西暦2031年6月14日 10時09分
大日本帝国 東京都霞ヶ関 通商産業省経済安全保障本部本部長室
通商産業省経済安全保障本部、通称「経済安保本部」。
第二次世界大戦後、疲弊した大東亜共栄圏各地の経済復興と、共栄圏ブロック経済圏の維持管理を一手に担い、ドイツやアメリカとの間で繰り広げられた熾烈な貿易戦争の最高司令部として機能しているこの組織は、新世界転移後の混乱を瞬く間に鎮めてみせた。
かつての幕末、イギリスが大清帝国を阿片付けにしたように、日本もまた、様々な日本製品を新世界の国々に売りつけ、日本漬けにしていったのだ。
地球世界において、日本の国内外では、国家統制による徹底した経済安全保障政策は悪名高い。その通産省主導の国家資本主義的な施策は、やがて「日本株式会社」と揶揄されるまでになった。
だが、日本はこれまで幾度となく発生した世界規模の経済危機に、いち早く対応してきた。その実績こそが、批判の声を封じてきたのである。
今や陸軍の参謀本部、海軍の軍令部に次いで、第三の参謀本部として他国の経済侵略から帝国及び共栄圏各国を守る通産省経済安保本部では、新たな“経済戦争”に着手しようとしていた。
「話を整理しますと、先のパーパルディア戦及びロウリア戦において、犠牲となったムー国人民に対する賠償として、金銭的賠償ではなく、日本製品による賠償を行うという方針で官邸と調整いたしました。対象は衣類、食品、文房具といった生活消耗品に加え、医薬品、発電機、ラジオ、化学製品、乗用車や漁船といった小型船舶、鉄道インフラストラクチャーなども対象となります」
想定される対ムー賠償に対し、日本政府はただ彼の国から賠償請求されるのをただ待っている……わけがなかった。
これを機に、中央世界や第二文明圏に対する“経済進出”を図ろうと考えたのが、通産省、さらに言えば「経済参謀本部」こと経済安保本部の官僚連だった。
先のロウリアでも、パーパルディアでも、文明国と呼べるような国家は覇権国家で、およそ平和的に貿易ができるような代物の国ではなかった。
そのためクワ・トイネをはじめ、文明圏外国相手に日本は輸出入を続けていたが、やはり規模はたかが知れている。
しかし世界第1位、第2位の列強が存在するという中央世界と第二文明圏であれば、日本企業……主に財閥連中……や日本が欲する大規模な市場が存在すると考えていた。そして、第三文明圏よりも“大人な”交渉が望めるとも。
しかし、ムーからの返事は、「賠償請求は行わない」という意外なものだった。
これは下手に陸海軍が己の技術力を見せつけてしまったため、下手に日本を刺激することを嫌ったムー政府による決断だったが、通産省からするとどうにも都合が悪い。
「官邸は賠償支払いを申し出る予定です。その際は、ぜひ我々経済安保本部の案を取っていただきたいですな」
経済安保本部の長たる本部長は、官邸と親しい通産官僚を見る。
官僚は笑みを浮かべて「任せてください」と言ってみせた。
西暦2031年6月15日 16時27分
大日本帝国 東京都霞ヶ関 外務省中央世界局局長室
「そうか、ムーは賠償請求をしてこなかったか」
東京霞ヶ関にある外務省庁舎内に、中央世界局という局が置かれている。
地球世界では存在してなかった当局は、転移直後は「クワ・トイネ公国クイラ王国担当室」という小さな室単位の組織でしかなかった。
しかし今や局にまで拡大し、大東洋共栄圏諸国や第三文明圏国家との関係を担当する大東洋局、ムー筆頭に第二文明圏国家との交渉を担当する第二世界局、そして神聖ミリシアル帝国をはじめとする中央世界を担当する中央世界局である。
「はい。我々が危惧していた事態は避けられたようです。彼らは宥和を選びました。調整期間もありますので、来月ぐらいには国交開設と大使館設置が予定されております」
開局されたばかりで、職員も数十名ほどしかいない中央世界局長は、深くため息をつく。
「とはいえ……パーパルディア戦が終わってからというもの、ようやく一息つけそうだな」
局長の言葉に部下は大きく頷いた。「おっしゃる通りです」
今や40カ国以上の国々が参加する大東洋共栄圏……その盟主たるのも、実に大変なものだった。
「大東洋局の方が大変そうだな。“フィルアデス政府”の件もありますし」
部下のいう“フィルアデス政府”というのは、パーパルディア皇国を構成していた72カ国の属国の中で、日本政府が「独立は時期尚早」と判断した地域をまとめ上げ設立させたフィルアデス連合自治政府という自治政権のことである。
大東洋共栄圏による共同統治という名目であるが、事実上日本による支配が続けられている。
各地には強力な自治政権が発足しており、向こう5年から10年以来に民主的政府の確立、近代憲法及び現代的な政治・経済制度の確立後、独立される予定だ。
パンドーラ大魔法公国といった一部の国は、暫しの自治政府編入を経て、既に独立を果たしている。しかしほとんどの国は戦災復興により、未だ自治政府による統制を受けている。
また連合自治政府の上部組織には、日本から出向してきた外務省や内務省、通産省といった官僚が多く就いており、事実上の傀儡政権であることは否めない。
もちろん、クワ・トイネやクイラといった共栄圏諸国から派遣された優秀な官僚も少数ながらいることは忘れてはならない。
彼らは自治政府で“現代流統治”を学んだ後、帰国し後々の祖国の発展に大きく寄与する形となるため、フィルアデス連合自治政府は役人の実戦的訓練場として役立つ場でもあった。
そんなこんなで、様々な省庁、そして戦後復興と称して自らの商業圏を広げようと画策する財閥の利権が入り混じることとなったため、半年以上も経過していたが、独立運動は全然進んでいない。
「フィルアデス政府のせいで、外務省は人手不足だ。みんな“フロンティア”に行きたがる……」
フィルアデス連合自治政府に我先と出向願いを出す外務官僚と、パーパルディア戦によりその武威を大陸中に轟かせた結果、新たに庇護を求め国交開設、及び大東洋共栄圏加盟要請が一斉に来たのは、ほぼ同時のこと。
優秀な官僚が出先機関に出動する中、本省の官僚は人手不足に陥り、大東洋局長は大きなトラウマを植え付けられることとなる。
「ともあれ、こうして五体満足で年を越して、そろそろ夏を迎えられるんだ。それでよしとしよう」
「ええ、そうですね……それと、中央世界から特使が来た、とパルネウス総督府から連絡が来ております」
「中央世界……? まさか、ミリシアルか?」
中央世界。三大文明圏のうち、最も進んだ文明にして、世界最強の神聖ミリシアル帝国が存在する世界。その世界からわざわざ東方の……彼ら基準からして……文明圏外国家にわざわざ特使を送ってきたという。
局長の問いに、部下は否定した。
「いえ、エモール王国という竜族の国のようです。なんでも至急国交開設に関して、諸々の会議の協議がしたいと」
「ふむ……わざわざあちらから出向いてきたということは、相当のことらしいな。総督府では荷が重いだろう。私が直接、
「承知いたしました。では飛行機の手配を」
数日後、中央世界局長は江州特別市へ向かった。
パルネウス総督府で待っていたエモール王国の特使は、本来であれば見下しているはずの人族である彼らに紳士的に挨拶すると、事の次第を伝えてきた。
事前に聞いていた情報とは、真逆の対応をしてくるエモール王国の竜族。その特使に対し、局長たちは困惑しつつも応対した。
そしてわずか数日の協議の末、国交開設に至ったのである。
この時、大日本帝国は初めてその存在を公の場において認知した。
最初こそはぐらかしていたエモール側だったが、中央世界局長が的確に曖昧な部分を詰めていくと、ついに重い口を開いた。
『古の魔法帝国……ラヴァーナル帝国と呼ばれ、かつて世界を牛耳ろうとし、神から鉄槌を下された超高度文明にして、世界で最も野蛮な“光翼人”という種族で構成される帝国が、近々復活するかもしれない』
エモール王国の特使からもたらされた「魔帝」の存在は、大本営政府連絡会議を通じて、瞬く間に政府と軍部へ広がった。
大本営は、いわゆる“コア魔法”と呼ばれる力を有し、熱核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイルに匹敵する戦力を保有する可能性のあるラヴァーナル帝国を、高度脅威国家に指定。エモール王国との協調を図る方針を固めた。
従来の日本であれば、“空間の占い”とかいう占いの結果を大真面目に検討するようなことはなかったであろう。
しかし、去年末に出現した魔王ノスグーラの一件もあり、それ以前に魔法という非科学的存在もある世界であることから、大本営政府連絡会議は本件について真面目に調査することを決めたのである。
後にまことに異例ながら、各機関の縦割り行政の弊害、陸海軍間の犬猿の仲であるにもかかわらず、諸官庁及び陸海軍による合同調査機関「MT機関」が設立されることとなった。
地球世界の常識は、今や通用しない。
度重なる侵略戦争もち自衛戦争を重ね、日本はこの世界の特殊性に気付きつつある。
そして2031年7月1日。魔帝復活を視野に入れた新たな国防方針……「2031年帝国国防方針」が定められたのであった。
中央暦1640年4月22日 10時08分
神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス 帝国文化館会議場
時は数か月前に遡る。
「落ち着いてください! 皆さん ご静粛に!! ああ、靴で机を叩かないで!」
2年に一度開かれる先進11カ国会議。それは、中央世界・第二文明圏・第三文明圏の中から選び抜かれた11の国々が集う、世界規模の国際会議という一大イベントである。
ただの集会というわけではない。主要な大国が一堂会し、世界の行く末を決める会議なのだ。そのため、全世界……中央世界が認知する世界、という注がつく……が注目している。
参加する常任国は、1カ国を除き”列強“と呼ばれ畏怖されている。
列強とは呼ばれなくとも、会議に招請されただけで他の文明国とは格が違う扱いになるなど、それだけ本会議の意義は深いものだった。
ちなみに、本会議は常時参加国と、持ち回りによって参加する持ち回り参加国の2パターンが存在する。
常時参加国は“魔法文明国”の神聖ミリシアル帝国(中央世界)、“竜人の国”のエモール王国(中央世界)、“科学文明国”のムー国(第二文明圏)、そしてパーパルディア皇国とレイフォルだったが、両国は滅亡しているため、1640年度先進11カ国会議は急遽、両国を除いた先進9カ国会議として開催されている。
なお、一応南方世界の代表国としてアニュンリール皇国という国家も参加しているが、こちらはあくまでその技術水準は文明圏外レベルであり、オブザーバーとしての色が強い。
そんな先進11カ国会議の会議冒頭、神聖ミリシアル帝国の外交官が、列強を滅ぼした大日本帝国及びグラ・バルカス帝国に対する対応について提議する。
特にパーパルディアを滅ぼした日本は、無差別攻撃により多数のミリシアル人を含めた第三国人を殺傷している関係上、心証があまりよろしくなかった。
ミリシアルの外交官は、「これは到底許されたことではないとし、非難決議を採択しよう」と提案する。他国の外交官はミリシアルの判断に賛意を示す中、消極的な姿勢を見せる国が二つあった。
一つは持ち回り参加国のリーム王国である。パーパルディアに対する劣等感を長年感じ続けていた彼の国は、日本の登場でパーパルディア滅亡により日本傘下に入ることを決意。今や立派な大東洋共栄圏の構成国として日本からの援助を受けている。
またパーパルディア皇国滅亡の土壇場で、ちゃっかり領土を拡大していることを日本に黙認されている手前、下手に抵抗すればパーパルディアの二の舞を踏みかねなかった。
そして、二つ目はエモール王国であった。
「大変不確かだったため、言わなかったが……」
と、エモール王国の外交官モーリアウルは前置きした上で、説明を始める。
「空間の占いにより、古の魔法帝国が復活するという結果が出た」
そして会議は冒頭に戻る。
議長が必至に場を鎮めようとする中、モーリアウルが咆哮する。
「静まれえぇぇぇい!!!!」
『ッ!?』
通常、外交の席上で外交官が叫ぶことなどめったにない。
会場が一瞬で静まり返る中、モーリアウルは話を続けた。
「そして同時に、一つの対抗策も見えたのだ」
「対抗策……? 古の魔法帝国に対して……?」
「その通り。空間の占いによれば、大日本帝国こそ、彼の魔帝に抗うための鍵だということだ」
『ナッ……』
たった今、非難決議を出すかどうか検討していたその対象国が、古の魔法帝国……対ラヴァーナル帝国に対抗するための鍵と言われた手前、ミリシアルの外交官をはじめとし、その場にいたすべての人々が驚愕する。
ミリシアルの外交官が慌てて確認した。「本当に大日本帝国なのか!?」
モーリアウルは一同を見渡した後、首肯する。
「リーム王国からも、一つよろしいでしょうか」
第三文明圏文明国にして、大東洋共栄圏加盟国のリーム王国が発言を求める。
「我が国は、大日本帝国を盟主とする『大東洋共栄圏』に加盟しております。この大東洋共栄圏というのは、多国間軍事・経済協力機構でありまして、加盟国は武器・兵器等の軍事援助、そして莫大な額の経済援助などを受けられます。そのため我がリーム王国でも日本からの援助の下、現在は日本主導のグラメウス大陸開拓事業に参画しております」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
リーム王国外交官がさらっと言ってみせた発言に、ミリシアルの外交官がストップをかけた。
「今、グラメウス大陸と言ったか? あの魔物で溢れ、不毛なあのグラメウスと?」
リーム外交官は大きく頷く。「はい、確かに言いました」
「去る12月5日、魔王ノスグーラが復活しましたが、日本軍によって瞬時に屠られました。その後、大日本帝国によってグラメウス侵攻作戦が行われました。4月現在、グラメウス大陸のほぼすべての地域が日本の管理下に置かれ、民間人、民間企業主体の開拓事業が始まっております」
『なんと……』
「それだけのことを、半年もかけずにサラッとやってのけるのが、大日本帝国であります。我が国としても、古の魔法帝国に対する対策として、日本との協調を提言いたします」
「うむぅぅぅ……」
エモール、リームの各外交官の説明を受け、先ほどまで「非難決議を」と息巻いていた神聖ミリシアル帝国代表団は腕を組み唸った。ミリシアルの国民が死んだというのは事実、それを何もしないでいるのは、列強の名が廃る。
とはいえ、下手をすれば自国よりも、いやもしかすると古の魔法帝国よりも強いかもしれない大日本帝国を刺激すれば、最悪魔帝戦よりも先に自国が滅びかねない。
「……分かった! 先の非難決議の採択の件について、一時保留とさせていただきたい!!」
そして、ミリシアル側は“棚上げ”を選んだ。
再来年の先進11カ国会議までに調査を行い、彼の国がそれだけの国なのかどうか図ろうと考えたのである。
かくして先進11カ国会議もとい9カ国会議では、1週間という会議期間を経て、魔帝戦の鍵である大日本帝国と、謎多き新興国家グラ・バルカス帝国とコンタクトを行うこと、魔帝戦への調査準備などを採択することとなった。