くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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命乞い

 王者の塔には人員が殺到していた。魔人の使徒たちを拘束するために、マナバッテリーの供給を再開させるために、あるいは王者の塔の倒壊を防ぐために、とにかく大量の人員が必要だった。

 

 幸運なことは、この王者の塔を管理している四天王、山田千鶴子が無事だったために、彼女の情報魔法を十全に利用できたことである。

 連絡は素早くゼス各地へ届けられ、なすべき仕事は次々に片付けられる。そのはずだった。

 

 作業を始めてから数時間後、マジノラインへ送られている魔力がさらに低下したのだ。

 原因はすぐに判明する。弾倉の塔にあるマナバッテリーが破壊されたのだ。それはランス達グリーン隊が防衛を担当した場所である。

 

 もし千鶴子の魔法で彼らの無事が判明していなかったら、セナはどれだけ取り乱しただろうか。ランス達もまたこの王者の塔に向かっている。話し合いは合流してからということになった。

 

 胸をなでおろすセナだったが、現状は悪化している。稼働しているマナバッテリーは一つ。このままではマジノラインが停止し、魔軍がなだれ込んでくることになる。

 

 山田千鶴子はウルザを交えて、これからの対策について話し合い始めた。当然、その話し合いにセナは不要である。

 

 そのため、セナは使徒たちの見張りを一手に担うことにした。これはセナにしか出来ない仕事だ。

 

 拘束用のアイテムで縛られ、牢屋に入れられている使徒たちを注意深く見つめる。不思議な気分だった。父が話す魔人の使徒のイメージと合わない。七星と呼ばれていた男は、戦うときにはドラゴンの形態をとっていたが、いまは外見だけなら人間そのものだ。それ以外の二人も見た目だけなら人間と何ら変わりない。

 

 だから、殺さなかったのか?

 自問し、そして否定する。確かにマジノラインが停止の危機にある以上、この三人を生かしておくリスクは当初よりもかなり大きくなった。だが、安易に殺せばいいとも思えなかった。

 

 思い出すのはかつて戦った魔人サテラだった。

 

 彼女は自身の使徒であるシーザーとイシスが傷ついたとき、激怒していた。魔人と使徒の間には特別な絆があるのだ。彼ら三人を殺したとき、その主人がどれほどの怒りを持つか、想像もできなかった。

 

 生きてさえいれば、とれる選択は多くなる。そう思ってはいるものの、セナの頭では、どういう選択肢があるのかまではわからなかった。

 

「でも、きっと、何かあるはず」

「──言い訳ですね」

 

 不意に言葉を被せられて、セナはハッとする。いつの間にか、アベルトが目覚めていたのだ。

 

「考えていることが口に出るのは、精神病の症状じゃなかったんですね」

「……癖よ。昔からの」

「記憶が無くなっても、抜けないものですよね。癖っていうのはお互い厄介だ」

「お互いって、なに? まさか自分が使徒だって忘れて、アイスフレームに参加してたとでもいいたいの?」

「そうですよ。よくわかりましたね」

 

 その言葉が本当なのか冗談なのか、今の張りつめてないセナにはわからない。わかるのは、抵抗の意志がアベルトにないことだけだった。

 

「それで、僕らの処遇ですが、セナさんの強い希望でなんとか生存って感じですかね?」

「随分余裕そうね。言っておくけど、また悪だくみをするなら私が斬り捨てるわ。容赦はしない」

「説得力がありませんね。それが出来るならば、ぼくが目覚めるはずがない」

「出来るわ」

「…………みたいですね。いやー、弱ったな。前に会った時よりも随分素敵になっちゃうんだもんなぁ。そうだ、何かぼくたちに聞きたいことあるんじゃないですか? この状況ですから」

 

 妙に協力的な様子にセナは眉を顰める。

 

「どういうつもり?」

「簡単ですよ。命乞いです」

「随分ずうずうしい命乞いね」

「セナさん相手にはやる価値がありますし、ぼくにはやる必要もありますからね。あなたがどんなに素敵になっても、愛する主には代えられませんから」

 

 嘘ではない……気がする。しかし、怪しいのでセナは疑いつつも質問する。

 

「じゃあ、あなたたちは誰の使徒なの?」

「魔人カミーラ様ですよ」

 

 あっさりと名前が出たことと、出てきた名前にセナは驚いた。

 魔人カミーラといえば、歴史の教科書にすら載っているビッグネームだ。本当にアベルトはカミーラの使徒なのだろうか。そんな疑念が頭をよぎった。

 

 しかし、考えても仕方のない疑問である。緊急時ならともかく、セナにアベルトの言葉の真偽を確かめる術はない。

 

 だから、そこについては妥協することにした。セナは思いついた質問をどんどんアベルトに投げかける。そして、返答を出来るだけ正確に記憶した。その真偽を判断するのは、ウルザかあるいはランスがやってくれるだろう。

 

 魔人のこと、ペンタゴンのこと、アベルト達のこと。しばらく、質問を続けていると、不意にアベルトが言った。

 

「今日はここまでにしておきますか」

「……あなたにそんなことを言う権利があるとでも?」

「権利云々はわかりませんが、ぼくの知っていることをすべて話すわけにはいきません。だって、そうしたら、もうぼくたちは用済みじゃないですか。命乞いになりません」

 

 言っていることはもっともだった。むしろ、最初に話す量としては多すぎるぐらいだ。

 

「セナさんも思ったより重要な話が聞けて満足でしょう? だから、引き続きぼくたちは殺さない方向で進めてくださいよ」

「…………まぁ、そうね。ウルザさんたちも、この調子ならあなたたちを生かす価値ありと思うでしょうね」

「お! 思ったよりも高評価みたいでうれしいです。もしかして、もう一つのお願いも聞いてもらったりできますか?」

「まぁ、内容次第ね」

「じゃあ、セナさん、死んでもらっていいですか?」

 

 全く悪意も敵意もなく、アベルトが言ったので、セナはさすがに動揺した。

 

「あなたは強すぎる。カミーラ様に届くかもと思うほどです。言葉を借りるなら、バランスブレイカーですね。それこそ、人類と魔軍の均衡を崩しかねない。それは、あなたが思っているより大変なことですよ」

「……悪いけど、死ぬ気はないわ」

「…………ですよね。忘れてください。続きはまた明日にでも。次はもっと素敵なことをお教えします」

 

 そう言って、アベルトはセナに背を向けて寝転がった。もうこれ以上話すつもりはないようだ。

 セナはアベルトの言った言葉の意味を考えていた。しかし、その意味など自分には読み解けないとあきらめると、再び使徒たちの見張りに戻る。

 

 その数時間後、使徒を無力化するマジックアイテムが王者の塔に届いた。

 ランス達が到着するのは、それよりさらに時間が経ってからだった。

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