たとえセナに静かで劇的な変化が訪れていたとしても、ゼスの崩壊は歩調を緩めず淡々と迫ってきている。残された時間は多くない。
ラレラレ石の撮影が終わり、ではこれからどうしようかと考えた時、すぐにセナが提案した。
「やっぱりもう魔人と戦うことは確定してそうだし、ランスくんが魔剣カオスをリーザスからとってくるべきじゃないかな? 見たことないから何とも言えないけど、元魔王さえ倒した武器があれば大丈夫でしょ」
「はぁ? なぜ俺様がそんな面倒なことせねばならん。もう十分役目は果たした。帰る」
あまりにも突然の言葉に一同は驚き、言葉に詰まる。何を言うべきか迷ったウルザと違って、セナは素っ頓狂な声を上げた。
「な、な、な、なんでぇ!!? 今かなりいい感じだったじゃない!! これからはアイスフレームと王国で頑張っていきましょうみたいな!!」
「しらん。つまらん。しんどい」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 魔人! 来てるのよ! サテラより強いの!!」
「うるさい。わからん。しんどい」
「ほっときましょうよ。セナさん。こんなやる気のない奴がいても、士気が下がるだけよ」志津香が腹立たしそうに言った。
ぴくっとランスの表情筋が動く。「そうだ。俺様。やる気ない。だから、俺様以外でゼスでもなんでも救え」
その時、シィルは気が付いた。ランスは本当に戦うのが面倒くさくなったわけではない。ただ単純にちょっと意地を張りたくなってしまっただけなのだ。
まったく無意味な意地ではあるが、なぜかランスはこういった意地を張りがちだった。
このままだと発言の撤回ができず、本当に帰りだすかもしれない。おそらく帰ると言いつつ比較的近くでぶらぶらする形になるだろうが。
「────いえ、ランス殿がゼスに貢献してくれたのは事実。戦いたくないというのならばそれを強制することは出来ますまい」
ガンジー王の慈悲深い言葉にシィルは益々慌てる。そんなことを言われては、ランスは今更参戦しますなどと言えなくなってしまう。
どうすべきかシィルの頭がフル回転し始めたとき、再び気の抜けたセナの大声が響きわたった。
「ダメダメダメダメ!! ランスくんがいなきゃどうしようもないわ!! 考え直してよ!!」
「ふーん、そんなこと言われてもしらん」
「お願いお願いお願い!! この通り!!」思いっきり手を合わせてセナが言う。
「セナちゃんは最強なのだろう? だったら、俺様の助けなど要らぬではないか」
「私は最強だけど、ランスくんはもっとすごいでしょ!! だから、お願い!! 私にできることなら、何でもするから!!」
「ほう!」
ランスの目がキラリと光った。一瞬遅れて、セナが自分の失言に気が付く。
しかし、撤回の暇なくランスがセナに耳打ちをした。
「うぐ……」
呻きながら顔を赤くするセナ。どんな類のことを言われたかなど、ランスを知る者だったらすぐに分かった。
セナは考える。マジック王女の前で啖呵を切った手前、魔人討伐に必須であるランスの協力を得られないことなどあってはならないことだ。
「わか……ったわ! それで……いい……!!」セナがたっぷり悩みながら答える。
「ぐふふふふ、そーかそーか! がははははは!! そんなに頼むなら協力してやろう!!」
「あんた、まさか最初からこれを狙って……!」志津香が言う。
上機嫌になったランスはそれを無視してドカドカと準備に歩き去る。まだ顔の赤いセナはかなみやマリアからご愁傷様と慰められていた。
その光景やランスの背中を睨みつける志津香を、こっそりと見つめながら、シィルは思った。
違うんです。そんな狙いがあったわけじゃないんです。たまたまなんです。すみません、セナさん。ありがとうございます、セナさん……。
そしてその日、セナはゼス中のファッションショップをリストアップした。どういった用途で使われる服を探しているのかは、言うまでもないだろう。
〇
次の夜明けが来る前に、ランスを筆頭としたグリーン隊の面々とセナは別れた。セナはマジノライン地区へ、ランスたちは魔剣カオスを取りにリーザスへ。まったく逆方向である。
こちら側に付いてくるのは、道案内のカオルと、主に同行を命じられたドルハン、そしてなんとあのアニス・沢渡であった。
「おおっ! セナ様お久しぶりです! お任せください! アニスならば、セナ様がどんなに暴れても怪我をさせずに止められますよ!」
元気いっぱいの言葉にセナは首をかしげる。話を聞くに止めるのは自分の方ではないだろうか。
「実はですね」カオルが補足するように言った。「セナ様が療養している間、何度か暴れてしまうことがあったんです。その時、力を貸してくださったのが、アニスさんです」
「へー! そんなことがあったのね、知らなかったわ」
言わなかったのである。暴れて迷惑をかけていたなんて少し前までのセナでは受け入れられなかっただろう。また止めたという穏当な言葉で表現されているが、あれは本当に死を覚悟する攻防だった。宮殿が吹き飛ばされなかったのが、カオルには奇跡のことに思えた。
もはやそんな過去のことなど気にもしない最強二人は、仲良さげに手を取り合った。
「よろしくね、アニスちゃん! 頼りにしてるわ!」
「おお……! 普通にしゃべるセナさんにとっても感動しました! 任せてください! アニスは全身全霊で敵をやっつけます!!」
メラメラと燃えるアニスに再び不安が沸き上がってきたカオル。
そんな不安を払拭するように千鶴子の声が聞こえてきた。
「いいことアニス。あっちに行ってからも、私やセナさんの言うことをしっかり聞くのよ」
「あら、千鶴子様もこちらに?」カオルが言う。
「ええ。こっちの指揮はパパイアに任せるわ」
「パパイアちゃんに」
「ええ。セナ様に会いたがってましたが。ちょっと難しいでしょうね」
その言葉にセナは複雑そうな顔をする。やはり、まだ思うところあるのだろうか。カオルがフォローしようとしたが、すぐにセナは顔を上げる。
「あの、そろそろセナ様っていうのは、やめてもいいんじゃないかなって私……」
全然違う内容だ。
カオルは面食らいながらも返答する。
「いえ、セナ様はゼスのために戦ってくださっているお方。敬意を持って接するのは当然です」
「でも! ゼロだから! いまプラマイゼロだから。ね!?」
マジックの言葉を相当気に入っているらしいセナが言った。
「わかりました、セナさん! 客将ではなく、これからは戦友というわけですね!」元気よくアニスが言った。
「アニスちゃん~!」
喜びの抱擁を交わしあいながら、セナは千鶴子とカオルを交互に見る。
先に折れたのは千鶴子の方だった。
「……はぁ~、わかったわ。パパイアの幼馴染だって話ですし。様付けは控えます」
「千鶴子ちゃん!」
「ちゃ、ちゃん?」
千鶴子はいままでされたことのないちゃん付けに動揺する。
そして最後にセナは再びカオルを見た。初めてであった頃のように明るく、その頃よりも身勝手に。まるですべてをやり直すように。
「……では、セナさん、とお呼びさせていただきます」
「うん。よろしくね、カオルちゃん」
また一つ、後悔をほどいたセナは、清々しい気持ちで、アルデンヌへ出発した。
〇
アルデンヌに到着してからの時間は矢のように過ぎていった。
到着時点でマジノラインへ供給する魔力量はギリギリもいいところ。あと三日もすれば魔力切れを起こし、魔軍がマジノラインを超えてくるだろう。
本当の勝負はそれからだが、それまでの準備にも大変な労力が必要だった。
最強だのなんだのと、王者の塔の会議室では啖呵を切ったセナも、雑事あふれる鉄火場では、単なる一労働力に過ぎず、物資を運んだり、武器の確認をしたりと大忙しだった。
やりたいようにやってやると決めたとしても、根がお人よしの女である。頼まれれば頼まれただけ、「これくらいなんともないですよ」の一言で請け負ってしまう。
そんな風に過ごしていたから、その時が来るまで、セナはほとんど緊張しなかった。
ちょうど基地にある保存食の数を数えている時に、千鶴子からの呼び出しが入って、セナは会議室に向かう。
会議室に行くと、この基地にいる主要なメンバーはすでにみんな集まっていた。
「いよいよ?」
「ええ」
セナの短い問いに千鶴子が同じく短く返答する。それから、軽くこれからの振り返りがされた。
マジノラインが停止した直後、ゼス全域にラレラレ石の録画が放映される。内容はもちろん、セナがカミーラの使徒たちを使って、くだんの魔人をおびき寄せるためのものだ。
放送した後、マジノライン付近で監視を行っている部隊から連絡を受け取る手はずとなっている。
もしこちらの狙い通りにカミーラがこちらへ軍を動かせば、そのまま防衛戦の準備をする。
こちらを無視して、首都へ軍を動かしたならば、それを追って出撃しなくてはならない。
あくまで放送は策の一つに過ぎず、第二第三の手は用意されている。それでも、自分が深く関わったこともあって、セナはこの作戦に期待していた。もしかすると、魔人と使徒の絆に期待しているのかもしれない。
会議室が緊張に包まれる中、マジノラインが停止するアラートが鳴り響く。
それから少しだけ間をおいて放送は始まった。
〇
『こんにちは。魔軍の皆さん。私はセナ。セナ・ベリウール。かつてリーザスで魔人サテラを撃退した冒険者です。今日は魔人カミーラにメッセージを伝えるために、録画しています』
ゼス全域──魔法ビジョンが届く場所すべて──でセナの映像が映し出される。画面にはセナのほかに、拘束されたアベルト、七星、ラインコックの姿があった。
『ここにいるあなたの使徒たちは、私が対処、拘束しました。随分好き勝手やってくれましたが、こうなってはもう彼らの命は私の手のひらの上。いつだって、殺すことができます』
アベルトに剣を向けながら言うセナの表情には、そうすることによる一片の迷いも見られなかった。
『もし、あなたに彼らに対する情があるならば、
淡々と伝えるセナの言葉に続くように、打ち合わせ通りアベルトが絞り出すような声を上げる。
『来ては、いけません』
セナはアベルトを蹴飛ばした。その速度とキレの凄まじいこと。腕に覚えがある者なら、映像越しでもこの女の強さを察せられる一撃だった。
気絶した──これは演技ではない──アベルトを見下ろしながら、セナは静かに言葉を続ける。
『来るなら彼らは殺さない。誰にも殺させない。私が約束するわ。でも、来ないなら絶対に殺す。これも約束する────それじゃあ、アルデンヌで会いましょう。魔人カミーラ。待ってるわ』
セナがそう言うと、映像は終了した。
〇
映像が終わり、再び会議室に静寂が訪れる。誰も身動き一つしない────訳でもない。
「おお! まさしく悪者! って感じではないですか?」アニスが全く空気を読まずに言った。
「ふ。こういうのはね。正義の味方っていうより、結構悪い奴の方が本当にやるって感じが出ていいのよ。だから、そうやって演技したわ」
キリリと表情を作るセナにキャッキャと喜ぶアニス。アホッぽい雰囲気を醸し出すこの二人が、この基地の戦力の過半数を占める強者であるなどと、どうやったら信じられるだろうか。
気が付くと会議室の空気は弛緩し始めていた。千鶴子はどうこれを締め直すか考え始めたが、先んじてカオルが真逆の発言をした。
「魔軍の動き、通信兵の動き……しばらくは時間がありそうですね。少しお茶にしますか」
「……確かにいまは休憩すべきですね」千鶴子も同意した。
会議室は一転して、騒がしいお茶会のような雰囲気に包まれる。
しかし、この状態が一種のタメであることは、アニス以外全員がわかっていた。
ついにその時が来て、通信兵からの連絡が入る。
『こちらマジノライン国境隊。アルデンヌ指令部、アルデンヌ指令部。報告いたします!』
「はい。こちらアルデンヌ指令部。どうぞ」千鶴子が応答する。
『魔軍は軍を二つに分けました! おそらく進軍の方角から考えて、片方はアルデンヌへ、もう片方はラグナロックアークへ向かっているものと推察されます!』
「了解。報告ありがとうございます。そのまま監視を続けてください」
『了解しました!』
通信は端的に終わる。だが短いやり取りだけで、部屋の空気を一変させるだけの情報が詰まっていた。
「一旦は成功って感じね」セナが言う。
「はい。二軍に分かれるというのも、想定内です。あちらはパパイアが対処するでしょう」
基地の司令官を任じられている千鶴子は一度目をつぶり、再び覚悟を決めた。
「これより、作戦通り防衛戦を行います」
やはり短く簡潔に。
しかし、戦争は始まった。