中央暦1640年6月7日 14時31分
神聖ミリシアル帝国 ルーンポリス 情報局
中央世界に存在し、世界最強の国家と謳われる帝国――それが神聖ミリシアル帝国である。その情報局に入る情報は他の情報機関のものよりも比較にならないものであり、エリート職員は常時疲労度マックスで分析屋をしていた。
最先端の魔法技術、そして優秀な学問体系を保持するミリシアルでは、情報の重要性をよく理解していた。
各地に散りばめられたインフォメーションを収集し、一つのインテリジェンスを構築していくのが情報局の使命だ。
『情報を制する者即ち世界を制する』
と、いうのが情報局や首脳部の考えであり、そのため情報分析には特に力を入れている。
しかし、そんな世界最強の情報機関をしても、よく理解できない事象が二つあった。
一つ目は、近年第二文明圏西方に出現したグラ・バルカス帝国。
第八帝国とも呼ばれるが、この国は突然歴史の表舞台に現れた。
文明国に属する国家と、文明圏外に属する国家。その間には越えることのできない巨大な壁が存在するといわれている。
技術、軍事、国力……あらゆる面で格差は歴然としており、文明圏外の国々は文明国に従属し、金魚の糞になるしか生き残る道はなかった。
そのため、文明圏外の国家はどこかの文明圏に加わろうと必死に努力する。だが文明国側は、彼らを見下し、時には国力が自国を凌ぐことのないよう圧力を加える。
文明国はその圧倒的な国力差を背景に、文明圏外から資源や労働力を吸い上げる。そして奪われた資産は文明国の発展に費やされ、反対に文明圏外国家はますます疲弊し、格差は広がり続ける――こうした不均衡な関係が、長きにわたり固定化されてきたのである。
歴史上、文明圏外国家の国々が連携を取って、文明圏に攻め入ってくる事象は掃いて捨てるほどある。しかし、それらは一度も成功することは無かった。ただの一度もだ。
それだけ文明圏外と文明圏との力の差は、歴然というわけである。
しかし、最近になってその常識を破った国がいた。それも二つ。
文明圏外国家であるグラ・バルカス帝国が周辺の国々を次々と制圧し、ついに第二文明圏との交渉に乗り出した際、列強レイフォル王国はこれを門前払いし、窓口と定めていたパガンダ王国に行けと突き返した。
やむなくグラ・バルカスの使節団はパガンダへ赴いたが、交渉の場で皇族が彼らの態度を気に入らず、そのまま殺害してしまう。
これにブチ切れたグラ・バルカスは、報復としてパガンダ王国を滅ぼし、さらには背後にいたレイフォル王国までも併せて滅亡へと追いやったのである。
「グラ・バルカス帝国について、その後何か情報は?」
情報局局長のアルネウスは、横にいた部下に話しかける。
部下はグラ・バルカスに関するファイルを開けるが、微妙な顔をして答えた。
「現在、グラ・バルカス帝国の情報はほとんどありません。本国の位置さえ不明です。軍事力については、先のレイフォルとの戦いを分析した結果、第八帝国の戦艦『グレードアトラスター』に関して言えば、我が国の最新戦艦と同等、もしくはそれ以上の性能を有していると思われます。全くもって信じられないことですが、分析屋はそのように」
突然の強国の出現に、局長は頭を抱える。
何が問題かと言えば、入ってきた情報の一つひとつが、とても信じられない代物だったことだ。
情報局の優秀なところは、多方面から構築していくインテリジェンスにより、欺瞞情報と思しき情報を取捨選択できる点にある。
他国より抜きんでて上手だったが、その情報局がどう調査してもグラ・バルカス帝国は我が国と同等、もしくはそれ以上の技術力を限定的ながら持っているという分析結果をはじき出していた。
「第二文明圏にはムーがいる。ムーが敗北すれば、次は我が国が標的となる。その前にできる限り情報を収集するんだ」
「了解しました」
「ふぅ……」
よく分からない新興国家が、同時期に二つ現れた。一つは、グラ・バルカス帝国。そしてもう一つは、大日本帝国と呼ばれる国家だ。
先の先進11カ国会議において、神聖ミリシアル帝国はパーパルディア戦において蛮行を見せた日本に対する非難決議を取ろうと思っていた。
しかしエモール王国からの魔帝復活の可能性、そして日本が鍵となる発言により、神聖ミリシアル帝国の方針はがらりと変わることとなった。
即ち、日本への宥和外交である。
パーパルディアで死傷したミリシアル臣民の遺族らを中心に対日懲罰戦争の開始を要求する運動が展開されているが、ミリシアル政府は日本との接触を、共栄圏加盟国であり先進11か国会議にも参加したリーム王国やエモール王国を通じて図った。
日本側はムーに対して行ったのと同様に自ら賠償として物品の無償提供を行ったが、ミリシアルはこれを辞退している。
『神聖ミリシアル帝国の名において、先の蛮行を許す』
と、いう訳である。
世界最強国家の器の広さ具合を見せた結果、日本による神聖ミリシアル帝国に対する初動の経済侵略が失敗に終わり、日本通産省関係者が顔を真っ赤にしたわけであるが、ミリシアル側は知る由もない。
先の話であるが、7月中頃には、ミリシアルのカルトアルパスにおいて日ミリ外務大臣級会談が開催され、国交開設のための交渉が行われた。そして8月1日に国交開設に至る。
途端、神聖ミリシアル帝国に膨大な量の大日本帝国に関する情報が流入してきたため、情報局は白目を剥くこととなる。グラ・バルカス帝国の情報に触れた以上の衝撃だった。
ムーと同じ機械文明である大日本帝国。その国から提供される情報の数々は、神聖ミリシアル帝国が考えもつかないもので溢れていた。
またそれは、確かにエモール王国の言った通り、日本が古の魔法帝国に対抗する鍵だと認めるに充分なものだった。
300メートルを超す空母に始まり、『グレードアトラスター』を凌駕する戦艦、艦載砲を少なくした代わりに多数の誘導魔光弾(魔力は一切不使用)を搭載した護衛艦。数千キロの距離を音速に近い速度で飛行できる爆撃機、攻撃機、戦闘機。水中を高速で航行できる軍艦。また未確認ではあるが、大陸間を飛翔できるほどの射程距離を持つ大型誘導魔光弾……
「馬鹿な、そんな、馬鹿な……」
もしこの報告が本当なのであれば、大日本帝国の技術は神聖ミリシアル帝国を遥かに上回ることになる。極めて荒唐無稽なものであり、情報局内でも信じる者はいなかった。
しかし実際に、日本軍の戦闘をグラメウス大陸で見た情報局員のライドルカは、声を大にして日本の技術力は本物だと言った。
彼は当初トーパ王国において魔王ノスグーラに関する調査を行っていた。そこでトーパ王国軍の騎士から日本との同盟と、魔王の討伐の件を聞いていたのだ。
時間が経ち、大東洋共栄圏軍のグラメウス大陸出兵が決定したため、彼はトーパ軍と共に現地に向かった。
グラメウス大陸は、もはや人の住めない不毛の大地ではなかった。日本官民総力を挙げた開発により、そこかしこに村が出来上がっていたのである。また魔物討伐に彼は追随し、そこで初めて日本軍の戦闘を見た。
「まるで話になりません。我が国と戦争になれば焦土と化すでしょう」
「……それは、日本がということか?」
「いいえ、我が神聖ミリシアル帝国が、です」
『……』
重苦しい沈黙が会議室を支配した。誰もが言葉を失い、互いの顔色を窺う。
威圧の言葉が突き刺さったまま空気は張り詰め、椅子のきしむ音さえ憚られるほどだった。
「もっとだ、もっと日本に関する情報を集めろ!!」
耐えきれずに声を荒げたアルネウスの叱責が、凍りついた室内を震わせた。汗を拭ったアルネウスは、日本についてもっと調査するよう命じるのであった。
情報局の対日分析がお通夜となる一方で、帝国外務局でも同様の会話が行われていた。日本外務省の役人と接触した外交官らが報告を行い、今後の対日外交方針について協議されている。
既に国交開設がなされ、両国間での貿易は始まりつつある。
『日本との関係強化の一環として、1642年度先進11カ国会議への招請と日本視察を行う』
と、いう声が上がったため、後日神聖ミリシアル帝国は、日本に使節団の派遣を決定するに至る。
6月も中頃のこと。
雲一つない青い空を、白く塗られた機体が飛んでいた。
機体に二つ付いているエンジンの後方は青白く光り、空気を噴射して進んでいた。
第三文明圏の技術レベルでは決して作ることはできないであろうその技術は、神聖ミリシアル帝国の技術の結晶であった。「天の浮舟35型」は、使節団を乗せて時速310キロの速さで日本に向かっていた。
「間もなく大日本帝国の領空に入ります。彼の国からは戦闘機2機、護衛と先導のために来ることとなっています」
機内放送が流れる。
「実に長かった! あと2時間ちょっとで着きますね」
情報局員ライドルカは、隣に座っていた外交官のフィアームに話しかける。
なお、今回は視察ではないためパルネウス総督府ではなく、直接日本に向かっていた。あと数百キロで、セイロン島に到着する。
「しかし、やはり遠いですね……もうちょっとで、東の果ての文明圏外国家を相手にしなければならないかと思うと、頭が痛いです。戦闘機が2機来るとのことですが、ワイバーンではなくて飛行機械を持っていたこと自体驚きですね。さすがムーの恩恵を得ている国です。パーパルディアに勝った理由も何となく理解できた気がします。どんな戦闘機が登場するのか……楽しみですね」
対して外務省も、今回の派遣に先立ってある程度の情報を仕入れていた。
が、極めて不確かな内容のものが多く、あまりにも突拍子なものだったため、半信半疑であった。そのため具体的な説明を行えてなかったのである。
「フィアームさん。日本に対しては、文明圏外の蛮族国家という先入観なしに見た方がいいですよ」
「あー、はいはい。分かりましたよ」
適当に受け流しつつも、フィアームは経由したパンドーラ大魔法公国タシケッタ空軍基地、そして日本の傀儡政権と目されるフィルアデス連合自治政府内のバテロン・デュロ空軍基地で見た光景を思い出す。
高度な魔導技術……といっても神聖ミリシアル帝国からしてみれば程度が知れるが……を有する学院制国家のはずだったが、宗主国のパーパルディア皇国滅亡後は一転して大日本帝国の傘下に入っている。
立ち寄ったタシケッタ空軍基地には、ムーのようなプロペラ機ではない飛行機が駐機されていた。ミリシアル軍の航空機のように魔光呪発式空気圧縮放射エンジンが用いられているのかと思いきや、ベルーノが持ち込んでいた魔力探知器が一切反応を示さなかった。
それはつまり、彼の機体が魔力を用いない飛行機械であることを意味している。
聞けば、日本から輸入した戦闘機だという。バテロン・デュロで見かけた日本製兵器の数々は、目を見張るものがあった。
残念ながらそれらが飛行する姿を見ることは叶わなかったが、これから見られるようだ。
「いやぁ、私もどのような飛行機械が飛んで来るのか非常に興味があります」
二人の会話に割って入る形で、技官のベルーノがうきうきで言う。
フィアームは窓の外を見る。遥か下には海が見え、機内には魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの発する甲高い音と、機体が空気を裂く音のみが聞こえる。
そんな矢先、二つの高速飛行物体の影が一瞬見えた。
遅れてやってくる轟音。
2機の飛行物体……飛行機械は、後方で向きを変えると、あっという間に天の浮舟に追いつき、一機が先導し、もう一機が横に着いた。
神聖ミリシアル帝国使節団の反応は、あえて語るまい。おおよそムー国視察団と同様か、それ以上の反応を示すこととなった。
天の浮舟がセイロン国際空港に降り立つと、使節団はしばしの休憩の後、日本政府の用意した旅客機に乗り替えることになった。
建前は日本の技術力を見てもらいたいということであるが、本音は時速310キロなどという低速でよちよち本土まで来られのは、時間の無駄だからである。
日本の誇る航空機メーカー・中島重工業が開発した超音速旅客機「N-244」が、神聖ミリシアル帝国使節団に充てられた搭乗機となった。
N-244は、ドイツ・ユンカース社が1960年代に「アイニヒカイト(意味:団結)」開発したことに対抗し、1970年代に中島が開発したN-144超音速旅客機の改良版である。
巡航速度マッハ2.2で高度2万メートルを飛ぶ。乗客数は原型機の名前通り144名で、現在までに30機ほどが製造された。
現在では、すべて国際線(内地~外地間含む)での運行となっている。
中華民国その他陸地が消滅して海上となったことから、ソニックブームの心配がいらなくなったため、本機を保有する航空会社では陸地を迂回することなく運航できるようになった。
『……』
高度2万メートルをマッハ2.2で飛ぶN-244の機内で、使節団は盛り上がっていたり顔面を蒼白にしたりしていた。
速度計が機内につけられており、「マッハ2.2」というよくわからない単位が表示されている。添乗員に聞けば、マッハというのは音の速度のことであり、つまりこの機体は現在、音速の2.2倍の速度、即ち時速約2300キロで飛行していることになる。
先ほどまで大きな態度をしていたフィアームは、技術の話で盛り上がっていたライドルカやベルーノ、武官のアルパナの横でぐったりしている。
「た、高い……」
雲が呆れるほど下方にある。
それもそうで、現在の高度は2万メートル。ミリシアルの技術では絶対到達不可能な高さだ。
「いやぁ、音速を優に超し、倍の速さで飛ぶとは……日本、もしかすると、我が国よりも……」
気になったところをメモに取りつつ、技官のベルーノは興奮を隠せなかった。
一方フィアームは、先ほど添乗員から渡されたジュースに口をつける。紙製のコップは何分経ってもヘナヘナにならず、強めに握っても壊れることはない。
「(何なんだこの技術力は……文明圏外国家にあるまじきことだ……まさか、事前に聞いていた“転移国家”というのは、本当なのか……!?)」
脳内で思考を巡らせている中、機内放送で空港に着陸する旨が放送された。
「(まだ飛び立って4時間も経ってないぞ!? 確か7000キロぐらいあったと聞いていたが、まさかもう着いたのか!?)」
フィアームの苦悩は続く。