中央暦1640年5月23日 10時53分
ムー国 アイナンク空軍基地
もうすぐ昼になろうとしているが、朝からの天気は良好。雲量は2か3といったところであろうか。心地よい陽気に眠気が誘われるものの、それを振り払いつつ、技術士官マイラスは困惑していた。
軍を通じて外務省から急な呼び出しがあったのだ。その指定先が、よりによって空軍のアイナンク基地だったのである。
「(外務省が? なぜ空軍基地に?)」
列強ムー国ともなれば、軍用に限らず民間空港まで整備されている。もっとも、利用できるのは依然として富裕層に限られ、運航も晴れた昼間のみ。それでも「新たなビジネス」として民間航空会社が成立していた。
ただし空港は空軍基地と併設されており、有事には軍用機が優先される。そのため民間利用には少なからず不便がつきまとう。
こうした民間航空輸送が成立しているのは、列強1位の神聖ミリシアル帝国と、2位のムー国だけ。すなわち、それ自体が列強上位の証でもあった。
マイラスは頭の上に疑問符を浮かべながらも、情報分析課の前に止まっていた車に乗り込み、運転手に空軍基地まで運転させる。
機械超文明ムーの発明した車と呼ばれる内燃機関に乗り、早くも空軍基地アイナンクに到着した。
「(しかし、わざわざ空軍基地に呼び出すとは……いったい何事だろう?)」
控室で待つこと20分。
いきなりドアが開くや、軍服を着た者と外交用礼服を着た者2名が部屋に入ってくる。マイラスは立ち上がり敬礼した。
「いや、待たせたね。彼が技術士官のマイラス君です」
軍服の男は返礼すると、外交用礼服を着た男たちに向き直り他己紹介する。
「我が軍一の技術士官であり、この若さにして第一種総合技将の資格を持っています」
「技術士官マイラスです」
マイラスは紹介の内容に照れながら、ニッと笑ってみせる。
「よろしく。まあ、かけてくれたまえ」
一同椅子に座ると、本題に突入する。
「何と説明すればいいか……今回君を呼び出したのは、他でもない。とある国の技術レベルを探ってほしいのだよ」
「ある国……もしや、第八帝国ですか?」
「いや、グラ・バルカス帝国ではない。新興国家に変わりはないが、大日本帝国についてだ」
マイラスは息をのむ。あのグラ・バルカス帝国と同等か、それ以上の技術力を持っていると自身の中で結論付けた、あの日本と言う国だ。
そして、先のロウリア戦、列強パーパルディア戦において、情け容赦ない攻撃を加え彼の地を征服した国でもある。
「今日の朝、ムーの東側海上に一隻の軍艦が現れた。海軍が臨検すると、大日本帝国の特使を名乗る男が乗船しており、我が国と国交を開設したいと要望してきた。我が国と国交を開設したいという国は珍しいことではないが、問題は、彼らの乗ってきた船だ。 ……帆船ではないのだよ」
「まさか、やはり動力は――」
「ああ、魔力感知器にも反応はなかった。つまり魔導船ではない。お察しの通り、彼の国は機械仕掛けの動力船で、この遠方まで乗りつけてきたのだ」
「そう、でしたか」
「そして、さらに問題がある。我が国の技術的優位性を見せつけるために、会談場所をここアイナンク基地に指定したんだが……彼らは快諾して、領空内の飛行許可を願い出てきたのだよ」
「ッ!?」
そして外交官の男はこめかみを指で押し、「全く信じられないが」と補足した上で話す。
「結論から言うと、今アイナンク基地には日本の飛行機械が3機駐機している。外交官が乗ってきた機と、それを護衛するらしい戦闘機が2機だ。
そして信じがたいことに、外交官の乗ってきた機体には前後にプロペラがついている。しかも向きは前ではなく、真上だ。その状態で機体を浮かせるのだよ。戦闘機も同じように浮遊するが――さらに信じられないことに、こちらにはプロペラすら存在しないんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
マイラスの理解の範疇を越えた説明に、外交官の男も申し訳なさそうにする。
「ああ、すまない。口で説明しても無理な話だな。だからこそ、マイラス君。君の知識を借りたいのだよ」
「彼らの言い分によれば、日本は第三文明圏フィルアデス大陸の更に東に位置する文明圏外国家だ。しかし、持ってきた飛行機の技術から察するに、ロウリアとパーパルディアを数日で降したという情報と、そして今回の飛行機械……その水準は計り知れない。我が国は、先のロウリア戦とパーパルディア戦において多数の自国民が日本軍の無差別攻撃により殺傷されている。
政府としては、日本に賠償請求を行うつもりだ。我々はそれを伝えに来たわけだが、どうもおかしい。私は軍事には疎いが、彼らの技術はどう見ても我が国のそれを凌駕している。直感的に、彼の国に対する恐怖を感じたんだ。下手に賠償請求などすれば、最悪戦争に発展しかねない。我が国との会談は1週間後に行われるが、その間に彼らに観光案内し、我が国の技術の高さを知らしめるとともに、相手の技術レベルを探ってくれたまえ」
「……わ、分かりました」
とんでもない任務を託されてしまった、とマイラスは内心頭を抱えた。
確かに先の日本が関わった戦争において、ムー国観戦武官や商人、その他民間人が日本軍の攻撃で死傷したことは軍内では有名である。
国民の対日感情を考慮し公式には発表されていないが、既に商人の情報ネットワークを通じて大日本帝国という名前、その国の軍隊によって自国民が日本によって殺害された可能性があるという噂が市井に出回っている関係上、ムー国政府は最近になって公式発表の準備を整えている最中だった。
その最中での、日本の接触である。何故この時期になってなのであろうか?
日本がグラメウス大陸の過半を制圧し、落ち着いた頃合いだったからという理由は、およそマイラスたちは知る由もない。
愛国心の問題以上に、技術士官であるマイラスは、久々に技術者魂に火が灯り始めていることを感じた。それまで自分の知らない技術というのは中々見つからなかった。
ほとんどが自分の今ある知識で説明可能だったり、あるいは完全に熟知している技術だったりする。
そんな中、説明を聞く限り完全に理解できない物体がやってきた。
今逃せば二度と見られないかもしれない飛行機械を、ぜひ目に焼き付けたいと思った。さらにいえば、どうにかムーにも取り入れられないかとも考えた。
立ち去ろうとした外交官が足を止め、振り返る。
「あ! そうそう、日本の使用している飛行機械は、基地東側の滑走路脇に駐機してある。まずはそれを見てくれたまえ。びっくりするぞ」
「ハッ、分かりました。ありがとうございます」
「これは……」
マイラスは、外交官の言った通り基地東側に来ていた。
そこで日本という国の飛行機を見つけ、茫然としていた。
確かに外交官が乗ってきたという飛行機械は、プロペラが前面にではなく真上についている。そういえば過去、これに似たような実験機があったような気がするマイラスだったが、その名前をぱっと思い出すことは叶わない。
もう一種、奥に駐機される機体を見る。
こちらも中々驚愕だった。なんせ、プロペラがないのである。
「一体どこで推進力を……? まさか、ここか……?」
マイラスは戦闘機と思しき灰色の飛行機械の全周を見て回り、機体後部の穴をまじまじと見つめていた。
「魔力もプロペラも使わずに、どうやって飛ぶのだろうか」
マイラスは様々な知見を浮かび上がらせながら想像するが、やはり理解できない。これらは皆、垂直離着陸が可能とのことだが、まったくもって理解不能だった。
かつて、写真で見た日本軍の艦載機の様子を思い出す。あれからというもの、写真が荒かったためプロペラが見えなかったのではないかと考えていたが、考えを改めなければならないようだ。
日本軍は、本当にプロペラを用いない別の手段の推進方法で飛行できる技術を持っているらしい。
一方で、外交官が乗ってきた飛行機械には、プロペラが付いている。あながちプロペラが完全に廃れた文明ではないらしい。また、プロペラという技術体系が存在しない、という訳でもなさそうだ。
「何という技術……!!!」
マイラスは、日本の飛行機械……短距離/垂直離陸可能な艦上戦闘機「涼風」と、双発輸送螺旋翼機「蒼空」を前に、冷や汗をかいて立ち尽くしていた。
かつて、『グレードアトラスター』の写真を見ただけで敗北を悟ったマイラスであったが、またしてもその時と同じ感覚が全身を襲うのであった。
応接間に向かうマイラスの足取りは重い。
大日本帝国の飛行機械は、おそらく我が国では作れない。設計図があれば作れる、という話ではない。部品すら満足に作れないだろう。
何世代先を行けばあのような代物が作れるのであろうか。想像を絶する代物を見せつけられて、早くもマイラスのメンタルはブレイクされそうになっていた。
とはいえ、超機械文明としての誇りが一瞬でぶちのめされているものの、技術者魂には依然として炎が宿っている。
少なくとも、エンジンや機体設計などは我が国より彼らの方が優位である可能性が高い。それは先の写真分析からも分かってはいたことだったが、実際に見せつけられると大分心臓に悪い。
ムーには高さ100メートルの超高層ビルや、時速380キロ出る戦闘機、技量の高いパイロットたち。そして何より最新鋭戦艦『ラ・セチワ』がある。
対して彼らには……いや、考えるのも馬鹿らしくなってくる。マイラスは足取りを早めた。
ドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
扉が開かれる。中には二人のスーツを着た男がソファに座っていた。
男たちは立ち上がり、名刺を渡してくる。タイプライターか何かで打ち込まれたと思われる文字は読めなかったが、手書きのムー語によって肩書が書かれていた。
「(うわぁ、めちゃくちゃ触り心地のいい名刺だ……ただの型紙じゃない。もしや、名刺用にわざわざこういう素材を……!?)」
初手から相手の技術力の高さを実感させてきたことにマイラスは一瞬動揺するが、慌てた素振りは見せず、微笑んで己の紹介をした。
「こほん、こんにちは、はじめまして。今回会議までの1週間。ムーのことをご紹介させていただきます、マイラスと申します」
「お初にお目にかかります。大日本帝国外務省の御園です。今回、ムー国をご紹介いただけるということで、誠にありがとうございます。こちらは補佐の佐伯です」
丁寧な言葉使いで、外交官はマイラスに対し一礼する。プライドが高い国であればまず高圧的に出てくることもあるため、どうやら野蛮な文明圏外国家ではなさそうだ。
御園と名乗った外交官の背後には黒い鞄と、下部に小さな車輪がついている黒い箱……後に「
「では、時間的に微妙ですし、具体的にムー国を案内するのは明日にしようと思います。長旅でお疲れでしょうから、今日はこの空軍基地兼空港のご案内をした後、ホテルにお連れ致します」
マイラスはまず、空軍基地の格納庫内に特使を連れて行った。
格納庫内には、白く塗られた機体に青いストライプが入り、全部にプロペラがついた飛行機械が配置されていた。
プロペラとコックピット間には機銃が2丁搭載されており、車輪は固定式の典型的な(地球世界でいうところの)戦間期の複葉機だった。
ピカピカに磨かれており、誰かに見られることを想定しているようだった。整備士たちの苦労が伺える。
マイラスはその機体の前に立ち、説明を始めた。
ちなみに、一応あんなものを見せられたものの、説明口調がよくやっている、飛行機械を知らない文明圏外国家向けのものに自然となってしまったことを後で気づき、自分を恥じている。
「この鉄竜は、我が国では航空機などと呼んでいる飛行機械です。これは我が国が開発したばかりの最新鋭戦闘機で『マリン』といいます。最高速度は、ワイバーンロードよりも速い時速380キロまで出せます。全部に機銃……えっと、火薬の爆発力で金属を飛ばす武器をですね、それを2丁取り付けており、一人で操縦できます。メリットとしては、ワイバーンロードのように、飛竜のストレス関係なしに飛ばすことができ、大量の糞尿の処理や食糧を取らせ続ける必要もありません。空戦能力もワイバーンロードよりも上です」
自信満々に説明する。完全に語り調ぶるマイラスは、先ほど見た航空機を失念していた。
説明を受け、日本特使は引き攣った笑みを浮かべている。
「(ふふん、やはりマリンは美しい……速度の向上に大分手を入れた。これに敵う空中生物なんて存在しない)」
「ふむ……複葉機で時速380キロ出せるのですね、なるほど。確かに優秀だ」
御園は顎に手を当て、何やら感心している。
その隣で佐伯が小声で何かを話していた。
「380キロというと、九五式戦より少し遅いぐらいですかね。ムーの技術水準は1910年代と思っておりましたが、少々上方修正しなければいけないようです」
「あの?」
『あ、ああ、すみません』
自分たちの世界に入ろうとしていた外交官を呼び戻すと、マイラスはそういえばと自分の任務を思い出した。
自国の技術力を見せつけ、相手の技術水準を推し量るというものである。
「そういえば、日本でも飛行機械がありますが、一体どのようなものなのでしょうか? 先ほど見させていただいたのですが、プロペラがありませんでした……内燃式レシプロエンジン以外にどういった選択肢が?」
マイラスの問いかけに、補佐の佐伯が答えた。
「日本には現在、噴流推進式発動機と呼ばれる航空機に適した小型高出力エンジンが一般的に普及しております。もちろん、レシプロエンジンもありますよ」
「ッ!!」
「(やはりだ。日本は高性能エンジンを所有しているらしい。探りを入れた甲斐があった)」
「ほう……日本にも航空機に適したエンジンがあるのですね。是非構造を教えてもらいたいものです」
「ええ、国交開設の暁には、噴流推進式発動機の簡単な設計図や飛行原理等であれば、我が国の書店でお買い求めいただければと思います。それ以上は技術流出の観点からお話は出来ませんので、ご了承を。一応、大東洋共栄圏……国際協力機構に加盟していただいた国々には、既に旧式ですが航空機の供与、販売も行ってはおりますが」
「ほう、簡単な設計図は手に入るのですか。それは面白いですね。個人的には是非日本との国交開設を祈っていますよ」
もしかすると、いやもしかしなくとも、日本は航空機技術において我が国を凌駕しているようだ。
一応、探りを入れてみる。
「ところで、日本の航空機はどのくらいの速度が出るのですか?」
マイラスの問いに御園が答えた。
「機体によりまちまちですが、軍用であれば最高速度マッハ2.5を出せる機体があります」
「マッハ……?」
聞き慣れない単位が出てきたので、思わずポカンとする。
御園は一瞬頭に疑問符を浮かべるが、何かを察し慌ててマイラスの聞きなじみある単位で言い直した。
「失敬。単純な話、音速の2.5倍になります。つまり、時速約2650キロですね」
「はぁ!!??」
「民間の旅客機でしたら、大体時速900キロといったところでしょうか。一部の機体はマッハ2.2、つまり音の2.2倍の速度で飛行します」
「……はは、はぁ、そうですか」
まさに「想像を絶する」とはこのことだ――そう言わんばかりの反応を見せていると、佐伯がポケットから黒い板を取り出した。
板チョコよりひと回り小さなその板。佐伯が側面の突起を押した瞬間、ぱっと光を放った。
「なっ……」
「確か……ああまだここは圏外なのか……動画保存しといてよかったな。 ……あったあった、これを見てください」
佐伯は明るくなった板を横にし、マイラスの目の前に突き出した。板には鮮明な航空機の飛行シーンが写し出されている。佐伯が側面の突起部をいじると、音量が大きくなる。どうやら音量の加減もできるらしい。
板に映っていたのは、マイラスが情報分析課で見た写真に写る航空機に類似していた。
「帝国陸軍の主力戦闘機です。航空祭の時の映像です。実戦ではこれより速い機動で動きます」
滑走路の上を高速で飛行する日本陸軍の戦闘機を見つめながら、マイラスは開いた口が塞がらなかった。観客や滑走路との関係から、少なくとも新型戦闘機のマリンの数倍の速度を出していることが嫌でも分かる。
佐伯が板をしまうと、隣にいた御園が説明する。
「ちなみに今の板状のものは携帯電話といって、離れた位置にいる人と通話ができる機器です。各地に建設された通信局や衛星を介して通信します」
顔に出さないよう努力していたが、ついぞマイラスは驚きを顔に出してしまう。技術者としての興味がうなぎ上りになる中、「自国の技術力を見せつける」という面においては完全に赤っ恥をかいてしまったマイラスは、話を区切ってホテルの話に移った。
日本特使らを基地の出口に案内すると、ムーの誇る自動車に載せてホテルに向かわせた。
いやはや、しかし、もう嫌な予感しかない。
基地の外では、日本特使を載せるための車が待機していた。馬を使わず、油を使用した内燃機関を車に乗せられるほど小型化した列強ムーの技術の結晶……
特使は驚くまでもなく、とても自然に乗車する。
運転手がアクセルを踏み、動き始めた。これも驚かない。流暢に窓から外の景色を堪能しているようだった。
「日本にも車は存在するのですか?」
助手席に座っていたマイラスが後ろを振り向き、分かり切っていたことではあるが、思わず後部座席に座った御園たちに尋ねる。
「はい、もちろん。我が国では、乗用車に限っていえば8億輌が走っています」
「え……あ……そ、そうですか。そんなに走っていたら、道が車でいっぱいになってしまいますね……ハハハ」
「ええ、そのため我が国では、信号機と高速道路に力を入れております。各地に100万基以上の信号機、10万キロ以上の高速道路が整備されております。これでもまだまだ足りないので、拡張工事中ですが」
マイラスは笑いながら泣きそうになった。精神的にだいぶ疲労が蓄積しているようだった。
整地された石畳の道を抜け、車はホテルに向かう。
やがてムーでも屈指の高級ホテルが見えてくると、車は入り口に横付けし、降車してフロントに入る。
「明日は我が国の歴史と、我が国の海軍の一部をお見せいたします。今日はごゆっくりとお休みください」
マイラスは精一杯の笑顔で外交官たちを部屋まで送ると、ホテルを後にした。
彼に与えられたのは、高級ホテルから数ブロック離れた場所にある一室だった。
部屋には彼の私物であるタイプライターが置かれ、彼はそこで夜通し、延々と報告書を打ち続けていた。