西暦2032年5月4日 15時31分
大日本帝国 来栖軍司令部
本来なら軍政監部、あるいは総督府が担うべき業務を、わずか数百名の軍人たちが背負っている。彼らは日夜、電卓や電計を叩き、山のような書類と格闘していた。
その中心に座す来栖軍司令官・高坂陸軍中将は、部下からの報告を静かに聞いていた。
「……ということでして、不穏分子の95%はすでに処分を完了しております。残りも現在、憲兵隊が適切に処理中であります」
報告を終えた憲兵将校が敬礼すると、高坂は軽く手を振り、退室を許す。
入れ替わるように、白衣を着た軍人が一歩前に出た。白衣の下から覗いた階級章は、中将を示している。
高坂は無言で立ち上がると、書棚へ歩み寄り、一冊の報告書を抜き取った。
『来栖軍防疫給水部 マルタ移送の件』
と、題した報告書を手に取り、中を確認する。
「……確か、マルタの数は10万人だったよな?」
「はい。その通りです。現在選抜中ですが、10万本前後で収集予定です」
「なるほど、では数を3倍の30万人にしろ。どうしても魔法なる怪力を解き明かさなければならん。早急に、だ。一般部隊を派遣しても良い」
「承知しました。その通りに」
白衣を着た軍人……来栖軍防疫給水部長の春道軍医中将はさらっと応じた。
現下、来栖第9413部隊(来栖軍防疫給水部)が管理する“病院”には、8万9340名の“患者”が収容されており、従来の目標値の約90%を達成していた。だが高坂の指示により、さらに多くの病院が各地に建設されることが今の話し合いで決まった。
それはつまり、筆舌し難い扱いを受ける犠牲者が3倍に増えることを意味する。
2032年。この世界の暦で言えば1641年。
大日本帝国は、ロデニウス大陸南東約3000キロに存在する十字型の島国にして文明圏外文明国の「クルセイリース大聖王国」に侵攻し、同国を占領下に置いた。
彼らの間に何があったのか。詳しく見て行きたいと思う。
西暦2031年10月3日 9時38分
シルカーク王国 タカク 駐シルカーク日本・クイラ軍総司令部
ジメジメとした気候に耐えつつ、駐シルカーク王国日本・クイラ軍総司令部に着任した高坂中将は、司令官室内で打ち合わせを行っていた。
参加者は高坂を筆頭に、軍参謀長や各幕僚、さらに駐シルカーク・クイラ軍司令官オロサル少将とその参謀長ら、十数名に及んでいた。
「……と、いう訳で、新たな友邦シルカーク王国の守護を任された我々日本クイラ連合軍だが、主な目的は……特にない。以上、解散」
『えぇ……』
実に1分という新司令官着任挨拶である。高坂の雑さに各高級将校らはドン引きするとともに、癖のある高坂の人格に翻弄されることとなった。
それもそうであろう。高坂中将は、大本営陸軍部でも扱いに困るような男だった。
抗日運動が激化していたころの朝鮮、台湾、東印度……日本各地で師団長、もしくは軍司令官として軍を指揮した彼は、憲兵隊や、時には一般部隊を用い残忍で苛酷な統治政策を実施していた。
彼によって吊るされた外地人の数は数えきれない。
とはいえ、彼の実力も確かだった。高坂の軍政下に置かれた抗日地域はみるみる治安が回復し、生産性も向上している。
軍人以前に人間として難がある人物だったが、優秀さ故に大本営陸軍部は彼を腫物扱いし、この度、彼を僻地であるシルカーク駐屯軍司令官に任じたのである。
南東には、最近シルカーク共々国交開設を果たした文明圏外文明国のクルセイリース大聖王国が存在するが、大した衝突もなく今に至っている。
それ以外に脅威となる国という国はなく、シルカークは極めて平穏。高坂の言葉を借りれば、「飽きるほど平和」な国家だ。
だがそんな平穏も、数か月後には嘘みたいに打ち破られることとなった。
中央暦1640年12月19日 14時25分
クルセイリース大聖王国 セイダー テンジー城
「何度でも言います! 彼の国は危ないと!!!」
軍王ミネートは咆えた。
会議室内の空気がビリビリと震える中、構わず彼は大げさな身振り手振りを用いて話を続ける。
「大日本帝国なる国家は、初めから我が国を植民地にしようと陰謀を巡らしておるのです! 内政担当卿の報告をよく聞いていただきたい。ただでさえ属領からの税収だけでは赤字を取り戻せない中、対日貿易収支によって出た膨大な額の赤字! 大赤字!! 今や多数の職人たちが職を失い、クルセイリースの経済活動は大幅に縮小しているではないか!」
「ミネート殿、落ち着いてください」
顔を真っ赤にして感情を昂らせているミネートを、聖王女ニースが制止する。
穏健派の領袖である彼女は、ミネートの意見に真っ向から反対した。
「確かに職人の失業率は日々高まってきております。ですが全員が全員失業したままというわけではありません。ほとんどの職人は日本企業のクルセイリース法人に再就職が決まっております。そこから入ってくる税収は目を見張るものがあります。今後数か月、数年は赤字となるでしょうが、軌道に乗れば今までとは比にならないほどの税収が入ってくるでしょう」
「ハンッ、王女様。その数年間が問題なのです。例え将来的に黒字化が達成されるとしても、1年後2年後の、民の生活のことを考えなければなりません! それに将来的に我が国の財政が潤う頃には、大聖王国は日本の経済植民地ですぞ!」
「問題ありません。多少の軍縮を行うことで解決できます。それに我が国は文明国です。文明国がそう易々と植民地になるはずがありません」
「何だと!?」
軍縮という言葉に過剰に反応するミネート。
両者一歩の引かない展開に、遂にストップがかかった。
「二人とも、その辺にしておけ」
『ハッ……』
会議の趨勢を見ていた聖王ジュウジが手を上げ、二人を止める。二人はすぐに最敬礼し、沈黙した。
玉座に座りつつ、ジュウジはミネートに語り掛けた。
「ミネートの意見、確かに分かる。国内は日本企業の進出に伴い、多数の失業者を出す事態となった。しかしそれも、今や過去のことだ。彼の国と国交、そして通商条約を結んで3か月が経とうとしているが、今では日本企業からの税収により収支の均衡は戻りつつあるのだ。そうなのだろう? 内政担当卿」
「ハッ、おおせの通りでございます」
日本からやって来た財閥グループの動きは、ムーでもそうだったように、極めて素早かった。
最初の1か月こそ、ムーに行ったような経済侵略を実施しようと画策していたが、国民の反応を見るやすぐさま方針転換していた。
即ち、クルセイリース政府に税額を多めに納め、また個人的な金銭を渡して政府内に親日派を確立したのである。既に数十億円単位の金銭がジュウジや内政担当卿のポケットに入っている。
ジュウジは一呼吸おいた後、今後の方針について述べた。
「日本企業とは内政担当卿を通じ、日本製品のライセンス生産について協議中だ。もしこの交渉が成功に終われば、クルセイリース企業で日本製品を生産し、東方国家群に売りつけることも可能であろう。そうなれば貿易収支の赤字は減る」
「……」
はたして、御前会議の結論は「日本との関係を密にする」というものとなった。
「クソッ……」
御前会議が終わり、解散となった会議室内において軍王ミネートは歯を食いしばっていた。握りこぶしには力が入り過ぎて小刻みに震えている。
大日本帝国という国家が接触してきてから、はや3ヶ月。
国交開設と通商条約の締結までは良かった。聖都セイダーで見た日本製品の数々は、自身らを遥かに超える技術力を以ってして製造された物品だった。
1か月後、日本製品はみるみるうちにクルセイリース市場を食い荒らしていき、それまで活発だったクルセイリース産業は沈黙してしまった。一部は日本の“財閥”という強固な絆で結ばれている企業集団に買収されており、現地法人名義の工場がばんばん建設されている。
辛うじて軍需産業は生き残っているが、各所から叫ばれる「国は何もしてくれないのか」という声。軍と産業は切っても切れない存在である。
このままでは、本当に日本の経済植民地となってしまう……。
ミネートは、友人の商工会議所会長からの沈痛な思いを受け、軍だけでなく国内企業の代表として主張したのである。
『日本製品に対して流入制限をかけるように』と。
「国のためを思って言ったのに、どうすりゃいいんだ……」
ミネートは独り悔し涙を流し続けていた。そんな中、彼に話しかける男が一人。
振り返ると、不気味なオーラを発する白服の男性が立っていた。
顔はフードに覆われて見えることはない。しかしすぐにそれが、最近知り合ったメナスという外国人だと気付く。
「ミネート殿、このままで良いのですか?」
落ち着き払った低い声が、涙に揺れる心に冷たく突き刺さる。
「……メナスか」
名を呼んだものの、ミネートの声音には戸惑いと警戒が入り混じっていた。
「このまま行けば、ミネート殿の心配する通りのことが起きます」
「何だと?」
思わず身を乗り出したその問いに、メナスは僅かに肩をすくめるだけだった。
メナスはどこからともなくやってきた自称占い師である。
最初は彼の言うことを信じずにいたが、次々未来を的中させていったことから今では側近の一人として囲っていた。彼の発見してくる技術力には目を見張るものがあり、ついこの間にはメナスから「占いの結果」として国家級殲滅魔法の情報提供がされている。
「占いにより、対古の魔法帝国用決戦兵器を発見しました。これを用いれば、大日本帝国など鎧袖一触でしょう」
「対古の魔法帝国用決戦兵器……?」
「神話級殲滅魔法とでも言いましょうか。これまで提供してきた国家級殲滅魔法をはるかに凌駕する威力の殲滅魔法です。その名も、“キル・ラヴァーナル”」
「キル・ラヴァーナル……」
太古の昔、黒月族という少数民族が存在した。
古の魔法帝国よりも長い歴史を持っており、独特の高度魔導文明であった彼の民族だったが、魔帝と同等に凶暴さを持っていたという。その強大な軍事力や徹底した他民族への迫害からついぞ魔帝と衝突し、殲滅される憂き目に遭った。
その報復心から製造された内の一つが、対魔帝決戦兵器「キル・ラヴァーナル」である。
「既に私の方で実用化に成功しております。あとはクルセイリース大聖王国が採用するかしないかと決めていただければですが……どうやら今の政府では、採用しないようですねぇ」
「な、何故だ!? 何故それだけの兵器を採用しない!」
声を荒げるミネートに、メナスは口角を上げて答えた。
「占いですよ。結果、聖王はじめとして首脳部は日本企業の息がかかっています。そのため日本との関係を悪くするようなことはしないよう動いているのです」
「何だと……聖王陛下が……そんな馬鹿な……」
しかし占いの的中率は高い。今回ばかりは当たってほしくないという感情が強かったが、次第に自分の愛国心を裏切った彼彼女らに対する怒りが脳内を占めていく。
「現政府が腐敗している中、愛国心に溢れる方が新たな王になれば……いいのですが」
「……ッ!?」
メナスの言いたいことを察する。彼の中で覚悟が決まった時、それまで心の中にあった陰りは全て晴れていた。
「やってやる……私が世界に冠たるクルセイリース大聖王国の指導者になるんだ……!」
悔し涙を拭い、ミネートは走り出す。全国にいる強硬派の仲間に声をかけ、決起を促すためだ。彼の目に曇りはなかった。
翌月、玉座で刺殺された聖王ジュウジが発見され、内政担当卿や聖王女ニースは自宅ごと燃やされた。
西暦2032年1月20日 13時57分
シルカーク王国 タカク シルカーク王国駐箚大日本帝国大使館応接室
「こんなこと……信じられません! 外交というものを何も分かってはいない!」
日本大使館内で開催された日シル……オブザーバーとしてクイラ王国軍駐屯軍司令官も参加……会議の冒頭、クルセイリース大聖王国から突き付けられた最後通牒を前に、カルク・シルカーク王国外務卿は叫んだ。声は怒りでわずかに震えている。
クルセイリースから当該通牒が来たのは、つい先日のことである。内容が内容なため、急遽シルカーク側から日本に会談を申し込んだ形となる。
その内容とは、クルセイリースに対する服属であった。
日本に対しては、在クルセイリース資産差し押さえの通告、そしてクルセイリース国内で起こした罪人……曰く、国内産業を破滅に追い込んだ財閥社員など……の処刑、最後にシルカーク同様に服属を求めている。
「クルセイリース国内の在留邦人は財閥社員を除き、強制送還となりました。ですが情報が確かであれば、既に財閥社員は全員処刑されているようです」
『なんと……』
既に実害が出ている。監視衛星からの情報によれば、聖都セイダーにおいて以下のように各財閥グループ社員が広場で鎖に繋がれ処刑されていた。
犠牲者は、
光蓮財閥:122名
三丸財閥:87名
金田財閥:18名
明星財閥:54名
将星財閥:33名
鹿港財閥:21名
高雄財閥:39名
の、374名の財閥系社員が虐殺されている。
光蓮財閥は陸海両軍の兵器納入元であり、また三丸財閥は陸軍と仲の良い財閥である。
そのため昨日の今日の出来事であるが、既に光蓮・三丸財閥東京本社から大本営陸海軍に対し、クルセイリース膺懲の要請が連名で来ていた。
「在留邦人の処刑により、我が帝国政府はクルセイリース大聖王国に対し宣戦布告することを決定しております」
「なっ……昨日の今日ですぞ!? もう戦争の宣言を!?」
日本の動きの速さにカルクは目を丸くする。
日本大使は頷き、隣に座る高坂中将に説明を求めた。彼はスッと立ち上がる。
気持ちかそれまでの気怠そうなものから、どこか嬉しそうな様子で投影機を用いて説明する。
「本作戦は大きく分けて2段階に分かれます。第一段階、航空作戦。ロデニウス大陸の各基地から出撃した爆撃機による攻撃で、クルセイリース軍を殲滅します。続いて第二段階は上陸作戦。大東洋共栄圏軍が上陸し、全土を制圧します」
『……』
事前に日本からの説明を受け、クルセイリース大聖王国の地理を知っていたシルカーク側は、つくづくとんでもない国なのだなと思いにふける。こうも簡単に言ってのけるとは。
日本大使は、説明を終えた後、カルクに参戦を求める。
「ことは急を要するため、大東洋会議決議は事後採択となるでしょう。ですが貴国は当事国です。基本的な軍事行動は我が国とクイラ軍によって行いますが、俘虜収容所の管理や後方支援などはシルカーク軍にやっていただきます。いいですね?」
「わ、分かった。貴軍らの後方は我がシルカーク王国が守ろう」
かくして、クルセイリース懲罰戦争が始まった。
尋常ではない速度で始まった戦争は、クルセイリース側が事前に用意していたのにもかかわらず日本軍のターンから始まることとなる。