くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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アルデンヌの戦い

 カミーラ率いる魔軍はその数の割には迅速に行軍した。道中の村々を多少略奪する程度で歩を緩めることはしない。その速さはカミーラが使徒たちに抱く愛情の深さを示しているようだった。

 

 アルデンヌの街から少し離れたところに、野戦部隊は整列している。偵察兵から知らされた情報通りに北から来る魔軍を待ち構えていた。すでにうっすらと影が見え、その多さに将軍すらも一筋汗を垂らした。

 

 しかし、野戦部隊から少し離れた所にポツンと立っている、セナとアニスにはそういった恐れから来る身体反応は何も見られない。位置関係的に間違いなく魔軍と最初に戦うの場所にいるにも関わらず、二人は何ら自然体だ。

 

 やがて、魔軍がすぐそこまで到達する。当然、魔軍は先制攻撃と言わんばかりに矢と魔法をたっぷりお見舞いしてした。一方でゼス軍はそれを迎撃するそぶりさえも見せない。そうせよと命じられているからだ。

 

 空中で魔軍の攻撃がかき消される。それはアニスが張った超巨大かつ超強固な魔法バリアによる防御である。アニス製なので所々に穴があったが、抜けた部分はセナの正確無比な魔法によってほとんどが打ち消された。残りのものも、被害を出すまでには至らない。

 

 この光景にはさすがの魔軍将軍も驚いた。次の指示を出すまでに少しの逡巡が挟まり、その間にセナの大声が戦場に響きわたる。

 

「よく来た、魔人カミーラよ!!! お前の愛する使途を捕らえた女はここにいるぞ!!!」

 

 魔法で強化された声帯がゼス軍、魔軍すべてに聞こえるほどの音量を作り出した。両軍から騒めきが聞こえる。呼びかけはセナのアドリブだった。しかし、こうすることで、カミーラを呼び出せるという確信があった。

 

 小さな黒い影が魔軍後方から猛烈な勢いで飛来し、セナ達の前に降り立った。

 陶器のように白い肌。常軌を逸して美しい顔立ち。退廃的な黒さを宿した翼。そのどれもが人間離れしたこの魔人の壮美さを彩っている。

 しかし、しかし、しかしだ。

 いまこの魔人から沸き立つ殺意は、その壮美さをかき消し、あまりに恐ろしい怪物であることを雄弁に語っている。

 

 互いの軍から自身に向けられていないはずの殺意に耐え切れず、膝をつく者が出始める。

 その頃になって、ようやくセナは口を開いた。

 

「初めまして、魔人カミーラ。わた────」

 

 雑兵ならば百度は命を落とすであろう爪の攻撃を、セナは飛びのきながら柔らかく防いだ。カミーラが驚いたのは、抜刀の瞬間がほとんど視認できなかったことだった。

 

「私はセナ・ベリウール」鮮やかに着地しながらセナは言った。「不本意ながらあなたと戦わせてもらうわ。あなたも不本意でしょうけど戦ってね」

「ふざけるな。私は貴様を殺し、私の使徒たちを取り返すだけだ。わかったら、さっさと這いつくばって死ね」

 

 今度は殺意に任せて爪を振るうのではなく、殺すために理性を乗せてカミーラは攻撃する。

 しかし、セナは剣と魔法を用いて攻撃をはじく。先ほどとは違い、一歩たりとも動いたりしなかった。

 さすがのカミーラもわずかに表情が変わる。強者であることは理解していた。だがこんな芸当が可能なほどとは想定していなかった。単純な戦闘力なら木っ端の魔人ども遥かに凌駕している。

 

「そう。そんな感じでいいの。どんどん私と戦って頂戴。私の仕事はあなたの足止めだから。一つだけ忠告しておくわ。私を無視してどこかに行こうとしたら、あなたの使徒、殺してもらっちゃうから」

 

 冷静になりかけていたカミーラの頭はその言葉で再び熱くなる。全身全霊を込めてこの女を殺し、すべての尊厳を破壊しきるまで苦しめなければ気が済まない。

 再び右手を振り上げた瞬間、その懐にセナが入り込んだ。

 右の肩口に剣が振り下ろされる。当然、無敵結界がそれを防ぐ。

 

「!??」

 

 無敵結界によってかき消されたはずの攻撃が、確かな衝撃となってカミーラを襲う。セナがかつて紐解いた無敵結界の仕組み。攻撃は防げてもそれに付随する現象は防げない。斬撃は消え失せるが付随していた衝撃は消えない。カミーラが長い生でそれを知らなかったのは、これほどまでに力強く剣を振れる者と対峙しなかったためである。

 

 驚きのせいで鈍った動きよりも、セナの追撃はずっと速い。先ほどの一撃と寸分たがわぬ場所に放たれた二撃目。その攻撃はカミーラに咄嗟の防御反応を起こさせた。

 

 距離にして十数歩。再び二人の間が開く。

 人間如きにそうさせられた屈辱は、久方ぶりに感じる手の痺れへの驚愕と混ざり、わずかな混乱へと変じていく。

 

 セナは開いた距離を詰めることなく、挑発するように剣をカミーラへと向けた。

 

「さぁ、魔人カミーラ。人類最強の力を味わうがいい」

 

 来る。

 カミーラがそう思った瞬間には、首に衝撃が走った。先ほどよりもさらに一段階速い。その分伝わる衝撃も大きい。

 だがダメージと呼べるほどではない。それゆえにプライドが魔法や飛行ではなく、肉体による攻撃を選択させた。

 

 それを放ったカミーラ自身でさえ、悪手だと理解している。

 当然セナは武術の心得のない、ただ振り払われただけの爪など容易くさばく。そして、反撃に三度斬りつけ、カミーラの脳髄をイラつかせた。

 

 それでも、カミーラは攻撃を続けた。いくらこの女が卓越した剣技を持っていたとしても、人間と魔人の間には確たる差が存在している。生まれついての、決して埋まることのない差。それを持って、この凄まじい達人を嬲り殺しにすることで、ようやく留飲は下がるだろう。

 

 攻撃。反撃。攻撃。反撃。

 

 いつの間にか、カミーラたちだけではなく、ゼス軍と魔軍も戦い始めている。彼らはセナとカミーラの戦いを邪魔しないよう──あるいは巻き込まれないよう──二人をぐるっと囲むように戦っている。戦場にぽっかりと空いた穴は一つのステージのようで、セナはやはり踊り子のようだった。

 

 攻撃。反撃。攻撃。反撃。

 

 肉体のスペックであれば上のはずの、魔軍がゼス軍に押し返される。防衛戦は元来防衛側の方が有利である。しかし、それだけではない。明らかにゼス側の士気が高い。

 それはセナの驚くべき強さを目の当たりしているからだ。ゼスは最も多く魔人の脅威に晒されてきた国である。魔人とたった一人で渡り合う異常さを最も理解できる国民なのだ。

 

 自分たちは英雄と共に戦っている。

 その興奮が兵士に全力を超えた力を与えている。

 

 しかし、それもセナがカミーラに倒されれば終わる。

 誰もがそれを脳みその奥で理解している。

 

 攻撃。反撃。攻撃。反撃────いつからこうしている?

 

 ふとカミーラは思った。

 もう本格的な戦闘が始まってから、ずいぶん経つ。体の痺れは無視できないものになっていた。特に腕はわずかに痛みさえ感じている。

 

 セナの方はというと戦い始めてから全く変わっていないように見える。

 踊るように斬り、避け、防ぐ。

 そう変りなく。あまりにも変わりなく。

 

 目が合ったのはその時初めてカミーラがセナの顔を見ようとしたからだ。

 

 穏やかな微笑みが女魔人へ返される。

 

 カミーラは飛びのいた。この日二度目のことである。

 空中からの攻撃、あるいは中距離戦。とにかく自身の得意なスタイルに切り替えなければ、この女を殺すことは出来ない。そう認めた。もし愛する使徒達がセナに捕まっていなかったら、プライドが邪魔して永遠に認めることが出来なかっただろう。

 

 だがカミーラは知らなかった。拮抗した力を持つ者同士の戦いでは、出かける間際に帽子を取り替えるような気軽さで、戦い方を変えることなどできないということを。

 

 上空に羽ばたくよりも先にセナは再びカミーラの懐に舞い戻った。叩きつけるような一撃。明らかに今までで一番の衝撃。それはこれまでの攻撃が本気でなかったことを意味している。

 

「ふざけるな!!」

 

 思わず叫びながらカミーラは力ずくで飛翔した。いかにセナの剣とはいえ、無敵結界越しに斬りつけただけでは、かの魔人カミーラを地に留めることは出来ない。

 飛び上がるカミーラを指さしながら、セナが言う。

 

「アニスちゃん! いまよ!」

「ようやくですね!」

 

 ずっとセナの後ろに控えていたアニスが杖を天に掲げる。

 その瞬間、空が爆炎に包まれた。

 

「な! に!?」カミーラが言った。

 

 青空を覆いつくすほどの魔法による爆発に、カミーラも上空から攻撃していたモンスターも巻き込まれる。

 味方殺しのアニス。しかし、空に味方はいない。

 モンスターは死に、爆風によって体勢を崩したカミーラも、たまらず地上へ戻った。

 

「アニスちゃん。もう大丈夫」

「とー! やー! とー!」

「アニスちゃん。大丈夫だよー!」

「ちょわー! とととー! ららー!」

「アニスちゃん!!!」

「あ、はい!」

 

 セナは地に立つカミーラに向き直る。

 

「魔人の弱点はたくさん知ってるわ。どう戦うべきかも考えてきた。さぁ、もう一曲踊りましょう? 魔人カミーラ」

「貴様……!」

 

 憤怒の形相でカミーラはセナを見る。戦いが再開されるかと思われたが、魔軍が撤退していく。どうやら、アニスの魔法が決定打になったらしい。

 

「どうやら、ここまでみたいね。あなたも他の奴らと一緒に立ち去って頂戴」

「ふざけるな!!」再びカミーラが叫んだ。「殺してやるぞ! 殺してやる!」

「別にお願いでも、提案でもないわ。嫌なら、あなたの使徒を殺す。ここで帰るなら、少なくとも次来るときまで彼らは生かしてあげる」

 

 もはや言葉さえ失いそうになりながら、カミーラは構えを解いた。

 

「素敵ね……」

 

 思わずセナは呟いた。どうしてか、カミーラにはその言葉が嘘でないと分かった。嘲りでも皮肉でもない。純粋な賞賛だ。

 敵からそのような感情を向けられるのは初めてだった。だがやることは何も変わらない。

 

「お前を殺す。お前が守ろうとするこの国もすべて滅ぼしてやる」

 

 カミーラはそう言って、その場を飛び去った。

 残されたセナは見えなくなるまでカミーラの背を見つめていた。

 周りから聞こえてくる歓声はどこか遠い出来事だった。

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