セナはようやくかつて家族と共に暮らした屋敷へとたどり着いた。正確には屋敷があった場所にだが。
ここまでは一人で来るつもりだった。しかし、その傍らにはダニエル・セフティがいた。アイスフレームに残っていた彼は、セナの話を聞いた後、彼女の最後の寄り道に同行することを名乗り出た。
はじめのうちはセナは断った。何せ自分は魔人とは言え、ダニエルの父を殺したのだ。どうしても後ろめたさがあった。それでも、結局は押しに負け、こうしてここに二人でやって来ている。
木々の生い茂る屋敷の跡地を見て、やはり胸が締め付けられる思いだったが、ダニエルの声掛けで正気に戻った。
「セナ。結局ここへは何しに来たのだ?」
「あ、ええ。ごめんなさい。ぼーとしてました。探し物が……」
「探し物? しかし、ここはずいぶん前に焼けてしまったと聞くが」
「はい。でも前に記憶を取り戻した時……あの屋敷を見た白昼夢のおかげで思い出せたことがあるんです。家には地下室があった。もしかすると……」
「……残ってるかもしれないというわけか。儂も一緒に探そう」
「いや、ダニエルさんの手を煩わせるわけには!」
「一人でぼーっと待つのも決まりが悪い。手伝わせてくれ」
そうして二人は地下室への扉を探した。あてのない捜索なので、どれほど時間がかかるだろうか。そんな風に考えていたが、あっさりと扉は見つかった。所々焦げ付いて、土まみれになってしまっているものの、それは記憶の中の通り──もしくはあの日見た不思議な夢の通り──無骨な地下室への扉だった。
扉を開くと埃っぽいような籠ったにおいが中から流れてくる。長い間この扉が開かれていなかったのかがよくわかる。しばらく、空気を入れ替えてから、セナとダニエルは地下室へ降りて行った。
やはりあの日見た時と同じく、地下室の中には木箱がたくさん置かれている。セナはその中から、一つの角が凹んだものを探し出す。中にはラレラレ石が入っていた。
「それが探し物か?」
「はい。これが欲しかったんです」
セナはラレラレ石を再生する。
映し出された映像は若き日の父、ゲイルとその友人であるネルソン。近くには母のモイラの姿もあった。よくパパイアと共にこれを見て、親の若さを面白がって、笑いあったものだ。
映像は進み、視点がブレる。撮影者がラレラレ石を落としたのだ。そしてその撮影者の顔が少しだけ映る。それは間違いなく若き日のメルドロスだった。
「まさか……」ダニエルが呟いた。「彼は?」
「あの人が私の剣の師匠で、お父様の奴隷だったメルドロスです。私にとっては二人目の父親って感じですけど」
「……若い頃、冒険者をやっていたと言っていたな。彼は片手剣の使い手か? 柄は短いのに妙に刀身の長い」
「メルドロスを知ってるんですか!?」
「うむ。あれはまだ儂が幼い時……父と一緒に旅をしていた時だ。モンスターの群れに襲われ、あわや命を落とすかもといった事態だった。そんなときに彼が現れ、大立ち回りだ。ボロボロの彼に何かお礼をすると言ったのに、一般人を守るのも冒険者の務めさっと言って、さっさと立ち去ってしまった。そうか、彼の名前はメルドロスと言ったのか……」
昔の美しい記憶を思い出す人間の表情を、セナは久しぶりにマジマジと見た。きっと先ほどまでは自分も同じ顔をしていたのだろう。だが今は悲痛な気持ちを隠し切れない。アベルトを殺したこと──というよりもダニエルの父を殺したこと──を突き付けられているような気になった。
「そんな顔をするな。お前さんは正しいことをした。父はああなって然るべきことをした。むしろ遅すぎたくらいだ。儂は感謝してるくらいだよ」
「頭ではわかってはいるんですが……」
「心が納得しないか。それも仕方あるまい。心とは想像以上に複雑なものだ。頭などという堅物の言うことなど聞いてはくれんさ」
「じゃあ、どうすればいいんでしょうか?」
「食べて眠って適度に動くんだ」
「ええ……すごい単純な気が」
「心と体と頭はそれぞれが別々に考え、しかし同じ場所に存在している。頭だけで心を飼いならせないのならば、体からもアプローチをかけてやる。そうやって三つすべてを健康にしてやるしかないのだ」
「うーん……」
「ははは」珍しくダニエルが声を上げて笑った。「やはり納得できんか。納得できずとも、そういうものかと飲み込みなさい。人生にはそうしなければならない時がいくらでもある。これは老人としてのアドバイスだ」
ダニエルはそう言うと少しだけ表情に影を落とした。そしてセナの顔を見て、ゆっくりと言う。
「そういうものなのだ。たとえ、愛したものが次々と失われていってしまったとしても。我々にはそういうものとして受け入れる他ない。せめて出来ることと言えば、愛したものが確かにあの輝かしい過去に存在していたと覚えていることだけだ。あるいは次の愛するものを探すかだな」
「ダニエルさんは見つかりましたか?」
「見つかったとも。お前さんは?」
「…………結構、いっぱい」
「よろしい」
ダニエルはポケットから小さな手帳を取り出した。中身を少し書き足した後、セナに手渡す。
「これは?」
「お前さんの主治医に渡しなさい。いままでの診察やらがすべて載っている。個人情報なので主治医以外には渡さないこと」
「どうしていまこれを?」
「儂のやるべきことがいま終わったからだ。ゼスを出るのだろう? 忘れないうちにな」
「……ありがとうございます」
「気にするな。儂は先に出ている。いつまででも待っているから、気が済むまでここに居てくれ」
「そんな、悪いですよ……」
「気にするな」ダニエルは内緒話をするようにセナに顔を近づけた。「近頃ウルザから政務を手伝えとうるさく言われていてな。ここに居た方が落ち着いて読書が出来る」
セナは小さく笑顔を浮かべる。あの真面目なダニエルがそんなことを言うのが可笑しかった。
ダニエルは地下室から出ていく。その途中で一度だけ振り返った。
「セナ。旅はよい。冒険も素晴らしいものだ。この国から出て、二度と戻らんのもお前さんの勝手だ。だがいつか戻ってきたくなったのなら、ゼスに戻ってきてもいいのだぞ。それが故郷というものだ」
ダニエルが地下室を去っていった後、セナは随分長い事一人で地下室に居た。探せば探すだけ、思い出の品は見つかり、家族の顔が瞼の裏に映し出された。
しかし、セナはそのほとんどをもう一度箱に戻した。地上に持って帰ったのは、最初に見たラレラレ石と一振りの剣だけだ。
それはセナが初めて握った剣だった。刃は潰されていてとても実戦には使用できない物。いつの間に地下室に置かれるようになったのか、その記憶さえもなかった。
セナは地下室の扉を閉め、丁寧に土をかぶせると、傍に剣を突き立てた。
下には誰も埋められていないが、これは墓標だった。小さな雲の切れ間から射した光が剣を輝かせる。
父と母とメルドロス、そして幼いころのセナの墓標。あるいはこの革命で死んでいったすべての人々のための墓標だ。
いまでもこの国を嫌悪している。それでも、この墓標の下に眠る時間と同じように再びこの国を愛せる日が来るのだろうか。
セナにはわからなかった。
その日が来ることを願うことしかできなかった。
これにてゼス崩壊終了です。
リーザス陥落に比べて長く、暗すぎる話でしたが、ゼスのクソなところが大好きなので、こうなってしまいました。
原作の中間地点で終わった前章と違い、最後まで走り切ったのも、ゼスのことを書きたかったからです。
結果として、結構な人数が原作の運命から外れることとなり、ドルハン、ダニエルという二人のおっさんが生存しました。おっさん贔屓を許すな。
次は戦国ランス……と見せかけてスキップして、ランス・クエストに行きます。理由は主人公を強くしすぎて、人対人は必勝になってしまったからです。
それにセナにとってjapanよりも重要なイベントがあるので、そっちを書きます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。