忙しい忙しい忙しい!
とにかく猛烈に忙しい。セナはパタパタを通常業務をこなしながら、隙を見つけてはノートに知り合いの名前を書いていた。もちろん、これもキースから言い渡されたクエストだ。どういう意図があるのかは掴み切れないが、今日中に思いつくだけの知り合いを書きださなければならなかった。
そんな時限式のクエストを受けている日に限って、次々と仕事が舞い込むのは何なんだろうか。本気で疑問に思いながら、次々来る冒険者を捌き続ける。
「よーす……忙しそうだな」冒険から帰ったラークが引き気味に言う。
「お帰りラークくん! 絶叫アロエの方はどうだった?」
「ぶっ倒してきたよ。あー骨が折れた」
「よかった! はい! 報酬と報告書! 次の人ー!」
「お、おお……手伝おうか?」
「手伝うにしても、それを片付けてからにしてください」横からにゅっと現れたセピアがそう言いながら、書類をセナに渡す。「頼まれてたやつ完了です」
「ありがとう、セピアさん! ……こっちは?」
「キースさんから追加の確認書類です」
「うぎぎ……」
「容赦ねぇなキースの旦那も」
何とかすべての仕事を捌き切る頃には、すっかり夜になってしまった。体を椅子に放り出して、思いっきり伸びをする。戦闘におけるセナの体力は常人の数十倍に及ぶが、デスクワークへの体力は人並みだ。それはラークも一緒──それどころか彼はもっと書類仕事が苦手だった──のようで、ぐったりと机に突っ伏している。一方でセピアの適性は高く、セナと同程度の仕事をこなしていたが、まだ余裕がありそうだった。
正式に部下となった二人の役割はセナのサポートであるが、その比重は大きく違う。ラークはいまだに冒険者としての活動が多く、外で見聞きした情報を持ち帰ったり、重要度の高いクエストを優先的に受けることが仕事だ。そしてセピアはより内側の仕事。セナの書類作成の手伝いや、予定の調整をする秘書のような立場になっていた。またキースから与えられる日々のクエストに挑むセナに対して、発破をかけるのもセピアの役目だった。
「さて、じゃあ成果物をキースさんのところに持っていきますか」セピアが言う。
「……?」セナは二度瞬きをした。
「もしかして忘れてたわけじゃないでしょうね?」
「────!! 覚えてるわよ! ここにノートありまーす!」
「しっかりしてよ。あんたがクビにでもされたら、困るのはこっちなんですから」
「はーい」
セピアはふと思い立って、セナが掲げているノートを取る。ノートの中に自分の名前を見つけ、そして兄の名前がないことを確認するとノートを投げ返した。そして恨みがましくセナを見る。
セナは気まずそうに頭を掻いた。
その様子を見ているラークには二人の間にどんな感情の交差があったのかわからない。だが自分が踏み込むことではなさそうなので、黙っていることにした。
「じゃあ、キースの旦那に報告するか」場をもたせるようにラークが言った。
三人はキースの執務室へと向かう。随分遅い時間だが、部屋からは明かりが漏れている。入るとキースもまだ何か作業をしているようだった。
「おう、お疲れ」キースが言う。
「本当に疲れましたよ! これ言われてたノートです」
「見せてみろ」
ペラペラと紙をめくり、キースは頷いた。
「よし、いいだろう。これぐらい名前が出せりゃ上々だ」
「よかった」セナがホッと息を吐く。
「それじゃあ、次の段階に進むぞ。ここに名前出した奴。全員に手紙を送れ」
「え!? 全員ですか?」
「そうだ。全員だ」
「どんな内容の……?」
「そりゃお前、どんな内容でもいい。今度ギルドマスターになるんです~でも、お元気ですか~とでもなんでも書け。とにかく書いて縁を思い出させろ」
「あーなるほど」ラークが言った。「コネづくりってことっすか」
「そうだ」
「名前書いた人は大体みんなもう友達ですよ」
「お前なあ、別にコネづくりってのは頼れそうな友達を作ることだけじゃない。お前の友達に何かあったら頼れるかもとか、頼ってくるかもとか思わせることもコネづくりなんだよ。そういうビジネスになりそうな縁を切らせないために手紙を送れって言ってんだ。この中の何人に最近会った? 何人に手紙送った?」
「う……あんまり……」
「お前が筆まめじゃねぇのは知ってるがな。これからはそれじゃあすまねぇぞ。定期的に知り合いには手紙を送れ。これはその第一歩だ」
「で、でも……」
「なんだ」
「名前上げた人の中には結構やんごとなき人もいるんですが……」
「それこそ、手紙を書け。そんで届けろ。お前たちも協力してやれ」
「「はい」」ラークとセピアが声を揃えて言った。
明瞭に返事をする部下たちと違って、セナの心は焦りでいっぱいだった。
あのリア女王とか、ガンジー王にもお手紙を!?
セピアの視線がじろりと光る。どうやら気後れすることなど出来はしないようだった。
〇
「ぐわー!」
呻きながらセナは椅子に体を投げ出した。机の上には便箋がいくつも置かれており、丁寧に封がされている。すべてが知り合いへの手紙だ。かなりの量があるが、それでもまだまだ書かなければならなかった。
最初のうち、セナは思ったよりも楽しい仕事だと考えた。決してこういった手紙を書く方ではなかったが、思いを文章にしているうちに話したい内容はどんどん湧いてきた。
例えばリーザス軍で仲良く過ごしたリックには剣についての話を書いたし、アイスフレームのプリマには気になるファッションと薬についての話が書けた。どこに出せばいいかわからないが、パットンやダークランスとフェリスにも、話したいことをたくさん書くことが出来た。
だがそれにも限度がある。書きたいことは止まらないが、書き続けるうちに何を書いているのかわからなくなってくるのだ。仕事で扱う文章とはまた違う精神的な負荷が、セナをものすごく疲れさせた。
その様子を見ていたミルは薬草を煎じながら言う。
「お疲れ。あとどれくらい?」
「まだ百人以上はいるわよ……そろそろ限界! しんどい!」
「じゃあ、休めばいいじゃん。ていうか、今日はお休みなんだし、仕事の日にやれば?」
「確かに仕事だけど、仕事のつもりで書きたくないじゃない。セールストークは練習しろって言われたけど、最初の一回くらいは友達へのお手紙のつもりで書きたいわ」
「ふーん。でも、セナがキースギルドの職員になったことは書くんでしょ?」
「そ、それは近況報告だから」
「ま、いいけどね。今日のご飯当番はセナだってことは覚えといてね」
「もちろんよ。むしろ、今日当番でよかったわ。イカカレーにします」
「ご褒美メニューだね」
「元気出さなきゃやってられないわよ! あ、はい。これミルちゃんの分ね」
セナは書き上げたミルへの手紙を手渡した。
「え、私にもあるの?」
「もちろんあるわよ」
「ふーん」
丁寧に包まれた便箋をミルは無遠慮に開いた。そのスピーディさにはさすがのセナも驚く。
「目の前で読まれると恥ずかしいんだけど……」
「ちっちっち。これもギルドマスターへの特訓だよ。セナくん」
「キースさんみたいなこと言うわね」
手紙の内容は日ごろの感謝といくつかの些細な要望。そして、部下になる話を断ったことに対する愚痴だった。いつも思ったことを素直に口にするセナらしい、正直な内容の手紙で読んでいる方もむず痒くなる。ミルは読み終わるとそんな気持ちを隠しながら冗談っぽく言った。
「私にはギルドの宣伝してくれないんだ」
「だって、全部知ってるでしょ?
「まったく、商魂が足りないね。私みたいに二つの町で商売するくらいの気概を持たなきゃ」
「特訓中よ! ……それで変なところとかない?」
「大丈夫」
その言葉にセナは安堵の息をつく。
「よかった。もう自分ではよくわからない状態だったから。セピアさんの注意点通りにはしてたけど……」
「よっぽど怖いんだね。セピアって人は」
「怖いんじゃないの。これはね」
「これは?」
「張り合ってるのよ」
意外な答えだったので、ミルは目を丸くしてセナを見つめた。どうしてだか少しだけ得意げな表情を浮かべるセナは言葉を続ける。
「いま絶賛セピアさんと私はバトル中なのよ。言うならばお仕事バトルね。完璧にこなせれば私の勝ち。あらを見つけられたらあっちの勝ちって感じでね」
「部下なんだよね? そのセピアさんって」
「部下だけど、私のことを嫌っててね。嬉々として間違いを指摘してくれるの」
「本当に部下なの?」
「本当に部下なのよ。私も最初に思い描いてた形じゃないけど、それよりもずっといい関係だわ。すっごく助かってるの」
「ふーん。セナが楽しいならいいけど。いじめられ過ぎたら頼ってね。私がガツンと言ってあげるから」
「ふふふ。よろしくね」
ミルは楽しそうに笑う同居人の顔を見て、今は亡き姉のことを思いだす。死ぬ直前まで自分にセナのことを頼むと言い続けていたことは、未だに普通逆でしょと思わずにはいられない。それでも、その言葉に逆らう気はさらさら起きなかった。
「それじゃあ、買い物に行ってくるわ」セナが立ち上がる。「お米があんまりなかったはずだし」
「一緒に行く?」
「いいわよ。調合途中でしょ? それに別の用事もあるから、付き合わせるのは悪いわ」
セナはそう言いながら、いくつかの便箋を手に持った。宛先にはすべてこの町にいる人間の名前が書かれていた。
〇
夕食の買い出しの前にセナはいくつかの手紙を直接知り合いの家に届けた。手紙を書いているうちに、直接顔を見たくなったのだ。まぁ、切手代を節約したいという気持ちもなくはなかったが。
彼らに会ってみると手紙に書いた内容以外にもどんどん話したいことが湧き出てきて、残った送り先への手紙を書く希望が湧いてくる。足を動かしたのは無駄ではなかったなといい気分で最後の送り先へと向かった。
そこはCITYに存在する建物の中で、最も豪奢な屋敷だ。門の前には警備の人間が立っていたが、事情を話すと意外にもすんなりとセナは通される。
そのままメイドに屋敷を案内され、ようやく目的の人物の前までたどり着く。
その人物────コパンドン・ドットは書類から顔を上げることもしないでセナに声をかける。
「どうしたん? 珍し……くはないか、あんたちょくちょく来るもんな。今度はなに? つまらん用やったら時間ないから帰ってええで」
「お手紙を渡しに来たのよ。それだけ」
「手紙? キースのおっちゃんから?」ようやく顔を上げてセナを見た。
「ううん。私から」
「はぁ? なんでわざわざ……ははーん、わかった。キースのおっちゃんに言われたんやろ」
「正解。後は世間話にね」
「ほーん」コパンドンは再び書類に視線を落とす。「暇なやっちゃな」
「休みですから」
「………………あと十分待てるなら相手してやってもええよ」
そうして二人はお茶二杯分だけ話した。大体は仕事の話をして、コパンドンが意地悪くセナの要領の悪さを弄った。最後の方になって、ようやくコパンドンはセナと話したかった話題を振る。
「ランス。最近割と頑張ってるみたいやね」
「そうなのよ。キースさんがシィルちゃんの呪いに聞きそうな情報をいくつか仕入れてきてくれてね。ランスくんと鈴女ちゃん。結構いろんなとこ行ってるみたいよ」
「あんたは一緒にいかんの?」
「私は……受付の仕事があるから。後はギルマスになるための勉強も」
「ふーん……もう冒険者は引退すんの?」
「引退ってわけじゃないんだけど……」
セナは言葉を濁した。クルックー司教から目立たないように釘を刺されたことは、ミルとキースしか知らない話だ。話せばAL教の裏の活動についても話さざるを得ないので、あまり広めないようにしている。
そんなことは知らないコパンドン──あるいはセナとミリのことを知っている何人かの人間──は、彼女が心の傷から冒険に出る気を失ってしまったものと考えていた。コパンドンはひん曲がった性格をしているが、数える程度しかいない友人に対しては多少甘く接する程度の情は持ち合わせている。それ以上は深く追求することなく話を続けた。
「うちはそろそろランスにくっついていくで。そのための準備もようやく出来てきたところ」
「準備?」
「せや。おっと、どんな準備かは教えんよ。あんたはライバルやから」
「ライバルってそんな…………」
「いま、男ン中ならランスくんが一番いいかもな~とか思っとったやろ」
「へあ!? ま、まぁちょっとくらいは……」
「ふん。半隠居には負けんようちは」
「ま、まぁまぁまぁ。お互い忙しい身だけど。機会があったらみんなで……冒険を……ね! 楽しくね!」
「け。なんやねん、その間は! もしかして、うちを放ってランスのとこ行こうとしてます?」
「違うわよ! 私はただ最近のランスくんの行き先にはついていけないかもなぁって思っちゃっただけ!」
「そんなに険しいとこなん? 確かにうちも最近商売ばっかでレベル下がってもうてるけど」
「違う違う」セナは笑いながら自分を指さした。「ついていけないのは私」
コパンドンはどういうことかわからないと言った表情でセナを見た。
一方でセナは笑いながら、昔のことを思いだしていた。ミリとミルとセナの三人で冒険していたあの日々を思い出していた。遠く美しい光景だ。
ランスがいま攻略しているカラーの森は危うく遭難しかけたダンジョンで、おそらくまた足を踏み入れれば、今度こそ一人ぽっちの迷子になるだろう。
とにかく迷子になりやすいダンジョン。そんなカラーの森への印象はこの少し後に塗り替えられる。
ランスが森から帰ってきた日のことだ。
セナのCITYにおける交流関係の中で、最も仲のいい友人はコパンドンとラークです。
ミルは家族枠となっております。