必要なのはパーティメンバーだ。セナ、パパイア、千鶴子。今ゼスにいる人間の中では、間違いなくトップクラスの人材だが、だからと言って三人だけで乗り込むのは得策じゃない。せめて後二人、回復役と斥候が欲しかった。
しかし、仲間集めは思いのほか大変な作業だった。
斥候としてあてにしていたドルハンはアルフォーヌ家のごたごたに対処するために捕まらず、また適性のあるカオルは王室と近いために今回は誘えなかった。
また回復役もシィルがいないことはもちろん、プリマもすでに首都からいなくなってしまっているため、見つからなかった。
そんな時、忘れ物を取りに帰ってきたカロとセナは再会する。彼女の能力ならば斥候としてはぴったりだ。またなんと回復役の方もカロが心当たりがあるようだった。
「セナと別れた後に仲間になった人でね。教会の人なんだけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 私、前は友達のシスターと一緒に暮らしてたこともあったのよ」
そんな会話をしていたので、話題の人物がそのものずばり友人のセル・カーチゴルフだった時、それはもう驚いた。
ひとしきり再会を喜んだり、カオスを捨てようとした犯人がセルだったことを知ってそのことをいじったりした後、セナは精一杯世間話を装って質問する。
「そういえばさ、ミリとかミルちゃんは元気?」
「……ええ。最後にあったのは二か月前ですが、元気でしたよ? セナさんに会いたがってました」
「ふーん。そうなんだ……うん。あとちょっとでカスタムに行くつもりだから、その時会うわ」
「そうしてあげてください」
そんな会話の後、急ごしらえのパーティはネオペンタゴンに向けて出発した。忙しいパパイアと千鶴子のためにうし車を使うことになったので、セナは文句を言ったが、セルがたまたまミル特製の酔い止めを持っていたので口を閉じた。ミルの薬というだけで、セナはご機嫌になる。
途中、魔軍の残党や混乱に乗じた山賊などを蹴散らし、あっさりと一行はネオペンタゴンのアジトがある森までたどり着く。そこからはうし車を置いて徒歩で進む。順調だ。ただ一点を除いては。
「どーして、ここで見つけるかな……」パパイアが額を抑えながら言った。
ネルソン・サーバーはたった一人でその森に来たようだった。こちらがうし車を使ったことを考えると、パパイアと会った二日前から、ずっと歩いていたのだろう。
カロがセナの顔をちらりと見てから、右手を少し上げる。それが意味することはすぐに理解できた。見つかってないうちに毒針を打つか。セナは小さく首を振った。
ネルソンにネオペンタゴンへの道を案内させればいいのではないか。千鶴子にそんなアイデアが浮かぶが、提案するよりも先にセナが歩き出した。千鶴子は思わずそれを止めようとする。しかし、その行為はパパイアによって止められた。
「ネルソンおじ様」緊張多分に含んだ声色でセナが言った。「お久しぶりですね」
「…………現実であるはずがない」振り向かずにネルソンが言った。「惑わされるなネルソン」
ネルソンは一度止まったが再び歩き始める。これにはセナも驚いた。思わず追いかけて肩を掴む。
「ネ、ネルソンおじ様!」
「幻────!!」
振り向いたネルソンの顔は酷くやつれていた。だがその変化以上に信じられないものを見たという表情が張り付き、息をするのも忘れているようだった。
やがてゆっくりとセナの頭の天辺からつま先まで見ると、わなわなと声を出した。
「まさか……セナくんか?」
「はい。おじ様。セナです。ゲイルの娘の」
「どうして……どうしてここに?」
「それは────」
セナは言い淀んだ。話に聞いていたイメージと程遠いネルソンを見たせいだ。苛烈にして妄信的。そういう想像をしていたが、いまの彼からは疲れ切った老人といった印象を受ける。実際、年齢よりもずっと老けて見えた。
戸惑いながら視線で仲間に助けを求める。木の陰に隠れていたパパイア達はゆっくりと姿を現した。ネルソンはそれを見て、諦めたように眉を下げる。
「そうか。私を捕らえに来たのか」
「そ、そういうわけじゃ」
「いや、取り繕わずともよい。私はそれだけの罪を犯したのだから」
「話はちゃんと聞いたらどう? せっかく懐かしい顔と再会できたんだからさ」パパイアが言った。
「パパイア……それに四天王の山田千鶴子か。随分なメンツだな」
「あなたには多くの罪があることは確かですが、いまはその件で来たわけではありません」千鶴子が言った。「ネオペンタゴンについてです」
「ネオ……ペンタゴン?」本当に理解できないといった顔でネルソンが言う。「……いや、なるほどそういうことか。そうなってしまったか」
不意にネルソンがふらつく。咄嗟にセナが支えたので転ぶことはなかったが、その弱弱しさには皆驚いた。セナ以外の者は、一度はペンタゴンの長だった頃のネルソンを見ている。あのギラギラとした活力に溢れていた男が、こんな風になるなんて信じられなかった。
そのままゆっくりとネルソンは地面に腰を下ろす。項垂れているようにも、悲しんでいるようにも見えた。あるいはただただ疲れているようにも。
「信じてはもらえんだろうが」呟くようにネルソンは言う。「ネオペンタゴンなど全く知らなかった。私はそこを目指していたわけではない。確かにここらはペンタゴンの基地近くだが、通りかかったのは偶然だよ」
「偶然にしては出来すぎてるとも思いますが」千鶴子が言った。
「出来すぎた偶然、ということだ」
「じゃあ、父さんはどこを目指してたわけ?」パパイアが問う。
「…………」
「……もしかして、私の家ですか?」
「────どうして」
どうしてわかった。そんな心が漏れ出した言葉であることは明白だった。
「なんとなく、そう思いました。うまくは思い出せないですけど、首都からこっちの方角は私の家に行くのと同じ方向だと思って」
「……変わらんな。君は昔から鋭い。それに帰り道だけは忘れんこともそのままだ」
「でも、家はもうないですよ。瓦礫すらもない」
「わかっている。君たち家族が皆いなくなってから、一度だけ行ったことがあるからな。それでも最期はあの場所に居たかったのだ。あそこが私にとって始まりの場所だったのだから」
「じゃあ、なに? 一昨日の彼らの元に行けるって……死ぬつもりだったってこと?」パパイアが言った。
「…………」ネルソンは沈黙で答えた。
「身勝手すぎます!」千鶴子が叫ぶ。「さんざんこの国を混乱させておいて、勝手に自殺しようだなんて!」
「……そうだな。身勝手だとも。だが今更私がこの国にとって何になる? 国によって死ぬか、自ら死ぬかの違いに過ぎん。ならば、死に場所はベリウール邸跡でなくては」
「あなたのせいで何も選べぬまま死んだ者たちがいるんですよ!?」
「……すまない」
「このっ──」
こぶしを振り上げる千鶴子をセナが制止した。気持ちはわかるし、理も千鶴子にあると思った。それでも、ネルソンの言葉を聞いてみたいと思ってしまう。これがパパイアの言っていたネルソンの弁舌の才能というやつなのだろうか。
「私の犠牲者のために死ね。それは実にもっともだ。反論の余地もない。しかし、ならばやはり死ぬべき場所はあの家があった場所だ。ゲイルこそが私の最初の犠牲者なのだから」
「父さんがゲイルおじ様を殺したって言うの?」
「直接ではないがね……セナくん。君にはもっと早く伝えるべきだったな」
ネルソンはセナの父──ゲイルに起きたことを話した。おおよそはセナの知るとおりだ。ゲイルはペンタゴンの信奉者によって斬殺された。知らなかったのはどうしてそうなったかの経緯だった。
ゲイルは言い争いをする二級市民の仲裁をしようとして斬られたそうだ。まるで対等な人間に接するように、一級市民であった父が、喧嘩に割って入った。魔法も使わず、言葉だけでそれを収めようとした。そして死んだのだ。かっとなったペンタゴンの信奉者にあっさりと殺された。
「そんな殊勝なことする奴じゃなかった。二級市民を虐げない奴だったが、差別はしてたし、基本は近づこうともしなかった」
「……ええ、そうね。お父様は普通の貴族だった」
「例外はメルドロスぐらいだったが……そうだ彼は元気だろうか?」
「……ずいぶん前に死にました」
「そうか。残念だ。ともかく、ゲイルの奴がそんなことをしたのは、私がその前日にペンタゴンについて語ったからなのは間違いないだろう。今も覚えているよ。私は言った。彼らは普通の二級市民とは違う。本当にゼスの未来について考えているのだ、と。ゲイルはなんと返したかな……だが、珍しく感心していたことは確かだ……あんな話さえしなければ、まだあそこにはあの屋敷が建っていたかもしれないな。だから、あの事件は私のせいなんだ。私のせいなのだよ」
「…………いいえ。違うわね」セナがきっぱりと言った。
「なに?」
「多分、おじ様はずっとそうやって自分のせいだって言ってたから、そう思い込んじゃっただけよ。だって、ペンタゴンはすごいんだ、いいやつなんだって言っただけで、お父様が殺された責任を全部負うなんておかしな話じゃない? 自分の命の責任は自分しか持てない。メルドロスはそう教えてくれたし、たぶんお父様にも教えてた。もちろん、お父様を斬った人が一番悪いけど、責任はどう見積もっても下手人9のお父様1くらいでしょ」
ドライな返答にその場にいた全員が困惑した。セルだけはリーザス時代のドライさを知っているので例外だった。
ネルソンの告白はセナにとってはむしろプラスに働いた。いままでただそこにいただけで父は殺されたと思っていた。だが父の死は行動の結果だった。それなら許せはしないまでも納得がいく。父の行動がセナにとって善行に感じることだったのも心を軽くした。愛している人が誇れる行動をした。それ以上の喜びはそうはない。
「でも、責任を感じる気持ちはわかるわ。おじ様の言葉は私の剣のように力があるから、それが起こす結果には責任はあると思う。でも、お父様の場合は……困っちゃうから」
「困る?」
「だって、お父様は普通の人だったから。友達が自分のために死んだって言われても、どう反応していいか困るような、そういう……多分お父様だったら、おじ様にはきっと……」
セナは頭の中にある多くはない父の記憶を引っ張り出そうとした。難しい作業だ。何せ父が死んだのはもう十年以上前のことになる。自分自身も幼かった。
セナよりも早くネルソンの中で答えは出た。ゲイルとは三十年以上の付き合いだった。
「あいつなら……ネルソン、私のことよりもお前は国と娘のことを気にしろと、そう言うはずだ。我々は才は無くとも貴族なのだから、と」
「そう! 言いそう! お父様って何でもかんでも貴族だからとか、貴族としてってそういうことばっかで! ね、パパイアちゃん!」
「え、ああ、確かに? おじ様ってそういうところあったわね」
パパイアは口にしなかったが、かつてゲイルから娘をパパイアのような立派な貴族令嬢にしたいと相談を受けたことを思い出した。九歳相手とは思えない真剣な顔は今思い出しても笑えてくる。遠い遠い思い出だ。
「そもそも、貴族として振舞うのと軍人として振舞うのって結構二律背反じゃない? お父様は都度都合いい方で私を叱ってただけな気がするわ。いや、でもやんちゃだったのは確かだし……毎日のように服も破いてたし……躾としては正しかったのかも? もっと大きくなるまで貴族として生きてたらわかることだったのかな? でも──」
「セナくん……」
「あ、はい、何ですかおじ様!」
「大きくなったなぁ……」
「それは……それはそうですよ。最後に会ったのは十年くらい前なんですから」
ネルソンは己の時が過ぎていったことを理解した。これから先はパパイアやセナの時代なのだ。
だが他にも時代を担うべき者たちがいることを知っていた。過ちを犯したが、まだやり直せる者たちを知っていた。
ネルソンがゆっくりと立ち上がる。体に力は入らなかったが、まだ歩くことは出来そうだった。
「君たちはネオペンタゴンとやらに行くのだろう? おそらくそれらを潰すために」
「ええ」パパイアが答える。
「頼む。私も連れて行ってくれ。私の言葉であれば、戦うことなく彼らの心を変えられるかもしれない」
「どうするの?」千鶴子がパパイアに問う。
「……このパーティのリーダーはセナちゃんよ」
「連れていきましょう。戦わずに済むなら、それに越したことはないわ」
ネルソンは深く頭を下げた。そしてネオペンタゴンに思いをはせる。誰が作った組織なのかもおおよそ想像がついた。
彼らに過ちを続けさせるわけにはいかない。たとえ裏切り者と言われても、彼らを止める責任が自分にはある。そう思った。