何が悲しくて異世界は帝国を召喚したか   作:太田目黒

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第20話 賠償びんた

中央暦1640年7月10日 12時46分

ムー国 統括軍司令部

 

 先般開催された先進11か国会議において、1、2か月前に国交が開設されたばかりの大日本帝国に対する情報収集が急務となったムーでは、現状、情報分析課に集まっている情報を整理し、統括軍司令部に上げるよう指示があった。

 そこでマイラスをはじめとする分析官たちは、徹夜で報告書をまとめ上げたわけであるが、統括軍司令部では、そのあまりの現実味のなさに信じられない幕僚が続出していた。

 

「何だって?! パーパルディアを4日で制圧ぅ!?」

 

「信じられん。欺瞞工作なのではないか? 確かに早かったが、だが、数日というのは……」

 

「近くの駐在武官をパーパルディアに派遣して確かめよう」

 

「しかしレイフォルの件もある。噂通りなら、日本もそれに漏れずに……」

 

 ムー軍は一時的に混乱した。列強国が1週間もしないで滅亡した。これほどの衝撃が司令部に走ったのは、グラ・バルカス帝国なる新興国家が列強レイフォルを一撃で滅ぼして以来である。

 当初、賠償請求を行わず、慎重姿勢で交渉に臨んだムー帝国だったが、日本外交団側からムー人被害者に対する謝罪と賠償の申し入れがあった。

 ムーは「あちらが言うのであれば」ということで受け入れたが、全てが罠であった。

 

 現金ではなく物品での賠償を受け入れたムーを待っていたのは、貿易港という貿易港に押し寄せてくる貨物船と、それらが満載する日本製品の数々であった。それらは数千億円分に至り、物品は遺族を中心に渡された。

 製品を手にした人々は見事日本製品に依存し、消耗品であるため途端に需要が拡大していった。

 

 そこに来て、日ム通商航海条約の締結である。

 たちまち大型コンテナ船が定期的にムーの各港に殺到し、臨時に作られた倉庫にコンテナを積み上げていった。

 なお、後にコンテナをスムーズに荷揚げができるよう、日本資本の建築会社が計画中である。

 

 国交開設からわずか数週間も経たない内に、ムー帝国は大日本帝国による経済侵略を受けたのである。

 それまでクワ・トイネ産商業作物保護の関係から、自粛を余儀なくされた甘味料製造業者はここぞとばかりに進出し、安価なショ糖よりもさらに安価・大量生産可能である数百倍から数万倍甘い人工甘味料によってムー製糖業を粉微塵に粉砕していった。

 

 繊維産業では、安価かつ高品質な日本製の衣料が流入し、国内の紡績業者は次々と倒産に追い込まれている。

 たちまち日本ブランドの衣服が高値で取引されるようになり、ムーブランドは「オールドファッション」として日本人のヴィンテージ愛好家、懐古趣味の人々が少数購入するだけだった。

 

 製鉄業も同様に、桁違いの生産力を誇る日本の鉄鋼に押され、国産品は競争力を失った。

 国内の大手製鉄企業のいくつかは、日本最大の鉄鋼企業であり、官営八幡製鉄所の流れを汲む大和製鉄によって買収され、早速ムー国内の鉄鋼生産が日本人の手に渡ろうとしている。

 

 自動車産業の干渉も凄まじく、既に数万輌規模での日本製自動車の輸出が決定されていた。

 入谷興産はムー現地法人を設立し、主要幹線道路沿いに給油所の建設を始めている。そこにはクイラ王国で精製されたガソリンが、たっぷり詰められていた。

 

 クイラ側でも対ムー石油輸出額が大幅に増額したため、日本企業に交じってムー進出を図るクイラ企業もあった。

 ムー製自動車に比べれば割高であるものの、オートマチック車の便利性・快適性が遺族を中心にムー人に出回ると、タクシー・ハイヤー会社を中心に大量購入を決める企業が増えている。

 

 また、他にも顕著に影響が出たものとして、生活用品系の製造業者が挙げられる。

 日本に行けばコンビニや100円均一店などで売られている文房具や食器、洗剤、トイレットペーパー、避妊具などなど、様々な物品がムー人の手に渡り、格安であることからムー製造業に大打撃を与えつつある。

 

 そして企業買収により、既に多数の優良ムー企業の株式の大半が財閥を中心とする日系企業に移った点も無視できない。

 ムーでは、自由資本主義経済によって景気が循環していた。しかし近代的な法制度が不完全であり、各地に乱立した株式会社の企業防衛力は無に等しかった。

 

 そんなムー企業に対し、独米のメガコープ(巨大企業)と第四世界を巡って、時には直接相手の陣地内に乗り込んで経済戦争を繰り広げてきた通産省、そして未だその庇護下にある財閥グループが顧問会計士をひっさげ訪れると、あっという間に企業合併・買収(M&A)を進めていった。

 金融業界に至っては、日本資本が銀行を設立し、国内資本は吸収・系列化される始末である。

 

 ありとあらゆる業種のムー企業の経営権が、日本人の手に委ねられていく。

 ムーの国力からしてみれば、無尽蔵といっても過言ではない“ジャパン・マネー”により、ムーは買い叩かれてしまったのだ。

 また日本からの援助により高度経済成長期に突入し、繁栄を謳歌していた一部の大東洋共栄圏加盟国も“ショー”に参加し、多数のムーの技術が第三文明圏外国家に流出するという一幕も起きている。

 

 一部の経済学者や経済官僚、打撃を受けた業者は、日本の意図を察知し警鐘を鳴らした。

 しかし、彼らは少数であり、ムー首脳部は目の前一面に広がる日系企業からの“甘い汁”に吸い付こうと必死だったため、これらの声は黙殺されてしまった。

 数十兆円規模での対ムー投資、日系企業とムー国政府との提携と現地法人の設立……前世界において、長年の歳月と費用をかけ磨き上げてきた財閥の牙が、今ムーの市場を食い破ろうとしていたのである。

 日本企業の経済進出により、ムーは表面上の繁栄を謳歌していた。

 

 そんな中で、ムー軍部は日本への警戒心を未だ持つ、数少ない勢力の一つであった。

 曰く、日本を中心とする国際協力機構「大東洋共栄圏」加盟国に、パーパルディア皇国が侵攻を開始、あくまで自衛のために日本軍を中心とする国際軍が派遣され、パーパルディア皇国を占領したのだという。

 正義のため、国際平和を希求して誠実な国家運営に励んでいるとし、覇権主義を唱える気は全くないと説明してムー政府首脳部は安堵している。

 

 ……そんなわけがなかった。

 

 もちろん、「正義のため、国際平和を希求し誠実」というのが嘘である。

 前世界では大東亜共栄圏の繁栄のためにドイツ陣営やアメリカ陣営、第四世界を相手取り、狡猾で姑息、過激な工作の数々を行ってきていた。もちろん、真面目に国際平和を願う者もいるが、残念ながらナチズムと”民主主義教“との戦いに綺麗ごとは通じないのである。

 大日本帝国は地域超大国である。アジアを絶対国防圏(主権線)と定め、大東亜共栄圏加盟国地域を利益線として二段構えで防衛する構えだった。

 

 この世界でも既にロウリア、パーパルディア、そしてグラメウスと数々の地域を征服し、植民地化した日本は、フィルアデス大陸とロウリア大陸を絶対国防圏とし、ここに立ち入るいかなる敵も排除するつもりだった。

 距離的な問題で、中央世界や第二文明圏に対する進出が行われていないだけで、近ければ何らかの難癖をつけ植民地か傀儡国家を作る腹積もりだ。

 

 それに被征服民に対する統治も苛烈なものである。表向きには秩序と安定が保たれているかのように装われていたが、民衆の心には怨嗟と恐怖が静かに積み重なっていった。

 友好的・中立的住民は適度な監視体制下に置かれ(「隣組」の設置)、互助・密告制度を確立し、隠蔽により発覚していないだけで、既に多数の「敵性住民」と認定された旧パーパルディア・ロウリア国民がグラメウス大陸の開拓村に送られている。

 彼らは新天地での「労働力」と称され、事実上の奴隷として酷使された。

 多数の新世界人犠牲者の上で、グラメウスの広大な地下資源開発は行われていた。

 

 

「と、いうわけで技術士官マイラス、先述士官ラッサンの両名は、本日付でパーパルディア統治監視武官兼日本視察団として大日本帝国への派遣を命じる」

 

 申告が終わり、具体的な説明に移る。

 

・ムーと日本は2万キロ以上離れている。航空機の航続距離は圧倒的に不足している。よって一番航続距離の長いレシプロ旅客機のラ・カオス(7000キロ)を使用し、同盟国連絡用のムー専用空港を利用。そこで休息と給油をとった後、3回の中継地を経て日本を目指す。

 

・日本領空に到達次第、日本軍戦闘機の護衛を伴って大日本帝国パルネウス総督府に降り立ち、日本の戦後統治を視察する。続いて日本領セイロン島に移動し補給した後、台湾を経由して帝都東京の空港に着陸。そこで日本本土の視察を行った後、再び同じ航路で帰還する。

 

「分かったな」

 

『ハッ』

 

 説明が終わり、マイラスとラッサンはすぐに準備に取り掛かる。

 3時間後、両名を乗せたムーの誇る最新型旅客機ラ・カオスは離陸、遥か彼方の大日本帝国に向け、飛び立っていった。

 

 

 ムーから日本までは、実に5日もかかった。

 エコノミー症候群と呼ばれる長時間の移動に伴う病気の症状が出つつも、マイラスとラッサンたちは遂にパルネウス総督府領空に到達する。

 

「どんな戦闘機が来るんだろう?」

 

 事前に日本には、レシプロ以外の推進方法があることを知り、実際に空軍基地で見た駐機されていた戦闘機を想像していたマイラスは、ワクワクしながら窓枠から外を眺めていた。

 そんなマイラスとは裏腹に、戦術士官のラッサンは冷めていた。

 

「どうせ大したことはない」

 

 報告書で何度も日本軍の戦闘機のスペック(マッハ2.5など)を読み込んできた彼だが、未だ半信半疑であった。

 本当に音速を超えるような技術が彼の国にあるのか? 見栄を張っていっただけなのでは?

 しかし、そんなラッサンの疑惑は一瞬にして晴れることとなる。

 

 機内にいても分かるほどの轟音が聞こえてくる。

 二人は条件反射的に首を窓に向けた。

 外には、矢じりのような形をし、プロペラがついていない航空機が2機、ラ・カオスを追い抜いていった。

 

「は、速い!」

 

 唖然とする二人。

 マイラスが叫ぶ。

 

「プロペラが無いぞ!!!」

 

 戦慄するラッサン。

 ムーの旅客機は2機の戦闘機……四一式戦闘機の先導により、江州空港に近づいていった。

 江州空港はエストシラント郊外に建設された官民共同の空港である。

 既に大日本航空といった官営・民間航空会社の旅客機が多数運航している。

 

「たった少しの期間で、ここまで復興できるものなのか……」

 

 瓦礫の山が広がっているはず――マイラスはそう覚悟していた。だが、飛行機の窓から眼下に広がった光景は、まるで別の世界だった。

 整然と区画整理された街路は真っ直ぐに伸び、舗装された道路の両脇には新築の建物が規則正しく並んでいる。

 鉄骨とガラスをふんだんに用いた建造物は陽光を反射し、戦前には到底見られなかった近代的な都市の姿を描き出していた。

 

 やがて江洲空港上空に到達する、3000メートルはある滑走路に着陸すると、ターミナルまで誘導された。

 周りには自分たちの乗ってきた旅客機が……列強ムーの技術の結晶である最新鋭機がおもちゃに見えるほどの、巨大で美しい機体が、空港の駐機場に多数並んでいた。

 それらは日本本土から出向してくる官僚や、少数ながら取材に来た記者などのために特別運行されているものだった。

 

 

 空港からタラップを使って降り立つや、数人の記者がカメラを構え撮影する。

 

「(なんだあのカメラは!)」

 

 ムーにあるような、一枚一枚撮っていくようなものではなく、カシャシャシャシャという連射音が聞こえてくる。それに何やら板状のものを取り出し、それに向かって話しかけながら取材を行っている記者もいた。

 早速理解の範疇を越えた何かを見せつけられる中、パルネウス総督府から派遣されてきた官僚が笑顔で迎えに来る。

 

「初めまして。今回ムー国視察団の皆様方を案内することになります、パルネウス総督府総務部の本郷と申します」

 

「技術士官のマイラスです。こちらは戦術士官のラッサンです」

 

「どうも」

 

「はい、お名前はかねがね……まずは宿泊施設にご案内いたします。長旅ご苦労様でした。まずは一旦お疲れを取っていただきまして、明日から3日かけて総督府の戦後統治施策について説明していきたいと思います」

 

「分かりました。お心使い感謝いたします」

 

 立場が逆転してしまったなと、内心笑いながらマイラスは本郷に案内され、空港から出る。

 外にはムーのものとは何世代も先を行った先進的なデザインの黒塗りの車が用意されており、そこに乗るよう言われる。

 中は高級感あふれるラグジュアリータイプで、長旅により腰を痛めた二人にとっては中々に座り心地のよい椅子だった。

 車内で本郷は二人に渡したいものがあるとして、何か数字が書かれた紙と折り畳み式の何かを渡して来た。

 

「これは携帯電話といいます。こうやって開いてもらって、指定された番号を押すと、番号が登録された携帯電話にかかるようになっています。試しに私の電話番号……紙に書かれた表のいちばん上の番号を押して、ここを押してみてください」

 

 慣れない手つきで、マイラスがボタンを押していく。最後に緑色のボタンを押すや、プルルル……という音が聞こえてきた。

 それとほぼ同時に、本郷の胸ポケットから音が鳴り響いた。本郷はニコニコしながら胸ポケットから携帯電話を取り出し、開いて耳に当てる。

 

『どうです? 携帯電話から私の声が聞こえてくるのが分かりますか?』

 

『おぉぉぉ!!!』

 

 マイラスとラッサンは興奮した。線で繋いでいないのにも関わらず、この携帯電話を使えば通話が可能なのだという。軍で使われている無線技術が、このようなコンパクトな機器でたやすくできてしまうことに、二人は興奮を隠せないでいたのである。

 本郷は何度も電話のかけ方を教える。二人が難なく使えるようになるのを見届けると、

 

「もし迷子になったり、要件があったりしましたら、遠慮なく私に電話をください。充電……まあ、電池が切れたら教えてください。都度補充しますので」

 

と言ったのと、目的地に着いたのはちょうど同じだった。

 

「では行きましょう。パルネウス帝国ホテルになります」

 

 曰く、日本本土から老舗の五つ星ホテルが進出してきたという。せっかくということで二人の根拠地としてもらった。

 ホテルの個室にそれぞれを通すと、本郷は鞄から財布を出し、手渡す。

 

「中には紙幣と硬貨があります。『円』といって日本国内及び大東洋共栄圏加盟国であればどこでも利用が可能です。一万円札、五千円札、千円札、五百円玉、百円玉、五十円玉、十円玉、五円玉……そしてこれが一円玉になります。視察以外の時間は基本自由時間になりますので、何か買いたいものがあれば仰ってください。もし万が一足りなくなった場合は……私にご連絡を。

 ああそれと、現在パルネウス総督府では夜間外出禁止令を発令しております。先ほど渡した携帯の画面左端に現在時刻が刻まれていますので、随時確認してください。紙にも書いてありますが、夜間外出禁止時間は夜9時から朝5時までです。お気をつけて。もし万が一哨戒中の警察官や軍人に掴まった場合、すぐに私の名前を出して、電話をかけてください。対処しますので」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 財布を受け取ったマイラスは、本郷と別れた後に財布の中身を見る。数えてみると、中には合計50万円ほどが入っていた。

 ちなみに、ラッサンはその後大量の物品を市場で買いまくり、一瞬で50万円を吹き飛ばしていたが、要望通り後日30万円が追加で手渡されている。

 

 

 翌日、マイラスは携帯の着信音と共に目覚めた。

 かけてきたのはラッサンで、どうやら朝市を見たいとのことだった。

 

「はしゃいでるなぁ……」

 

 当初、日本に来るまでは「文明圏外の国に行くなんて」などとブツブツいっていた彼だが、今や日本の虜になっているらしい。昨日もあるだけ物品を買い込み、分解しては分析し回っていたという。

 部屋の扉を開けると、既に準備していたラッサンが経っていた。顔は明るく、「早く着替えて行こうぜ」と誘う。

 

「分かった分かった、ちょっと待っててくれ」

 

 現在時刻、5時半。マイラスは羽織るものを引っ掴むと、携帯と財布を鞄に入れてラッサンについていった。

 外では総督府から派遣されてきた官僚が数人立っており、ラッサンたちに行き先を聞いて来た。朝市と告げると、すぐさま板状の物体(これも携帯らしい)で車を呼び出し、二人を乗せる。

 

「半年の戦後復興により、現在パルネウスでは港で獲れた魚介類の販売も再開しました。是非見ていただきたいです」

 

 本郷の補佐を名乗る男が、本郷に代わりに案内することとなった。

 二人が案内されたのは、港に近い江州郊外の市場だった。

 真新しい巨大な倉庫が立ち並び、地面でコンクリートとは違う別の素材で舗装されている。後に訊いたところによると、土瀝青(アスファルト)と言うらしい。

 

「大きいなぁ……」

 

 江州市場は現状一番大きな市場であり、魚介類の他に青果類なども取り扱っているという。

 現地人の漁師や商人たちが独特の指使いでセリを行っており、買われた魚や野菜は箱ごと小さな自動貨車に載せられ、各地の店に送られていった。

 

「あの小さいトラックはいいですね。舗装されていなくとも動けそうで」

 

「あれは軽自動貨車ですね。積載量は300キロから400キロと少ないですが、おっしゃる通り小回りがきいて、あまり整備されていない道路でも比較的楽に運転できるので、総督府領内に普及しております」

 

「小回りが利いて、300キロは載せられる……それに結構速いし、ぜひとも我が国にも欲しいなぁ」

 

「現在、自動車輸出はあくまで乗用車に限られておりますが、今後軽自動貨車や自動貨車といった商業用車両の輸出も行われる予定ですよ」

 

『おぉ~』

 

 市場でセリを視察し終わった後、マイラスたちはラッサンが農家から買ったリンゴにかぶりつきながら市場を後にした。

 その後いったんホテルに戻る話になったが、そのまま江州市内を見て回ることにした。

 

「できれば郊外に行きたいのですが、できますか?」

 

 マイラスの提案に、補佐は難色を示した。

 

「すみません。郊外は未だに瓦礫の撤去中なのと、またパーパルディア軍残党や山賊などがいるため、一般人の立ち入りを禁じておりまして」

 

「そうですか、それは失敬。ではこれからどこに向かうのですか?」

 

「はい、お二人にはぜひ大型商業施設をお見せしたく思いまして」

 

『大型商業施設?』

 

「はい、様々な物品販売店が入居している、大型の施設です」

 

「おぉぉ……」

 

 ラッサンの目がきらめく。どうやら購買意欲に駆られたようだ。

 

「そこで本郷の方が待っているとのことなので、私はここで。そこで昼食を取っていただきまして、午後からはまた市内の説明を行いますね」

 

 結論から言えば、二人ははしゃいだ。ラッサンだけでなく、今まで禁欲的に行こうと思っていたマイラスまではしゃいだ。

 大型商業施設(ショッピングモール)には、ありとあらゆる販売店が所狭しと入居していた。食品系から家電系、娯楽系に文房具用品まで……ラッサンは手で抱えきれないほどの量の物品をしこたま買い込み、またマイラスも両手で手提げ袋を抱える羽目になった。

 

「いやぁ、ふふふ、大分楽しんでいるようで」

 

 施設内食堂(フードコート)で食事をしていると、本郷が笑みを浮かべながら二人に近づいて来た。ラッサンは成し遂げたかのような顔をし、マイラスは我に返り顔を赤らめた。

 

「ここまで買いっぷりが良いと、私としても案内した甲斐がありました。とはいえ、流石に荷物が多いことかと思われます。買ったものは機内に運んでおくよう私の方で手配しておきますので、そのままにしておいてください」

 

「ありがとうございます。ただ、自分はこれだけ持っていきますね」

 

 そう言って、マイラスは紙袋の中から数個の物品を取り出す。それを見て本郷は「あぁ」といって、納得した顔をする。

 マイラスの手に抱えられていたのは、家電量販店で売られていた使い捨てカメラだった。これであれば本国に帰っても現像できるし、何より軽いのがメリットとして大きかった。

 

「たくさん撮影して帰ってください。なんでしたら、足りない分はこちらで手配しますので」

 

「ありがとうございます! 撮りたいものがたくさんあるので、楽しみです」

 

 もはや、完全に観光客気分である。

 だが、むしろそれでよかった。それこそ、大日本帝国側の意図してやってきたことだった。

 

 正直、パルネウス総督府による戦後統治は極めて過酷なものであった。

 占領統治に際し、元いた住民には強制退去を求め、従わなかった場合はグラメウス大陸の開拓村に送られる。

 不毛な地に送られる様は、かつてドイツがユダヤ人や共産主義者に対して行った国家弁務官区への収容を想起させる。

 人がいなくなった土地には、ロウリアにやったのと同じように朝鮮や東印度から大量の移民を送り込んでいった。ムー使節団に見せれば、あっという間にパーパルディア人とは別の人種が移り住んでいることがばれ、変に勘繰られてしまうだろう。

 

 そんな光景を視察団に見せないためにも総督府がとった行動とは、実に単純明快である。

 即ち、「大量の日本製物品を与え、骨抜きにしてしまえ」作戦である。

 残る2日間。マイラスたちはまんまと本郷たちの策略にはまり、膨大な量の物品におぼれて、視察の本来の任務を達成できなかった。

 ただし、本人たちは十分に総督府領内が潤っていると判断し、本国向けの報告書を書きながら次なる目的地、台湾へと向かうのであった。

 

 

「……単純だったな、奴らも」

 

 飛び立っていくラ・カオスを眺めながら、本郷はタバコをふかしていた。隣には報告書を読む補佐。

 当初、パルネウス総督府総務部と自己紹介していた彼らであったが、正体は総督府警務局特別高等部の警察官……いわゆる“特高警察”の刑事であった。

 

「しかし奴ら、使い込みましたなぁ……」

 

 補佐がちまちまとチェックしていたのは、領収書の束だった。

 事前にマイラスとラッサンには、購入した物品の領収書を取っておくよう伝えていた。それを帰りになって回収したのだ。

 

「二人合わせていくらだ」

 

 本郷の問いに、補佐は小さく咳払いして金額を告げる。

 

「151万5698円です」

 

「おほほ、大分使ったな」

 

 領収書の山を指先でつまみ上げながら、本郷は鼻で笑った。

 

「これって、経費で落ちますよね?」

 

 補佐が恐る恐る問いかけると、本郷は肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。

 

「なぁに、大丈夫さ。それ以上にムーから得られる甘い汁は多い。すぐに元は取り返せる」

 

「えぇ……まあ、これで邪魔な目はいなくなったんです。早く戦後統治計画を進めましょう」

 

 補佐は溜息まじりに言いつつも、机上に並べられた書類へと視線を落とした。トントンと領収書の束を整え、ファイルに閉じる。

 

「そうだな、陸軍に先を越されている現状、我々も本格的に動かなければならん」

 

「初動こそ皇族娘が横取りされるなど、陸さんに先手を打たれましたが、戦後復興になってしまえばこちらのものです。奴らは破壊は得意ですが、復興は苦手ですから」

 

「ああ、言えてるな」

 

 二人はクスクス笑うと、空港を後にするのだった。

 

 後に、マイラスとラッサンは台湾、東京などの町並みを見学し、陸海軍戦力を見せつけられた後、内閣総理大臣との会談を行いムーへの帰還を果たした。

 二人の報告書には「日本と関係を深めるべし」と締めくくられており、それを考慮しムー首脳部は両名が帰還してから数日後、ムーは本格的に日本との関係強化を方針転換していくこととなる。

 それまで以上に大量の日本製品がムー国内になだれ込み、ムーは史上類を見ない豊かな国へとなりつつあった。

 

 しかし、それは即ち、ムー側の貿易赤字が増え続けることを意味する。

 当初こそ、経済侵略を危惧する経済学者がいるにはいたが、それまでにないほどの豊かなインフラや生活必需品の数々に、そういった不安の声が押し潰されてしまった。

 

 大日本帝国の経済植民地が、たった数週間から数か月の間に出来上がろうとしていた。

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