リーザス軍の訓練が終わった後、セナはスーの誘いでプロヴァンス家の夕食に招待された。当然、部下である二人も誘われたが、彼らは自分たちが居ない方が話しやすいだろうと固辞した。
そんなわけでセナはプロヴァンス家の館にやってきた。さすがに長年軍の最高幹部を務めている一族の館だけあり、実に大きく、しかしどこか質実な雰囲気があった。
大きくて重い扉を開くと、何人かの家政婦たちとどこか見覚えのある女性が目に入った。
「お帰りなさい、お父様、スー。そして、ようこそお越しくださいました、セナ・ベリウール殿」
「ああ、ハウレーン、帰っていたか。セナ殿、私の長女のハウレーンです」
「ハウレーン・プロヴァンスです。何度かお目にかかったことはありますが、こうしてお話するのは初めてですね」
「セナ・ベリウールです」二人は握手を交わした。
それから食事が始まるまでの間、セナはかわるがわるバレスの子供たちの紹介をされた。実にスーを含めて八人いる子供たちは皆真面目そうで、バレスの教育が行き届いているように思えた。何せあの野生児だったスーを立派な淑女に変えた家の教育だ。プロヴァンス家の名を汚すことなどないような徹底的なものなのだろう。
夕食は豪勢だった。リーザスは豊かな国だ。品数や物珍しさは日ごろセナが食べているものとは比べ物にならない。それでいて軍人の家らしく、量はどれも大盛で肉中心のメニューだった。
セナがその豪勢さに驚いていると、隣に座っているスーがそっと耳打ちする。
「今日はセナさんが来てくださったので特別メニューです。私もお父様も楽しみにしていましたから」
「……ありがとう。私も嬉しいわ」
食事会は実に和やかに進んだ。プロヴァンス家は上流階級である。ただの冒険者ならば気後れするような立ち振る舞いだ。
だがセナも貴族の出である。母に叩きこまれたテーブルマナーは今なお彼女の中に残っていた。
そんなセナの様子を見て、バレスの息子がいたずらっぽく言った。
「なんだいスー。こんなに素敵な人がお友達なのに、なんで昔のお前はあんなにフォークを使うのが下手だったんだ?」
「もう! ひどいですお兄様!」
冒険者の賑やかな食事とは違うが、楽しい時間だ。上品さという美点に触れたのは、かなり久しぶりだった。幼少期の遺産である程度のマナーを実践できるセナと違って、生まれてから毎日貴族としての振舞いを心得てきたプロヴァンス家の人々──バレスの生まれが貴族なのかは知らないが──のそれはとても勉強になる。それでいて、軍人らしいところも併せ持っており、特にセナが凄まじい量の食事を取る様子を見て、彼らは喜び、尊敬の眼差しを向けた。
軍人と貴族のいいところを集めたような家だ。セナはそう思った。ほとんど同じことをプロヴァンス家の面々はセナに対して思った。つまり、セナは貴族と冒険者のいいところを集めたような女と認識された。そんな風にセナ達はお互いを評価しあっていく。
「ところでセナ殿」バレスがやや遠慮がちに言った。「ゼスでの魔人カミーラとの戦いがあったと聞き及びましたが……大変申し訳ないのですが、よろしければどのような戦いだったか教えていただけないでしょうか?」
その表情からセナはバレスが誰かの命令ではなく、純粋に軍人として──あるいはただの戦士として──あの戦いについて興味があることが分かった。
「もちろん、ちょっと言えない部分もありますけど、それでよければ」
「ありがたい! 実は概要程度しかこちらには流れてきていないので、ぜひ当事者であるセナ殿にお聞きしたかったのです」
セナはあまりゼスの国家秘密には触れずに、だが出来るだけ情熱的に語り始めた。
初めてカミーラと対峙した時の話から、その夜にあった戦いの話を語れば、プロヴァンス家の面々──なんとこれにはバレスも含まれる──は目を輝かせてとにかく気になることを質問しまくった。
「つまり……そのジンジン斬というのは付与魔法を限界までかけているという状態なのですか?」ハウレーンが興味深そうに聞いた。
「うーん。そうではあるんですが、付与魔法として形作った魔力の枠の中に、攻撃魔法と神魔法の性質を流し込む感じですね。特に雷の魔法が重要で筋肉を普通よりも早く動かすことが出来ます」
「な、なんと。聞いたことがありません……セナ殿が編み出された魔法なのですね」
「そうなりますね。あまりそういうのは得意じゃないですから、初めてのオリジナル魔法です」
「体系化などはされないのですか?」バレスが聞く。「肉体の動きを付与魔法以上に高める魔法とくれば、どの国も喉から手が出るほど求めるでしょう」
「実はゼスで知り合った私よりも魔法の使える友達に聞いてみたのですが、そもそもこの強化魔法、かなり難易度が高い上に性質上簡略化が難しいらしく……私も今のレベルが下がってる状態だと出来ないくらいなんですよね」
「セナさんよりも魔法が出来る人がゼスにはいるんですね」スーが驚いて言った。「その人くらいになればできるんですか?」
「出来たと言えば出来るし……出来てないと言えば出来てないわね」
スーが頭に疑問符を浮かべるとセナは困ったように微笑みながら続けた。
「魔法の発動自体は出来たの。しかも、私と違って神魔法での回復なしで。でも、相当運動神経がないと制御できないみたいで、何しようとしてもズッコケるようになっちゃったの」
「わぁ……それはちょっと実戦では使えないですね……」
「まぁ、ちょっとあの人が運動音痴なだけじゃないかなぁっと思ったりしたりしなかったり……」
「いえ、セナさんの肉体制御能力は世界一ですから、基本はその人みたいになると思いますよ」
「そうかなぁ。意外と戦士職なら皆行けると思うんだけどなぁ」
「……なんか、当時この件で喧嘩しましたね?」
ギクっとセナの肩が跳ねる。同時にミラクルとこの話をした時のことを思い出す。
『全く何という出力の魔法だ。これを使いこなせるのは相当な筋肉バカだけだな』急上昇した膂力で机に突っ込んだミラクルは、思いっきり頭を打ってプルプルしながら言った。
『(ぴく)いやぁ、ミラクルちゃんがちょっと運動音痴なだけじゃない?』
『(ぴく)何を言う。普通はこうなってしまうのだ。たとえ、世界を統べる運命を持つ者であってもな』
『私が普通じゃないって言いたいのね。まぁ事実ではあるけど……でも、ミラクルちゃんだって普通ではないでしょ!』
『その通りだ! 余が普通であるわけがない!! だが、聡明なる余には下々のものが持つ普通という概念も理解できるのだ!!』
『うぐぐぐ……私は理解できてるかな……?』
『意味の分からない言い合いやめてくれ。頭が痛くなる』近くで見ていたアリオスが言った。
セナはスーの顔をまっすぐに見て言う。
「した……! いや、したのかな……?」
「なんで疑問形なんですか……」呆れたようにスーが言った。「セナさんって昔から何というか……あれですよね。喧嘩が下手」
「そうかな……? そうかも」
「そうですよ。昔、あの、アカメフルトの時も」
「あー! あったわそんなこと。思い出した。あれスーちゃんが悪いわ!」
「……まぁ、今でこそ私の方が悪いと思いますが、あの時も────」
セナとスーはかつて一緒に過ごした日々の思い出に花を咲かせた。プロヴァンス家の面々は末の妹とその友達が楽しそうに話す様子を和やかに見ていた。
やがて話は再び魔人カミーラとの戦いに戻る。
「ではかの勇者が……いえ、元勇者ですかな? ともかくアリオス・テオマン氏が民衆を率いてやってきたのですか?」バレスが無意識にひげを撫でながら言った。
「ええ。すごかったですよ。一万人以上いたらしいですから」
「にわかには信じられませんな……訓練されていない民衆……それも言い方は悪いですが、被差別階級にあった者たちが、軍事施設の応援に来たのですか……」
「やっぱりそこはアリオスくんの人徳だと思います。本人も別に戦力を集める気はなくて、いつの間にか大軍勢になったって言ってましたし」
「実に惜しいですな……それほどの勇者ならば魔王の討伐も可能でしょうに、引退済みとは」
「今や結婚して子供もいるでしょうから、残念な気持ちはありますが、無事引退できてよかったって感じですよ」アリオスが魔王を見逃したことを知っているセナは少し早口で言った。
「ほう! 勇者殿は結婚なさっているのですか! しかも、子供まで!」
「え、はい」
「羨ましい限りですな……私も本当は娘たちには軍人稼業には早めに見切りをつけて家庭に入ってほしいと思っていまして……」ちらちらとハウレーンを見ながらバレスが言った。
「セナ殿……恨みますよ……」ハウレーンは苦笑しながら言った。
「あはは。誰かいらっしゃらないんですか? 素敵なお相手」
「いませんね。少し前に恋人は居ましたが、それでつくづく自分には縁遠いことと理解しました」
「この調子なのです。他の子どもたちも相手がおらず……全く誰に似たのか」
「当然、四十近くまでふらふらとしていたお父様の遺伝かと」
食卓がまた笑い声に包まれた。話の流れでハウレーンは自然に会話を続ける。
「そういうセナ殿はどうなんですか? 誰か懇意にしている方は?」
「────私は……」
セナは言葉に詰まった。脳裏に浮かんだのはミリの顔だ。彼女について正直に話すことは出来ない。そんな空気じゃないし、何より言葉が見つからないのだ。
不意にスーの手が太ももを摩った。いたわりを感じるその動作でセナの思考が戻ってくる。すでに日中、彼女にはミリの死を伝えてあった。スーの手を握り返すと益々心は楽になった。
「私は秘密です」
「おお、なんだかお相手がいるときの返答ですね!」バレスの息子の中で一番のお調子者が言った。「教えてくださいよ! そんなすごい情報手に入れられたら、隊のみんなからどれだけの羨望を得られるか!」
「お兄様? ちょっと無作法な質問ではないですか?」スーが抗議する。
「それに私のことなんて話しても誰も喜びませんよ」笑いながらセナが言う。
「そんなことありませんよ! セナ殿は我らリーザスでの伝説! しばしば我々はあなたの話題で食卓を彩るのです!」
「そんな大げさな……え、本当なんですか?」誰も否定せず曖昧な笑みを浮かべるばかりなのでセナが焦って言った。
「ま、まぁ……概ね真実といいますか」スーがモゴモゴという。「ちょっと、リーザスでは所謂ジョークの一種になったりしてると言いますか……」
「ジョ、ジョーク?」
「所謂セナ・ベリウールの真実というやつですな」
「ちょっとお兄様!」
「ど、どういうことなんですか?」セナが問う。
「四年前の戦争でセナ殿は信じられないことを数多くこなしましたからね。魔人の撃退、リック隊長との模擬戦で百連勝、あのヘルマン軍を単騎で何度も押し返すなんてことを……まさしく人類最強。それにその強さを正しきことに使う仁のお人だ」
「仁だなんて……そんな……」
「ご謙遜しないでください。レッドでの戦いでは本来我が国とは関係のない立場でありながら、心に傷をつけてでも戦ってくださったと聞いております。それが仁でなくてなんなのですか」
「あれはそんな……」
誤魔化すように言って、気が付く。
あの崖での粗相見られてたの! しかも、なんか美談になってるし!
かなりの恥ずかしさが湧いて出る。それと同時に奇妙な違和感が脳裏に走った。
だが、そんなセナの思考の流れなどお調子者には関係なく、話は続いていく。
「それほどまでに完璧なお人……なのでどんなことでも出来る。絶対に出来るというジョークのネタになっています」
「……はい?」理解が追い付かずセナは言った。
「私の好きなやつは、『セナ・ベリウールは夜が来たからといって眠らない。彼女が目をつぶると月が安堵して夜が来る』というのですね」
「んん?」
「あとは『セナ・ベリウールに斬れないものはない。ただ斬ったものと見逃してやったものだけが存在する』も好きですね」
「待ってください。私ってリーザスだとネタにされてるんですか?」
「愛されてます」
「……私は『セナ・ベリウールは迷宮を歩かない。入った瞬間に目当てのものが恐れをなして身を差し出す』が好きです」スーが言った。
「スーちゃん!? ていうかそれは、絶対迷いの森でのことを言ってるよね!? 本当にあったことじゃん! 迷子になっただけだよ、あれは!」
「や、やっぱり、セナ・ベリウールの真実は本当だったんだ……! ちなみに実は全体の一割くらいはそこのスーがてきとう言ったやつですよ、これは」
「あ、お兄様!」
「スーちゃん~?」
「……本当にあったことを混ぜるのが面白くてつい……」
セナはスーのほっぺをつねった。それでまたプロヴァンス家に笑い声があふれた。
夕食の時間は実に楽しく流れていく。先ほどセナが気づきかけた何かは、意識の彼方に行ってしまった。
ジョークの元ネタはチャックノリスです。