中央暦1640年5月24日 9時05分
ムー国 ムー歴史資料館
翌日、日本特使らはムー歴史資料館に案内されていた。入って早々、マイラスが二人の前に立ち、簡単に自国の歴史について説明する。
マイラスが目の下にくっきりクマを作っていることが、御園たちは気になっているようだが、お構いなしに話を始めた。
「では、我々の歴史について簡単に説明いたします。まず、各国には中々信じてもらえませんが、我々のご先祖様はこの星の住人ではありません」
『へっ!?』
日本特使らは驚きのあまりポカンとした顔を見せるが、マイラスは話を続ける。
「時は1万2000年前、大陸大転移と呼ばれる現象が起こりました。これにより、ムー大陸のほとんどはこの世界へ転移してしまいました。これは、当時王政だったムーの公式な記録によって残されています。これが前世界の惑星になります」
マイラスが取り出したのは、何を隠そう御園たちが見慣れた地球儀だった。
「な……な……な……これ、これは……!!!」
「(そんなに驚くか? ……もしかして、惑星が丸いことに驚いている?)」
「前世界は丸かったのです。この世界も水平線の位置からして、前世界の2倍強は有りますが、丸いはずです……」
『地球だ!!!』
「……はい?」
「これは、地軸の位置が少し違うのか? しかし、この配置は紛れもなく地球だ……む? 南極大陸がこの位置にあるということは、氷に覆われてはいなかったということか……」
御園と佐伯はとある大陸を指さし、何か驚いているそぶりを見せた。
「その大陸はアトランティスといいまして、前世界ではムーと共に世界を二分するほどの力を持った国でした。ムーがいなくなった今、おそらく全世界を支配しているでしょう」
「ちなみに……」
と、マイラスはユーラシア大陸の横になる四つの大きな島を指さす。
「この国は、ヤムートといって、我が国一の友好国だったそうです。しかし、転移で引き裂かれたため今頃、おそらくはアトランティスに飲み込まれているでしょうけど」
「ちょっといいですか?」
マイラスの説明に御園が割って入る。一瞬ムッとするが、すぐに笑顔で応対する。
「はい、どうぞ」
「我が国を説明するのに、一番良い方法が分かりました」
「はい……?」
「実は、我が国も転移国家なのです。同一次元にあった星かは不明ですが、おそらくあなた方の昔いた星から転移してきたと思います。あなたが指さしたこの四つの島、これが元々の我が国です。そして……」
御園は黒い鞄から一枚の地図を取り出す。それは極めてきめ細やかに模写されたもので、マイラスの目を奪った。
「これが現在の大日本帝国領域図です。そして、これが私たちの過去にいた世界の地図です」
日本地図、そしてメルカトル図法を使用した世界地図がマイラスの前に広げられる。その地図は、確かにムーが元いた、ムー大陸の存在しない世界地図だった。
衝撃……マイラスが口をパクパクさせる中、御園は話を続ける。
「我々の元いた世界にも、1万2000年前に突如海に沈んだ大陸があるという伝承があります。あなたが今アトランティスと呼んだ大陸は、現在南極になってしまい、極寒で人が住めない地域になっています。地軸がずれたのかどうかは分かりませんが、少なくとも我々がいた世界では、アトランティスという国は存在しないし、そういった覇権国家もいませんでした」
「……は、ハハハ。ハハハ……まさかの歴史的大発見ですね。あなた方日本とは、個人的には友好国になっていただきたいです。まさか……そんなことが……後ですぐに上に報告します。その地図、頂くことは可能でしょうか?」
「もちろん、何百枚でも差し上げます。どうぞ」
地図をもらったマイラスは、綺麗に畳んで鞄に締まった。
「で、では、我が国の歴史の続きを説明しますね」
転移後の混乱、周辺国との軋轢、魔法文明に比べての劣勢からの、機械文明としての出発。
そして今、世界第2位の列強へ。
ムーの歴史は、転移してから苦難の歴史を歩んでいたようだ。しかし、単一国家独力で車や航空機を開発したことは、驚きの限りである。
魔法が時代の先端を行くこの世界において、唯一といっていいほどの純粋な機械文明のムーが、完全自力で兵器を開発してきたムーは尊敬に値する。
御園たちはマイラスやムーの歴史に思いを馳せ感動する。当初は100年以上離れた技術水準の国としか思っていなかったこの国に、気付けば二人は情が移っていた。
一通り説明が終わると、マイラスは特使を海軍基地に案内する。
日本に対してのムーの……列強で最強、もしくは世界2位の海軍力を誇るムーの姿を見せつけてやらねばならない。
例えそれが、『グレードアトラスター』に類似した戦艦を保有する日本相手だったとしても、一度見せないと気が済まなかったのだ。
港には、事前に用意されていた戦艦『ラ・セチワ』と『ラ・カサミ』が係留されていた。
「御園さん、戦艦がありますよ。弩級戦艦ですね」
佐伯と名乗った補佐がはしゃぎ始める。
日本人でも「戦艦は男のロマン」ということが分かるらしい。
「佐伯、はしゃぎ過ぎだ。内地でもいくらでも見られるだろう。 ……いや、しかしそっくりだな」
今、御園が何かにそっくりだと言った。
日本にも戦艦があることは知っているが、知らないふりをして探りを入れてみるマイラスだった。
「日本にも戦艦はあるのですか?」
「はい。あります。70年前まで、我々のいた世界では各国がしのぎを削って戦艦を建造してきました。我が国もそうです。ですが近年では建造されることはありませんでした」
「それは……なぜですか?」
「詳しくはお答えできませんが、まあ、いわゆる“技術の進歩”という奴ですね。それにより戦艦自体の必要性が薄れてしまいました。とはいっても現在、我が帝国海軍ではその必要性から、何隻かの戦艦を再就役しておりますが」
「なるほど、技術の進歩ですか……」
マイラスは写真にあった巡洋艦や駆逐艦の1、2門しかなかった単装砲に合点が行きつつあった。技術の進歩により、デカい大砲以外の攻撃手段が出てきたのであろう。
それが大砲に取って代わった結果、船体のスリム化が図られ、写真で見たような形になった……と見るべきであろうか。
「ちなみに、先ほど『そっくり』と言っていましたが、日本にも『ラ・カサミ』に似た戦艦が有るのですか?」
「はい、正確に言えば、『有りました』。130年前、我が国はこの型を敷島型戦艦として4隻保有していました。現在はその一隻が記念艦として首都の近くに係留してあります。他にも100年前から80年前に建造され、退役した戦艦を記念艦として日本各地に係留しています」
「ほう……130年も前ですか……!」
「えぇ……お、あった。これですね」
補佐の佐伯が再び板状携帯電話を取り出し、自らの写真フォルダから一枚の写真を提示する。写真には確かに、『ラ・カサミ』に似た戦艦が映っていた。
「これが戦艦『三笠』になります。横須賀という首都に近い都市に係留されておりまして、今は記念艦として埠頭に固定されています。他にも戦艦『長門』という艦が呉に――」
「おい、佐伯」
お喋り好きの佐伯がすべて話してしまう内に、御園からストップがかかる。
佐伯はハッとすると、謝罪して「ま、こんな感じです」と言って携帯をポケットにしまう。
佐伯は“お叱り”を受けることになるのであるが、大日本帝国はムー帝国の技術水準を1910年代と見ていた。
これは後にきちんとした航空機を保有している関係上、1920年代後半から1930年代前半と変わるのであるが、ともあれ対ムー外交団はそのことに留意し、彼らに近い時代の技術……1920年代から1940年代……の開示は止めるようストップがかかっていたのである。
そのため御園は『三笠』までは許したが、1940年代後半の兵装を搭載した長門型戦艦を見せることを止めたのである。
一方、そんなことを知る由もないマイラスの頭は完全に技術屋の脳となっていた。
日進月歩の機械動力戦艦で、130年もの歳月もかければ劇的な進化を起こす。認めたくないが、どうやら日本はムーよりも、はるか先の機械文明のようだった。
そんな文明の持つ戦艦……実に気になる。
「ちなみに、今日本軍が保有する戦艦のスペックなどは教えていただくことは可能でしょうか」
「……もう少し、我々が“親しく”なればお教えできるかもしれません」
「ハハハ、ですよね。すみませんでした、今の話は忘れてください」
ムーの技術士官たるマイラスの案内が一通り終わり、一向は基地を出てムーの都市を回った。そこで様々な製品の説明をし、一日が終わった。
特使たちをホテルに送り届けると、再びマイラスはホテルの一室に籠り、報告書を書き続ける。彼の報告書は翌日には情報分析課に届けられ、課は蜂の巣をつついたような大騒ぎになるのであった。当たり前のことだろう。
その後もムー観光は行われ、両者驚き驚かせつつも、平穏に終わった。
西暦2031年6月12日 14時17分
ムー国 沖合
無事に大日本帝国・ムー国間の事前交渉が平和裏に終わった記念すべき日にあたって、マイラスは特別招待という形で、ムー沖合まで来ていた日本外交使節団の乗って来た艦への乗艦体験会を実施する運びとなった。
蒼空と呼ばれるタンデムローター式の輸送螺旋翼機に載せられ、マイラスは飛行甲板に降り立つ。
先に護衛の戦闘機……涼風というらしい……が垂直に着艦した時は度肝を抜かれたが、自身の乗っている蒼空も事前に聞いていたように、プロペラが回転して垂直に着艦を果たしたことにより、技術屋として胸がはち切れんばかりに興奮することになる。
「しかし巨大な空母ですね……」
飛行甲板の材質などを一生懸命に分析しようとする中、マイラスはぼそっと言う。
それに反応して、お喋り好きの佐伯が説明した。今度は情報流出に気を使ってか、控えめな解説だった。
「こちらは輸送艦になります」
「……ヘッ!?」
驚き振り向くマイラスに、佐伯はニコッと微笑む。
「この艦は第320号型輸送艦と言いまして、一度に2200名の兵員や多数の兵器を輸送できます。ご覧の通り、航空機も搭載することが可能です」
「ゆ、輸送艦……? この艦が……?」
「はい、全通甲板なので空母としての運用も出来なくはないですが、基本的には兵員輸送や物資輸送を主な任務としております」
「な、なるほど」
甲板に係留されている涼風と双空、そしてよく分からないがコックピットがない航空機を横目に、マイラスは佐伯たちに案内され応接室に向かう。
そこで輸送艦長と会見し、艦の簡単な説明を受ける。
「つまりこの艦の運用としては、本当に兵員輸送を行うことがメインということなんですね? 空母として運用するのではなく」
マイラスからの止まらぬ質問に、輸送艦長は親身に答えてくれた。
「詳しい運用方法については、申し訳ありませんが軍機につきお答えすることが出来ません。ですが、概ねご理解の通りだと思います」
「はぁ……なるほど」
これだけの艦を、贅沢に輸送艦として運用する大日本帝国。かつて荒い画質の日本艦艇を見た際、確かに彼らの空母は巨大で、この艦よりも大きかった。
そしてあのプロペラのない戦闘機。後方から何かを噴出して飛行しているように見えるが、こっそり持ってきていた魔力探知器は一向に反応しない。
魔力を用いず、かつプロペラを用いない新型エンジンを彼らは実用化に成功し、大量配備しているのだと実感させられる。
「それではこの辺で、体験乗艦の方は終了となります」
たった3時間の短い体験ではあったが、マイラスは大満足だった。
一つ確かなことがある。それは、日本はムーの数世代先の技術力を有しているということだった。
「ありがとうございました。マイラスさん」
アイナンク基地まで運んでもらったマイラスは、バタバタと五月蠅いプロペラの音、聞き慣れない発動機の音、そして風圧に押され気味ながらも、御園の差し出した手を握る。
固い握手を終えると、御園たちは双空に乗り込んだ。数十秒後、機体が上昇していく。
“離陸”ではなく“上昇”だ。
マイラスは彼らを送った後、急いで情報分析課に戻り報告書を書き出していく。
すぐに本交渉が始まる。それまでに、ムー上層部に自分が見てきた数々を伝えなければならない。
技術屋としての使命に燃える中、三日三晩かけて作成された膨大な量の報告書は、情報分析課の報告として公式に上層部に上がるのであった。
「……つまり、日本には賠償請求といった強気な態度はとってはならんと?」
ムー国首脳部会議では、情報分析課から送られた報告書を読みながら喧々諤々の会議が行われていた。議論の内容は、接触を図ってきた大日本帝国外交団との交渉姿勢についてであった。
同じ機械文明国として友好的な態度を以って望むべきだという意見。先のパーパルディアに対する攻撃で多数のムー国市民が死傷したため、賠償請求を行うべきだという意見。そして今回上がってきた、「敵対的な姿勢を絶対に見せず、協力体制を築くべき」という意見など、様々な意見が議場に上がった。
「マイラス技術士官からの報告が正しければ、我々と彼の国との技術水準は100年以上離れていることになる。もし本当であれば、敵対した瞬間オシマイだ」
「オシマイとはなんだ! 超機械文明のムー帝国が滅ぶことはない!」
会議は大きく分け、慎重派と強硬派に分かれつつあった。主な論点は賠償請求にある。これを認めるか認めないかで、会議は二分されていたのだ。
日本外交団が観光する中、会議は数日にわたって行われたものの結局結論は出ることはなかった。
ムー首脳陣に届いた膨大な量の報告書は、到底世界2位の実力を誇るはずのムーにとって容認できない“ふざけた”内容のものだった。
しかし、敵対することなく高水準の技術が手に入る可能性の高い国であること、グラ・バルカス帝国の脅威が目の前に迫る中、友好的な態度をとる大日本帝国を拒絶する理由はないなどのことから、ムー国は正式に日本との国交を樹立することとなる。