中央暦1639年11月22日 11時57分
パーパルディア皇国 エストシラント 第3外務局
「なんだと!? 今年の奴隷献上を中止するぅ!?」
第3外務局員が、訪れて来たばかりのトーパ王国大使を怒鳴りつけた。トーパ王国は文明圏外国のため、第3外務局の管轄にある。
普段であれば、怒鳴れば委縮して謝罪するのが文明圏外の大使。しかし今回は、謎の余裕さを見せていた。
「我が国の民を奴隷として差し出す……このような非人道行為は、今後一切辞めたいと思います」
「馬鹿か? 馬鹿なのか!? そうなれば、我が国は貴様の国に対する技術供与を停止するまでだぞ!!」
パーパルディアでは、旧式技術とはいえ皇国の研究開発してきた技術の一部を、ちまちまと従属の意思を表する国々に与えてきた。
与えられる技術はこぞって十数年前から数十年前の技術であるため、たとえその属国が与えられた技術を自国で模倣できたとしても、皇国にとっては何ら痛くない。
加えて、属国であれば例外なく技術供与を行っているため、自国だけが強くなるなどということはない。むしろそうならないように調整している。
そんな中、一国だけ技術供与が停止されるとどうなるか。他国との発展速度に急激に差が生じ、その差はどんどん広がっていってしまう。
パーパルディアはこれを利用して、各種技術の供与を外交手段の一つとして活用していた。いうことを聞かなければ、技術供与を行わない。さらに経済制裁まで行う……
普通であれば、文明圏外国家などその時点で国として立ち行かなくなる。
第3外務局職員の持つ必殺の脅し文句だったが、大使はただ一言。「構いません」
「……へ?」
「構いません。我が国は奴隷を差し出さない代わりに、皇国は我が国への技術供与を止める。 ……そして、属国化も止めるということで」
「ナッ」
職員が開いた口が塞がらなくなっている合間に、大使は立ち上がった。
「では失礼します。 ……ああ、そう。実はトーパ王国政府では昨日、貴国との断交を決定いたしました。そのため24時間以内に大使館を撤収させます。そのため、在トーパ王国皇国大使館も閉鎖しますので、どうぞよろしく」
顔を真っ赤にさせ、口をパクパクさせながら何か言いたそうな職員を見て苦笑すると、トーパ王国“元”大使は踵を返して第3外務局を出ていった。
あまりの怒りに何も言えなかった職員はこぶしを握り締め、大きく振りかぶって机に叩きつけた。
ジィンという鈍い痛みが手に伝わってくるが、それ以上の屈辱的な、無礼で、身勝手な行為が我が身に降りかかってきたことへの怒りの方が脳内を支配していた。
「……く、くぅぅぅぅぅ!!!!!」
職員は憤っていた。理由は明確で、先ほどのトーパ王国大使との会談である。
それまでこびへつらってきた文明圏外の国が、手のひらを返し、それもその手のひらでペチンと自分の頭を叩いてきたかのように、断交を宣言してきたのである。完全に敵対してきたといってよい。
あの大使の自信満々の顔を思い返すだけで、はらわたが煮えくり返り炉心融解を起こしそうになる職員は、トーパに対する報復心をメラメラと燃やしながら、昼休憩をとるために食堂に向かっていた。
第3外務局は前にも述べた通り、外務局職員の全体の6割7割近い人員が裂かれて勤務している。そのため食堂の広さも他の外務局に比べ広かった。
もっとも、第1、第2外務局では担当する国家も文明国や列強であることから、食堂は第3外務局のそれに比べれば狭いが豪華絢爛なものであり、一流シェフが常勤している状態であるため、比較するだけ虚しくなるというものであるが。
その一角にある机で、同僚の職員が既に食事をとっていた。受け渡し口から食事の乗っかっているトレーを受け取った職員は、そこに声をかけて隣に座る。
「おつかれ」
「ああ、おつかれ」
ドカッと席に座り、ぶっきらぼうにスプーンを握りしめて食べ始める職員の行動を見て、同僚は一瞬で不機嫌さを察知した。
「どうしたんだ?」
「ん、あ、ああ。いやちょっとね。蛮族国家関係で不愉快なことがあってさ」
「なんだ、お前もか」
話しかけてきた同僚は少し驚いたようなそぶりを見せる。「お前もか? とは?」と職員が訊くと、対面に座っていた職員を指さし「いやこいつがさ」と。
「こいつもさ、さっき不愉快なことがあったって話してたんだよ」
「そいつは偶然。何があったんだ?」
対面に座っていた新入りは、フォークを置くとため息交じりに愚痴り始めた。
「それがですね……自分が担当していた蛮族国家が、我が国に対する今年度の献上品の引渡しも拒否してきましてですね。あろうことか……その、大使館を閉鎖するとまで言ってきまして」
「えっ、君もか」
『えっ』
同僚と、新入りの声が重なる。
職員は食い気味に、先ほどの不愉快極まりない出来事を話した。
「実はトーパ王国にも先ほど同じことを言われてさ」
「何だ、お前もか!」
『えっ』
今度は職員と新入りの声が重なる。「実は俺の担当のシオス王国もなんだよ」
『えぇ……』
どうやらたった一日で、少なくとも三か国からパーパルディア皇国は断交宣言をされたようだ。
新入りが職員と同僚を交互に見ながら、口をあんぐりとさせる。
「一体何が起きたっていうんですかねぇ? 蛮族国家曰く、『大日本帝国と同盟を結んだ』とのことですけど、先輩方は日本ってご存じですか?」
「大日本帝国……? いや、知らないな」
同僚は首をかしげる。一方、職員はどこかで聞いたことのあるその国名を必死に思い返していた。
そして脳内の記憶の片隅にあった、断片的な記憶を呼び起こす。
「そういや、ずいぶん前にそんな国の使節団が顔を見せたような……?」
『えっ』
「先輩、その日本ってやつらはなんか言ってましたか?」
「いや、どうだったけな……でも確か変なことを言ってたような気はする。対等に関係を構築したいとかなんとか……」
「ははっ、皇国と対等にか。列強じゃないとそんなの、話にもならんぜ」
へへっと笑って見せる同僚に、職員は「だよなぁ」と同意する。
しかし新入りの顔は、どこか不気味な感覚に陥っていた。“嫌な予感”の正体を掴めないまま、昼休憩の時間は終了となったため、その話もお開きとなった。
彼らが大日本帝国の名前を改めて知ることになるのに、そこまで時間はかからなかった。
中央暦1639年10月19日 17時26分
ムー国 オタハイト 情報分析課
第二文明圏最強の列強・ムー国。その統括軍直轄の情報通信部には、情報分析課という部局がある。
国の情報機関であり、文字通り入って来た国内外の情報を精査することを任務としている。多種多様な情報を分析する必要があるため、情報官には優秀な職員が充てられていた。
とはいえ、絵に描いたような軍人仕草はしていないことから、周りからは、
「何をやっているのか分からない部署」だの、「噂話が好きな金喰い部署」
などといわれて忌み嫌われており、未だに“情報”の重要性に対する重要性は広まっていないのが現状であった。
そんな情報分析課の、情報分析官である技術士官マイラスは、レイフォリア襲撃の際に魔写された写真を見つめていた。写真には、グラ・バルカス帝国の超巨大戦艦『グレードアトラスター』が写されている。
『グレードアトラスター』を見れば見るほど、マイラスは冷や汗が止まらない。
「これは……やばいな……」
ムーは、魔導文明が主流となっている世界の中、科学に有用性を見出し、機械や化学に力を入れている特殊な国である。
しかし、どうやら第八帝国ことグラ・バルカス帝国とやらは、ムーの科学文明よりもはるかに先を進んでいるかもしれないという仮説が立ちつつあった。
軍人や政治家は残念ながら自国の優位性を疑わないため、もしこの分析を上げれば「臆病風に吹かれた」とか言われかねないが。
とはいえ、どう考えてもマイラスは、グラ・バルカス帝国の強さが分かってしまう。訳は写真の『グレードアトラスター』であった。
ムーにおいて、近年建造された最新型戦艦『ラ・セチワ』は、それまで大小さまざまな敵艦に対応するために多種多様な口径の大砲を搭載していた従来の戦艦思想を一新し、単一口径巨砲・蒸気推進という革新的な機構を採用されている。
このため新型の30.5センチ連装砲という砲撃力を倍以上に装備し、射程・命中率・火力投射力すべてが劇的に向上した。
ラ・セチワ
基準排水量1万8200トン
満載排水量2万2500トン
全長161メートル
全幅25メートル
機関2万3000馬力
最大速力21ノット
兵装 30.5センチ連装砲5基10門
7.6センチ単装速射砲20門 他
このスペックであれば、中央世界の神聖ミリシアル帝国の魔導軍船とも渡り合える可能性を秘めていると言われている。
同じ第二文明圏列強であるレイフォルや、第三文明圏唯一の列強パーパルディア皇国の帆船相手には圧勝できることは言うまでもない。
機械文明最先進国(を自負する)ムーは、彼らの国とは別格にあり、神聖ミリシアル帝国と肩を並べられる可能性を持つ、勢いのある国であった。
だがしかし……
マイラスは頭を掻きむしった。
グラ・バルカス帝国の超巨大戦艦である『グレードアトラスター』は、情報によれば30ノット前後の速度が出ていたらしい。あの大きさであれば満載排水量7万トンは下らないし、3基ある三連装砲も38センチ……いや、40センチ、下手すればそれ以上の砲口径はあるかもしれない。
そんなにも巨大な戦艦を30ノットもの高速で移動させるということは、一体どれだけの機関出力が必要になるのか? 少なくともラ・セチワの数倍、十数倍は必要であろう。
マイラスは『グレードアトラスター』と『ラ・セチワ』とが砲撃戦に臨む場面を想像する。結果は何百回してみても、こちらの惨敗に終わった。
このような高度な艦であろうから、砲撃精度も『ラ・セチワ』より良いだろう。
「写真を見ただけで、自然と負ける様子が想像できてしまうとは……これは……技術レベルが何十年も、何世代も開いている……!!」
技術士官のマイラスは、ムーの行く末を案じた。
とはいえ、マイラスの担当はあくまで古今東西の軍事力調査である。ずっとグラ・バルカス帝国のことだけを扱うわけにはいかない。
写真は一旦まとめたファイルに挟み、マイラスは別のファイルを取り出す。
最近、遠く離れた東の文明圏外国家ロウリア王国と、クワ・トイネ公国との間で戦争が起きたという。戦争はその当事国の戦力を確認するためにうってつけの“見世物”になる。
しかし、ファイルにはクワ・トイネ公国軍のものはない。ほぼすべてが大日本帝国と呼ばれる、これまた文明圏外の国の軍隊のものだった。
ロウリアとクワ・トイネ、情報分析課ではロウリアが勝利することを予想し、少数だが観戦武官をロウリアに派遣していた。しかし、この日本という国が自分たちの分析を覆させた。
観戦武官は安全だと思われていた首都ジンハークにいたが、どうやら開戦初日に夜間に“空襲”を受けて死傷したという。
無事にムーに帰って来た武官らは、
「超大型爆撃機による空襲で都市が一日で灰になった」
「空中浮遊する飛行機械の機銃掃射で避難民が消滅した」
「あいつらプロペラがない飛行機械を使ってる」
「とんでもねぇデカさの戦艦が、とんでもねぇデカさの大砲で艦砲射撃してきて漁村が一斉射で消えた」
などと、荒唐無稽なものばかりで、とても分析の対象として取り上げていいのか分からない代物であった。
「いやぁ……こちらも信じられない。が、どこかグラ・バルカス帝国と同じ匂いがするな」
写真には、北の港と呼ばれる貿易・軍港で撮影されたという日本艦隊の姿が写されていた。
全長300メートルはある艦がひしめき合っている。どう見てもこれは「竜母」や「空母」と呼ばれる類の軍艦であった。
微かにであるが、甲板から飛行機械が飛び立つ瞬間が写されていた。が、画像が荒くてよく見えない。
また、先ほど見た超巨大戦艦『グレードアトラスター』に似た戦艦も一隻見える。
「一体この日本っていう国は何者なんだ? 情報が正しければ、もしかすると、グラ・バルカス帝国とも互角以上に戦えるかもしれないよな……」
マイラスの疑問は尽きない。荒い写真であるため確証は得られないが、確かに空を飛び回っている飛行機械にはプロペラのようなものはついていないし、戦艦以外の巡洋艦と思しき艦には1門ないし2門の単装砲しか搭載されていない。
プロペラがないのは、もしかすると神聖ミリシアル帝国のように魔光呪発式空気圧縮放射エンジンと呼ばれる魔導エンジンを搭載している可能性も考えられる。しかし、問題なのは艦艇の方だった。
「うーん……まったくわからん」
まず艦の長さは充分過ぎるほどに大きい。それなのに砲を1門ぐらいしか搭載しない。
よほど連射性が良いのか、もしくは砲撃精度に絶対の自信があるのか……連射するにせよ、小口径の単装砲1門ではそこまでの威力は出せないだろう。余裕もあるし、もっと搭載されてもいいのではないかと考える。
それかもしくは、砲の製造単価が高すぎるため、1門しか設置できないのであろうか? しかし、であればあの300メートルを超える空母や戦艦はどうなるのか、という矛盾が生じる。
設計思想がまったく理解できない。
この巡洋艦が何をしたいのか、どういう目的で作られたのか、まったくもって理解不能であった。
「訳の分からない国が、こうもいきなりポンポンと……」
技術士官マイラスの苦悩は続く。