中央暦1641年4月3日 13時45分
クルセイリース大聖王国 ワカスーカルト北東5キロ
クイラ王国陸軍第4鉄地竜隊に所属する二八式戦車30輌は、ワカスーカルト北東の地を出発し、西部軍事都市ワカスーカルトを目指して進撃していた。
その背後には、オイルマネーを惜しみなく注ぎ込んで輸入された装甲兵員輸送車が続く。その車体上部には、多数のクイラ兵がタンクデサントの姿勢で乗り込み、戦車隊の後を追っていた。
先の「北方総火演2031」では、鉄地竜隊が歩兵を欠いたまま投入され、全滅に近い損害を被った。その反省を踏まえ、クイラ軍は鉄地竜に追随できる機動力を持つ歩兵部隊の編成を決断した。
こうして誕生したのが、今回の作戦に参加する機械化歩兵大隊である。精鋭中の精鋭が選抜され、数十輌の装甲車に分乗し、戦車隊と歩調を合わせてワカスーカルトへと進撃していった。
「飛空艦接近!!」
そして今、かつての演習での屈辱を晴らすかのような展開が起きた。先行していた機械化歩兵大隊の偵察隊が、前方より接近する小型飛空艦を発見したのである。
報告を受けた戦車隊はたちまち街道から散開し、装甲車に乗っていた対戦車装備を携えた兵員が地面へ飛び降りる。
兵たちは木陰や窪地に身を潜め、戦車も目立たぬ位置へと移動した。それら一連の動きはすべて、あの地獄の3週間に及ぶ演習で叩き込まれた成果にほかならなかった。
しばらくした後、前方から高速で飛行してくる3隻の飛空艦が見えた。
それらは、上陸前にタルクリス共栄圏軍基地で目にした破壊された飛空艦に比べれば数分の一の小型であった。装備も貧弱で、前方に中型砲1門、側面に2門ずつの小型砲を備えるのみである。
「螺旋翼機のクルセイリース版……って感じか?」
航空隊に発見されぬよう、わざと高度百メートルという超低空を飛行していたのだろう。接近する小型飛空艦に対し、まず歩兵が動いた。対戦車兵が携帯式対戦車無反動砲を構え、対戦車噴進弾(ロケット弾)を放つ。
弾は無誘導であり、しかも空を飛ぶ目標に命中することはなかった。だが轟音と閃光は十分に効果を上げ、3隻の飛空艦の編隊を混乱させる。
間髪を容れず、鉄地竜隊が射撃を開始した。時速300キロで迫る日本軍の螺旋翼機相手に演習を重ねた彼らにとっては、わずか時速100キロで慌ただしく飛ぶ飛空艦に弾を命中させるのは、容易なことに思えた。
「弾種対榴、てーっ!」
鉄地竜隊長の号令の下、30輌の二八式戦車が一斉に火を吹いた。轟音とともに徹甲榴弾が雨のように飛び交い、一隻あたり十発が襲いかかる計算になる。
空には三つの巨大な火花が咲く――誰もがそう信じた。
2隻は確かに炎に包まれ、黒煙を引きながら墜ちていった。しかし、残る指揮艦らしき1隻はしぶとく生き延び、なおも低空を飛行している。
次の瞬間、その艦首の中型砲が火を噴いた。砲弾は唸りを上げて飛来し、一輌の二八式戦車の至近に着弾する。
大地を抉るような爆発。衝撃波にあおられた戦車は、甲高い金属音を響かせながら横倒し吹き飛ばされた。
「何だありゃ! 砲のデカさに合ってないぞ!?」
想像を超える威力にクイラ軍は一瞬狼狽したが、すぐに体勢を立て直した。
次弾装填の隙を稼ぐかのように旋回し、側面の小型砲を構えようとする飛空艦。その動きを逃さず、二八式戦車が一斉に火を噴く。29発中18発が命中し、飛空艦はこれまで誰も見たことのない凄絶な大爆発を起こして炎に包まれ、轟音とともに墜ちていった。
兵士たちは歓声を上げながら残骸に駆け寄り、機体の上に登ると勝鬨を轟かせる。
クイラ王国軍が実戦において単独で敵を打ち破ったのは、これが初めてのことだ。兵たちの胸を熱く満たした興奮は、誰の目にも誇らしく映るほどのものだった。
暫く騒いだ後、クイラ軍は横転した鉄地竜を後方の部隊に任せ、進撃を再開しようとする。
「隊長車より各車へ。前進を再開せよ――」
自信に満ちあふれた鉄地竜隊長が無線機に口を開いたのと、5キロ先の地上に太陽が出現したのは、ほぼ同時のことだった。
西暦2032年4月3日 20時25分
大日本帝国 日本海上空
中島重工業製の大型旅客機N-299を改造した八〇式司令部偵察機が、日本海上空を飛行していた。
皇室を乗せた一機。首相以下閣僚を乗せた一機、参謀本部総長以下大本営陸軍部の幕僚を乗せた一機、軍令部総長以下大本営海軍部の幕僚を乗せた一機――計4機が今、一斉にこの空を舞い上がった。
彼らが一斉に空に上がったということは、すなわち、大日本帝国が核戦争に突入したことを意味する。
4月3日14時12分。クルセイリース大聖王国ワカスーカルトにおいて、直径6キロの火球が出現した。
爆心地から半径5キロ圏内に展開していた共栄圏軍部隊は、閃光・熱線・爆風の三重の作用によって即死し、10キロ圏内に存在した人員は、その大多数が重軽傷を負った。
市中心部から立ち上がったキノコ雲は高度約30キロメートルに達し、その最大幅は約75キロメートルに及んだ。
歴史的・宗教的伝統を有し、同時に一大軍事拠点として名を馳せていた都市ワカスーカルトは、事実上消滅した。中心部には直径約1.7キロメートル、深さ約500メートルに達するクレーターが形成され、都市の存在そのものが抹消されたのである。
「本当に、間違いないんだな?」
汗が止まらない。時の首相であり、立憲政友会総裁である男は、三度目となる確認を陸軍大臣に求めた。
陸相は静かに首を縦に振る。「間違いありません」
「首相。既に核武装の巨龍が緊急発進し、セイロン島沖にて上空待機中であります。 これは――クルセイリース大聖王国からの明確な核攻撃です。反撃しなければ、こちらがやられます」
首相は息を呑み、陸相から視線を外す。目の前の卓上に鎮座する灰色の装置へと、視線は自然に引き寄せられていた。
それは核攻撃命令を、熱核兵器を運用する各部隊司令部に送信するための機器であった。日々身につける暗号表を入力することで、攻撃が開始される仕組みになっている。
命令の対象となる「熱核兵器を取り扱う部隊」とは、陸軍においては戦略爆撃機や
「クイラ王国以下、共栄圏軍も異常に気付いております。このまま何もやらなければ、示しがつきません。発射場所も、敵熱核兵器の威力も特定しました」
起爆した熱核兵器は、10メガトン級相当であることが判明している。原爆を超す水爆レベルの威力を敵が保有していたことに、大本営ではかなり衝撃を受けていた。
「北方総火演2031」において下手に核兵器の力を見せつけた手前、今回の一件で反撃しなければ、大東洋共栄圏諸国から何を言われるのか分かったものではない。
少なくとも、日本に対する畏怖の念は薄まってしまうことになろう。
一歩も引いてはならない、という陸海軍大臣らの意見に、首相も遂に覚悟を固めた。
彼は上着の内ポケットへと手を差し入れ、重々しくカードケースを取り出す。普段なら決して開けることのないそのケースを開くと、中には一枚の紙が収められていた。
首相の視線が紙に書かれた数列を追った瞬間、部屋の空気は一層張り詰めていった。
中央暦1641年4月3日 20時53分
クルセイリース大聖王国 ワカスーカルト南南東70キロ コニア
「早くするんだ!! 敵は待ってはくれないぞ!!」
元ワカスーカルト防衛長官のエル・ガンエンは、苛立ちを隠すことなく、目の前でわっせわっせと作業に移る魔導師たちに発破をかけていた。
しかしどこか、彼の顔には満足げな表情があった。
ワカスーカルトから70キロほど南南東に進んだ地点に、コニアというクルセイリース大聖王国本土防衛用の秘匿航空基地があった。
そこには飛空艦ではなく“前時代的”と軍から批難されていたワイバーン部隊が駐屯していた。今やすべて撃破され、無人ならぬ無竜の基地となっている。
そんな使われることがなくなった基地に、エル・ガンエンら「決戦兵器運用部隊」将兵は詰めかけ、ある兵器を起動した。
名を「キル・ラヴァーナル」という。対魔帝決戦兵器と伝えられる神話級の兵器は、先ほどエル・ガンエンに授けられた“鍵”によって解放され、かつて防衛の拠点であった軍事都市ワカスーカルトへと向けて放たれた。
この兵器を渡してきたのは、不気味な雰囲気を漂わせる男――メナスである。彼の言によれば、射程は優に100キロを超え、その威力は国家級殲滅魔法の数十倍から数百倍に達するという。
当初は荒唐無稽にしか思えなかった。だが、実際に爆発の光景を目の当たりにしたとき、彼はメナスを疑った己の愚かさを心の底から詫びることになった。
「これさえあれば、憎き大日本帝国を滅することが出来る……!」
だが、この絶大な威力を誇る兵器にも欠点があった。一度発射すれば、次に使用するまで数日から十数日の冷却期間を必要とするのだ。
魔導師による冷却魔法を用いれば多少は短縮できるものの、大幅に日数を削ることはできない。
エル・ガンエンはその制約に苛立ちを覚えながらも、口元には笑みを浮かべていた。キル・ラヴァーナルをもって世界の覇者となる……そんな妄想に浸っていた矢先である。
突如、目を開けることすら許さぬほどの眩い閃光が、彼を容赦なく包み込んだ。
「何――」
2032(1641)年4月3日20時56分。
大日本帝国本土に秘匿された陸軍弾道弾部隊のミサイルサイロ群から、計10発の大陸間弾道弾が発射された。そのうち2発は、ガンエンらが所在するコニアを目標としていた。
各弾道弾には3基の再突入体が搭載されており、結果としてコニアには計6発の核弾頭が一挙に降り注ぐこととなった。
エル・ガンエンはもとより、太古の昔に製造され、決戦兵器として作られたキル・ラヴァーナルは、突如出現した六つの太陽により瞬時に消失することとなる。
残る8発の弾道弾は、それぞれクルセイリース大聖王国の主要都市を目標としていた。
実に24発の300キロトン級熱核弾頭が、聖都セイダーをはじめとし、大都市や大規模軍事基地を消し飛ばした。
さらに“おかわり”として、海軍の伊798型弾道弾原潜から発射された弾道弾が着弾する。
こちらの弾道弾は再突入体(50キロトン核弾頭)を8基搭載しており、それらが8発、すなわち64弾頭が中小都市、軍事基地を吹き飛ばした。
陸海軍の戦略爆撃機部隊については、これ以上の核攻撃が必要ないとのことから、数時間の上空待機の後、深夜に基地へ帰還している。
死傷者は千数百万人を数えた。
突然始まった核戦争に、大東洋共栄圏軍はもとより日本軍内でも大きな動揺が起こった。
各司令部は生き残った部隊を確認すると、核爆発に巻き込まれなかった前線の将兵らに一時退却を命ずる。また放射能の問題から、大本営や共栄圏軍総司令部は、各部隊の島から撤収を決定した。
急遽近場を航行していた艦隊が急行し、各部隊は北西部海岸の前線拠点を通じて、島から撤収していった。タルクリス基地に戻った将兵らは、そこで核戦争の勃発、及びクルセイリース本島への核攻撃が知らされることとなる。
多くの戦友を失ったこと、そしてそれ以上に“核攻撃を行ってくる敵がいたこと”に衝撃を受けた彼らの顔は、暗いものだった。
先のクルセイリースによる核攻撃により出た戦死者は、
・大日本帝国陸軍第七師団約1万2400名
・クイラ王国陸軍第1独立混成連隊(約4000名)、第4鉄地竜隊(約300名)
・クワ・トイネ公国陸軍第1独立混成大隊第3中隊(約200名)
・アルタラス王国陸軍第1独立混成大隊第1中隊(約200名)
・ガハラ神国陸軍第1独立混成大隊第1中隊(約200名)
の、約1万7300名となった。また負傷者はこの倍近い人数となり、損失車両は400輌を超す。
これまでにない犠牲者に、大東洋共栄圏各国は動揺した。
参戦した各国軍隊には箝口令が引かれたものの、彼らの中の噂好きの何人かが外部に漏らしたことにより世界中に情報が拡散していくこととなる。
話に尾ひれが付き、「日本がコア魔法で壊滅した」や、「第三文明圏が魔帝の攻撃を受けて全滅」といった荒唐無稽なデマが、全世界を駆け巡ることになった。