しばらくは冒険者生活を楽しんでいたセナだったが、彼女はキースギルド所属の受付兼幹部候補である。いつまでも私的な冒険に興じているわけにもいかない。
そんなこんなでセナはギルドマスターのキースに命じられて、リーザスへと出張に向かった。無論一人ではない。部下であるラークとセピアも一緒だ。
「どうして私もリーザスに行かなきゃいけないのよ」セピアがイライラと言った。
「そりゃあ、私の部下だからね」
「そんなことわかってるわよ! そういうこと言ってるんじゃないってわかってるでしょ? 私は元ヘルマン軍人よ。一体、どんな目にあうか……!」
「多分大丈夫よ」
「……勝った側の英雄様は呑気でいいわね……!」
「余計な言い合いしない」
ここ最近仲裁役が板についてきたラークが会話に割り込む。二人の会話では大抵セピアが噛みつき、セナがそれを適当に受け止める形──たまに逆転しているが──になるのだ。それでいて、しばしば二人っきりで食事を取っていたりするのだから、ラークにはよくわからない関係性だった。
「そういえば、セナはランスのせいでレベル下がってんだろ? 本当に大丈夫なのか? 今回は討伐任務だぜ」
「大丈夫大丈夫。多少戻しておいたから」
「どれくらい?」
「いま43だね」
「……ほんとに下がってるのか? 俺より高いじゃねぇかよ」
「へ。それであの男からこそこそ隠れてたのね。抱かれたがりのくせに」セピアが鼻で笑った。
「ぷち雷の矢」
「いっっっっった!! 見た!? いまの!! この暴力英雄!!!」
「いや、セピアが悪いだろ……」
「どーして、呪いの詳細知ってるの!?」セナが顔を赤くしながら言った。
レベルが下がったことは伝えているが、どうやって下がったのかまではキースにすら言っていない。セピアが知るはずのない情報だ。
「真面目に冒険者ギルドで働いてれば、CITYの噂は全部入ってくるのよ。あ、そういえば、この前話してた店また始まるみたいよ」
「え、あの花屋の向かいの?」
「そうそう。あの店主の髪が凄い────」
そのままセナとセピアは最近のCITYについてあれこれ話始めた。
ラークはその様子を見て、心の底からこの二人がよくわからないと思った。
〇
和気藹々と――割と喧嘩もしていたが――三人はリーザスの王都までたどり着いた。
道中、セピアの心配が現実になることはなかった。リーザスの人々は戦争を忘れたわけではないが、それよりも明日について思いを巡らせることに必死だった。
結局、あの戦争から抜け出せていないのは私だけ……いや、私と兄さんだけか。
セピアは暗い気持ちになる。だがそんな気分の浮き沈みが仕事の出来に関わってくるほど、彼女は力を持ってはいない。その事実もまたセピアを苦しめた。
「大丈夫? セピアさん」
セナが心配そうに言った。王都での宿が確保できて、依頼者への確認も済み、いざ目的のクエスト────墓地に現れるアンデット系のモンスター討伐へ向かうところだった。
「調子悪いんだったら、私たちだけで行ってこようか?」
「……ばか。いまイキのいい幹部候補たちのパーティとしてアピールするために三人で来てるんだから、私一人残ったら台無しでしょ? それとも、あんたは私だけは無名の三流冒険者のままでいろって思ってるわけ?」
「そ、そんなつもりじゃ……じゃあ、頑張ってついてきてね!」
「私があんたみたいに早く動けるわけないでしょ! ゆっくり行きなさい!」
「は、はい」
そうだ。私は今はこいつの部下。この英雄に自分と兄のことを思い出させて、あの戦争の決着をつけるんだ。
そんな風にセピアは自分を鼓舞して立ち上がった。
セナ達は王都の墓地に入った。巨大な共同墓地だ。半分迷宮と言っても過言ではないほどに。
実際、その巨大さ、複雑さから、ここで遭難する者もいるらしい。
「とりあえずは奥だな」ラークが言った。「こういう場所でアンデット系っていうと、大抵は生気から遠い位置、つまりは入り口から一番遠い位置に湧きがちだ。多分、発生の唐突さからみて、元凶っぽいでかいモンスターがいるだろ」
「そうなのかな?」セナが聞く。
「絶対じゃないが多分いるぜ。そうでなきゃ、前触れなく攻撃力のある霊体系なんて出るかよ」
「へー」
「それがこの墓地の奥にいなかったらどうするの?」セピアも質問する。
「その時は一番でかい墓石を探す」
「まさか墓荒らしするわけじゃないでしょうね?」
「しねぇよ。リーザス人ってのは妙に隠し部屋好きだからな。多分、その墓石の下に地下室とかあるはずだよ」
「それもなかったら?」
「そしたら、もちろん冒険者自慢の必殺プランを使うさ」
「……なによそれ」訝し気にセピアが言う。
「虱潰し」
「じゃ、とりあえずはその方向性で行きましょう」話を聞いていたセナがそうまとめた。
三人は一列になって墓地を進み始めた。先頭にラーク、真ん中にセピア、殿にセナの陣形だ。この陣形なら、ラークの持つ冒険者として優れた勘と経験を十分に生かせる。セナは後方からの不意打ちを察知できるし、その上なにかトラブルを引き起こした時も、後ろの誰かを巻き込まずに済むのだ。
実に合理的な陣形であると同時にひどくセピアの劣等感を刺激する陣形だった。いまセピアが出来ることは何もない。それも当然だ。二人とはレベルが20以上違うし、特筆すべき才能も一つもない。
だから、ただ黙ってセピアは回りを観察していた。せめて依頼主に報告する書類に正確な情報を記載できるように。
三人は現れる魔物を次々と倒しながらも奥に進んでいった。そして、最奥に差し掛かったあたりで不意にセナが前を歩く二人に話しかける。
「どうやら、ラークくんの一つ目の予想が当たってるみたいね」
「なにか感じたか?」
「うん。ちょっと強めにね。体勢を低くくして」
三人は曲がり角から奥を見た。そこにいたのは何体ものゴーストと楽しそうに笑う女の子モンスターのコンテだった。
すぐに顔を引っ込めてラークが小声で言う。
「コンテか。クソ。セナはともかく俺とセピアには荷が重い相手だぞ……セナは浄化の魔法も使えるよな?」
「使えるけど、今の状態だとタメが長いし、射程も短いし、あんまり実践向きじゃないと思う」
「それでも、あの数を剣で殺すよりマシだ。俺が前衛をやるから一緒に飛び出して、詠唱を始めてくれ」
「わかった」
「早めに頼むぞ。普通に死ぬ」
それで作戦会議は終わった。セピアは言うまでもなく、ここで待機だ。コンテは女性の肉体を求めてさまようモンスターだ。もし足手まといの自分が行けば、コンテに憑依され余計な面倒が生まれるかもしれない。そのことに関して、三人とも了解してた。
セナとラークは飛び出した。セピアはそれをただ見送った。
「なにしてんだろ、私」
セピアは誰に言うでもなく呟く。
やがて浄化の光が輝いて、戦いは終わった。