くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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戦場の踊り子

 ヘルマン軍はセナが体を綺麗にした後、ほとんど間を置かずに来た。

 彼女は先ほど購入した──といっても報酬の一部だからと、マリアが金を出したのだが──踊り子の服で作戦会議の場に現れる。

 当然、事情を知るマリア達技術班以外は強い困惑に襲われた。

 

「こちらは冒険者のセナ・ベリウールさん。防衛戦に参加してくれることになったの」マリアが軽くセナを紹介した。

「セナです! よろしくおねがいします!」

 

 まるで新入社員のような挨拶をする踊り子に益々カスタムの面々は困惑した。

 

「セナ・ベリウールと言えば、近頃話題の冒険者だ。本当なら頼もしいが……」露出度で言えばセナとどっこいどっこいの女戦士が言った。「踊り子とは聞いてないね」

「この格好は趣味と実用のためだよ。ほら、顔が隠れてた方が、今後なにかと都合がいいから」

 

 ヘルマンとリーザスを冒険することもあるかもしれないし。セナはそう考えている。

 

「趣味の方は?」女戦士が続けて質問した。

「踊り子、好きだから」

「ふふふ、オレも好きだよ、踊り子。見てて興奮するし。オレはミリ・ヨークス。よろしくな」

「素敵な踊りは興奮するよね。よろしく。ミリさん」

 

 セナとミリは互いに笑顔を向け合う。マリアはそれを見て、多分二人の興奮の意味合いがかみ合ってないことを察していた。

 

「そんな顔すんなよ、志津香、ラン。こいつは強いぜ。オレにはわかる」

 

 ミリに実力がバレたことにも、他の人には微妙に信用されていないのも、セナは特に気にしなかった。なんならミリに名前を呼ばれた二人の女の子に笑顔で手を振ったりなんかする。

 残念ながら二人からは曖昧な表情以外返ってこなかった。まぁ、仕方ないだろう。どうせ戦いが始まれば信用を勝ち取るのはたやすい。そう思った。

 

 そして、彼女の予想通りになった。

 最初、セナは強い魔法が使えるからと、後衛に回された。皮鎧も脱いだ雇われの冒険者を屈強なヘルマン兵と直接かち合わせるのは忍びないという、マリアの気遣いでもあった。

 

 任せられた後衛で、まずカスタム四魔女と呼ばれた者たちの評価をひっくり返した。

 

「電磁結界! 電磁結界! 死爆!」

「っ! 火爆破!」

 

 セナが後衛でやったことは単純明快。自分が使える魔法の連打である。特に得意とする雷と闇属性の範囲魔法を連打連打連打。ヘルマン軍の勢いを削ぐためにとにかく撃ちまくった。

 隣でその見ていた志津香はその光景に驚愕した。過去の事件で大きく力を失っているとはいえ、魔法使いとしてそれなりの実力を持つ自分をはるかに凌駕する速度で魔法を放っている。しかし、それでいて威力は落ちず、むしろ一般的なものよりもやや強くすらある。

 

 これが最強の冒険者! これなら、もしかして。

 志津香の心に希望が差し始めた。

 

 だがふとセナの顔を見て、少しだけ心配になる。彼女がとてもつらそうな顔をしていたからだ。

 汗もかかず息も切らしていない姿から魔力切れではなさそうだったが、明らかに無理をしている表情だった。

 

「よし、そろそろかき回してくる」

「え」

 

 セナが無理矢理笑顔を作って、志津香にそう言った。そして、飛び出す。質問する暇さえない。

 

 カスタムの主力は魔法使いとマリアが作ったチューリップ部隊だ。当然、前衛の層は薄く、最も損耗率が激しい。

 そんな地獄にセナは何気なく飛び込んできた。そのあまりに場違いな姿に、ただでさえ魔法の連打で困惑していたヘルマン軍は、ますますぎょっとした。

 その困惑もすぐに恐怖に塗りつぶされる。

 

「マジかよ……」ミリが思わずつぶやいた。

 

 それは正しくダンスだった。ただセナが美しく舞い、それに巻き込まれて敵が切り捨てられていく。時折彼女を彩るように弾ける閃光は、彼女の空いた左手から放たれる魔法だ。それがまた一際セナのダンスを鮮烈な印象にする。

 

 もはや誰も彼女の強さを疑っていなかった。敵でさえも、彼女のダンスに近づくことが己の死を意味すると信じて疑わない。

 

 そうして、たった二〇〇名しかいないカスタム防衛軍と数倍もの兵力を保有するヘルマン軍の戦いは、カスタム側の勝利という形であっさりと幕を閉じる。

 カスタムの誰もが勝利に興奮し、希望を取り戻したようだった。

 しかし、その気持ちを力いっぱい表に出すことは憚られた。防衛戦に参加した誰もがセナの顔を見たからだ。

 

 精一杯、嫌悪感を抑えた笑顔をセナは浮かべていた。この戦いは彼女にとって肉体的ではない苦しみを伴うものだったのは明白だ。

 それでも、彼女は戦った。わずかな金と煌びやかな服一式を報酬として。

 

「ちょっとだけまたお風呂入ってもいいかな?」やはり疲れた顔でセナは言った。「少し汚れちゃったから」

「もちろんです」マリアは言った。だがマリアにはセナの体に目ぼしい汚れなど見受けられなかった。彼女は少しの返り血も浴びずにヘルマン軍を撤退させたのだ。それでも精一杯の笑顔で答える。「今日の功労者ですから、好きなだけ」

「ありがとう」

「こちらこそ、本当にありがとうございました」

 

 

 〇

 

 

 与えられた部屋に一人。セナは呆然とシャワーを浴びていた。冒険者になってから、こんなに精神的なダメージを負ったのは初めてだった。

 手にはまだ人を斬った感触が残っている。

 

 無論、殺人は初めてではない。盗賊退治は何度もやってきたし、セナを襲ってきた他の冒険者を返り討ちにしたことだってある。

 好きではないが、気にすることでもない。盗賊や冒険者はそうなることも覚悟しているのだから。

 当然、軍人だってそうだ。それでも、セナは彼らを殺すことにとてつもないストレスを感じる。

 

 原因は明白だ。軍人だった父。まだ幼かったある日、斬殺死体として帰ってきた父。軍人を殺す度、どうしても父を殺している気分になった。

 

「はぁ。マリアさんに気を使わせちゃった。もっと大喜びしたかったはずなのに」

 

 同じ戦場に立てば、それなり以上に情は湧く。カスタムの人々が自分の戦いぶりに感嘆の息を吐く音が喜ばしくなかったわけがない。必死に故郷を守ろうとする彼らを好ましく思わなかったわけがない。

 

 だが、自分は同じことをもう一度できるだろうか。

 

 わからない。戦いの間、胃の中をすべて吐き戻してから、さっさと冒険に戻りたい欲望に苛まれ続けた。いまも逃げ出したい気持ちは変わらない。

 でもそんなことをしたら、カスタムの人たちがどれだけ自分に失望するだろうか。

 それを想像すると、ひどく喉が渇く。シャワーを浴びていても体の水分がどんどん飛んでいくようだ。

 

 ぐるぐると回る負の思考を断ち切るために、セナはお湯を止めた。何か食べた方がいい。それが一番、気分転換になる。

 水の音が止まったことで、部屋に誰かが入り込んでることに気が付く。セナは敵意や害意に敏感なので、侵入者に自分をどうこうするつもりはないことはわかった。

 

 それでも念のため、タオルで体を隠した状態で、左手を侵入者の方に向けるようにして体を出す。これならいつでも魔法で迎撃可能だ。

 

「よう!」ミリは何事もないように手をあげた。

「ミリさん……? どうしてここに?」

「今日のMVPがひっどい顔してたんでな。ちょっと元気づけてやろうと。用心が足りないんじゃないか? 鍵も閉まってなかったぞ」

「誰が入ってきても、大した問題にはならないから」

「ま、そりゃそうか。最強の冒険者だもんな」

 

 ミリはベッドに腰掛けたまま、ケタケタと笑った。戦場で見た鎧は脱ぎ捨てているが、相変わらず露出度の高い服装をしている。彼女もシャワーを浴びたのか、少しだけ髪に湿り気が残っている。

 

「まだしょぼくれた顔してるな。……戦友として、理由は聞いてもいいやつか?」

 

 セナは少し悩んで、ミリの隣に座った。

 

「あまり大した話じゃないですよ。父がゼス軍人だったってだけです。だから、軍人と戦うのは気が引けるんです」

「へぇ」ミリは深く追及はしなかった。

「……ミリさんは──」

「──ミリでいいよ」

「じゃあ、ミリちゃんは──」

「ちゃ、ちゃんはやめてくれよ恥ずかしいから」

「ふふふ、ミリはどうして戦ってるの?」

「ここが故郷だしな……それに手のかかる妹もいる」

「故郷と家族のためか。戦う理由としては最高に近いね」

「ああ、そうだな。セナはどうして戦ってくれたんだ? そんな風になることはわかってたんだろ?」

「…………なんでだろう?」

「なるほど、戦う理由の中では一番よくあるやつだな」

「そうなの?」

「そうとも。実際、オレもどうして戦ったのかわからん戦いってのを何度も経験してきた。正確にはきっかけはわかってる。因縁を着けられたからだったり、金のためだったりな。だが、本質的には多分違う。もっとなにか理由があるが、自分じゃわからないんだ」

「…………」

 

 セナは押し黙った。ミリが言った気持ちはまさしく今自分が感じているものと驚くほど一致しているように思えた。

 縋るようにミリを見る。紫色の瞳がまっすぐとセナを見据えている。吸い込まれそうで安心するようなざわつくような感覚だ。

 

「そんな時、あなたはどうするの?」

「状況による。だが大抵は自分に従う。直観だよ、セナ。やるべきと思った最初の直観が結局は一番正しいんだ」

「じゃあ、今回私がカスタムのみんなと一緒に戦ったのも、私のやるべきことだったってこと?」

「かもな。少なくともオレはそう信じたい」

「……私もそう信じるよ」

「嬉しいね」

「…………ねぇ──」

 

 ポンっとセナは柔らかく肩を押される。そのままグイっとベッドに押し倒される。敵意も害意もないので咄嗟に反応できなかった。

 

「え、あ、え? ミリ?」

「直観。直観だよ、セナ」

 

 覆いかぶさってのぞき込まれるようにミリの顔が近づいた。紫色が爛々と妖しく燃えている。

 セナは目をしばたたかせる。心臓がどきどきと音を立てている。喉はもう乾いていない。

 

「言っただろう? オレは踊り子が好きだって」




元々強すぎる主人公が気に食わなかったので精神的に追い詰めてやろうと思って書いていました。
なんかミリに食われました。
書き始める前にぼんやりあったプロットはこのバリタチによって破壊されました。

対戦ありがとうございました。
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