中央暦1639年11月5日 9時01分
アルタラス王国 ル・ブリアス 王城
フィルアデス大陸南方に位置するアルタラス王国は、いわゆる文明圏外国家であった。
しかし人口は1500万人に達し、第三文明圏外国家としては旧ロウリア王国に次いで人口大国である。
世界有数の魔石鉱山を有するこの国は、その他資源も潤沢なことから典型的な資源輸出国として栄えており、モノカルチャー経済が根強く浸透している。
温暖な気候で、王都ル・ブリアスにある建設物は円を基調としており、建造物は一般的に丸っこいのが特徴的だ。
王都だけでも50万人を擁する大都市であり、そのおかげでル・ブリアスは商業の中心としても活気に満ちている。
そんな人々の活気とは裏腹に、王城において国王ターラ14世は頭を抱えていた。
その顔は苦渋に満ちており、今にでも脳の血管が切れそうなほど真っ赤である。
「これは……正気か……?」
華やかな装飾の外交文書に目を通しつつ、思わず声が出る。そこにはとんでもない内容が書かれていた。
送り主はパーパルディア皇国であり、中身は要請書である。
要請書とは、毎年この時期になるとパーパルディアからアルタラス王国に送られてくるもので、“要請”という名の実質的な“命令”だった。
ターラは何度も目を通すが、書かれている内容は同じだった。
「ありえん……」
先のパーパルディア皇国皇帝が崩御すると、現皇帝のルディアスが新たな支配者として即位した。
ルディアスは即位するや、富国強兵政策を実施して対外拡張政策を推進し、今や72か国の文明国、文明圏外国を抱える列強国となった。
そんな皇国は、定期的に文明圏外の国々に領土や物資、奴隷の献上を迫った。
だがこれには、要求先の国にも“うまみ”があった。
技術供与や軍事支援、海賊対峙など多岐にわたるが、ともあれいずれの要求も一方的なものではなく、きちんと“飴と鞭”を巧みに操ってきていたのである。
しかし、今回の要求は、あまりにも一方的かつ横暴なものであり、最初外務卿をはじめ誰もが「これ本当に大使が送ってきた奴か? 欺瞞文ではないか」とわざわざ皇国大使に確認を取ったほどである。
すなわち、
1.アルタラス王国は、パーパルディア皇国に対し、魔石鉱山シルウトラスを献上すること。
2.アルタラス王国は、パーパルディア皇国に対し、王女ルミエスを奴隷として差し出すこと。
以上、二点を1週間以内に実行することを要請する。
と、いうものである。
また最後の一分として「できれば武力は用いたくない」とまで露骨に書かれており、これは明らかに「断ったら侵攻するからな」と言っているようなものであった。
魔石鉱山シルウトラスは、アルタラス最大の魔石鉱山であり、国の経済を輸出により支える中核となる鉱山である。世界でも五本の指に針レベルの大鉱山でもあり、いくつもの国がこの鉱山を欲してきた歴史がある。
これを失えば、アルタラスの国力は今までの十数分の一にまで落ち込む。
輸出に頼りきりの経済は大きく後退し、巷には失業者であふれ、最悪の場合、革命に発展する可能性もある。
そして、王女の奴隷化。これはまったくもって意味が分からなかった。
歴史上、パーパルディア皇国が周辺諸国に奴隷を要求してきたことは珍しくない。
しかし奴隷となる人物の選定はあくまでこちらでできるため、犯罪者などを適当にまとめて送っていた。これは自国の治安のためにもなるため、むしろ積極的にやってきた節がある。
だが今回の件は、そういったものとは完全に違う空気が漂っていた。何か気色の悪い空気が感じられた
王女の奴隷化は、未だかつて聞いたこともない要求だ。皇国にとってもあまり利はないし、もはやアルタラスを挑発して怒らせるために行っているのではないかと外務卿らは考えている。
初めから呑めない要求を突きつけ、戦争に持ち込もうとしているようにしか見えない。
「しかしなぜだ!?」
今まで要請という名の要求を数々受入れてきた。その代わりに技術供与などを受け入れていたので、甘んじて受けてきたが、今回ばかりはパーパルディアの正気を疑ってしまう。
ターラは立ち上がると、ル・ブリアスにあるパーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所に出向いた。事の真相を確かめようとしたのである。
「待っていたぞ! アルタラス王!!」
開口一番、パーパルディア皇国アルタラス担当大使のブリガスが椅子に座り、足を組んだまま一国の王に応対した。対して王は部屋の真ん中に立ったままであり、大使の他に椅子はない。
とんでもない光景であるが、文明圏外国に対する差別は今に始まった話ではないし、何よりプライドだけは一丁前にある大使の機嫌を損ねないためにも、ターラは煮えたぎる頭を冷やしながら、落ち着いて問い合わせる。
「あの要請書について、真意をお伺いに参りました」
「真意? あの内容の通りだが?」
人をおちょくっているような顔のまま、ブリガスは肩をすくめた。
「魔石鉱山シルウトラスは、我が国最大の鉱山です」
「それが何か? 他にも鉱山はあるだろう。それとも何だ、え? 恐れ多くもルディアス皇帝陛下の御意思に歯向かうつもりか?」
「いえいえ、とんでもございません。逆らうなど……ですが、何とかなりませんか」
「ならん!!」
食い気味に答えるブリガス。嘲笑うような顔はどこへやら、瞬間湯沸かし器のように一気に顔をピンク色に染め険しい顔になったのを見て、ターラはこれ以上言うのは止めておこうと考える。
「わ、分かりました。では我が娘、王女ルミエスのことですが、なぜこのような要請を? なぜ娘を奴隷としなければならないのでしょうか」
王女の話が出てくるや、ブリガスは怒りを沈め、再びニヤケ面を浮かべながら答える。
「ああ、あれか。王女ルミエスは中々の上玉だろう? 俺様が味見してやろうと思ってな」
「……は?」
ターラは思考が停止する。目の前の、股間を膨らませながらゲラゲラ笑っているこの人間のような生き物は、今何とのたまった?
聞き返して来たのが癪に障ったのか、ブリガスはまた顔を険しくして怒鳴り散らした。
「だから、俺様が味を見てやろうと言ってるんだ!! ……まあ飽きたら、適当に皇国の娼館にでも売り飛ばしてやるがな」
「……それが、皇帝陛下の御意思なので?」
「何だぁ!? その反抗的な態度は!! 世界に冠たるパーパルディア皇国の大使であるこの俺様の意思は、すなわち皇帝陛下の御意思なんだぞ!! 蛮族風情が、誰に向かって口をきいてると思ってんだ!」
ブリガスは机を叩きつけて勢いよく立ち上がると、ターラに近づく。
唾をわざとなのかというほどに飛ばしながら喚き散らかし、近くにコップを引っ掴むと、ターラにぶっかけた。
自分のことをただ見つめ、ただ立ち尽くしているターラに、ブリガスはヘヘっと嘲笑し、再び椅子に座り返した。
その時、ターラの中で何かが吹っ切れた。何か意を決したのか、一度大きく頷いて見せると、何も言わずにブリガスに背を向ける。
「おい! 話はまだ終わってないぞ!!」
ブリガスの制止を無視し、ターラはドアノブに手をかける。
「おい、俺様を無視するな。蛮族の王よ!!」
最後の最後まで、ブリガスの挑発じみた言葉をシャットアウトしたまま、ターラは出張所から出ていった。
出張所から戻り、ターラは出張所で浴びせられた屈辱的な内容を始終もらさず臣下に伝えた。
途端、王の間はパーパルディア討つべしという声で染め上がり、なんとか平和的な策を考えていた外務卿も今では顔を真っ赤にさせて皇国に一矢報いるべしと叫んでいる。
ターラは深化一人ひとりの反応を確認していき、そして――
「近衛兵、あのくそったれの大馬鹿野郎をパーパルディア皇国に送り返せ!! 要請文も断固拒否、国交断絶と魔石その他一切の資源の禁輸を通告しろ。それに、皇国の資産は全部差し押さえてやれ!!!」
国王が咆えた。
同時に王城は沸いた。
「軍を召集し、王都の守りを固めろ。民兵隊も全員召集だ。監査軍が来るぞ!! パーパルディアの奴らに、我が国の誇りを見せつけてやれ!!!」
このような屈辱的な条件を呑んでいては、もはや独立国として生きてはいけない。このまま要求を受け入れて座して亡国となれば、さらに図に乗ったパーパルディアの食い物にされてしまう……そうはさせてたまるかと、ターラは決心した。
幸いにも、アルタラスには資源輸出により富がある。富はさらに富を生み、余剰財の一部は軍事整備にも使われており、文明国程とはいえないが、旧式の監査軍であれば少しは戦える自負があった。
名を受けた大臣たちは各々指示を送るため奔走し、近衛兵はあの大馬鹿野郎(ブリガス)が住む出張所に向かっていった。
ターラは最後まで残った外務卿に近づくと、迷いのない声で命じる。
「外務卿、すぐさま大日本帝国大使を呼び出せ。 ……件の大東洋共栄圏への加盟について、話があると」
「……仰せのままに」
国王の真意を察した外務卿は、深々と頭を下げた。
中央暦1639年11月5日の昼下がり。
もはや後顧の憂いもないターラは、外務卿らとともにアルタラス王国駐箚大日本帝国特命全権大使と会談。そこで大東洋共栄圏への参加を希望するのと、そしてこれまでのブリガス大使との話を説明、戦争が迫っていることを伝えた。
大使はすぐさま外務本省に連絡し、省内で検討の後、閣議でアルタラス王国の加盟(=対パーパルディア戦争への参加)について検討された。
どの道パーパルディアに一撃加えることを既定路線としていた日本政府では、むしろこれを好機ととらえ、アルタラスの共栄圏加盟を支持し、翌日の大東洋会議においてアルタラス加盟の是非を発議した。
数日間の調整期間を経て、11月13日にアルタラス王国の共栄圏加盟が決まった。
栄えある17カ国目の大東洋共栄圏加盟国となったアルタラス王国は、パーパルディア航行の悪行の数々を知らしめるため、王女ルミエスを東京に派遣する。
彼女がロウリア軍政監部、セイロン島を経由して東京に到着したのは16日のことだった。
その日は同時に、既に準備を整えていたパーパルディア皇国監査軍がアルタラス王国に上陸した日でもあった。
中央暦1639年11月17日 14時48分
パーパルディア皇国 エストシラント
皇都エストシラントは、第三文明圏の列強として誇るパーパルディア皇国の首都として美しく、煌びやかで、威勢を放っていた。
皇帝の住まう皇宮は、その武威を示すため柱の一本まで職人により繊細な彫刻が刻み入れられている。
そんな皇宮の良さを語ると、とてつもない分量になるため割愛するものの、ともかくそんな素晴らしい”芸術作品“の家主は今、苛立ちを隠せていなかった。
「面を上げよ」
第3外務局長のカイオスは、冷や汗をかきながら顔を上げる。
カイオスの目の先には、27歳という若さからは想像もつかないほどの威厳を保つ皇帝ルディアスの姿があった。
「フェン王国への懲罰権行使の件。あれからだいぶ経つが、何故一向に報告がないのだ」
「ハハッ!! 監査軍派遣の報告が遅れてしまい、誠に申し訳ございません……」
「たわけ!!!」
「うぅ……」
20代とは思えないほどの圧の強い声に、中年のカイオスはたじろぐ。
「余に報告を行わなかったのはどうでもよい。監査軍の派遣は、余が第3外務局に与えた権限だからだ。いちいち蛮族への懲罰権行使の報告をされてはかなわん。問題は……敗北したことだ」
皇帝の言葉に、カイオスは「しまった」という顔をする。汗は吹き出し、脳内が煮えたぎってくる感覚に陥る。
「どこにやられたんだ? まさかフェン王国か?」
「は、ハハッ!! 目下全力で捜査中でありますが、現在なおも、特定できておりません。文明圏外の国と思われるのですが、はっきりしていないため、まだご報告する段階には……」
「まだわからぬというのか……」
ルディアスの顔が次第に朱色に染まる。
そんな中、ここでまさかの助け船がきた。
「陛下、発言をお許しください」
皆の目線が一人の男に集中する。国家戦略局長であった。
先のフェン懲罰の際には、第3外務局の監査軍に真っ向から反対し、皇帝もそれに従ったという過去を持つ。
カイオスはてっきり、追い打ちをかけて来るかと思ったが、実際は違った。
「なんだ、申してみろ」
「ハッ。その件について、国家戦略局の方で調査したところ、大日本帝国による攻撃だという結論に達しました」
『大日本帝国……』
その名が再び上がることになるとは、カイオスも含めて誰もが日本という謎の新興国家について思考を巡らす。
特にその場にいたエルト第1外務局長は、自分の持っていた情報と照らし合わせて合致していたことに絶望していた。
エルトはこの間、遠く離れた第二文明圏の列強レイフォルが超巨大戦艦数隻に壊滅させられ、第八帝国を名乗る新興国家の植民地となったという情報を精査していた際、第3外務局宛に送られてきた文書の中に、国家戦略局員の報告書を見つけていた。
送り主はヴァルハルという人物で、彼は観戦武官としてロウリア王国に派遣されていた経歴を持つ。
そんな彼は文書内において、「監査軍敗北の直接原因は、日本軍によるもの」と結論付けていた。
そして詳細に、日本軍の保有する兵器や兵士の特徴などについて詳述されていたが、およそ信じられないものだらけだった。
事実、国家戦略局内においても彼の報告はまったく信じられず、精神疾患を疑われて“休暇”に出されてしまっていた。
彼は休暇を出されたのをいいことに、個人旅行としてフェン王国に向かい、そこで彼の国で調査した結果、やはり同じく監査軍東洋艦隊の全滅も日本軍が絡んでいると考えているようだった。
残念なことに、そのヴァルハルという元職員と連絡がつかないため接触は難しかったが、エルトは第1外務局員を使って秘密裡に調査を命じらせていたのである。
それが今回、仮説が事実として確定した。
「日本か。確かロウリア王国を下し、フェン王国含む大東洋の文明圏外国家を束ねつつある新興国家といったな」
「ハッ、その通りでございます。国家戦略局ではロウリアに対する潜入調査を実施しておりまして、その諜報員からの情報が正しければ、日本の国力はかなりの水準にまで達しており、旧式の監査軍東洋艦隊であれば敗北するのも不思議ではないということになります」
「ふぅむ……しかし、ワイバーンロードが全滅したというのは一体どういうことだ。第三文明圏はおろか、中央世界に対しても対抗できるほどの飛竜ぞ?」
「それについては、ガハラ神国の風竜が対応したと考えるのが適当かと。彼の国は風竜を十数騎保有しているとのことなので、それらが全力出撃すれば20騎の竜騎士部隊では歯が立ちません」
「……なるほど」
少しは留飲を下げられたのか、皇帝は大きくため息をつく。
「旧式艦とはいえ、我が国の監査軍を壊滅させられるほどの国がいるとは……日本には、必ず責任を取らせるように。皇国に逆らうということがどういうことか、きっちり教育してやれ」
カイオスは土下座せんばかりに深く顔を下げる。
「各国は、皇国がフェン王国ごときに敗れたと見るだろう。外務局でも調査を続け、日本であることが確定するのであれば、本国艦隊をけしかけてフェン王国もろとも叩き潰してやる。わかったな」
皇帝が話し終わるのを待って、カイオスはこの話題から一刻も早くそらすため、別の話題を提供した。
「皇帝陛下、もう一つ報告したいことが……」
「何だ!」
「アルタラス王国の件ですが、先日監査軍が上陸を開始いたしました。平野部における戦いにおいて2万のアルタラス軍を撃破後、現在王都付近まで進軍中との連絡を受けております」
「ほう……やるではないか。やはり蛮族は蛮族、速やかに叩き潰せ。フェン王国の一件もあり、もし監査軍での対応が難しければ、本国軍を送る。準備はできているな? 軍務卿」
皇帝は隣に立つ軍服姿の男に問う。
男は大きく頷き、「いつでも」と答えた。
「皇帝陛下の命あらば、いつでも出撃できます」
「よし。今回のアルタラス懲罰こそ失敗はできん。監査軍の皇族として本国軍の出動も視野に入れ作戦を検討せよ。よいな、第3外務局長、軍務卿」
『ハハッ!!』
皇宮を歩く中、カイオスは先ほどの謁見を回想する。
最初は首をもぎ取られる勢いであったが、アルタラス王国の報告でなんとか機嫌を取り戻せたため、左遷されたり処刑されたり処分されることはなかった。
とはいえ、カイオス自身の経歴に「皇帝から一喝された」という記録は残るため、大いにそのプライドが傷つけられたことに間違いはない。
カイオスは恥をかかせた東洋艦隊を呪い、皇国監査軍を呪い、そして大幅に計画を遅延させた国家戦略局を呪っていた。
特にヴァルハルとかいう諜報員を中心とする戦略局の妨害工作は熾烈なもので、1か月経ってようやく派遣が叶ったわけであるが、結果は戦略局の主張通り散々な結果となった。
今回、皇帝のいる前でフォローしてくれたわけであるが、カイオスにとっては屈辱的なものであった。
その後カイオスは、戦略局にいる友人を通じて休暇中のヴァルハルに復讐を図った。
11月中旬には精神疾患を理由に彼を拘束、エストシラントから遠く離れたド田舎にある精神病院に入院させたのである。
これが後に彼らの命運を分けることになるであるが、この時カイオスは復讐の自己満足に浸っており、思いもしなかった。