セナはランスとかなみと共にサマンの森という迷宮に来た。
結局、三人についてくる冒険者は居なかった。ラークも、もちろんセピアも首を縦に振らなかった。鈴女はどこかに行ってしまって見つからなかったし、コパンドンは生憎の留守だった────あとで文句を言われないか、セナは戦々恐々としている。
そのことについては実は予想通りだった。ランスと組みたいという冒険者はかなり少ないからだ。しかし、予想外なこともあった。キースの反応である。
セナのレベルが大きく下がってしまったという話を聞いて、彼は嬉しそうに笑った。そして、ランスと共に冒険に行くと話すと、書類をひっくり返してこのクエストを見繕ってくれた。
それも追加の休み付きでだ。いつもの無茶ぶりばかりしてくるギルドマスターとしての姿からは想像もできない厚遇っぷりに、セナはきょとんと彼を見つめるばかりだった。
「俺がお前くらいの頃はまだまだ現役だった────」「また冒険に出る気になったんってんなら、ちょうどいいのがある────」「言っとくが、戻ってきたらまたバリバリ働いてもらうからな────」「そうだ、これからは実績作りの仕事も────」
そんな風に話すキースを見て、セナは彼に随分心配をかけていたことをようやく理解する。
思えば、キースと初めて会った頃に自分はもっと身軽でお気楽だった。受付になってから、無意識に張りつめていた姿は、さぞ余裕がなさそうに見えただろう。
そんなこんなで、キースに背中を押されたセナは、心おきなく冒険に出たのである。
「ここら辺は……リーザス方面?」セナがかなみに聞く。
「逆ですね。イケラの町近くですから」
「……相変わらずだな」ランスが呆れた。
「ちょ、ちょっと! そんな目で見ないでよ! 仕方ないじゃない! 久々にCITYから出るんだから!」
「またまた。どうせ道を覚えられるようになったって、自慢したかったんだろう?」
「違うわよ! ただリーザス近くならちょっとやりたいことがあっただけ!」
「なんだ?」
「え……秘密」
「ふーん、どうせエッチなことだろ」
「違うわよ! もう!」
「ほらほら、セナさん。ランスをまともに取り合っても時間の無駄ですよ」
「なにぃ!?」
「事実でしょ」
ぎゃーぎゃーと言い合いを始める二人を見て、セナは懐かしさで笑みがこぼれる。そして、そっとバッグの中の便箋を撫でた。
実際はいくつか持ってきたリーザス在住の人たちへの手紙──リックやスー宛──を直接渡せるチャンスだと思ったのだ。しかし、それを知られれば、ランスへの手紙もという話になりそうだから言いたくなかった。いまランスにそういう手紙を渡すのは少し気恥ずかしい。
薄っすらとした悪寒がセナとかなみを襲い、一行を戦闘態勢へ入らせた。目の前に現れたのはイカマンとクラーケン。初心者冒険者にとってはそれなりの相手だが、熟練冒険者にはあくびしながら倒される程度の魔物だ。
特に打ち合わせもなく、三人はそれぞれ敵の前に躍り出た。
かなみはセナの動きを見て驚く。今まで何度も見た感嘆のため息が出そうな動きではない。しかし、決して素人の硬い動きではない。これはリーザスでも見たことのある四角四面の剣術の動き。軍人の剣術だ。
レベルが下がってから、当然セナは自分に何ができるのかを確かめた。そして、わかったことは圧倒的な膂力を持って実現していた踊りの如き剣術は使えないということだった。さらには必殺技も、初級以上の魔法も、何もかも使えない。
そこでセナは基本に立ち返った。かつてメルドロスが指導に使っていた剣術の教本にあった技を使ったのだ。もう何年も前に極め、昇華した技たちだったが、弱い体にとっては最も適した技だ。
結局、いとも簡単に三人は魔物の群れを片付けた。もしかするとセナをかなりサポートしなければいけないかもしれないという、ランスとかなみの心配は杞憂に終わる。
「私、すっごい弱い!」薄く汗を流しながら、なぜか楽しそうにセナは言った。
「何言ってるんですか。十分強いですよ。本当にレベル1ですか?」かなみが呆れながら言った。
「本当にレベル1よ。ほんの数日前と比べても、凄まじく弱いわ。しかも、疲れた」
「……まぁ、確かにいつものセナさんに比べたら、全然違いますよね」
かなみは苦笑いした。この状態──セナがランスに本気になってそうなことも含めて──どう主君に報告したものかと頭をよぎったのだ。人類最強の女戦士というものを主君はものすごく気に入っていたから。
そんなかなみをよそにセナはイカマンの足を綺麗に切り取ると笑顔を二人に向けた。
「さ、ちょうどいい時間だし。ご飯にしましょ。イカカレーに!」
三人は迷宮の中でテントを張って食事を用意する。いや、ランスはまったく手伝わなかったが、二人は気にしなかった。仲良く二人で料理するのは随分久しぶりで、積もる話もあったのだ。
楽しくおしゃべりしながら、セナは一口イカカレーを味見する。想定外の辛みが舌を襲い、セナは咳き込んだ。
「あ、あれ?」不思議そうにセナが目を回す。
「大丈夫ですか? スパイス入れ過ぎかな……」かなみが心配そうに言った。
「そんなはずはないんだけど……あれぇ?」
セナの様子を見てかなみも味見する。確かに辛さはあるが、せいぜい中辛といったところだろう。
「普通ですけど……あれ?」かなみは記憶を探るように視線を動かした。「セナさん辛いの平気でしたよね?」
「俺様といっしょにキムチ鍋も食べてただろ」騒ぎを聞きつけ、近くによってきたランスが言った。
「激辛大好きって感じじゃないけど……あれぇ?」
恐る恐るセナはもう一口食べる。やはり辛さに悶えて咳き込んだ。
「ど、どうして……?」
「もしかしてレベルが下がったからじゃないのか?」
「なんでレベル下がってカレーが食べられなくなるのよ!」
「……辛さって味っていうよりも痛みって本で読んだことありますね」
「そ、そんな、でも! 聞いたことないわ。レベル下がって辛さにも弱くなるなんて!」
「普通は100以上レベルが下がるなんてことないですから……ないとは言い切れないですね……」
「がはははは。変な体質してるなー!」
「うぎぎぎぎ。レベル上限がない変な体質のくせにぃ!」
「俺様はなーんにも困ってなーい! やーい、お子様舌!」
結局、イカカレーにはちみつを入れて食べた。
冒険には未知がこれでもかと詰まっている。セナはそんな風に己の身体を受け入れた。
〇
「……こいつが目的のぶつか?」泥だらけのランスが言った。
「そうね。キースさんからもらった絵と同じやつ」やはり泥だらけのセナが言う。
「だー! ようやく見つけた! もー疲れた! まったくセナちゃんの冒険オンチにはほとほと呆れたぞ!」
「ちょ、ちょっと! トラブルの半分くらいはランスくんが起因でしょ!」
「いーや、絶対セナちゃんの方が多い!」
「ランスくんも同じくらい!」
「多い!」
「同じくらい!」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人を見て、かなみは心の底からため息をついた。まさか現時点だと自分が一番レベルが高く、二人の尻ぬぐいに奔走する羽目になるとは思っていなかった。
ランスはもう当然だけど、セナさんもかなりトラブルメーカーなのよねぇ。
道には迷う。変な罠は作動させる。一年に一度現れる伝説のキノコモンスターと遭遇する。しかも、レベルが低いのになんだかんだ切り抜ける。ああ、シィルさん早く戻ってきて。と願わずにはいられなかった。
「それにしても、古びた盾ねぇ。なにか特別な力でもあるのかしら」
セナがマジマジと盾を見ながら言う。サマンの森に持ち込まれた盾の回収。それが依頼だったが、肝心の盾の情報は渡された絵以外何もない。冒険者として回収依頼を出されるような盾がどんなものなのか、気になるのは当然だった。しかも、それが探すのに大変苦労した挙句、珍しい物好きの魔物の巣で見つけた一品ならなおさら。
「うーん。わかんないわねぇ。古いことはわかるんだけど」
「もういいだろ、そんな汚い盾。さっさと持って帰るぞ」
「気にならないの? どういうものなのか」
「まったく」
「冒険者失格」
「ばか。俺様は真に価値あるものがわかるのだ。その盾はゴミ。ただの骨とう品だ」
「わかんないでしょう? …………重い」ちょっと持ってみてセナが言った。
「そんなに気になるなら、セナちゃんが持ってるといい」
「ちょっと! いま私すごい弱いんですけど!?」
「譲ってやる譲ってやる」
「もう!」
結局、三人のうちだれが持つかをじゃんけんして、セナが持つことになった。
レベルさえ戻っていれば、動体視力で勝てたのにとグチグチ文句を言うセナを尻目に、三人は帰路につく。
体は汚れているし、疲れてもいるが、実のところ三人ともいい気分だった。目的のものを見つけた冒険の帰り道はなんとも言い難い心地よさがあった。
迷宮を出たあたりで、そんな心地よさに水を差すように、女の子の叫び声が聞こえた。
それはモンスターの罠かもしれない。その危険性があるのは確かだが、お人よしのセナと女好きのランスは一も二もなく飛び出した。
二人はほとんど同時にモンスターの群れに囲まれる女の子を見つけた。制服を着ている所を見るに、イケラに住む女の子かもしれない。そんなことをセナは思った。
「だ、誰か助けてくださーい!」
モンスターの凶刃が女の子に迫ったその時、セナの剣がそれを受け止めた。ガキンと鍔迫り合いをしながら──実は結構ギリギリだ──セナは女の子に微笑みかけた。
「重いんだけど、ちょっと持っててくれる?」邪魔になる盾をセナは女の子に手渡す。
「あ、はい」ぽかんとしながら女の子はそれを受け取った。
「────ふん!」
セナは渾身の力でモンスターを弾き飛ばす。そこにランスとかなみも加わって、戦いは始まった。
まっすぐ斬って残心。また斬って残心。大きな隙が出来れば魔法を詠唱し遠くのモンスターに叩き込む。
多彩な手札を丁寧に切っていく。その戦いはすでに本来のセナとはまた違う。整然とした美しさを醸し出していた。
やがてモンスターは全滅し、冒険者たちは武器を収めた。
「大丈夫だった?」セナが女の子に問いかける。
「あ、はい!」自分がセナに見惚れていたことに気が付き、女の子はハッとして返事をした。
「よかった。あ! ありがとうね。盾持ってくれて。重かったでしょう」
「大丈夫です。これくらい。命のお礼には……ん?」
「……どうしたの?」
女の子はセナに盾を返そうとした。しかし、その古ぼけた盾は手から離れない。なんど手放そうとしても、結果は同じだ。
実はこの盾は呪われている。一度装備すると決して外せないのだ。そのことはこの場にいる全員がまだ知らないことだった。
こうして、助けられた女の子────サチコ・センターズは命の恩人によって、その後の運命を大きく変えられたのだった。
セナがCITYに帰ってきたばかりのランスの尻を叩いて冒険を始めさせた影響で、
原作ランスクエストよりもかなり早いペースでランスの冒険は進んでおります。