くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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こちら同時投稿の前半です。


陥落間際

 あの夜の戦いから一週間が経とうとしていた。アルデンヌ基地と魔軍の戦いは、いよいよアルデンヌ側の敗北で終わろうとしている。

 

 前日、カミーラとの戦いで負傷したアニスの欠員によって、カミーラの飛翔は止められなくなった。それでも、その日を何とか乗り越えられたのは、運がよかったという他ないだろう。

 

 セナは疲労困憊ではあるものの、目立った怪我もなく帰還した。ひどいのはセナ以外の兵士だ。

 彼らはこの一週間のうちに三分の一が死んでしまった。当初高かった士気も今は見る影もない。彼らは気が付いてしまったのだ。英雄と共に戦ったところで、自分も英雄になれるわけではないということに。

 

 いつものごとく、報告を受けるためにセナは千鶴子と共に会議室で向き合った。だが言葉を話すことはない。疲労もあるが、嫌な報告を聞きたくないというのが本音だった。

 

 三日前に通信用に使っていた施設が戦闘によるダメージで使用不可能になっている。そのせいで、ランスのことも、マナバッテリーのことも正確な情報を得ることが出来ていない。

 そのせいで出来る報告と言えば、あとどれくらいで負けるのかという話題だけだ。

 

「お逃げください、もはや明日にはここは落ちます」

 

 千鶴子が言った。セナも大体同意見だ。ここが引き時だろう。

 

「いいえ」口は頭と反対に動いた。「私は逃げない。まだここで戦うわ」

「そうですか……」

「千鶴子ちゃんはどう?」

「我々の作戦は死守です。ここで魔軍を減らせれば、首都で起こっているはずの戦いはこちら側に有利なものとなる。マナバッテリーの修理も間に合うかもしれません」

「そうね」

 

 本来であれば、二日前にはマナバッテリーの修理が終わる見込みだった。そうなれば、マジノラインが復旧し、この地区での戦いは一気にゼス側有利となったはずだ。

 いまなお復旧しないということは、つまりそういうことなのだろう。

 

 ランスくんが居れば。

 セナはそう思わずにはいられない。無敵結界さえ切り裂くことが出来たなら、間違いなくカミーラを倒すことが出来ただろう。

 ジンジン斬は人類史でも類を見ない神業ではあるものの、放つまでのタメがある故に、カミーラに当てるのは困難であり、それ単体で彼女を屠ることは出来なかった。

 

 いや、あの夜ならば出来たのかもしれない。セナはふと考える。

 最もカミーラが混乱しており、最もセナに閃きが宿っていたあの夜。あの時、もう一度剣を振り下ろしていたならば、あの女魔人の首を落とせていたのかもしれない。

 

 セナは約束に拘った。戦場で戦い決着をつけるというシチュエーションに拘った。そのせいでセナは敗北の一歩手前まで来ているのだ。

 ならば、ならば、ならば。

 思考から生まれかけた後悔は霧散していく。情に流され、恨みに流され、理性に流された人生だった。己の意地と共に死ぬなら上々だ。なんという贅沢な終わりだろう。

 

 ────ばかもん。かっこよく死ぬくらいなら、俺様は逃げる。まだまだ俺様に抱かれたがってるかわい子ちゃんがたーくさんいるからな! 

 

 どこかでそんな声が聞こえた気がして、思わずセナは顔を上げた。

 ちょうどその時、一人の兵士が会議室に飛び込んできて、セナの前まで走ってきた。

 

「セナ殿! あなたに合わせろと言って暴れている者が! 我々では対処できません!」

「────すぐに行くわ」

 

 セナは立ち上がった。そんなことをするのは、ランスしかいないと期待し、基地の入口へと向かった。すぐにその期待は半分裏切られることになった。

 ランスではない。しかし、状況を打開する光明であることは確かだった。

 

 

 〇

 

 

 翌朝、再び戦端は開かれた。昨日の出来事により、ゼス側の士気はやや回復している。しかし、その程度でどうにかなる段階はとうの昔に過ぎていた。

 

 はじめのうち、ゼス軍と魔軍は距離を取りながら、お互いに魔法でけん制しあう。魔軍が基地に十分接近すると、野戦部隊が前に出て、モンスターとの近距離戦闘が始まる。この辺りの戦いはひどいものだ。ゼス軍の野戦部隊は他の国に比べて非常に頼りない。魔法偏重体制が近距離戦闘の力を大きく削いでいる。

 

 セナはここで出撃する。野戦部隊が潰されてしまうよりも先に、矢のように飛び出し、魔軍たちを斬り捨てる。凄まじい光景だ。十秒前まで人間たちを力任せに殺していたモンスターは、たった一人の女の手によって、次々と殺されていく。

 蜘蛛の子を散らすように逃げる魔軍がセナを中心とする大きな円を形成し始めたところで、ついに魔人カミーラが登場する。三日前からこの繰り返し。これが最も魔軍を多く削る戦い方だったが、ゼス軍の消耗も少なくない。どちらも消耗するならば、残るのは最初に数が多かった方だ。

 

 カミーラもそれがわかっているから、戦い方を改めない。セナの位置を確定させてから、悠々と現れ、中遠距離からの攻撃を続ける。

 基地に残っている遠距離攻撃部隊の三分の一が空に絶えず爆破系の魔法を放ち、カミーラの動きを制限しようとする。だがそれはアニスがやっていたことに比べれば、半分程度の効果しかもたらさない。その程度ではカミーラを空から引きずり下ろすことは出来なかった。

 この点においては、カミーラも細心の注意を払っている。セナとカミーラの戦いにおいて、もっとも戦況を変える力を持つものは、セナの剣において他にない。それが届く距離から離れることをカミーラは徹底している。

 

 だが、例外的な状況が存在する。

 それは勝利の香りだ。その香りに誘われて、カミーラは地上に降りてくる。自らの爪でセナを殺しにやってくる。

 

(一昨日はずっと空だった。でも、昨日の終わり際、私が一番消耗していた時、カミーラは自分の手でとどめを刺しに来た!)

 

 その行動がプライドによるものか、あるいは強者への敬意によるものなのか、セナにはわからない。だが、チャンスであることは確かだ。昨日まではなかった策が今ここにはある。

 

 セナは暴風雨のような魔法の嵐に耐えながらも、その時が来るのを待った。昨日よりもゼス軍の状況はさらに悪い。必ずカミーラは再び勝利の香りを嗅ぐはずだ。

 

 野戦部隊が崩れていくのが見える。基地側の部隊が恐慌状態になる。それでも、セナはカミーラの相手で手いっぱいだ。どんどん濃くなる敗北の空気はセナの皮膚をぴりつかせた。

 

 来ない。

 唐突にセナは直観する。

 カミーラは来ない。どうして? いま昨日みたいに降りてくれば、私を切り裂く感覚をその手に味わえるのに。

 

 その理由もまた直観だった。

 カミーラには確かに勝利の流れが見えている。だがそれと同時に、このままでは終わらないという漠然とした直観が警鐘を鳴らしている。

 

 何かある。この女には何かある。

 その考えが──ある種の信頼が──カミーラの巨岩の如きプライドを動かさせた。

 

 快楽はもはや要らぬ。こいつはこのまますり潰す。

 

 セナは見誤った。策に入れられなかったのは、己の圧倒的な強さ。人間の枠を大きく外れたその強さに、人間相手に出すはずのない、カミーラの本気が引き出されてしまった。

 

 その時、ゼス軍にとどめを刺すように、巨大なストーン・ガーディアンが地面から姿を現した。

 

 

 〇

 

 

 ストーン・ガーディアンが現れるよりも少し前、基地にいる千鶴子は敗北の気配を感じながらも、必死に打開策を探し続けていた。

 指令があちこちに飛び交うが、ほとんど怒号や悲鳴のようで、意味を成しているものは多くない。

 

「千鶴子指令! 千鶴子指令!」部隊の一人がヒステリックに叫ぶ。

「なんですか?!」対する千鶴子も感情的に言う。

「大軍勢です!! 大軍勢が!!」

「わかってるわ、そんなこと!!」

「違います!! 西()()()()()()大軍勢です!!」

「────」

 

 千鶴子の息が止まる。間に合った。国王の軍が間に合ったのだ。

 だが西? 西からどうして国王軍が来る。首都はここから北東に位置しているはずだ。

 

「どこの部隊!? いったいどこの部隊が来たっていうの!?」

「部隊ではありません!! そ、装備から考えて、二級市民達かと思われます!!」

 

 千鶴子の思考が停止しかける。理解不能だ。なぜここに二級市民の大軍勢が現れる? そもそも、人間とは明確な旗印も無しに大挙として戦場に訪れたりしない。

 誰かが彼らを連れてきたのだ。質問をする前に答えは飛んできた。

 

「先頭を走っているは、あの勇者です!! 勇者アリオスです!!」

 

 

 ○

 

 

 視界の端に映ったストーン・ガーディアンがのけぞる。戦場の轟音の中に一際目立つ真っ直ぐな剣の音が響く。

 何かが起きている。そうわかるのに、視線を向ける暇がない。殺到する魔法の雨を切り抜けるので精一杯だ。

 

 ストーン・ガーディアンが音を立てて倒れる。その時、カミーラの攻め手が止まった。セナは視線を外さない。女魔人は状況に呆然としているように見えた。

 

 倒れたストーン・ガーディアンの方から、人影が一つ飛び出してくる。気配だけ感じながら、セナはまだカミーラを見て、隙を探している。

 

「とりあえず、いつかのトレーニングはクリアだな」

 

 人生で初めて、戦いの途中で敵から意識を離す。本当に思わず、声の方を見てしまった。

 幻覚でも幻聴でもなく、勇者はそこにいた。

 

「どうして──」

 

 セナの声は凄まじい閧の声でかき消される。セナが気が付かないうちに、ゼス軍に多くの二級市民が加わっている。彼らの士気は尋常ではなく高い。

 彼らは知っているのだ、英雄と共に戦っても英雄になることは出来ない。しかし、勇者と共に戦うのならば、己も勇気ある者になることが出来ると。

 

 ゼス軍は体勢を立て直す。それ以上だ。勢いは盛り返し、いまや魔軍を押し返さんばかりになっている。

 

 それがどれほどカミーラに落胆を感じさせるものだったか。眼前まで迫った愛する者達を再び奪われた、そんな感覚。

 カミーラは足元のセナとアリオスを睨み付ける。

 

 だが睨まれた二人はお互いで精一杯だった。再会を願いながらも完全に諦めていたせいで、なにを言うべきかわからない。

 

「君は相変わらず、悪い奴の演技が上手いな」

 

 下らないこと言ったとアリオスは後悔する。だがセナの頬を伝った一筋の涙を見て、その顔を見て、ただ微笑みかけた。

 

 それだけが戦場で許された再会の時間だった。

 再び魔法が天から降り注ぐ。セナは正確無比な魔法バリアでそれを防ぐ。反撃に魔法を撃とうとした時、アリオスがそれを制しているのが見えた。

 

 即座にセナは反撃を止め、防御に専念した。アリオスには何か考えがあるのだ。

 

 わずかな時間の後、その意図がわかった。

 空を覆う爆破の魔法に、闇系のものが混ざる。それも大量に。アニスほどではないが、近しい実力の魔法使いが一人で空を支配しているように見えた。

 

 そうなってしまえば、カミーラは地上に降りてくる他ない。爆風から逃れ、地に足をつけたカミーラへ、セナとアリオスは斬りかかった。

 

 セナはアリオスの剣を見る。記憶にあるそれよりもかなりキレのあるその剣は、彼があれからずっとトレーニングを続けていたことを示していた。

 

 全力で振られた二本の剣は、どちらも真っ直ぐ体の中心に向かって衝撃を残す。カミーラは動けない。わずかな隙が戦場に生まれた。

 

 セナは上段に剣を構え、左手を右腕に添える。カミーラは全身の神経が集中状態になるのを感じ、初めてその構えを見たアリオスでさえ、背中に冷たいものが流れた。

 

「ジンジン斬」

 

 セナの奥義が空を斬る。カミーラは己の持つ全身全霊を持って、防御態勢を取った。その甲斐あって、血を流しながらも命を守り切る。

 だがセナの動きに専心したせいで、近くの地面が盛り上がったことに気が付けなかった。

 

 地面から現れたのはドルハン・クリケット。かつてセナ──あの頃はお銀だったが──にすら不意打ちを成功させた、隠れることを得意とするムシ使いである。

 しかし、彼が何をしたところで、無敵結界に守られたカミーラを傷つけることは出来ない。彼は決め手ではない。彼と共に穴に隠れていた者こそが光明である。

 

 アリオスが現れたとき、なぜ現れたのか、セナにはわからなかった。それでもどうやってここに来られたのかはわかる。前日、おそらく同じ理由でここに来た人間を知っている────いや、人間ではない。

 

 彼はセナの映像を見て、アルデンヌを目指したと言っていた。

 彼はセナのことが心配だったと言っていた。

 彼は──この子は師匠のためにおいらも戦うと言っていた。

 

 光明は、ダークランスは地面から飛び出し、かつて教えられた通りに全身の力を漲らせて剣を構える。

 

「ダークランスアタ──ック!!」

 

 ダークランスの一撃がカミーラの翼を切り裂いた。悪魔の攻撃を無敵結界は防ぐことが出来ない。強者と呼ぶに足りる実力を持った少年の一撃は、この戦いにおけるカミーラの生命線を確実に絶った。

 もはや飛べないカミーラにセナを殺すことは出来ない。つまり愛する使途は死ぬ。その事実に気が付いた時、カミーラの顔を絶望へと染まっていった。

 

 その顔を見て、セナは以前から考えていたことをついに口に出した。

 

「終戦にしましょう。魔人カミーラ」

「……なんだと?」

「終戦にしたいわ。あなたと私。和平を」

 

 カミーラが地に伏せているのを見て、魔軍はパニックに陥り、次々と勝手に退却を始めた。ゼス軍はそれを追い立てようと躍起になる。

 騒がしい戦場の中で、セナとカミーラを中心とした大きな円の中だけは、奇妙な静かさを保っていた。

 

「ふざけるな……! この場において、人間如きが私に情けをかけるのか……!?」

「情けなんかじゃないわ。あなたにそんなものは必要ない。そうでしょ? 強くて美しい女魔人……ただお互いに利があるから、提案しているのよ」

「……利だと?」

「ええ。……あなた、ゼス侵略なんてもうどうでもいいんでしょ? 欲しいのは使徒だけ。愛する者さえ取り戻せれば、もうここにいる理由はない」

「だから、なんだ? 私の使徒を解放するとでもいうのか?」

「……そうよ。アベルト、七星、ラインコックを解放するわ。だから、あなたはここで和平を結ぶのよ」

 

 罠だ。カミーラにはどうしてもそう思えた。話がうますぎる。今ここで、自分という人類の脅威を見逃す理由がない。この交渉は最後の抵抗すらさせないための罠に違いない。

 

 カミーラはもう一度、己の敵の顔を見た。セナの視線はカミーラをまっすぐに見た後、やがてこの場にいるドルハンやアリオス、ダークランスに流れていく。その瞳はあまりにカミーラ自身と似た心を宿している。

 

「もし」呟くようにセナが言う。「もし、ここであなたを殺せたとしても、あなたは私以外の誰かを道連れにするでしょうね。それが私の弟子だったら? ……耐えられないわ。仮にここであなたを逃がして、十年後あるいは百年後、ゼスが滅びることになっても、私は少し悲しむだけよ。そっちの方がずっといい。そうでしょ?」

 

 セナもまたカミーラに自分と同じものを見出していた。

 

「愛する者に比べれば、こんな国(ゼス)のことなんて……」

 

 それはセナの本当の気持ちだった。共に戦った戦友に情がないわけではない。しかし、この国を愛することはもう出来ない。それでも戦う。戦える女になったのだ。

 

「………………あの子たちを私に返すのだな?」カミーラが言った。

「約束するわ」

「ならば、受け入れよう。こんな国の命運など、お前にくれてやる」




おそらくランス二次創作で最もドルハン・クリケットを重用している自覚があります。
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