クエスト開始!
CITY。それはコパンドン・ドットが作った、力と金がすべてを牛耳る、超弱肉強食の町である。
新進気鋭の商人や血気盛んな冒険者が集まり、欲望のままに富を奪い合う。それこそがこのCITYの日常であり、力で無理やり生み出された秩序がやはり力によって乱されている。
だが意外なことに、その町で最も強い力は、商人の金でも、冒険者の暴でもなかった。最近ようやく仕事を覚え始めた冒険者ギルドの新人受付が持っている力だ。
とどのつまり、セナ・ベリウールの剣こそがCITYにおける最高の力だった。
ある昼下がりのこと、荒らされたマカット酒場の無事な椅子に腰かけ、ギルドから持参した訓練用の木刀を肩に担ぎながら、セナは盛大にため息をついた。
「どーして、久々に顔を合わせたと思ったら、こんなことになってるのよ!」
不満をぶちまけるように思いっきりセナが叫ぶ。その視線の先にはあの男が────鬼畜戦士のランスがたんこぶを作って地面を舐めていた。
ランスはがばっと起き上がる。
「い、痛いではないか!! セナちゃん、何をする!!」
「何をするじゃないでしょう!! 何をするじゃ!! 暴力団を潰すのはまぁいいとして、自警団まで潰しちゃダメでしょ!! しかも、アタゴさんの店まで荒らして!!」
「そ、それはあいつらが恩知らずにも俺様に文句を────」
「────そりゃあ、
「うぐぐ……」
「た、大陸にはとんでもない武人がいるのでござるな……あの武神でさえも、敵わぬような」
セナはランスにくっついているくノ一へと視線を向ける。手練れだ。恐らく斥候としての実力は記憶の誰よりも優れている。だが、セナの間合いにいる以上、負ける道理はない。もっとも、くノ一の方もそれはわかっているようで抵抗する気はなさそうだった。
再びランスへ視線を向け直す。せめてシィルが居ればここまで好き放題には──いや、なったかもしれないが──ともかくもっと穏便に事は済んだのに。そう思いながら、セナはランスへ笑顔を向ける。
「でも、会えて嬉しいわ。ランスくん」
「……な、なぜ木刀を振り上げる!」
「お仕事だから」
セナはランスの意識を刈り取った。
〇
キースギルドの受付。それが今のセナの仕事だ。その業務の中にはCITYの便利屋兼用心棒としての仕事も含まれている。これはキースギルドの長、キース・ゴールドとの話し合いの結果、そうなった。
キースがセナをスカウトした時、彼女に求めていたのは冒険者として活躍すること。だがセナはその期待に応えるわけにはいかなかった。世話になったALICE教の司教であるクルックー・モフスからバランスブレイカーの取り締まりが強化される旨の手紙をもらっていたのだ。
封印されないように目立たないこと。
恩のある人物からのそんな忠告を無視することも出来ず、かといって
そんな複雑な状況の女が、酒場のいざこざを解決して戻ったと思ったら、戦士風の男を引きづって戻ってきたので、ギルドはにわかに騒めき立つ。
セナはすれ違う人たちへ誤魔化すような笑顔を向けながら、ギルドの奥へと進んでいく。一番奥の執務室までたどり着くと扉を叩いた。
「入っていいぞ」中からキースの声が聞こえる。
「失礼します」
セナはきちっと頭を下げてから入室する。お行儀良くしていたのはそこまでだった。
「ギルマス! 知ってましたね! 暴れてる男がランスくんだって!! 知ってて何も言わずに私に行かせましたね!!」
「……おっどろいた。こっちに来てたのか、ランスの奴」
「白々しいですよ!! 絶対ギルマスが暴力団退治のクエスト紹介しましたよね!! でしょ!?」
「そうでござるよー」鈴女があっけらかんと言う。
「おいおい、そこはとぼけとけよ、鈴女」
「もう! どうしてそういう無駄な隠し事するんですか? 別に知り合いだからって出動渋ったりしませんよ!」
「だろうな。お前は真面目な奴だよ。十分わかってる。それにここら辺じゃランスを止められるのなんてお前だけだ。嫌と言っても行かせるつもりだったよ」
「じゃあ、なんで黙ってたんですか」
「びっくりしたろ?」
「面白半分じゃないですか……」
キースは大口を開けて笑った。ランスでさえも揶揄うような男だ。有望で真面目な若者があたふたしている姿は面白くて仕方がなかった。
しばらく続いた笑い声が止むと、キースの顔はいたずら好きの中年の顔から、一代でギルドを大きくしたギルドマスターの顔へと変わった。鋭い視線がセナを見据える。
「それで、どうしてわざわざランスをここに連れてきた?」
「……聞きましたか? シィルちゃんのこと」
「……ああ、ランスからな。なんでも魔王の作った氷に封印されちまったんだって?」
セナはマカット酒場を出た後、ランスを連行しながら鈴女と話した。とびぬけた才を持つ者同士のシンパシーか、あるいは単純に思考回路が似通っていたのか。とにかく、二人はすぐにお互いを気に入った。
ランスがjapanでどんな冒険をしたのかを聞いているうちに、セナはシィルが氷の魔法に閉じ込められたことを知った。何もしなければ永遠にそのままだということも。
愛する人が日常から消え失せるということが、どれほど辛い事なのか、セナには十分すぎるほどわかっていた。
「ギルマスの力でシィルちゃんを助ける手伝いをしてもらえないでしょうか?」
「俺が手伝わなくとも、ランスがやるだろう?」
「ランスくんは強情だから、きっとしばらくは知らんぷりで遊んじゃうと思うんですよね……それじゃあ、きっとよくないことになる」
「ま、容易に想像はつくわな。ランスがなんにも気にしてない風にだらだら過ごす様が」
「ですよね……じゃあ────」
「────だが、それはこいつの責任だ。こいつも一人前の冒険者。こんな風にお前が勝手にあれこれするってのは筋違いじゃねぇのか?」
気絶しているランスがセナの嘆願を了解していないことは、キースにはお見通しだった。
「今のお前はギルドの受付で俺の部下だ。冒険者一人に肩入れするってのは褒められたことじゃねぇぞ?」
「……だから、ギルマスにお願いをと……受付の肩入れじゃなくて、ギルドの方針で魔王の呪いを調べることにしてほしいんです。それなら、個人ではなく大儀のためと言い訳がたつじゃないですか……」
セナはキースの顔色を窺うように彼を覗き込んだ。彼は片眉を上げて、しばらく厳めしい顔をしていた。セナはドキドキと沙汰を待つ。無茶苦茶なことを言っているとはわかっていた。それでも、友人のために何かしてやらなくてはいけないという気持ちでいっぱいだった。
そんな状態のせいでキースが腹の中で笑っていることには気が付かなかった。
彼は初めからシィルの封印を解くために情報を集めてくる気だったのだ。ランスとは長い付き合いだ。ランスという優秀な冒険者──素行不良であることは間違いないが──をしっかりと使うためにはシィルが絶対必要だと、キースはわかっている。そのために労力を使うのはギルドマスターとして当然のことだ。
それなのにもう一人の優秀な冒険者をこき使う言い訳が転がり込んでくるなんて。
商売人としての心が大笑いしているのをしっかり押さえながら、キースはため息をつく演技をする。
「仕方ねぇな。いいだろう。シィルさんの件については、俺からも手を回してやる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「だが、セナ。こいつは善意でやってるわけじゃねぇ。わかってるな」
「はい。シィルちゃんの件は私の我儘です。ギブアンドテイクが冒険者の基本。代わりにどんなことでもするつもりです」
「そうか。じゃあ、セナお前」
キースの瞳がまっすぐにセナを見た。愉快な気持ちを隠そうともしない色を宿している。
「ギルドマスターになれ」
「……はい?」
こうして、セナの人生における、次の
びっくりするくらいメジャーキャラが出てきてくれない新章開始です。