式典から二日後のことだ。なんの前触れもなく、パパイアがセナの前に現れた。昼過ぎのことである。ノミコンの騒動以降、ただの一度も二人は顔を合せていなかった。お互い避け合っていたのだ。
だから、その訪問にセナはひどく狼狽した。
「ひさびさね、セナちゃん」
「う、うん。パパイアちゃん」
沈黙が二人の間を支配する。お互いがお互いを傷つけあい、お互いがお互いを助けた幼馴染は、かける言葉を持ち合わせなかった。
そんな沈黙を壊すために、もう一人の人間が声を上げる。
パパイアについてきた千鶴子だ。
「はいはいはい。気まずくなるのはわかってるんだから止まらない。お久しぶりですね。セナさん」
「あ、千鶴子ちゃん」
「ふふっ。千鶴子ちゃんって」
「何よパパイア」
「別にぃ」
二人の時間は千鶴子のおかげで動き始めた。セナはパパイア達を自分の部屋に招く。もうほとんど人のいなくなったこの宿で久しぶりに話声が響いた。
はじめのうち、セナとパパイアはただ近況を話し合った。セナがまだ少しの間ゼスに残ることを決めたこと。パパイアがゼス四天王を辞任したことなんかをだ。
ぎこちなく、途切れ途切れに話した。
だが話し続けた。止まってしまえば、諦めてしまえば、それで二人の関係が終わってしまうことをお互い察していた。
やがて話は他愛のないものへと変わっていく。
セナの料理が上達した話。パパイアの学生の時の話。初めての冒険の話。最近戯れに作った可笑しな発明品の話。
そうして口の動きが随分滑らかになってきた頃、不意にセナが押し黙った。思い出が頭の中であふれ出して、もう戻らない日々を形作る。セナの目から涙が流れた。
「本当は会いたくなかった」セナが言う。「辛い事ばかり思い出してしまうから」
「ええ、そうね」
「でも、会えてよかった」
「ええ。相変わらず、泣き虫ね」
パパイアは向かい合って座る幼馴染の手を握った。感じるぬくもりは小さな頃と変わらない。
愛したものはすべて失われたと思っていた。だが、残っていたものもあった。取り戻したものが。
共に過ごす時が二人の傷を癒し、
いまだ王室に仕える二人にはやるべきことがあり、夕食前には帰るとの話だった。ずっと胸に引っかかっていたパパイアとの和解を経て、ある程度の余裕を持ったセナは、いよいよもう一つの気になっていたことを質問した。
「ねぇ、パパイアちゃん。ネルソンおじ様はどうなったの」
「──っ!」
その一言でパパイアと千鶴子の表情が変わった。
「私もおじ様がペンタゴンを率いてたことは知ってるわ。でも、ゼスに戻ってからは一度も会っていない。ラグナロックアークを占拠しようとしてたっていうのも聞いてはいるけど、やっぱりどうなったかまでは知らない」
「……どうして知りたいの?」
「────惜しくなったの。本当に昔のことだけど、おじ様は私に良くしてくれたわ。もう変わってしまったと諦めるつもりだったけど、それが嫌になったのよ」
「……ひどい因果ね」ぽつりとパパイアは呟いだ。
「何かあったのね? 教えて頂戴」
パパイアは目を逸らす。拒絶というよりもセナ自身をかばっているように見える。
「話すべきよ」千鶴子が口を開いた。「あまりこういうことは信じないたちだけど、いまセナさんが彼の話をしたのは、きっとただの偶然じゃないわ」
「……いいわ。話してあげる。父がどうなったのか」
パパイア視点から見たとき、父ネルソンの暴走は友人のゲイル・ベリウール──つまり、セナの父が死亡した時から始まった。元々親二級市民であったネルソンは、数少ない同じく親二級市民であったゲイル──もっとも、彼が信頼を寄せていたのは自分の奴隷だけだったが──がペンタゴンに殺されたことにひどくショックを受けた。
ネルソンには言い訳が必要だった。己の信条と友の死を両立させる言い訳が。
だからネルソンはゲイルの死を革命の犠牲と言い張った。ただの言い訳だ。だが言い続けるうちにネルソン自身、己の言葉に洗脳されたように、そう思い込むようになったという。
次の悲劇はパパイアが四天王になった時に起きた。
ネルソンはパパイアの縁故を使い、政府の中枢に入り込むことで、国を変えられると思っていた。
しかし、すでにノミコンによって精神を歪められていたパパイアはこれを拒否する。
いまの正気の状態でも縁故採用なんて絶対しないけど、と付け加えながら、パパイアは言う。
「断り方が最悪だったのよね。二級市民の命なんてくだらないものよりも、私は私の研究を優先するわって」
だから、父の背中を押したのは私なのよ。パパイアは無念そうに言った。
それからネルソンは貴族の地位を捨て、過激派革命組織ペンタゴンに身を置いた。おそらく弁舌家としての才能を大いに振るったのだろう。いつの間にか組織の長まで上り詰めていた。
暴力による革命を押し進め、ついにはアベルト達を利用して(あるいは利用されて)マジノラインを停止。一時は首都を乗っ取りかけるというところまでいった。
そこで父と娘は再会する。片や首都を襲った主犯として、片や首都を守るための司令官として。
「いろんなことを話したわ。あの人も決して馬鹿じゃない。今の状況を理解すれば、協力してくれると期待してたところもあったしね」
「協力してくれたの?」
パパイアは首を振る。「話は聞いてくれたし、私がノミコンのせいでおかしくなってたことも納得してた」パパイアは無意識に失った左手に触れようとする。「親子の情ってやつも無くなってないようだったわ」
「それじゃあ、どうして協力できなかったの?」
「魔人のせいよ。奴らが攻めてきて、私たちは対応に追われた。結局は首都は陥落して、アイスフレームやリーザスの援軍がなければ取り返せなかったわね。ペンタゴンは魔人によって半壊した。父もその時行方知れずになったわ」
「……そうなだったのね」
「でも、式典の日に状況が変わった」
「え?」
「父と会ったのよ。ひどく疲れていて、正気じゃないと思ったわ。でも、私と話して少しだけ安心したようだった。別れ際にこれで私も彼らのところに行ける、と言ってたわ」
「彼らってなんなの? 大体、そういうのっていい予感はしないけど」
「予感は的中してるわ。父はおそらくネオペンタゴンに協力しようとしている」
「……生き残ったペンタゴンメンバーが作った組織?」
「そう! なによ、セナちゃん、昔よりも勉強できるようになったじゃない! いい子ね」
「へー。パパイアって後輩じゃない年下にはそんな感じなんだ」千鶴子が茶化すように言う。
「ごほん。ともかく、ネオペンタゴンは旧ペンタゴン以上に過激派……というよりは雑な組織よ。そんなところに父が参入すれば、絶対に面倒なことになるわ。あの人は人を駆り立てるのが、何より得意だから」
他人だけではない。自分自身をも扇動して、過激な方向に向かってしまう。得難い才能であると同時に危険な力をネルソンは持っているのだ。
力そのものの危険さというのは、セナも十分に理解している。おそらくパパイアもだ。二人とも己の才能を悪用され、多くの人を傷つけた。だからこそ、ネルソンを止めたいという気持ちを共有していることに疑う余地はなかった。
「それじゃあ、潰しましょうか。ネオペンタゴン」
「……ほらね、千鶴子。言ったでしょ? セナちゃんが知ったら、こうなるって」
「話し始めたときから覚悟してたでしょ? 一応言っときますけどセナさん。私たちこれ以上あなたをゼスの厄介ごとに関わらせるなって言われてるんですよ? しかも、ガンジー王とマジック王女の二人から」
「……友達のお父さんに会いに行くだけだから」
「これよ。昔から変に言い訳ばっかりうまくて」
三人は悪巧みをするように作戦を立て始めた。まるで少女の頃に戻ったように。