中央暦1641年1月31日 5時48分
クルセイリース大聖王国 タルクリス 総合基地セキトメイ
クルセイリース大聖王国の属領タルクリスには、大罪人大日本帝国懲罰のために多数の飛空艦が集結していた。
軍王にして“クルセイリース救国軍事臨時政府”首班たるミネートの一声により、当初予定されていた100隻艦隊に増強が図られ、大聖王国の四分の三に当たる150隻が集められている。
総合基地セキトメイは国内最大級の基地であり、150隻の飛空艦も難なく収容できていた。属領タルクリスは、5000平方キロほどの面積を持つ菱型の島である。
北西方面、即ちシルカーク王国やロデニウス大陸開拓のために建設された基地だったが、日本やシルカーク王国との国交樹立を契機にいらぬ長物となっていた。
しかし、今回の対日開戦の際に、前線基地として利用されることが決まったのである。
だがそれは、日本にとっても重要視される基地であった。
「何と素晴らしい光景だろうか」
早朝、早く起きてしまったシエドロンは基地内を散歩し、飛空艦を眺めていた。
これらの艦がシルカーク、そしてその先にある日本を灰にするためもうすぐ飛び立つ。一度に150隻が飛び立つなどという光景は、長きにわたる軍人生活の中で見たことがない。
シエドロンは、そんな新飛空艦隊の司令官に任じてくれた軍王ミネートに感謝の念を送った。「一瞬で壊滅して差し上げましょう」と。
シエドロンが自信に満ちた声を上げた時だった。
突如、係留されていた飛空艦の一隻が爆発した。自身が乗る予定の艦隊旗艦の『ダルイア』だ。
100門級飛空戦艦として大聖王国軍の誇りでもあったその飛空艦は、船体を固定していた係留機が崩壊し、艦は力なく倒れる。
「ああああ!!!!」
シエドロンは思わず叫んだ。次の瞬間、また一隻、さらにもう一隻と爆炎に包まれ、船影が崩れ落ちていく。
兵舎から飛び出してきた水兵たちは、何が起きているのか理解できず、呆然と立ち尽くした。誰もがシエドロンと同じく、目の前の惨状に言葉を失っている。
やがて基地消防隊がホースを抱え駆けつけたが、細い水流など焼け石に水だった。
『敵襲ー! 敵襲ー!!』
遅れてサイレンが鳴り響き、敵襲のアナウンスが方々に伝わる。そんなことは誰もが分かっていた。問題は、どこから敵が攻撃してきたのかである。
しかし彼らが見つけることは叶わなかった。
それもそうである。彼らを攻撃したのは、セキトメイから1000キロも沖合の地点に展開していた空母飛行隊だったのだから。
就役したばかりの河内型原子力空母のネームシップ『河内』から発艦した100機もの新型無人戦闘機「剣風」は、それぞれ2発の長距離対地誘導弾を搭載している。
上空展開中の2機の早期警戒機に指揮されながら、剣風は200発に至る新型対地誘導弾を発射していった。
音速で飛翔する誘導弾は、係留されていた目標に次々着弾する。150隻いた飛空艦は、最初の艦が攻撃を受けてから5分も経たず全滅する憂き目となった。
総合基地セキトメイは、既に偵察衛星によって全貌が把握されている。攻撃されなかった施設に対しても、後方で待機していた20機の剣風が向かっていった。
対地誘導弾を発射した後、剣風は250キロ爆弾を抱え、管制塔や兵舎といった地上施設に攻撃を開始する。
爆撃開始から10分が経った頃、弾薬保管庫に被弾したのであろう。巨大な爆炎が基地中央から舞い上がる。
これまでの訓練により、最大限にまで研ぎ澄まされた人工知能による操舵は、的確に高価値目標に叩きつけていった。結果を聞いた、遠く離れた海軍無人機本部の本部長以下研究員らがはしゃぐ姿が容易に想像できる。
総合基地セキトメイの壊滅に絶望していたクルセイリース軍将兵だが、それだけで終わってくれるようなものではない。
沖合を哨戒中だったワイバーンから、大艦隊が基地に向け航行中という報告が入ってくるや、タルクリスは全土で大混乱に陥ることとなった。
中央暦1641年1月31日 5時48分
クルセイリース大聖王国 タルクリス西部海岸
「上陸3分前! 3分前ぇ!!」
クイラ王国陸軍第2独立混成大隊の各将兵は、目の前に迫る浜辺を視界に捉え息を呑んだ。これまで数々の訓練を行ってきていたクイラ軍の中でも、精鋭中の精鋭である彼ら独混大隊にとって初めての実戦……。
オイルマネーをふんだんに使い、他国よりも近代化を早く終わらせたクイラ王国軍では、共栄圏加盟国で初めて海外派遣に挑戦した国でもある。
現在では、新たに大東洋共栄圏に加盟したシルカーク王国やロデニウス大陸南方にあるナハナート王国といった島国を中心に派遣隊を送り込んでいる。
日本海軍第四艦隊旗艦の近江型戦艦『駿河』による艦砲射撃は止み、浜辺には黒煙が漂っていた。上空には剣風が旋回し、彼らを空からの攻撃から防いでいた。
時たま、単騎もしくは2騎ほどのワイバーンが、飛来しては攻撃しようと果敢に攻めてきていた。しかしこれらは、すべて剣風によって叩き落とされている。
派遣隊長のオロサル少将は、参謀らと上陸を待った。指揮官先頭主義の彼は、将兵と共に第200号型輸送艇に乗り込んでいる。
日本から輸入した第200号型輸送艦は、排水量800トンばかしの戦車揚陸艦であるが、人員は最大150名、戦車であれば3輌を輸送することが可能である。
今回の作戦でクイラ軍は、王立海軍所属の3隻の第200号型輸送艦を派遣してきていた。
第一次上陸で200名と戦車3輌を揚陸した後は、シルカーク王国に待機している後続隊を反復輸送する予定だ。
「上陸開始!!」
浜に到達するや、輸送艦の艦首部にある扉が倒れる。揚陸板でもある扉を伝い、多数のクイラ兵が浜に降り立っていく。また3隻目から慎重に浜に出た戦車は、歩兵を轢かないよう進み周囲を警戒した。
遠目には、日本海軍の螺旋翼機が、上空警戒のために進出するのが見える。
残念ながらクイラ軍では旋機は未運用であるため、オロサルは「いつかは……」と呟いた。
「第一陣、揚陸完了しました」
参謀が報告に来る。後ろを振り向くと、揚陸板が引き上げられ、浜から離れつつあった輸送艦の姿が見えた。
オロサルは指揮下にある200名の兵士、そして3輌の戦車に周辺地域の確保を命じた。
事前に行われた航空偵察の結果、浜の近くには一つの漁村と二つの農村があるという。そこを確保し、後続のための橋頭保にするのが目的だ。
今のところ、敵からの反撃はない。51センチ砲による艦砲射撃に度肝抜いて逃げだしたようだ。
しかし油断は禁物である。どこに隠れているか分からない。戡定作戦が終わるまでは、気は引き締めなければならない。
「各部隊前進、目標地点確保後は、各自防衛体制を取れ」
無線越しに命令を伝えていくオロサル。
自身は浜に構築した派遣隊司令部に籠り、各部隊から逐次入ってくる報告や、他戦線における動向に耳を澄ます。いくら指揮官先頭といえど、複数拠点の制圧にそれぞれ行っていては身体がいくらあっても足りない。
それに日本の陸軍士官学校で受けた教育もある。ある程度後方からの指揮を覚えたオロサルは、前に出たい気持ちを押しとどめて、通信機を前に作戦地図を広げているのであった。
クイラ王国軍が初めての実戦を遂行する中、日本軍の方はというと、実に単純な作業と化していた。
航空機による爆撃の後、榴弾砲などによる砲撃、そして諸兵科連合部隊による強襲……かつてロウリア王国やパーパルディア皇国に対してやったことを、そのままクルセイリース大聖王国に対しても実施していた。
『修正射命中、効力射』
横一列に並べられていた15センチ榴弾砲が一斉に火を噴き始める。
輸送型螺旋翼機や輸送艦を通じて運びに運ばれた150門の15センチ榴弾砲が、毎分8発の連続射撃を行う。
「うわああああ!!???」
たった数分で、数千発もの砲弾が着弾する中、セキトメイ総合基地に駐屯していた第2魔戦騎士団長のアバドンは塹壕の中で震えていた。
近くに砲弾が着弾し、爆炎と共に大量の土が彼を襲う。即席で作られた塹壕だが、何とか彼の身を破片から守ることに成功していた。
こういった光景が各所で見られた。アバドンは運が良い。部下が掘った塹壕に偶然入れた。
塹壕と呼ぶにはいささか短く、たこつぼといった方が正確かもしれないが、ともかく彼に危害が加わらない一方、逃げ惑っていった騎士らは悲惨だった。
降り注いできた砲弾は、階級の高低関係なく騎士の命を刈り取っていく。砲撃が始まってからわずか5分で地上を走り回る騎士はいなくなった。
砲撃が終わると、アバドンは塹壕から頭だけ出して周りを見渡す。辺りには四肢のどこかを損失、もしくは過半が消失した将兵の死体が散乱し、建物という建物は消え去るか炎上していた。
一体どれだけの砲撃を行えばこうなるのであろうか。
彼はふらふらする足取りで塹壕を出る。他にも生き残った兵たちが出てくるが、その目に映るものは悲惨なものだった。ここは総合基地にして大聖王国二番目の規模を誇る基地だったが、今やその姿は悲しいものとなっていた。
アバドンが魔戦騎士団本陣に戻ろうとした時、第二の地獄が訪れた。彼が気付いた頃には全てが遅かった。
榴弾砲による砲撃後、間髪入れずに配置に就いた2個自走噴進砲連隊が、セキトメイ西方5キロからロケット弾攻撃を開始したのである。
一度に数千発発射された熱圧力弾頭(サーモバリック弾頭)は、アバドンを含めた残存兵力や建物の一切を吹き飛ばしていった。
さらに後方に待機していた弾薬運搬車で装填作業が始まり、数分後に砲撃が再開。
合計して9000発以上もの熱圧力噴進弾がセキトメイに撃ち込まれ、ほぼ全ての建造物、将兵を倒壊もしくは殺傷することとなった。
1月31日。日本クイラ連合軍はクルセイリース大聖王国属領タルクリスを占領。
2月2日には大東洋共栄圏会議決議第1534号が採択され、クルセイリースに対する軍事制裁が決まった。
そして、日本軍を中心とする部隊は、3月18日午前にクルセイリース大聖王国本土上陸作戦を決行することとなる。
中央暦1641年3月18日 7時54分
クルセイリース大聖王国 ワカスーカルト
「飛空艦隊、出撃」
哨戒中のワイバーン偵察部隊より、「敵大艦隊が北西部海岸に向け航行中」という報告を受けたターコルイズ飛空艦隊新司令官は、配下の18隻の飛空艦を引き連れて西部軍事都市のワカスーカルトを勇躍出撃していった。
あのタルクリスの敗戦から2か月が立ち、シエドロン司令官が戦死する憂き目となった飛空艦隊。新たに艦隊司令官に任じられたターコルイズの指揮の下、日本軍に一矢報いるべく飛び立とうとしていた。
50隻残っていた飛空艦も、哨戒任務や移送中といった最中に撃墜されてしまい、今や18隻が大聖王国の総戦力となっている。今回の上陸作戦が阻止できなければ、間違いなく祖国は滅亡するだろう。
憎き大日本帝国に一撃を加えるため、巧妙に隠匿されてきた飛空艦が今空に上がったのである。
全艦が空に舞い上がってからすぐのこと。
「レーダーに感あり! 敵機接近中!」
レーダー観測員が報告する。レーダーには30機ばかしの機影が映し出されており、真っすぐこちらに向け飛行している。
光点は尋常ではない速度を出しており、ざっとこちらの五倍以上はあった。
「艦隊級極大閃光魔法用意! 対空陣形!!」
クルセイリース大聖王国残存飛空艦隊による絶望の戦いが幕を開けた。
「なんてデカいんだ……」
クイラ王国王立空軍第3鉄竜隊長のシャヘド少佐は、飛空艦隊と対峙しながら思わずつぶやく。18隻しか残っていない敵飛空艦隊とはいえ、それでもやはり空に浮かんでいる船を見るのは違和感しか覚えない。
飛空艦からは光の粒が発射されているものの、音速で飛行する三三式戦闘機が被弾することはない。
シャヘドは艦隊前方を飛行している小型飛空艦に目標を定めた。操縦桿を手前に押し倒し、高度を上げる。
愛機の三三式戦には、固定武装の30ミリ機関砲の他に、2門の30ミリ機関砲(ガンポット)が追加兵装として取り付けられている。
誘導弾が供与されていない大東洋共栄圏軍にとって、これが一番の対空兵装だ。
シャヘドに続き、11機の部下も続く。付近にはガハラ神国空軍第1鉄竜隊6機、クワ・トイネ公国空軍第2鉄竜隊6機が同じく敵艦隊に向け突入しようとしていた。
共栄圏の多国籍軍による初の本格的な航空戦を、高高度を飛行中の飛行第四十八戦隊の面々は眺めている。
日本軍側は共栄圏軍に経験を積ませるため、今回の航空戦にはできるだけ参加しないよう命じられていた。
完全なる“舐めプ”である。
先頭を切って攻撃を開始したのは、ガハラ神国鉄竜隊だった。
垂直尾翼に大きく“1”と書かれたガハラの三三式戦が、飛空艦隊に接近するや翼下に取り付けた30ミリ機関砲を発射。毎分2000発の機関砲から発射された百数十発の30ミリ焼夷弾は、80門級飛空戦艦の上部甲板にいた兵士らを殺傷していった。
一部の砲弾が回転翼に当たると、爆発を起こし回転翼が変形して止まる。揚力を失った飛空艦は徐々に高度を落としていった。
「流石スサノウ少佐だ……おっと、感心している場合ではない」
シャヘドは無線を通じて、僚機に攻撃開始と命じる。相手は18隻……たった今17隻となったが……、こちらは24機。数の上ではこちらが優勢だ。
ガハラ1がやったように、シャヘドは目標とした飛空艦に照準を合わせ、射撃レバーを引くのと同時に機首と翼の方から振動が感じられる。
無数の30ミリ機関砲弾を受けた100門級飛空戦艦が、回転翼がへし折られて墜落していった。
「次!」
間髪入れず、撃墜した飛空艦の隣を飛行する60門級飛空戦艦に照準を合わせ、一連射加える。
小柄なため、他の飛空艦よりも多少軽快な機動が可能であったが、機関砲弾からは逃れられず捕捉され、大爆発を起こして墜ちていった。
『ガハラリーダーよりクイラリーダー、流石ですね』
ふと、無線を通じて聞き慣れた声が聞こえる。たった今2機目を落とした“ガハラ1”ことスサノウ少佐の声だ。
シャヘドは口角を上げ、声の主を誉め返す。
「クイラリーダーよりガハラリーダー、そちらこそ見事なお手前で」
一瞬だが、両機は近くで並走する。コックピット内で手を上げる男。
シャヘドはニヤッとし、手を振り返すと機体をバンクさせて次の獲物に向かった。
スサノウもそれに応じて速度を上げる。エースパイロット同士の競争が始まった瞬間だった。
十数分の空戦の結末は、共栄圏軍の圧勝に終わった。
18隻いた飛空艦は全艦撃沈もとい撃墜され、対して共栄圏軍航空隊に被害はなかった。飛空艦隊は艦隊級極大閃光魔法を用いて迎撃に当たったが、音速を超える速さで飛行する戦闘機を撃墜することはついぞ叶わず、ターコルイズは無念の内に30ミリ機関砲弾を身体に受け、千切れて事切れている。
シャヘドは3隻、スサノウに至っては4隻の飛空艦を撃墜し、航空隊の中でトップの戦績を上げた。残りは他の共栄圏軍空軍によって撃墜され、なんと日本陸軍戦闘機隊の出番はなかった。
「成長したなぁ……」
と、感涙にむせぶのは飛行第四十八戦隊長。
彼は教官の一人として彼らを育て上げており、彼らがここまで成長したことに感動していたのだ。
飛空艦が消滅したことにより、制空権は完全に日本のものとなった。こまごまとした小型飛空艦は残ってはいるが、螺旋翼機や地上部隊でも十分撃破可能であろう。
かくして4月2日10時21分、北西海岸に共栄圏軍が上陸した。
上陸した部隊は日本陸軍3個師団の10万名を中心に、クイラ王国陸軍独立混成連隊及び鉄地竜隊、クワ・トイネ公国陸軍独立混成大隊、アルタラス王国陸軍独立混成大隊、ガハラ神国陸軍独立混成大隊などが続けざまに上陸を果たした。
日本に次ぐ部隊規模を誇るクイラ軍には、西部にある軍事都市ワカスーカルト制圧の任が与えられている。指揮官には引き続きオロサル少将が充てられており、戦線を押し上げるため全力で同都市の制圧を命じた。
この2か月、本来であれば1週間以内に制圧できたはずだったが、大本営はこれを好機と見て、共栄圏軍による実戦演習会場にしようと考え、大幅に作戦行動が遅れてしまっていた。
だが、そのおかげで今ではセキトメイ基地……日本陸軍工兵隊により、見間違えるほどにまで復活した……を有するタルクリスは共栄圏軍の一大基地島となった。
そこから発進した共栄圏軍航空隊や艦艇が日夜クルセイリース沿岸部を攻撃する。そして4月2日、上陸訓練を終えた共栄圏軍は上陸を果たした。
しかしそれが、最悪の結末を生むこととなった。