが問題だった。崩落した天井から大量の土が落ちてくる。その量と重さときたら! 剣ではどうやっても捌き切ることが出来ない。

 

 だがすでにセナは決断している。左手に込められた魔力は極めて高まり、地上に向けて伸びていた。

 

「黒色破壊光線」

 

 もしこの先に誰か居たら──そんな危険性を理解していながら、自身が持つ最大の魔法を放つ。

 黒い閃光はいつかのように大地をくり抜き、崩落の勢いを押し返して大穴を開けた。

 

 これでもうマナバッテリーが崩壊によって壊れることはないだろう。

 セナが安心した瞬間に、けたたましい音が鼓膜を震わせた。それは間違いなくこの部屋から鳴っている。その音はマナバッテリーが破壊されたことを知らせる警告音に思えた。

 

「もしかして、マナバッテリーってこの機械のことじゃなくて、部屋全部のことを言ってたの!? じゃあ、魔法撃っちゃダメじゃない! こ、壊しちゃった! 壊しちゃった!!?」

 

 ぶわっとセナから汗が噴き出す。天に左手を上げたまま、目を白黒させてウルザを見る。

 

「い、いえ、どうやら魔力供給管が壊れたみたいです。マナバッテリーは無事です」

「よ、よかった~」

 

 セナは崩れ落ちた。一瞬前の猛烈な強さを持った女戦士が幻だったかのようで、なんだか二人はおかしな気分になる。

 

 しかし、一呼吸後には、再び人類最強の女が顔を見せた。

 

「二人とも、あの穴から上に行くよ。登れる?」

「……わしは平気だ。ムシたちの力を借りる」

「じゃあ、ウルザさんは私につかまって……たぶんウルザさんくらいなら何とか抱えて跳べると思う」

「……もしかして、まだペンタゴンメンバーが残っていると?」

「うん。なんかよくない気配がするわ。もしかしたら、相当強い人が来てるのかも」

 

 三人は気を引き締めて地上へと向かう。

 数々の警報が鳴り響く地上へ出ると、最初に目につくのはえぐれた王者の塔だ。

 どれほどの魔法が放たれたのか。ドルハンの背に冷や汗が流れる。幸いにも主の居る最上階付近は無事なようだが、再び同じことが起きれば、一巻の終わりだろう。

 

 次に見たのは倒れているペンタゴンのメンバーだった。魔法の余波によって、行動不能に追い込まれていた。

 

 そうして三人はついに下手人の姿を認めた。ゼスが誇る魔法レベル3にして、まったく戦力として期待できない『味方殺しのアニス』。しかし、それよりも彼女の近くに立つ者たちの中に、知った顔が居ることに驚いた。

 

「アベルト……!」

 

 ウルザの声に男は振り返る。間違いなく本人だ。一瞬、感情がウルザを支配しようとするが、すぐに状況の異様さに視点が移った。

 

 地上に倒れるペンタゴンメンバー。これはいい。アニスの魔法でやられたのだとわかる。

 アベルトがペンタゴンに参加しているかもしれないこと。これもいい。彼の行動を考えるに決してありえないことではない。

 

 なぜアニスが地上に立ってる? なぜアベルトたちを攻撃しない? なぜ地面ではなく塔の中腹がえぐれている? 

 これではまるで、地上からアニスが王者の塔に向けて魔法を撃ったようではないか。

 

 アベルトが持っていると考えられる洗脳という手札。それをゼス最高の魔法力に使用することは、それほど不自然なことではないと思えた。むしろ、セナという戦力に対抗するには、それぐらいの鬼札は必要だろう。

 

(では私たちは追い越したのではなく、奴らは初めからアニス・沢渡を目指して塔を上っていた!)

 

 そうなると弱体化していっていたペンタゴンのどこにそんなことをする戦力があったのか。

 その答えはアベルトの側に立っている二人の男にあるようだった。

 

 ウルザの思考が回り切った頃、アベルトが口を開いた。

 

「ウルザさん、それにセナさん。二人にまた会えるなんて、幸運だなぁ。でも、今ここでっていうのは想定外ですね。まったく、ままならないものです」

「あれがお前の言っていた恐ろしいほど強い人間か……確かにただの人間ではないな」

「それ以上ですよ七星(しちせい)。彼女の強さは我々以上です」

「えー! ただの人間じゃん! アベルト、人間と一緒にいすぎておかしくなっちゃったんじゃない?」

「ラインコック。もっと目を鍛えろ。隠しているようだが、この女は相当な実力者だぞ」七星と呼ばれた男が、可愛らしい風貌の少年に言った。

 

 口々に話す三人の男たちを視界に入れながら、セナはひたすらにアニスの方を警戒していた。すぐにでも動けるように準備している。突っ込まないのは、自分につかまるウルザの手に静止の意図が感じられるからだ。

 

「あなたたちは……使徒ですね」ウルザが言った。

「はい。そうですよ」

「おい、アベルト」

「いいんですよ、七星。ウルザさんは聡明な女性です。どんな受け答えをしても、真実は見抜かれてしまいますよ。それに」アベルトはセナの方を見る。「いまのセナさんが我々を人間と思ってくれるはずがない」

「……そうね。特にそこのチャンパオ着ている人は、どう見たって人間じゃないものね」

 

 七星は少し驚いた。元人間ではない使徒は自分だけである。しかし、いまは人間形態を取っているため、見た目でそれを見抜くのは容易なことではない。

 警戒心がわずかな殺気になって七星から漏れ出した時、その何十倍もの重圧が使徒たちへ浴びせられた。

 

 先ほどまでは舐めた態度を取っていたラインコックですら、このプレッシャーには即座に戦闘態勢を取る。

 

「こいつヤバいよ! ここで殺さなきゃ!」

「ええ、出来るならそうしたいところですが、無理ですね」

「あれのためにこの人間を手に入れたのではないのか?」

「そうなんですが、この人だけじゃ無理ですよ。あー、無駄足だな。さて、と」

 

 気が抜けたように話していたアベルトはセナ達の方へ向き直った。

 

「ご明察です。ウルザさん、セナさん。彼女……アニスさんは現在洗脳状態にあります。さっきは、王者の塔に魔法を撃ってもらって……あの通りです。まだ中途半端に自我が残ってるので、突っ込んできてたら、思わずもう一発撃っちゃってたかもしれませんね。だから、その待機は正しい──────まぁ、突っ込んでこなくても撃たせますけどね」

 

 アニスが特大の魔法を構えた瞬間、セナはすでにその懐に居た。誰も認識できない超高速かつ長距離の踏み込みは、アニスが魔法を撃つ前に、彼女の体に刃を届かせた。

 否、届かない。アニスが展開している魔法バリアはセナが放った意識を奪うための斬撃などものともしなかった。

 

 セナは人類最強の戦士だ。しかし、対するアニスも人類最高の魔力を持つ存在。そう簡単には動きを止めることは出来ない。

 

 だがセナはそのことをすぐに受け入れる。己の剣技が届かぬことなど、いままで何度もあった。

 一度で無理なら何度でも。正確無比な剣は魔法が放たれるよりも先に次撃を繰り出す。それでも、魔法バリアは破れない。

 

 ゆえに三度目は己の必殺技を繰り出した。

 

「ビリー・ギリ―」

 

 静かに放たれるライトニングレーザーとの同時攻撃は、ついにアニスの魔法バリアを切り裂く。その衝撃に、思わずアニスはかざしていた手を塔から敵へと、向け直してしまった。

 だが魔法が放たれるよりも早く、セナの蹴りが繰り出される。意識を奪うことを目的とした攻撃は、想定外の硬い感触にぶつかった。

 

()()()()()だ。

 

「ちゅわー!」

 

 気の抜けた声と共にセナに向かって黒色破壊光線が放たれる。威力、大きさ共にセナが先ほど使ったものを大きく上回っている。

 その黒い光の奔流から、セナは飛び出した。無事ではない。直前で展開した全力の魔法バリアはいとも簡単に引き剥がされた。もし人類最強の反応速度がなければ、塵も残さず消滅していただろう。

 

(まずいわ……この子、殺さないで止められないかも)

 

 命がろうそくのように吹き消される寸前であったにも関わらず、セナはそんな風に思った。

 当然、セナにアニスを殺すという選択肢はない。洗脳されたせいで敵対してしまっている人間を殺すなど、セナに出来るはずがない。それは自分を殺すことと同じだ。

 

 しかし、アニスの魔法バリアの展開速度は常軌を逸している。先ほどの蹴りは自分が出来る非殺傷性の攻撃としては最速のものだった。これ以上、速く行動するなら殺す気で剣を振らなければならない。

 

 迷っている暇はなかった。

 すでにアニスは次撃の準備をしており、すぐにでもあの極大の黒色破壊光線が飛んでくるだろう。避ける要領はつかんでいるが、そうした時、代わりに巻き込まれるものを考えれば、もう撃たせることは得策ではない。

 

「ドルハンさん! 彼女に麻痺針を!」

 

 ウルザの声が聞こえる。セナは一瞬でその意図を察した。

 

 なんて頼もしい人! それなら出来る! 私には出来る! そんな風にセナは歓喜する。

 

 ドルハンが右腕を構え、とびっきりの麻痺毒を飛ばした。当たれば、大抵の人間が一瞬で気を失うレベルだ。

 目に見えないほど小さな針がアニスへ向かう。

 

 視覚など不要だ。ドルハンの動きと気配だけで、どこに、()()()()()()()()()()()、攻撃が飛んでくるかなどすぐにわかる。

 

「ビリー・ギリ―」

 

 再びアニスの強固な魔法バリアが切り裂かれる。しかし、ほとんど間を置かず、彼女の防衛本能が魔法バリアを張りなおした。

 

 そのわずかな時間。瞬きほどもないわずかな隙間に、ドルハンの麻痺針は滑り込んで行った。そうなるように、セナが剣を振ったから。

 

「ちゃっ!??」

 

 アニスが素っ頓狂な声を上げた。少しの間、ふらふらと体を揺らすと、ぱたんと倒れて気を失う。

 ウルザとドルハンはその様子を固唾をのんで見守ってしまった。

 そして、アニスが倒れると、ほっと一息つく。どうにか、王者の塔を倒壊させずに済んだ。そんなことになれば、この場に居る誰もがどうしようもない絶望的に苛まれただろう。

 

 この時、ウルザ達はセナの姿が無くなっていることに気が付いていなかった。彼女がどこに行ったのかは、万力のような力で踏みしめられたことで、セナの足の形に窪んだ石の地面が教えてくれる。

 

 そのつま先はアベルトを追っていた。

 

 

 〇

 

 

 アニスの黒色破壊光線が起こす轟音を背にしながら、アベルト、七星、ラインコックのカミーラ使徒は全速力で王者の塔を離れていた。森の中を走りつつ、アベルトと七星は話し合う。

 

「あれは確かに我々では相手取ることは出来まい」七星が言った。

「でしょう? だから、手札が必要なんですよ。そのためのアニスさんでしたが……残念です」

「はぁ、はぁ……」ラインコックが肩で息をしている。

「ここまで来ればいいだろう。少しペースを落とそう」

「……そうですね」

 

 三人はそれでも止まらずに話を続ける。一歩でもあの怪物から離れるべき。そういった考えが無意識に彼らの中に植え付けられていた。

 

「結局はカミーラ様のお力に頼る他ないかもしれないな」七星が苦虫を噛み潰したように言った。

「はぁ!? 人間ごときに、カミーラ様のお力なんて……!」

「あれがただの人間ではないことなど、お前もわかるだろう」

「……でも!」

「確かにカミーラ様のお力をお借りするのがいいのかもしれません」アベルトが言う。

「アベルトまで!」

「しかし、それだけに頼っていいとも思えません。我々でも、彼女を倒す手段を探るべきでしょう。なにせ、セナ・ベリウールはリーザスであの魔人サテラを下した人間ですから」

「リーザスのことは話に聞いているが、魔人の敗走は魔剣カオスによって起こったのではなかったか?」

「いいえ、どうやらサテラだけはカオスを用いずに、セナさんが打倒したそうです」

「そんなの、人間の嘘っぱちでしょ!」

「満更、そうとも思えませんがね……」

「……ともかく、あの女がカミーラ様にとって危険な存在だということはわかった。お前の言う通り、我々の方でも何か対抗策を考えよう。しかし、アベルト。やけにあの女を殺すことにこだわるな」

「それは…………そうすべきと教えられましたから」

「? いったい誰に────」

 

 アベルトと七星が音に気が付くのは、ほとんど同時だった。少し遅れて悪寒が彼らを襲う。そして声が聞こえてきた。

 

「────どうして、思うのかしら。人のことを踏みにじって、苦しめて……それでいつまでも報いを受けないなんて」

 

 森の木々たちの中から現れたセナは、ボロボロに見えた。しかし、それは正確ではないとすぐに理解する。

 彼女はボロボロだ。しかし、その傷は神魔法の光と共にみるみる内に治っていっている。

 

 アベルトは驚いた。あんな風に傷口だけが光を放ち、治癒していく光景を見たのは、生まれて初めてだった。凄まじい魔力コントロールであることは、魔法が使えない身であってもわかった。

 

「逃がしはしない。黒幕なんて気取らせない。あなたたちの悪だくみは、ここで終わりよ」

 

 使徒たちは武器を構えた。この怪物の危険性を知らせなくてはいけない。そうしなければ、魔軍はかつてないほどの打撃を受けるだろう。

 たとえ万に一つしか可能性がなかったとしても、主のために立ち向かわなければならなかった。

 

 そうして、使徒(虐げるもの)人間(虐げられるもの)に挑み────敗れた。

 貴重な魔軍への情報源を三人もゼスは手に入れたわけである。

 

 王者の塔に戻ってきたセナの体には、傷の一つも付いてはいなかった。




アベルトは逃げ切ると思ってましたが、書いているうちに、
セナの「逃がすわけねぇだろ、この野郎」という言葉が聞こえてきたので逃げられませんでした。
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