「不安だわ」
浮かない顔をしてセナが言う。マジノラインの復旧が完了し、皆でラグナロックアークへ向かおうという日の前日のことだった。
もはや救国の英雄──しかも善意の協力者──として国賓待遇になったセナとアリオス、そしてミラクルの三人は、雑用などを振り分けられることもなく、暇な時間を過ごしていた。
本当は空いた時間にはダークランスの指導をしたいのに、これだけ人の目のあるところで、悪魔の子である彼が目立つのは避けたいという、フェリスのもっとも過ぎる意見には勝てなかった。今も、例の貴賓室で親子二人缶詰め状態だ。
これだったら、二人はドルハンと一緒に一足先にラグナロックアークへ向かった方がよかったかもしれない。そんな風に思い始めていた。
だからこそ、この基地を離れられる時がすぐそこまで来たのはうれしい。
だがアリオス──そして、彼女の
「ランスくんが本当に心配……」
「またランスくんかい? 相変わらずだなセナ。でも、件の彼も生きてることはわかってるんだろう? 何が心配なんだ?」
「生きてるのなんてわかってるわ。私が心配なのは、アリオスくんとニーナちゃんのこと! ランスくん、絶対絡んでくるわ! ニーナちゃん美人だし! アリオスくんはさわやかだから! 絶対絡んでくる!」
「あー……確か、凄まじい女好きなんだっけか? それは、うーん、さすがに」
アリオスがちらりと自分の剣を見た。
「ほら! そうなりそうで心配なの!」セナがツッコミを入れる。「二人は絶対相性悪いから心配だわ……」
「ならば、お前がそのランスとやらを諫めればいいではないか。ソードダンサーよ。余のトゥエルブナイトに入りたいのならば、それくらいはしてもらわねばな」ミラクルが横から言った。
「確かに……二人の友達である私がしっかりしなきゃいけないね。ミラクルちゃんのトゥエルブナイトにも入りたいし……」
「入りたいのか……トゥエルブナイト……」アリオスが言った。
「入りたいでしょ! なんかかっこいいし、アリオスくんだけ入ってるのはずるいし!」
「ふははは!」実に上機嫌にミラクルが笑う。「そうかそうか。精進するがいい! このザ・ブレイブのように!」
「もう俺、勇者じゃないって……入ってもないし」
「あ、違う違う、そうじゃない! 今はランスくんの話ね。私もランスくんがいたずらしようとしたら叱るけど、アリオスくんも気を付けてね! 今の二人が喧嘩になったらものすごく大変そうだから!」
「……肝心のニーナには注意しとかなくていいのか?」
わざわざニーナが席を立った時に話を切り出したことを疑問に思い、口にする。
「ニーナちゃんにこんな下世話な注意できないでしょ! 一般人だよ?」
「まったくだ。ザ・ブレイブよ。その勇気は賞賛すべきものだが、無辜の民への理解は足りんようだな」
「えー……」
ニーナも人妻なんだから、性的な話くらい分かるよ? そんな反論をすれば、どれだけ顰蹙を買うことか。昔よりもずっと状況が読めるようになったアリオスは黙って非難を受け入れる。
アリオスが結婚したと聞いた時、セナはそれはもう驚いた。根掘り葉掘り話を聞いて、実際にニーナと会ってみると、すっかりセナはニーナを気に入ってしまった。
それというのも二人の間には、共通点がいくつかあったからだ。ゼス生まれなこと、両親が殺されていること、そしてなにより、記憶を失っていること。
そう、ニーナは過去のトラウマのせいで、ある時期よりも前の記憶を失っていた。セナにとっては、数少ない同じ悩みを持っている──セナの方はすでに記憶を取り戻しているが──人間なのだ。
そんな新しい友達は、まさしく一般的な女の子といった感じで、セナはとにかく過保護になりがちだった。
結局、セナの心配は移動の間ずっと続き、最後には千鶴子の「そんなに心配したって何にもなりません! いいから、これ以上うじうじ言うのはやめてください!」というお叱りによって、ようやく止まったのだった。
〇
ラグナロックアークの宮殿に行く──予定だったのだが、セナとアリオスとミラクルがそろって嫌がったために、千鶴子とカオルは軍関係者を連れて宮殿へと向かった。話がやけにスムーズだったので、ある程度織り込み済みだったのだろう。
ともかくセナとアリオスとニーナとミラクル、そしてダークランスとフェリスの親子は、グリーン隊の元へと向かった。
首都は戦いの跡が多く残っているものの、無事な建物もいくつもあり、グリーン隊は無事だった宿泊施設の一つに泊っているらしい。場所はアリオスが知っていた。どうやら以前宿を探していた時に入ったものだったらしいが、セナは全く記憶になかった。これは記憶喪失のせいではない。方向音痴ゆえである。
宿の近くまで行くと見知った巨大な男を発見する。パットンだ。セナはその背中を見つけるとうれしくなって駆け寄った。
「おーい! パットンさん!」
「うぉ!!?」
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「あ、ああ、ああ、ああ、いや、そういうわけじゃねぇんだ。悪い悪い。セナ達もようやくこっちに来たか? そいつらは?」
「彼は勇者のアリオスくん! あとアリオスくんの奥さんのニーナちゃん! それにすごい魔法使いのミラクルちゃん! アルデンヌの戦いでお世話になったの」
「ほぅ。それはさぞかし強いんだろうな。俺はパットン・ミスナルジ。よろしく」
「よろしく。アリオス・テオマンだ」
「ニーナです」
「ふむ……これはこれは中々に見どころがありそうな男ではないか?」ミラクルが不敵な笑みを浮かべながら言った。「余はこの世界の覇者、ミラクル・トー。とくと記憶するがよい!」
「お、おおよろしく」
また変なの連れてきたなとパットンは思った。
パットンと共にセナ達は宿に到着した。途中、お互いの戦いについて話していたが、何となくパットンはよそよそしい感じがあった。ただこれもわずかなもので、気が付いたのはミラクルとフェリスだけだった。
宿の前でちょうどプリマとメガデス、セスナが買い出しから帰ってきたところに鉢合わせる。
「うわ!」「うぉ!」「わ!」
「な、なによ、プリマちゃんたち。そんなに驚くことないじゃない? 今日来るって話だったでしょう?」
三者三様に驚いたアイスフレーム三人娘の反応で、さすがのセナも小さな違和感を覚え始める。
そのまま宿に入る一行。
「きゃ!」
「ひぃ!」
「っ!」
「んん!」
「ひぇ!」
知り合いと顔を合わせる度に第一声がこれである。理解不能な状況にセナは焦り始めていた。
そしてついに、ランスの姿を認める。セナはランスに近づき、声をかけた。
「ランスく──」
「──むぎゃああ!!? おわ、ごわ……!」
「…………」
「……あ、ああ、セナちゃんか?! そういえば、今日来るという話だったな。うん。よく来た。そっちの奴らは新しい仲間か? よく来たよく来た。それでは、俺様はこれで────」
「────ちょっと待って」
明らかにセナから逃げるように立ち去ろうとしたランスの手首を掴む。万力を思わせるその力は、たとえどんなに抵抗しようとも抜け出すことは出来ないだろう。
「なんなの? みんなして人の顔を見るなり、悲鳴を上げて? どういうこと? 説明してくれないと気が済まないんですけど」
「いででで! セナちゃん! 落ち着け! 勘違いだ! そんなことあるまい!」
「ある。絶対ある」
「あー……実はな」パットンが頬を掻きながら言う。
「あ、おい馬鹿!」
パットン曰く、グリーン隊が戦った魔人ジークが原因らしい。相手の記憶を見て、その中の人物に変身する能力を持つジークは、あろうことかセナに変身したそうだ。リーザス侵攻の時の記憶から引き出されたセナは恐ろしく強く、まさしく死の踊り子といった具合だった。
奇策秘策と囲んで殴る戦法により、なんとか魔人ジークを倒したグリーン隊だったが、もれなく全員がセナに対するトラウマを抱くほどの強敵だったと、パットンは言い切った。
「じゃ、じゃあなに?」こめかみをプルプルさせながらセナが言う。「私頑張って、カミーラ倒したのに、ランスくんが来てくれるって信じてたのに、私に変身した奴のせいでみんなに怖がられてるって言うの?」
「お、落ち着けセナ……!」さすがにアリオスもフォローする。「仕方ないだろう? ランスくんのせいじゃない。全部魔人が悪いんだ」
「そ、そうだぞセナちゃん」便乗するようにランスが言った。「あの最悪の魔人は俺様たちが倒した。もう心配することはない!」
「最悪の……」
「そんなつもりで言ったんじゃないぞ、彼は!」
「そ、そうだそうだ! セナちゃんに会えてすごくうれしいぞ!」
やるせなさでぎりぎり限界のセナを、アリオスとランスの二人は必死に慰める。
そんな様子を見てミラクルは思った。
(なるほど。友の間をうまく取り持とうと意気込んでいたのに、蓋を開ければ、ギクシャクするのは自身ばかりで、心配していた二人はうまくいっている……気合を入れていた分だけ、失望も大きいというわけだ。哀れ。しかし、やはり有事の際以外での心の弱さは大きな課題だな。トゥエルブナイトに入れるならば、そこをどうにかしてもらわなくては)
精進あるのみ。そんな風に結論付けて、静観を決め込むミラクル。そんな間に状況はさらに悪化ていた。
ランスとアリオスが励ますものの、どうにも下手。
やばい。このままだと無意識の握力で手首を砕かれかねん。ランスが冷や汗を垂らしたその時だ。
「あ! セナさん! こっちに来たんですね!」
廊下の向こう側から、シィルがパタパタとやってきて、セナに声をかけた。
ランスからありとあらゆる辱めを受けても、翌日ケロっと復活するこの少女にとっては、戦闘時のトラウマなんてなんのその。ごくごく自然にセナと無事にまた会えたことを喜んだ。
「元気そうでよかったです。お祝いに、今日はイカカレーにしましょうか」
「…………」
「セナさん?」
「ううう、シィルちゃん師匠!!」
「わわ」
セナはがばっとシィルに抱き着く。顔を胸にうずめるような体勢は、ずいぶんセナの方が身長が高いせいで不格好なものだった。しかし、もはや気にしない。実のところ、ダークランスはセナが
ともかくセナの爆発とランスの手首破壊は防がれた。
「いててて、ひどい目にあった」ランスがぼやく。
「大丈夫かい? ともかくよかった。彼女、君に会うのをずいぶん楽しみにしてたから。大目に見てあげてくれ」アリオスが言った。
「む? 誰だお前は?」
「一分前に顔を合わせたはずだが……俺はアリオス・テオマン。セナの……冒険者仲間かな。よろしく」
「なぜ俺様が男とよろしくせねばならん」
聞いた通りの人だな。アリオスは思った。
「ならよろしくしなくともいいよ。ともかく、ランスくん」
「くん付けなんぞするな。気持ち悪い」
「……ランス。セナは冒険中ずっと君のことを俺に話すくらい君が好きなんだ。もうちょっとくらいセナにかまってやってくれ」
「なにぃ! ぐふふ、そんなに俺様が恋しかったのか」
手をワキワキさせながらセナに近づくランスを尻目に、アリオスはニーナの手を取り来た道を戻り始める。
「すまん、彼と一緒の宿は無理そうだ。ちょっと女好きが過ぎる」
「……そうだな」
パットンが同意した。さすが勇者。判断が早い。
「別の宿を探すよ。見つけたら、場所を教えに来る。セナにはいい感じに言っておいてくれ」
「手伝おうか?」
「大丈夫。二級市民の生まれだが、ここには詳しいんだ」
ランスたちとわちゃわちゃ戯れるセナを見ながら、アリオスは自然と笑みを浮かべていた。
「昔、さんざん探し物をしたからね」
アリオスくんが結婚したのは、本気で好きになりかけてた女の子を見捨てた影響です。
わずかな時間で心がすれ違ってしまうこともあると知った彼は、愛を感じた瞬間にニーナにプロポーズしました。よかったね。