中央暦1639年12月5日 10時56分
トーパ王国 トルメス トーパ王国駐留日本軍基地
「き、来た……本当に来た……!!!」
城塞都市トルメス。
“不毛の地”グラメウス大陸と、第三文明圏フィルアデス大陸とを繋ぐ細長い陸地を、せき止めるように建築された巨大な城壁は、グラメウスから侵入してくる魔物という非知的生物を跳ね返す程度の力を持ち、“世界の扉”とも呼ばれている。
それを維持管理する役目を長年務めてきたトーパ王国の兵士らは、自分たちがこの扉を守ることにより、フィルアデス大陸の平穏を維持し続けているのだという自負を持っていた。
当初はトーパ軍単独で守護していた城壁だったが……過去傭兵を雇い入れることもあった……、今では頼もしい同盟国の軍隊も駐留するようになっている。
大日本帝国陸海軍トーパ駐屯軍のおかげで、都市内では軍隊商人が定期的に訪れるようになった。
商業が発展すれば人々が集まり、人が集まればさらに商売をするために露天商人や居を構え本格的に商いを行うものなど、魔物の最前線の都市ながらも経済効果を生み出していた。
しかし、そんな活気づいていたトルメスは、ここ数日は緊張感に包まれていた。要因となったもの、それは日本軍からもたらされたある報告であった。
『陸地を埋め尽くすほどの魔物が、列をなしてトルメスに進軍中』
11月30日、日本軍トルメス基地から発進し哨戒任務中だった無人偵察機が、世界の扉に向け真っすぐ進む魔物の軍勢を見つけたのである。
魔物というものは「非知的生物」であるため、本来であればバラバラに動くものだ。それが今、きちんと列を組んで前進している……異常な光景だ。
駐屯軍はすぐさまトルメス防衛の指揮を取るトーパ騎士団騎士長に問い合わせる。
画像を見るや、騎士長は顔を青ざめて叫ぶ。
「魔王……ノスグーラ!!!」
それまで賑やかで華やかだった城塞都市が、一挙に大混乱に陥ることとなった。
商人や民間人は騎士団の誘導を受け内陸部に避難を開始。日本陸海軍も自動貨車(トラック)を提供し、迅速な避難誘導を行った。まだ出来上がったばかりのトルメス飛行場に陸海軍の中型輸送機や螺旋翼機が着陸すると、急な移動ができない老人や病人を搬送していく。
日本軍の協力により、到着予定日である5日午前までには民間人全員の退避が完了したのであるが、問題はここからだ。
曰く、魔王ノスグーラとはトーパ王国の神話に登場する魔物だという。
無尽蔵とも言われる強大な魔力を持ち、伝説の魔獣をも使役し引き連れている。神話ではノスグーラによってトーパ各地が征服され、全土が奴の支配下に置かれたとのこと。
さらにロデニウス大陸にも攻め込もうと企み、エルフ族の奮闘空しくノスグーラは大陸の過半を占領。そしてエルフ最後の砦である“神森”に攻め込んだところで、祈りが届き“太陽神の使い”が到来した。
太陽神の使いは次々と魔王軍を撃破し、今のグラメウス大陸まで戦線を押し返したという。
その後、対魔王軍は勇者パーティを編成、グラメウス大陸に派遣する。死闘の末、魔王ノスグーラを倒すことこそ叶わなかったが、封印することには成功したのだという。
「なるほど、それでこの度、封印されていたはずのノスグーラがどういうわけか復活したと」
駐屯軍司令官は、トーパ騎士団員のモアから歴史の講義を聞き終わると唸った。「しかしなぜ、今になって封印が解けたんだ?」
モアはかぶりを振った。
「それは分かりません。封印された地で何かがあったのでしょう。伝承によれば、封印は偶発的に解かれるほどやわなものではなりません。もしかすると、誰かが意図的に……」
ですが、とモアは言葉を続ける。
「今はそれを考える時ではありません。魔王ノスグーラの侵攻は目前です」
「ああ、それはもちろん。既に航空部隊の支援を陸海軍ともに要請している。もう十数分もすれば来るだろう」
司令官はニッと笑ってみせる。その顔を見て、モアは複雑な感情を抱く。
「(あの魔王が復活したんだぞ……! ゴブリンやオークなんかじゃない。日本軍も合わせてこちらは1万も行かない。なぜそんなに笑っていられるんだ?)」
モアはこの数週間、日本軍と活動をともにしてきたわけだが、実戦らしい実戦を見てはいない。敵はゴブリンや時たまオーク程度で、それなら騎士団だって討伐できる。
対して、魔王ノスグーラはそこら辺の雑魚とは比較にならない。国家存亡、いや、大陸存亡の危機なのだ。
だがそんなモアも、すぐに彼らの実力を思い知らされることとなる。
低級魔物であるゴブリンだけで2万体以上、その上位種であるゴブリンロードに至っては2000体。騎士団員10名で対処しなければならないほどの力を持つオークが200体、伝説の魔獣であるレッドオーガとブルーオーガ。そして赤竜にまたがる魔王ノスグーラ。
5000名近くまで増員されたトーパ王国騎士団員たちは、その光景に震えが止まらなかった。自分たちは今、伝承上のあの魔王と対峙している。果たして何人生き残れることか……。
また魔王復活の報を知り、各地から集まって来た大東洋共栄圏諸国や、非加盟国であるが近隣の国家からも応援が駆けつけていたが、やはりトーパ騎士団と同様の恐怖を覚えていた。
そんな不安と絶望の感情に渦巻く異世界人の上空を、颯爽と鋼鉄の飛竜が飛び去って行った。その巨大な胴体の“ケツ”が開くと、中からとんでもない“糞”を落としていった。
陸軍の七〇式輸送機から投下された、七一式二十五
空気中に散布された化合物による粉塵爆発は、半径数十メートルの空間を一つの爆弾として機能させ、空気中の大量の酸素を吸い込みながら大爆発を発生させた。
音と衝撃波は、数キロ離れている城壁にも伝わってきた。密集して隊列を組んで進んでいた魔物がいた地点はたちまち爆炎に覆われ、その後上空にきのこ雲が立ち上がっていく。
魔王のまたがる赤竜は、熱圧力爆弾の爆発による衝撃波をもろに受けたことにより、内臓をぐちゃぐちゃにさせ力なく地面に墜落していった。
ノスグーラもまた、圧力により血反吐を吐いてみせる。
もちろん、日本軍の攻撃はそれで終わりではなかった。
12機の輸送機から投下された12発の25トン熱圧力爆弾による初撃が終わった後、陸海軍航空部隊による航空攻撃が始まった。その中にはコスパ最強兵器と謳われていた自爆機の姿や、通常の有人航空機による爆弾、噴進弾、対地誘導弾などによる攻撃など、さまざまだった。
これを機に、大本営は大東洋諸国や第三文明圏各国に日本軍の実力を直接見せつけてやろうと、デモンストレーションを行おうと考えたのである。
そのためパーパルディア戦用に保管されていた25トン熱圧力爆弾など、“できるだけ派手”な兵器を前線基地から持ってきたのだ。
いわばフェン王国軍祭の実戦版である。そのためにわざわざ輸送機や螺旋翼機を使って各国の武官らを世界の扉まで連れてきていた。
異世界の人々は、瞬く間にレッドオーガやブルーオーガはおろか、赤竜まで瞬殺した日本軍の兵器に恐怖した。それまで魔王軍に対する恐怖の対象が、今となっては完全にそれ以上の感情を日本に対し抱く結果となっている。
12個のキノコ雲は、かつて伝承にあった古の魔法帝国の用いた“コア魔法”を彷彿とさせるほどの威力を誇っていた。なお、本当の日本版“コア魔法”は別にあるわけだが、今の彼らには知る由もない。
「魔王ノスグーラの死亡を確認」
日本軍の観測班が淡々と告げる。熱圧力爆弾による攻撃後、半殺しの憂き目に遭いなんどか防御魔法を展開していた魔王ノスグーラであったが、度重なる噴進弾や誘導弾による攻撃を受け、強力な防御魔法壁は破られ、身体が爆発四散した。
目標の死亡が確認されると、沈黙がトルメス城塞都市を包み込んだ。
本当であれば大陸の危機が過ぎ去ったということに喜ぶべきなのであるが、誰もが顔を引きつらせたまま、灰燼に帰した魔王軍の群れを眺めていた。いくつかの撃ち漏らした魔物たちは戦々恐々とし、一目散にグラメウス大陸の奥地に逃げかえっている。
しかしそんな中、死んだはずの魔王ノスグーラの頭部が城壁の近くまで浮遊してきた。
魔王は日本軍を睨みつけ「太陽神の使いめ」と言うと、自身の野望を打ち砕いたことに対する憎悪を吐き出す。そして古の魔法帝国の復活を宣言するや、頭は端から石化が始まり、最後は砂となって消えていった。
駐屯軍司令官は、魔王ノスグーラの消滅を確認後、全部隊に指示を送った。
「“倉号作戦”発動、各個に前進せよ」
騎士団員らが驚きの表情で司令官を見る中、日本陸海軍部隊が門を開けさせ、前進を開始する。
騎士長が慌てて軍用乗用車に乗り込もうとする司令官を引き留め尋ねた。「一体何が始まるんです?」
司令官はクスッと笑い、端的に答える。
「グラメウス制圧作戦だ」
「ナッ……」
呆然と司令官たちトーパ駐屯軍を見送る騎士団。数十分後には、どこから持って来たのか百数十機もの航空機が上空を通過し、グラメウス大陸全域に対する爆撃を始めた。
先ほどの作戦に参加した襲撃機や螺旋翼機も補給を終え、第二次攻撃に参加する。
既に偵察衛星により魔物の群生地を見つけ出していた日本軍は、事前に策定された通りの行程でそれらを完膚なきまでに焼き払っていった。
トーパ王国にとって、人類の最終防衛ラインだと思っていたトルメス城塞都市は、日本陸海軍にとっては、ただの攻撃発起点でしかなかったのである。
それから半年後のことだった。
大日本帝国が、グラメウス大陸の過半を支配下に置いたという知らせが入ってきたのは。