くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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4話連続更新の3話目です。


天国への生き方

 ミリはアイスに戻った後、すぐに体調を崩した。三日間もベッドから起きられないほどだった。その出来事は、ミリの言葉に確かな説得力を持たせた。

 ミルが居なければ、セナのパニックは想像を絶するものだったろう。ミルは話すことの出来ない姉の代わりに彼女の状況や心境を出来るだけ正確に語った。

 

 二人が出会った頃には、もうミリの病状はかなり進行していたらしい。ミリはそのことを妹以外の全員に隠そうとした。特にセナには絶対にバレないようにしていた。

 それはミリの意地だった。ミルはそう語る。

 

「多分、セナには自分のいいところしか見せたくなかったのかも」

「……何よ、それ。バカじゃないの。バカね……ほんと」

 

 セナはそう言ったが、本当はその気持ちが理解できた。だから、それ以上何も言えなかった。

 

 やがてミリの体調が安定すると、姉妹は当初の予定通り、挑戦旅行を再開することにした。元々、自身の命が終わるまで、どれほどの冒険が出来るかの挑戦だったのだ。体調を理由に中止されることはない。

 そんな話を聞いて、セナは暗い表情を浮かべる。

 

「私は行けないわ……だって、そんな覚悟の旅だもの……二人の間に入っていくようなこと……」セナはそう言った。だが理由はそれだけじゃない。死に向かっていくミリを静かに見届ける自信がなかった。

「……そうか」ミリはそれだけ言った。

 

 このやり取りに待ったをかけたのはミルだった。いや、これは穏便すぎる表現だ。もっともっと苛烈にミルは声を上げる。

 

「バカ言わないでよ、ねーちゃん! そこでかっこつけてどうすんのさ! セナが帰ってくるかもなんて、さんざん出発を遅らせておいて!! 今はみっともなくお願いする時でしょ!!」

「バ、バカ! セナにだって事情があるんだ!」

「その事情を全部ひっこめてもらってって言ってるの!! 一緒に来てほしんでしょ!!」

「そんな、そんなこと……」ミリはセナを見た。そして、随分表情を動かした後に言う。「……なぁ、付いてきてくれねぇか? お前に一緒に来てほしいんだ。頼むよ」

「…………」

「だ、だってよ。お前と一緒にいると体調もいいんだ。二か月も症状が出ないなんて、滅多にないことなんだぜ! それに受けられる依頼の幅も広がるしさ! お前だって、迷子にならずにいろんなとこ行けるんだから、悪い話じゃ……」

「……行く」

「安心しろよ。きっと、楽しい旅になるさ」

 

 そういったことがあり、挑戦旅行はいままでと変わらず、三人で再開された。

 そして実際ミリの言ったことは当たっていた。

 

 三人はリーザスのバラオ山脈の頂から、はるか先まで続く雲の群れを見た。

 ヘルマンの氷に覆われた大地に立ち、寒さにその身を寄せ合った。

 ゼスの深い森に立ち寄り、揺らめく木々の下で夜が更けるまで語り合った。

 キナニ砂漠もカラーの森にも、足を踏み入れ、危うく遭難しかけた。

 大河を船で渡り、迷宮を踏破し、町の酒場で歌い踊った。

 

 本当に楽しい旅だった。ミリが死んでしまうことなど忘れた夜もあったほどに。

 それでも、冒険の果てに運命を変えられるような財宝は見つけられなかった。

 

 ある日のことだ。ミリは倒れ、自分では立ち上がれなくなった。時間が来たことに、全員が気が付いていた。その覚悟もしていた。だというのに、セナはまだ諦められなかった。

 まだ何かチャンスがあるんじゃないか。そう思いながら、セナ達はカスタムへ向かって、帰り始める。そんなチャンスなどあるはずもなく、時間は過ぎていくのだが。

 

 自由都市地帯のとある町に着いた時、ようやくセナにとってのチャンスが訪れる。

 ミリを乗せたうし車を宿に入れた後、セナは一人で買い出しに向かった。ミリの容態が悪い時はセナが、比較的良い時はミルが彼女の傍にいることが暗黙の了解になっていた。

 

 メモに従って買い出しを終えたセナは、通行人を頼ってどうにか宿に戻ろうとしていた。しかし、結局は迷子になり、たどり着いた路地の角に静かにたたずむAL教の教会を見つける。自然と足はその中に向かっていた。

 信仰など持ったことのないセナだったが、ここ最近は教会に足を運ぶことが多くなっている。祈るのは当然ミリについてだった。もはや自分の力では彼女を治す術はなく、日に日に薬の効きも悪くなっていっている。今更、神に縋るなどムシのいい話と分かっていても、奇跡に頼るほかなくなってしまった。

 

 教会の中は閑散としている。ミサの時間でも、特別な式典のある日でもないのだから当たり前だ。時たまシスターが忙しそうに歩いていく姿が見えるが、こちらに気が付いても、小さく会釈するだけで去っていく。その無関心な優しさがありがたかった。

 木製のベンチに腰掛け、目をつぶって、指を組む。正式なやり方など知らないので、とにかく頭の中で祈り始めた。

 

(お願いします、ALICE様。どうかミリを助けてください。いままで、お祈りなんて全然しなかったけど、これからは欠かしません。どうかミリを……)

 

 しばらくそうして祈り続けていたが、やがてセナは立ち上がった。気休めにすらなりはしない。教会に居る今でさえ、セナは神の救いを信じられないのだから。

 しかし、視界の端に見知った女性を見つけた時、一瞬だがセナは確かに神の導きを感じた。思わず、大きな声で彼女に呼びかける。

 

「クルックー司教様!」

「……? ああ、セナさん。お久しぶりですね」

 

 セナはクルックーに駆け寄った。クルックーは相変わらず、何も感じていないような顔で、ただセナを見ている。彼女の顔を見た瞬間、セナの脳内にはかつての会話が思い出されていた。

 

「さ、差し支えなければ!」

「はい」

「……バランスブレイカーについて教えていただけますでしょうか。特に病人を治すバランスブレイカーについて!」

「どうして、あなたが?」

「……どうしても、助けたい人がいるんです」

 

 クルックーはしばし考えるそぶり──ほとんどいつもの状態と変わらないが──を見せた後、やはり変わらぬ声色で「いいですよ」と言った。

 

 奥の部屋に通され、バランスブレイカーについて話を聞く。クルックーが言うには、病人をたちどころに癒すバランスブレイカーというのは、確かに存在するらしい。

 歴史上、何度かそういった類のバランスブレイカーが生まれ、ほとんどは使い切られたか、失われてしまったという。もしかするとAL教本部にある禁断保管庫と呼ばれる倉庫にはいくつか残っているかもしれないが、それを倉庫から出すのはほとんど不可能あるいは非常に長い手続きを経なければいけないだろうという話だった。

 

 セナの心の中にAL教本部に攻め込んで、それらを奪い取ってしまいたいという暗い欲望が生まれる。そんな考えを頭の中から必死に追い出す。それをしてしまえば、いよいよ本当にセナは人類に混乱をもたらす存在へと成り果てるだろう。

 そう思った時、ふと別のアイデアが浮かぶ。バランスブレイカーを一方的にもらうのではなく、交換するのだったら、どうだろうか。AL教が確実に欲しているバランスブレイカーに一つだけ心当たりがあった。

 

「……もしも、クルックー司教様。私が代わりにその倉庫へ入るとしたら、すぐにでもミリの病気を治すことは出来ませんか?」

 

 クルックーの表情に初めて感情が現れた。驚きと躊躇いの色は、確かに現れ、すぐに消えていく。そして、いつも通りに質問に答える。

 

「可能かもしれません。確実なことは言えませんが、未だにあなたを封印すべきという声は小さくありません。無理矢理セナさんを捕らえる難易度を考えると、バランスブレイカーを一つ解放する程度は許容されるでしょう」

「そうですか……」

 

 セナは考えた。このアイデアの誘惑は、AL教に攻め入るなんてものより、ずっと強かった。どうしても、脳みそにこびり付き、離れてくれない。

 たっぷり時間をかけてから、セナは言葉を続けた。

 

「こんなお願い……司教様相手に申し訳ないのですが……探してみてもらってもいいでしょうか? ミリを治せるバランスブレイカーがあるかどうか」

「……わかりました。出来うる限り迅速に探します」クルックーは被っていた帽子を脱ぎ、セナに一礼する。「あなたに女神ALICEの加護があらんことを」

 

 きっとそれはもうあったのだろう。ただ彼女は救いに代償を求める性質だっただけだ。

 罰当たりにも、セナはそう思った。




クルックーが好きです。
お気づきかもしれませんが、セナもクルックーがめっちゃ好きです。
見た目がタイプなんでしょうね。
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