くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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蛇足の戦い

 アベルトは暗い森の中で目覚めた。周りには誰もいない。主であるカミーラも、七星もラインコックもいない。そして当然、今しがた夢で見ていたあまりに強く美しい女性もいなかった。

 アベルトがその女性に初めて会ったのは、やはり夢の中だった。だがあの夢は──奇妙な言い回しだが──確かに現実で、女性は淡々とアベルトに命じた。

 

 セナ・ベリウールを殺しなさい。あのバランスブレイカーを殺しなさい。お前の役立たずの魔導書が失敗したのだから、今度はお前が奴を殺しなさい。

 

 きっと彼女はこの世界の外側にいる存在なのだろう。天使なのか悪魔なのか、それとも女神なのか。アベルトには関係なかった。ともかくセナを殺すことを決意したのだ。

 

 それからずっとアベルトはそのためだけに動いている。

 必要なものは揃った。あとは機会と幸運に恵まれることを祈るだけだ。

 

 

 〇

 

 

 ようやく重い腰を上げて、ラグナロックアークを出たセナは、カロと共にアイスフレームの隠れ里を目指した。カロとはアイスフレームで別れ、後は自分ひとりで目的地を目指す。そういう予定だった。

 

 それが狂ったのはとある手紙を見つけたからだ。ずっと使っていたアイスフレームでのセナの部屋。ずっと使っていた部屋のベッド。その枕の下に手紙は隠されていた。高級そうな便箋で、端的にメッセージがしたためられている。

 

『バランスブレイカーへ。

 今夜、一人で森まで来てください。さもなくばアニス・沢渡の命はありません。

アベルト・セフティ』

 

 本物だ。

 セナはそう直感する。何よりバランスブレイカーという単語がそれを裏付けている。自分をそう呼んだのはアベルトだけで、それを知る者は二人のほかに誰もいない。そして文面にあるアニスの名も、一度彼によって洗脳を受けていることを考えると、嘘ではないと思えた。

 

 どうして今更アベルトが出てくるの? 

 当然の疑問を心の中で呟く。答えが返ってくるはずもない。セナには理解不能の出来事だった。カミーラとの約束を無駄にしてまで、アベルトが自分を殺そうとする理由がわからない。

 

 いつか彼が言った、自分がカミーラを殺せる人間だからだろうか。

 いや、それは考えられない。

 カミーラとの和平。あれは口にしないまでも、永遠のもので、カミーラ側もそれを感じ取っていたはずだ。私たちは二度と出会わず、戦わない。そういう類のものだったはずだ。

 

 あるとすればやはり、バランスブレイカーという単語が関係しているのだろう。正確な意味は分からないがニュアンスは伝わってくる。群を抜いて強力な存在。あるいは特異な存在がそう呼ばれるのだろう。それを消すことでアベルトにはメリットがあるのだ。命をかけるに足るメリットが。

 

 そう死ぬ。アベルトは死ぬ。たとえ洗脳でアニスを仲間にしたところで、自分と戦えばアベルトは死ぬ。それをわかってないわけもない。勝算があるのかもしれないが、それでも命を落とす可能性はゼロじゃない。

 

 セナはベッドに寝転がった。戦いのために休息が必要だ。しかし、思考は中々休まらない。

 バランスブレイカーを殺すことにそれだけ大きなメリットが存在するならば、これから先もこんな理解不能の戦いが起きるのだろうか。セナは一抹の不安を抱く。それが最強であることの代償なのだろうか。

 

 だとしたら、最強()に安息はないのか? 

 考えているうちに、いつの間にかセナは眠った。

 

 

 〇

 

 

 夜になり、セナはアイスフレームを出た。すでに意識は戦闘のために研ぎ澄まされており、まっすぐと森へと向かうことが出来る。疑問はまだ頭に残っているが、体はそれを無視して行動する。

 頭上にある満月が闇を照らしている。空を漂う雲によって月が隠されないうちは、視界の不安を取り除いてくれるだろう。

 

 アイスフレーム近くの森に来たのは久しぶりだった。というよりも、セナとしてここに来たのは初めてだ。お銀の頃の記憶を頼りに前に進む。きっとアベルトはこの森の最奥にいるだろう。

 あくまで静かにセナは森を進む。また森も異常に静かだった。いるはずの魔物の声はまるで聞こえない。他の小さな生き物の音もだ。彼らはこれから起きるであろう戦いに備えて、さっさと逃げてしまったか、あるいは息をひそめているのだろう。

 

 月明かりに照らされたアベルトを見つけ、本格的な戦闘モードに入ったセナの気迫で、残っていたすべての生き物が逃げ出した。アベルトはいつもの笑みを絶やさないままセナを見る。傍にはぼやぼやと視線の定まらないアニスもいた。

 

「やっと来てくれましたか」

「……待たせたかしら?」

「ええ。実のところ、あの招待状は少し前に置いたものなんです。それから毎晩ここで待ってましたよ。でも、心配はしてません。あそこに手紙を置けば、いつかはセナさんが来てくれると信じてましたから」

「そう。アニスちゃんを殺す気はなかったのね」

「もちろん。彼女が居なきゃ、あなたを殺せませんから」

 

 セナは剣を抜いた。アベルトも同じく剣を抜く。前に見たときよりも大きな剣を持っている。確か、あれは使い手の力によって大きさを変える魔法剣だったはずだ。アベルトは以前よりも力をつけている。どうやったかは知らないが警戒する必要はありそうだ。

 

 一息に間合いを詰める。首を切り落とす勢いで剣を振る。

 対するアベルトは防御を考えないカウンターを仕掛けた。だが想定内だ。あらかじめセナはカウンターを避ける動きを取り入れている。戦いは終わる。

 

 そう思った時、よく知った感触が右手に走った。

 無敵結界。

 セナの剣は止まり、頭のすぐ上をアベルトの大剣が通り過ぎる。どうやって、短期間に力をつけたのか、答えはわかった。アベルトは魔人となったのだ。

 

 その瞬間、黒い力の奔流が視界を覆う。アニスの黒色破壊光線が放たれたのだ。

 これがアベルトの策。無敵結界を用いた、アニスの安全な運用。最高の攻撃力と最高の防御力を用いた、人類最強への挑戦。

 

 それだけやってなお、セナとの戦力差は埋まり切らない。

 

 アニスの魔法も、無敵結界も人生で何度も見た。すでに対策は存在しており、それを誤るセナではない。

 アベルトが再度セナの姿を捕らえたとき、少し離れた所に逃れたセナは片手剣を上段に構えていた。

 

 あれが来る! しかし、どちらに────

 

 アベルトは咄嗟にアニスをかばうように移動した。瞬きほどの時間でセナはアベルトの目の前に踏み込んでくる。想定は当たっていた。優先して無力化すべきはアニスである。一刀を持ってアニスを無力化し、後は時間をかけてアベルトを倒せばいい。

 

 アニスを守り切ることが、この戦いのもっとも重要なポイントなんだ。

 アベルトがそれを理解した時、聞こえるはずのない声が耳に入ってきた。

 

「それも昔やられたわ。自分を盾にするってやり方」

 

 必殺の一撃がアベルトに炸裂する。皮膚を切り裂くような感覚はしない。ただ体の中心に向けて衝撃が重く重く伝わる。たったの一撃で、アベルトは地面に手をついた。

 間髪入れずにセナが粘着地面の魔法を唱え、アベルトの手を地面に固定する。さらに一撃が入る。アベルトの目前に地面が迫ってきた。

 

「とわー!」

 

 アニスの気の抜けた掛け声とともに、あたり一帯が爆発に包まれる。魔法をかけられた地面ごとえぐれ、アベルトは窒息の危機から解放された。

 

「とにかく、爆発を起こせ!」

 

 アベルトが叫ぶ。指示通りに視界いっぱいに爆発が起こった。次々と、絶え間なく。これでセナを殺せるとは思えないが、力をためる隙を与えないことは出来るだろう。

 不意打ちは失敗した。次はいったいどうやってセナに攻撃するべきか。爆音の中でアベルトは考えた。

 

 正攻法ではまず勝てない。ならばやはり人質作戦で? いや、以前のセナさんならともかく、いまの彼女は斬り捨てる。自分の価値を理解している。どうする? 元々分の悪い賭けだったが────

 

「え?」不意にアベルトに痛みが走る。

 

 腹を見ると見覚えのある黒い剣がアベルトの腹を貫通していた。

 

「いえーい!! 魔人一匹やりー!!!」魔剣カオスは実に嬉しそうに騒いだ。

 

 アベルトの力が急速に抜けていく。致命傷だ。それに合わせて爆音が消えていく。アニスの洗脳が解けたのだろう。もはやどうすることも出来ない。アベルトは抉れた地面に腰を下ろした。

 爆風が止むとセナが見えた。後ろにはカオスを投擲したと思わしきランスが傍にいる。どうやってここがわかったのだろうか。

 

 ああ、オーロラか。

 アベルトはなぜだかすぐに理解した。魔人になるために使ったジークの魔血魂。そのおまけでついてきた使徒オーロラは、血の盟約でアベルトに従っていたものの、ジークの魔血魂を取り返す機会を虎視眈々と狙っていた。

 おおよそアイスフレームにセナ宛の手紙を仕込ませた時、ランスへの接触を試みていたのだろう。そしてその企みは成功した。あとは────

 

「────どうやって、僕の位置をランスさんに?」

「道を作ったわ。あの爆発の中、ランスくんの位置からあなたの位置まで、一直線に道を。魔法バリアを使ってね。アニスちゃんの魔力は凄まじいけど、さすがにあれだけ量を重視すれば、私の魔法バリアの方が硬いわ」

 

 ちょうど最近似たようなことをやったしね。セナはそう付け加えて、アベルトの傷を見た。間違いなく致命傷だ。このまま放っておいても、アベルトは命を落とすだろう。

 だがランスはとどめを刺す気なようで、カオスの柄に手をかけた。

 思わずセナはそれを制す。

 

「ちょっとだけ待って」

「む、なんだ?」

「質問があるの。どうして今更私を狙ったの? カミーラはどうしたの? なんで和平を破ったの?」

「…………カミーラ様は、来ません」

 

 アベルトはほとんど働かなくなっている頭でそれだけを伝えた。彼は一人で来たのだ。カミーラに伝えれば、止められただろう。それをわかっているから、主には置手紙だけ残していった。別れの言葉は伝えられた。以前とは違う。

 

「そういうことじゃなくて、どうして、こんな戦いをする必要があったの!?」

「…………」

 

 思えば、あの夢の女性を初めて見たとき、なんて強い人だと驚いた。決して曲がらず、折れず、美しさを保ち続けるだろう。それこそまさしくアベルトの理想の女性だった。

()()()()()()()()()()()()

 心の底からそう思った。アベルトは自分を理解しきれていなかったのだ。凛として、どこまでも強い女性が好きだと思っていた。だが本当はそういう女性の弱さを愛していたのだ。

 魔人としての凄まじいまでの強さがありながら、一人の使徒に振り回されてしまうような、そんな弱さを愛していたのだ。

 

 動機は愛だった。ただ愛ゆえにアベルトはここに来た。愛ゆえに、それを脅かすことのできるセナを許容することが出来なかった。無駄だと分かっていながらも、戦いを挑まずにはいられなかったのだ。

 

 だがそれを伝えることはしない。この思いは永遠にアベルトの中にだけしまい込まれるべきものだ。

 

 アベルトから答えは得ることが出来ない。それを理解したとき、セナは自らの剣を振り上げた。ランスには任せない。これはカミーラとの約定の延長上にあることに思えたからだ。すべての責任はセナが負う。

 

「なにか、言い残すことは?」

「…………ダニエルに、達者で……と」

 

 セナが奥歯を噛みしめる。この男は最期に父であることを選んだのだ。

 そして剣は振り下ろされた。




ジーク戦をゼスの最終バトルに持っていこうとしていた初期構想はすべて破壊され、この蛇足の戦いで終了します。
それはひとえにあの王者の塔でセナがアベルトを逃がすわけねぇだろしたからです。
結果として大して好きじゃなかったアベルトを好きになりました。

父の死で始まった戦いを父の死で終わらせられたのはよかったと思いってます。

次回、ゼス編終了です。長すぎだよ。
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