宿の小間使いがリーザス軍からの手紙を持ってきた時、セナはかなり困惑した。だが、同じ部屋で寝泊まりしていたセピアは呆れたように言う。
「あんたねぇ。ギルマスがわざわざリーザスに出張しろって言うんだから、絶対こういう展開になるに決まってるでしょ。ていうか、昨日の依頼なんて、英雄セナ・ベリウールをもう一度リーザス王都に呼び出す口実よ」
「ええ……どうしてキースさんは教えてくれないのよ」
「それくらい察しろってこと。早く開けて読んでよね。それ次第で色々大変なんだから」
「はーい」
セナは手紙を開け、中身を確認する。軍人らしい堅苦しい文章だったが要約するとこうだ。
「────訓練の特別指導官をご依頼します。パーティメンバーもぜひ参加してください。ってことね」
「最悪」
「どうして? こういう国に認められたところに顔を売っとくのはいいって言ってなかったかしら?」
「それはいいわよ。でも、問題は私も参加しなくちゃならないってこと」
「参加は強制じゃないみたいだけど?」
「強制に決まってるでしょ! どう考えたってリーザス女王の命令なんだから!」
イライラと頭を掻くセピアを余所にセナはカバンから持ってきた手紙を取り出した。
きっと懐かしい顔に会えるはずだ。そんな希望を持って準備を進める。
ラークに声をかけてから、身支度を整えて、装備を確認する。準備をすっかり終えたら、まだイライラしているセピアを手伝う。
「覚悟出来た?」セナが聞く。
「出来るわけないでしょ。出来てなくてもやらなきゃならないってだけ」
「大丈夫よ。いざとなったら、私が何とかするわ」
「どうやって?」
「色々方法は思い付いてるから心配しないで」
「……まず実行する前に私かラークに言ってからにしてよ」
セナは肩をすくめた。実際、この件についてはそこまで心配していなかった。リーザスにはいくつかコネがある。それにいざとなればランスを頼るつもりだったし、本当の本当にまずい時は実力行使をするつもりだ。まぁ、そもそもリア女王の恩赦を受けているセピアに、リーザス軍の人たちが何かしてくるなど思ってもいないが。
二人は準備を終えるとラークと合流して宿を出た。
それから、以前王都に来た時立ち寄ったスメルスメル屋──確か珍しいモンスターの肉料理だ──で朝食を取り、指定されている訓練所へと向かった。
ややセナの迷子癖が発揮されてしまったが、約束の時間には余裕をもって間に合った。だが、約束の場所に居た人物を見て、三人は驚愕する。
なんと訓練所の門の前で三人を待っていたのは、リーザス第一軍の将軍、バレス・プロヴァンスその人であった。
「バレスさん!! お久しぶりです!!」セナはバッと頭を下げた。
「おお、お久しぶりです。セナ殿。どうか頭を上げてください。あなたに頭を下げられてはこの老骨には立つ瀬がありません」
「まさか。バレスさんが迎えてくださるなんて……もしかして、訓練の打診はバレスさんが?」
「いえ、実はうちの新兵が発案者でしてね……出てきなさい」
バレスの呼びかけに応じて門の中から一人の少女が現れる。随分と雰囲気が変わっているが、その赤い髪と褐色の肌は昔のままだった。
「お久しぶりです。セナさん」
「スーちゃん!」思わずセナは彼女を抱きしめた。「大人っぽくなって! 黒の軍に入ったのね!」
「はい。今年から」少し照れ臭そうにスーが言った。「お会いできてうれしいです」
「私も会いたかったわ!! 懐かしい────」
セナのテンションを留めるために、セピアが咳払いをした。二人はハッとなって離れた。
「ええっと……」セナが気まずそうに言う。「御存知とは思いますが、いまキースギルドで働いてまして、この二人は私の部下です」
「ラーク・パイクスピークです」
「セピア・ランドスターです」
「これはご丁寧に。改めまして、私はバレス・プロヴァンス。リーザス第一軍の将軍をしております」
「私はスー・プロヴァンスと申します。今年第一軍に配属されました」
形式的な挨拶を済ませるとセナはスーにアイコンタクトを送った。真面目な顔を作りながら、隠し切れない笑顔でスーはそれを受け取った。
積もる話がこれでもかと言うほどあったが、この場においては依頼主と受託者である。私的な話はぐっと我慢して、依頼内容についての説明を受けた。
「基本的な依頼は手紙で送った通りに、若い兵士たちの訓練をしていただきたいです。基本的な剣術とその型の確認。そして出来れば多対一の実践訓練をお願いしたいです」
「……魔人戦の想定ですね」
「ええ! さすがですね。昨今の状況から、強力な個に対する戦闘経験を積ませたいのです。うちにも出来る者はいるのですが……あれはちと新兵の訓練には向かぬ剣技ですから」
「まぁ、確かにそうですね」
二人が同じ赤い男を思い浮かべているのは明白だった。
「でも、ちょっと問題がありまして」
「なんでしょうか?」
「おそらくご存じだと思うんですが、私いまレベルがかなり落ちてまして」
「……らしいですな」
かなみによってリーザス上層部にセナの情報が筒抜けになっているは、すでに公然の秘密である。
二人は気にせず話を続けるが、それを見ている他の三人は呆れていた。
「昨日の時点で48になってるわけですが、これだと多分、新兵さんだと百人くらいしか同時に相手できないです。それでも大丈夫ですか?」
「……セナ殿、十分ですぞ」
「なら、よかったです。……それにしても、大事な時期だろうに私が指導しちゃっていいんですか?」
「セナ殿は軍隊式の剣技も完璧と聞き及んでいますから問題ありません。それに────」バレスは言葉の続きを促すようにスーを見た。
「────私たちの世代はセナ・ベリウールの英雄譚を聞いて育ちましたから。セナさんに指導してもらえるというのは、何よりも士気向上に繋がるんです!」スーが言い切った。
「……ちょっと照れ臭いわね。よし! じゃあ、気合い入れてやりますよ! 教官!」