くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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夜襲

「負けます。すぐにではありません。しかし、確実にいずれ負けます」

 

 千鶴子ははっきりとそう言った。

 まだ余裕がありそうなセナは椅子に深く腰掛けながら返答する。

 

「でしょうね」

 

 戦いが終わった後、セナは退却しながらこちら側の戦力状況を確認した。損害はほどほど士気も高い。だが転がっている死体の数を見比べれば、戦況が悪いことはセナにも理解できた。

 そもそも、相手は約二万五千の大軍勢。防衛戦とは言え、こちらとの兵力差は大きすぎるので、当然の結果だった。

 

「だから、私たちはランスくんを待つ。もしくは、マジノラインが復旧するのを待つしかないよ。あるいは……」

「あるいは?」

「……ううん、気にしないで。やっぱりそれらを待つしかないわよ。あっちの状況はどんな感じ?」

「王者の塔に関してはいまだ復旧中とのことです。カオス捜索隊ですが、カオスの位置は確認できたそうです。しかし……どうやら、カオスが廃棄迷宮に捨てられてしまいそうらしく」

「捨てられるってカオスが!!? 魔王すら倒せる魔剣だよ!!?」セナが驚く。

「そうです」

 

 セナはへなへなと椅子に座り込んだ。さすがにこの情報は予想外だ。ランスがカオスを持って戻ってくる。そんな希望があるから、ここでの防衛戦を敢行したのだ。

 

 いっそのこと逃げてしまおうか。そんな誘惑がセナを襲う。踏みとどまったのは戦友である千鶴子の顔を見たためだった。

 

「ま、まぁ、ランスくんなら何とかするわ。とにかく今は次の戦いに備えましょう」

「そうですね。セナさんはお休みください。あなたがこの作戦の中心なのです」

「わかってる。シャワーを浴びて、部屋に戻るわ。ご飯は用意してもらえる?」

「もちろん。しかし、本当にあの部屋を使うんですか?」

「当然。それじゃあ、千鶴子ちゃんも休んでね」

「ちゃんはやめてくださいよ、ちゃんは……」

 

 身を清めてから、セナは用意された部屋へ戻った。アルデンヌの基地にある小さな部屋。ある貴族が無理を言って作らせた、国境近くの要塞には似つかわしくないその部屋は、見張り塔を除いて一番高いところにある。愚かしい構造だ。国を守るための施設にまるでスイートルームのような部屋。バルコニーまでついているこの部屋は防衛面から見ても、愚かと言わざるを得ない。

 

 それでもセナはその部屋を使っている。一番いい部屋ということもあるが、一番目立つ部屋だからだ。

 

 訂正。一番いい部屋というのは、今は違うかもしれない。

 部屋の扉を開けると、まず視界に入るのは部屋の三分の一を占める牢屋だった。中にはカミーラの使徒が入っており、それを見張るようにカオルとドルハンが待機している。

 

「ただいま、二人とも……五人とも?」

 

 なんでもないことのように言うセナに、ラインコックが視線で抗議した。セナはそれを無視してカオル達に話しかける。

 

「どうにか一日目終了って感じね。カミーラは平気だったけど、全体的にはやや負けね。そっちはどうだった?」

「こっちは問題ない。さすがのこいつらもここまで拘束されてはどうしようもないな」ドルハンが答える。

「一度、ラインコックが暴れようとしましたが、ドルハンさんのムシによって無事鎮圧しました」カオルが補足した。

「よかった。これからも頼むわ」

「……なぁ、セナ。やはりこいつらは殺した方がいいのではないか? そうすれば、わしたちも戦いに行ける」

「駄目よ。それだけは駄目。私はそれを隠しながら戦えないし、バレればもうカミーラは私に付き合ってくれないでしょうから」

「そうか……」

「それに忍びないわ」

「忍びない、ですか?」カオルが聞く。

「カミーラは本当にそのために戦って……それなのに使徒たちは死んでたなんて、忍びないでしょう?」

 

 今の状況ではあまり褒められた言動ではなかった。セナもそれを理解しているので、この二人の前でなければ言わなかっただろう。

 

「だから、カミーラが約束を守って、ずっとここに戦って来ているうちは、彼らを殺さないでね。守ってあげて」

 

 その言葉には二人に対する深い信頼が込められていた。

 

「あと、出来ればなんだけど」今度はやや言いづらそうにセナが口を開く。「私が負けても殺さないであげて」

「────魔人カミーラから余計な怒りを買わないようにですね」意外にもカオルはセナの意を汲んでくれた。

「ま、そうだね」

「そんなことしても、カミーラ様はゼスを滅ぼすと思いますよ」

 

 アベルトが茶々を入れる。だがその通りだ。この場にいる誰も、使徒三人を返せばカミーラの怒りが収まるなどと、都合のいいことは考えちゃいない。

 

「……でしょうね」観念したようにセナが同意する。

「おや、認めるんですね。意外だな」

「だって絶対止まらないもの。今更あなたたちを返したって」

「わかってるなら、どうしてそんな無駄なことを?」

「……それが筋ってもんでしょう?」

 

 アベルトは声を出さずに少しだけ驚いた表情でその言葉を受け止めた。

 

「愛する人を人質にして、戦わせて、でも負けたから人質は殺すなんて、あんまりだわ」

「立派な心掛けですね。そんなことしても何の意味もないですよ」

「だからなに?」アベルトの揺さぶりを即座に蹴っ飛ばす。「私は私の筋を通す。邪魔されるのは仕方ないけど、否定されようと関係ないわ」

 

 かつての情に流されるセナはいない。今は情を捨てずに己という確たるものを持っている。その姿勢はアベルトからすればあまりにも厄介なものだった。

 

「さて、食事にしましょう。あなたたちもね」

 

 セナは教えられた魔法を使って、アベルトとラインコックの手を自由にする。

 

「悪いけどあなたはどっちかに食べさせてもらって」

 

 七星に対してセナが言う。ドラゴンの姿になられるとさすがにこの部屋では抑えきれないため、七星への封印は他の二人よりも厳重なものになっている。

 

 その様子を見て、ドルハンはやはり微妙な顔をする。わざわざ封印を緩める意味などあるとは思えない。だがセナにしてみれば意味大有り。彼らに食事を与えなければ、当然彼らは死んでしまうし、かといって封印を緩めなければ食事を与えづらい。だったら、いっそ彼ら自身に彼らの面倒を見させればいいのだ。

 たとえ緩めた封印のせいで逃げようとしても、セナならばそれより早くに使徒の息の根を止められる。これだけ彼らを生かそうとしながらも、いざとなれば即座に首を刎ねることが、いまのセナにはできた。

 

 そうしては同じ部屋の中、六人は一緒に食事を取った。あまりにも自然にセナが世間話をするので、まるで本当にピクニックのようだった。

 六人分よりもずいぶん多い──セナのせいだけではない。ドルハンもかなり食べる──皿が空になり、あとは休むだけとなった時、セナは備え付けてある豪奢なベッドではなく、椅子に座った。リクライニングチェアで、部屋と同じく高級なものだ。

 

「ベッドを使っていただいていいんですよ?」カオルが心配そうに言う。

「いいの。今日……それか明日くらいまではこっちの方が良いわ」

 

 カオルは首を傾げるが、セナに譲る気がなさそうなので、それ以上はなにも言わなかった。

 セナは椅子を思い切り倒して眠る。胸にわずかな期待を抱きながら。

 

 

 〇

 

 

 セナは何の前触れもなく目覚めた。まだ外は暗い。夜明けまではまだまだ時間があるだろう。

 剣を手に取りながら、立ち上がる。

 

「どうした?」

 

 カオルと順番に夜の見張りをしていたドルハンが声をかける。

 

「ちょっと予感がね」

 

 ドルハンはその言葉で立ち上がった。集中している時のセナの感覚は常軌を逸して鋭い。その彼女が何かを捕らえた。何もないはずがない。

 

 二人はバルコニーに出る。素晴らしい景色だ。昼の戦いで転がった死体が見えなければ、もっといい景色だったろう。

 暗闇を見通すことのできるムシ使いであるドルハンと、そうではないはずのセナはほとんど同時にそれに気が付いた。

 魔軍が去っていった北の方角から、飛翔体がこちらに向かってきている。今は豆粒よりも小さくしか見えぬが、すぐにここまでたどり着くだろう。

 それほどの速度で空を飛べる生き物の心当たりは、たった一つしかない。

 

「まさか!」

「ええ。カミーラでしょうね」

 

 セナは冷静に左手の人差し指を向けた。

 

「ライトニングレーザー」

 

 細く黄色に輝く線がまっすぐに夜空を二分する。鋭く速く飛ぶことを目的として加工された魔法は、カミーラに見事直撃し、当然のごとく無敵結界に打ち消された。

 

「なにを」

「呼んだのよ。伝えてあげたの。ここに居るって。窓を開けてドルハンさん。ここ以外行かれたら、余計な被害が出るわ」

 

 部屋に戻るとすでにカオルも目覚めていた。少ないやり取りで現状を伝えると、それの襲来を待った。

 

 すぐにバルコニーに美しい竜の女王が降り立つ。やや苦々し気な顔をしているのは、この夜襲をセナに嗅ぎ付けられたからだろう。

 しかし、その表情は部屋の奥に捕らえられる自らの使徒に気が付いた時、一瞬、ただの女の顔になった。

 

「昼ぶりね、カミーラ」セナが釘を指すように言った。「もしかしたら、と思ってたわ」

「………………」

 

 沈黙は思案のためだったのだろう。だがセナはカミーラの事情など考えない。ただ言葉を続ける。

 

「使徒たちさえ取り返せば、もう私に従う必要はない。そうなれば、私を殺す方法なんていくらでもある。それは正解ね。もしくは私を無視して、他の兵士を殺しつくしてしまえば、あとはいくらでも使途を探す時間はある。それも正解ね」

「………………」

「だから、この単騎での夜襲はとても理に叶った手だわ。どちらをするにしても、一人で来た方が早いでしょうね」

「…………どうやって気づいた?」

「私、自分に敵意を持ってる奴が近づいてくると分かるのよ。あなただったら、百回ここに忍び込もうとしても、百回見破れるわ」

「馬鹿なことを……!」

「試してみる? でも、次は使徒の命で代償を払ってもらうわよ」

「貴様!」

 

 殺気と同時にセナは剣を構えた。意外なことにカミーラは攻撃を仕掛けてこない。理由がセナの後ろの使徒たちにあることは間違いなかった。

 

「……約束を違える気はないのか?」

 

 セナにすら、意外な一言だった。プライドの塊である女魔人から、人間側に譲歩したともとれる発言が出るとは。

 

「もちろん。あなたが私と戦う限り、あなたの使徒は殺さないわ……ただし、戦うのは昼。あの戦場でね」

 

 カミーラはセナの言葉を咀嚼しているように見えた。彼女の中でどんな葛藤が起こっているのかわからない。だが、結論はすぐにわかる。

 息を飲むほどの殺気が部屋に充満する。交渉は決裂だ。

 

「……貴様をここで殺す。そして、この基地にいる人間もすべて殺す。私に愚かしい口を聞いた罪はそれでも贖えんぞ!」

「…………そう。いいわ、約束の条件を追加したのはこっちだしね。今回は特別」

 

 セナは剣を上段に構えた。珍しい。傍で見ているカオルはなぜか呑気にそう思った。わかりやすい構えを取ることは彼女のスタイルではない。常に踊るように捉えられぬ剣術こそがセナの剣だ。

 

 カミーラと戦い始めてから、あるいはあの恐ろしい悪魔と戦った後から、セナの脳裏には常に一つのイメージがあった。

 この場において、そのイメージは急速に形となり、セナに己の全盛を確信させるほどになる。

 

 上段に構えた右腕に、静かに左手が添えられる。

 いつもであれば、魔法を敵に放つために空けられている左腕は、セナ自身に魔力を流し込むために使われた。体内を循環する魔力は絶えず形を変え、無詠唱のままセナの持つあらゆる魔法へ変じていく。

 

 強く強く強く。

 肉体の崩壊を恐れることなく魔力を循環させる。命を賭した究極の一撃。そんな風にセナは思った。

 

 だがシィルに神魔法を教えられたその日から、魔力のトレーニングを欠かした日はない。

 崩壊しかけた体は癒しの力で輪郭を取り戻す。セナは再びセナに戻り、己の剣へと意識を集中させた。

 

 流れるように剣を振り続けることこそが、セナの剣の骨子だった。今はセナの中にあるすべての力をただ一刀に込める。

 

 いままで誰よりも速く剣を振ってきた。そんな過去の自分を遥か置き去りにして、セナはカミーラに踏み込んだ。

 

()()()()()()()

 その刃はカミーラには当たらなかった。だが外したわけではない。

 

 魔人に対し、技が無敵結界に触れれば、攻撃は意味を失う。それを通り抜けるのは、現象あるいは余波でなければいけない。

 ゆえにこの一刀は当てない。まさしく空を斬らねばならないのだ。

 

 しかし、その一刀は余波のみで、カミーラの肌を裂き、血を流させた。

 

 決して大きくはないダメージ。だが軽傷とも呼べぬ傷。

 その傷はカミーラに初めて恐れを抱かせた。

 

 衝撃や爆風。これらは結局、強力な魔人の身体を殺しきることは出来ない。

 しかし、斬撃は違う。斬撃は命に届きうる。だからこそ、無敵結界はその侵入を許さない。

 セナの奥義は神のルールに逆らうほどのものだった。

 

 再びセナは上段に剣を構える。体中がジンジンと痺れているが関係ない。

 まだ先がある。そんな確信があった。

 

 その時、部屋に声が響く。

 

「カミーラ様!!」

 

 それはアベルトの声だった。ハッとしたように、カミーラがそちらを見る。

 

「お帰りください。カミーラ様。ここに来てはいけません」

「あ、アベルト……!」

「我々のことは忘れて……と言っても、あなた様はそうしてはいただけないでしょう。ならばせめて、その女とここで戦うのはお辞めください。伏して……伏してお願いいたします」

 

 アベルトは牢屋の地面に頭をこすり付けた。その姿にカミーラが何を思ったかはわからない。

 

「約束は、守るわ」

 

 セナがそう言った。たった一度剣を振っただけなのに、肩で息をしている。

 カミーラは数秒考えてから、飛び立った。去り際に「待っていろ、お前たち」という言葉だけ残して。

 

 セナはその場に座り込む。戦いの後でこんなに披露しているセナをカオルは初めて見た。

 思わず、セナの方に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

「体中が……」セナは息を整えながら言う。「体中がさ……」

「すぐに医療班を呼んできます!」

「……体中がジンジンするから、ジンジン(ザン)って名前にしようと思う」

 

 助けを求めているのかと思ったセナは、その実、ただ新たな必殺技の名前を考えていただけだった。しかも、かなりダサい。ガクッとしたような、ほっとしたような気持ちでカオルは返答する。

 

「……いいと思われます」

「でしょ!?」

 

 そうして、アルデンヌの戦い、その激動の一日目は終わったのだった。




五話目くらいから決定していた、奥義ジンジン斬が出せました。
強さの度合いをずっと悩んでましたが、いっそのことめちゃくちゃ強くしちゃえと思いっきり強くしております。
技の強さ的にはランス10の第二部終盤でも通用するくらい強い気持ちです。
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