西暦2032年7月28日 10時46分
大日本帝国 東京都 首相官邸
“クルセイリースの衝撃”から4か月が経過した。
地球世界でも経験したことのない核戦争により、大本営政府連絡会議では異世界に転移した以来の大きな衝撃を受けるとともに、軍民死傷者1290万4914名もの犠牲者を出した先の戦争をきっかけとして、大幅な方針転換を迫られることとなった。
これまでロウリア戦やパーパルディア戦での犠牲者は3000万以上に至るが、問題はクルセイリースの死傷者が、たった一日の核戦争で出たことにある。
「……以上、2031年策定の帝国国防方針に大きな変更点として、“ムー基準”を定めたいものと軍部としては考えております」
次第に人々が、核戦争という現実味のない現実の出来事を直視しつつある中、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長、陸海軍大臣、陸海軍省軍務局長以下、局部長ら数十名が一堂集まり、目の前にいる大本営政府連絡会議でいうところの政府側……すなわち、首相や外務大臣、大蔵大臣らに説明を行っていた。
本来、帝国国防方針というものはホイホイと変えるものではない。
第二次世界大戦前は5年から10年ほどの周期、戦後は5年に一度の期間を置いて見直し、策定されるのが慣例であるため、毎年変えるようなことはしなかった。
しかし事がことであるため、一部項目の追加を余儀なくされた。
それがムー基準である。
ムー基準。今後、接触した国家の技術水準が、ムー国のそれ、すなわち1930年代……大本営では1935年としている……を超えるような国家であり、かつ敵対してきた場合には、開戦時に熱核兵器による先制核攻撃を実施するということが定められた。
当初は核の無制限使用による先制・無制限核投射とされていたが、流石に閣僚らからの反発が大きかったため、先制使用は承認されたが、あくまで軍事基地や軍港、空港といった戦略重要拠点に対する限定使用とされている。
「現状接触している国家の中で、ムー基準を満たしている国は、神聖ミリシアル帝国のみとなります。ですが今後、アニュンリール皇国及びグラ・バルカス帝国が本基準に抵触する可能性があるため、合計3カ国に対する大陸間弾道弾の目標選定の優先、及び弾道弾原潜(戦略原潜)による核巡回を行います」
弾道弾原潜による核パトロールは、主として中央世界と第二文明圏の間を通過する航路上で実施されていた。
これは、惑星自体が無駄に広大であるがゆえに、第二文明圏を射程に収めるためには
しかし問題は、その弾道弾原潜の数が決定的に不足していることにあった。転移の影響により、外洋航行中であった原潜の半数以上が消息を絶ち、戦力は著しく削がれていたのである。
日本海軍では、
地球世界では両型合わせて18隻を有していた日本海軍であったが、今回の異世界転移により13隻が消失し、現有の戦略原潜戦力はわずか5隻となっている。これでは広大な海域をカバーするには不十分であった。
そこで攻撃型原潜を派遣することで対策を講じようとしていた。こちらには核弾頭搭載の巡航誘導弾が撃てるため、核戦力の一端を担わせようとしたのだ。
とはいえ、やはり海軍戦力の半数が消失していた海軍は、戦力低下が著しいものであった。
そのため原子力潜水艦を急ピッチで建造する計画が進行中である。
新帝国国防方針の概要説明が終わると、陸海軍両軍務局長が補足のために立ち上がり前に出た。
「2032年現在における軍状況について、報告いたします」
「まず陸軍からご報告申し上げます。現在、帝国陸軍では甲種戦時体制により予備役・後備役を召集し、300万名体制となっておりましたが、乙種戦時体制に移行したため一部召集を解除。200万名まで順次縮小したいと思います。一方で、空いた穴を埋めるために民間警備会社と連携し、大東洋共栄圏各国に対する軍事教練の強化を図ります。また余剰兵器の各国輸出を促進させ、我が軍における新型兵器の生産も拡充させる予定であります。
無人兵器については、今後全面的に各部隊、もしくは専門部隊を組織し、“軍の省力化”を図ります。既存の兵器について、無人兵器に改造できるものについては順次改造し、できないものは退役、もしくは同盟国に払い下げていきます。当面としては、“機械兵士”の導入を急がせているところです」
「続いて海軍からご報告申し上げます。現在、帝国海軍は一昨年から去年にかけて河内型原子力航空母艦1隻が就役したほか、近江型戦艦2隻、加賀型戦艦2隻、及び白鳳型空母3隻を再就役させました。そのため現状、海軍は空母8隻が就役中であり、これを補完するように戦艦4隻、巡洋艦6隻、駆逐艦49隻、潜水艦117隻、その他艦艇143隻が稼働中であります。
無人機開発ですが、剣風を改良した『剣風改』が完成し、本格的な無人機航空隊の設立がこの度終わりました。向こう3年で5000機の無人機の導入、既存の機体との換装を目指します。艦艇についても、小型無人艇をはじめとし“軍の省力化”計画に基づいた無人化を進めていっております。
また衛星戦力ですが、準天頂航法衛星『八咫烏』の192基の打ち上げはすべて完了し、偵察衛星に限れば93基が稼働中であります。宇宙基地(宇宙ステーション)の建設も進捗60%といったところで、残す数回の打ち上げにより完成する見込みです。なお民間衛星……将星宇宙通信株式会社の情報通信衛星網についてですが、こちらは現時点で3200基が稼働中で、打ち上げ予定数の8万基の4%が展開しているとのことです」
「報告ありがとう」
首相は腕を組み、天を仰ぎ思案する。
今回の帝国国防方針改定では、大きく分けて二つの目玉がある。一つは“ムー基準”、そしてもう一つは“軍の省力化”である。
無人兵器の投入は、地球世界においても行われてきていた。
アフガニスタンでは、革命戦士による自爆攻撃の報復に、陸軍の無人自爆機がイスラム原理主義者の木端微塵にしたし、東南アジアの離島では海軍の無人偵察機が海賊行為を働く東印度人の根城を発見し、漁港ごと木端微塵にした。
しかしこの世界との明確な違いは、あくまで無人兵器は“人の補助”であったことにある。人間が前線で戦う傍ら、無人兵器はその隙を埋めるように展開させていた。だがここに来て、陸海軍ともに、“無人兵器が主役”となり戦う描写がかなり増えてきた。
特に陸軍での飛躍はすさまじく、ここに来て陸軍は軍事用ロボットの大規模導入を決めたのである。
もはやSF小説の部類に入ろうとしているが、陸軍は本気だった。
300万という人員と、数十万輌の車両、数万機の航空機を抱える巨大組織の陸軍では、作戦展開の限界性という問題にぶち当たりつつあった。それもこれも、この惑星の広さにある。
大気や重力は地球のそれに酷似しているが、惑星の直径は地球の2.5倍、表面積は実に6.3倍と無駄に広い。広大すぎる大地は、展開速度を至上の武器とする現代軍にとって致命的な障害となっていた。
この難題を克服すべく、陸軍は研究段階にあった大陸間弾道輸送機「天橋立」を実用化に踏み切った。弾道軌道を用いて兵力を一挙に投射するという、もはや輸送機というより輸送ロケットと呼ぶべき代物である。
だがその代償は大きかった。兵士には耐G訓練という特殊な課程を踏む必要があり、しかも試作型の段階では一度に輸送できる兵力は数十名に過ぎない。膨大なコストに対し得られる効果は限定的であり、結局「割に合わぬ」として計画は棚上げされつつある。
さらに深刻だったのは、核戦争を経験したことによる心理的打撃であった。
陸軍では……これは海軍でも同様であるが……、先の“クルセイリースの衝撃”以降、外征任務を拒む兵士が続出していた。
特に顕著だったのは、銃後で家庭を持つ20代後半から30代にかけての予備役・後備役の召集兵である。
彼らは、核戦争の惨禍を目の当たりにしたことで出征を強く忌避するようになり、また夫や息子をクルセイリースで失った遺族らを中心に、全国各地で反戦集会が拡大していった。
帝国議会でも同様に、パーパルディア戦によって一時は沈静化していた反軍部・反戦論が再燃し、軍政を支える基盤は大きく揺らいでいる。陸海軍省の国会対応を担う軍人らは連日答弁に追われ、文字通り胃に穴を開ける有様であった。
特に陸軍は、社会の反発を抑えるためにも、一刻も早く召集兵の解除を進めざるを得ない状況に追い込まれていた。
そして陸軍が手を出したのが、“機械兵士”……すなわち、“人工知能搭載自律式機械兵士”である。
すでに「機械人間(ロボット人間)」そのものの開発は、ある民間の先進技術企業によって試みられており、博覧会や展示会でその試作品が披露されたこともある。しかし陸軍は、その技術を軍事用途へと転用することで、陛下の赤子たる皇軍将兵の犠牲を可能な限り抑制しようとしたのだ。
おそらく10年前に言えば、笑い話として一蹴されたであろう構想である。だが、度重なる戦争と核衝撃を経た現在においては、皮肉にも必要性と正当性が同時に生まれてしまった。
加えて、大日本帝国が蓄積してきた制御工学、電子工学、そして軍需産業の総力をもってすれば、もはや夢物語ではない。技術はすでに手の内にある。ならば、それを使わぬ理由はなかった。
「機械兵士ねぇ……」
腕を組んだまま呟く首相。
脳内には、数か月前に視察に行った、山梨県某所で見た光景を思い浮かべていた。
西暦2032年5月15日 14時29分
大日本帝国 山梨県甲府市 黒龍重工業株式会社本社
薄暗い部屋。突然ドアが蹴破られると、人間というにはゴツゴツした形の人型の“何か”が二つ、突入してくる。二つの影は、構えていた訓練用光線銃を照射し、室内にいた犯罪者顔の板を撃ち抜いていく。
二つの影は互いをカバーしつつ、次の部屋に向かっていく。そこでも素早い動きで部屋内を制圧していき、四つ目の部屋を制圧した時点でブザーが鳴った。
途端、照明が点いて部屋全体が明るくなる。
「いかがでしょうか、首相閣下」
部屋の頭上に設置されていたスロープから、下の様子を見ていた男たちの一人、首相閣下と呼ばれた男は「素晴らしい」と感想を述べた。
隣にいた社長……黒龍重工業株式会社代表取締役は、首相の言葉を何度も反芻し、笑顔で頷く。
社長が声をかけると、今の今まで部屋の制圧訓練を行っていた二つの影のうち、一つが見上げて手を振る。“彼”の黒色に染まるカクカクの手は、“彼”が人間ではないことを証明する何よりの証拠であった。
光線銃を抱えた物体は、黒龍重工業が開発した新型の機械人間「アトム」という。
本来は人工知能を搭載した“自律型介護用人型機械”として設計され、介護現場や医療施設を中心にすでに100万体が普及している、民間における先進産業の象徴ともいうべき存在であった。その名は、かつて国民的英雄漫画家が描いた架空の少年ロボットから取られたものだが、決して名前負けはしていない。
標準型アトムは身長160センチ。最大80キロの荷物や要介護者を抱え、時速5キロで運搬できる機能を有していた。だが今、陸軍からの強い要請を受け、開発元である黒龍重工業による大規模な改修を経て、まったく別物に生まれ変わった。
機体は強化フレームを得て、50キロの軍装備を背負ってもなお、時速8キロで走行できる。しかも単なる歩行ではなく、人間の兵士と同じフォーメーションで突撃可能な、ロボット兵士として再設計されたのである。
黒龍重工業の技術力を、口端に泡をつけながら熱く語る社長に、首相は何度も頷いていた。うんざりしていて、適当に相槌を打っているわけではない。心の底から黒龍重工業の技術力に驚き、聞き入っているのだ。
眼下にある「武装型アトム(仮称)」をはじめ、黒龍重工業は無人兵器に力を入れている。
海軍の空花や藍山、剣風といった無人兵器を開発する光蓮重工であるが、黒龍のそれは、どう見ても光蓮の技術力の数世代先を行くものだった。
「現在、黒龍警備保全ではアトムを警備員として配備しており、全国300社を超す会社、500万世帯の警備業務に就かせております。それらの経験を駆使し、すぐにでも武装型アトムを戦地に送ることができるでしょう」
黒龍警備保全(黒龍警保)株式会社は、戦前から続く民間右翼団体「愛国黒龍会」が立ち上げた会社である。ちなみに、黒龍重工も黒龍会が設立したものだ。
1988年。南アフリカ紛争の際、ドイツ系民間軍事会社(PMC)の活躍を見た黒龍会壮士らは、日本にも退役軍人を中心とした傭兵会社が必要であると感じた。
そこで1992年に立ち上げたのが黒龍警保であった。
既に黒龍会の活動資金を得る場として、黒龍重工業を設立していた黒龍会は、そこで稼いだ資金をじゃぶじゃぶ注ぎ込み、設立当初にはわずか60名ばかりの社員(内戦闘員18名)だったが、今では15万名(内戦闘員6万名)という世界有数の大傭兵企業へ躍り出ている。
軍事政権下では治安維持法により弾圧下にあった黒龍会であったが、1982年の民主化以降、着々と勢力を拡大していき、今では帝国議会に黒龍会を支持母体とする「皇国同盟」議員9名を出すほどにまで成長していた。
また在郷軍人会にも取り入っており、多数の退役軍人の再就職先としても機能していることから、海軍はもとより、かつて自身らを弾圧していた陸軍とも親しい間柄となっている。
「社長、機械兵士が実用化された暁には、陛下の赤子たる皇軍将兵を前線に送る機会が減ることとなりますね」
「ええ、そうです、そうですとも! ぜひとも機械兵士による新たな部隊を……戦争を! 作り上げていただきたいのです。そうすれば、恐れ多くも大元帥陛下の赤子たる、帝国臣民が血を流すことなく、帝国に仇なす敵を討ち果たすことができましょうぞ」
初老の社長の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
首相は社長の手を握り言う。
「一緒に発展していきましょう」
「ッ! ……う、うぅぅ……ありがたがありがたや……」
首相の一声に、社長はその場で泣き崩れた。
直後、取り巻く社員たちが一斉に万歳を三唱する。そのわざとらしい仕草のすべては、黒龍重工広報部のカメラにきっちりと収められていた。演出であることを隠そうともしない、用意周到な光景だった。
数日後、日本政府は黒龍グループとの正式提携契約を発表する。軍用機械人間をはじめとする無人陸上兵器の導入は、もはや既定路線となった。さらに陸海軍も参入を表明したことで、従来の無人兵器計画は一気に加速。無人戦争論者たちは、ついに時代が自分たちに追いついたとばかりに喝采を上げた。
以降、政軍界隈に対する黒龍グループの影響力は急激に拡大し、存在感を放つようになるのであった。
……ただ一部、戦前から愛国黒龍会を監視対象に置いている、内務省を除いては。
軍事組織“警察予備隊”を設立した内務省でも、警察予備隊員の人材不足から機械人間の導入を早期から決めていたが、ロボット技術に定評のある明星財閥と提携することにより、黒龍重工の影響をできるだけ排除するよう努めていた。
黒龍重工の強みを避けるような無人兵器開発を模索した結果、陸海軍とはまったく別の方向に無人兵器開発が進んでいくこととなるが、それはまだもう少し先の話だった。
西暦2032年8月11日 13時48分
大日本帝国 マリアナ諸島テニアン島 南洋諸島総合基地第5演習場
「突入! 突入!!」
閃光弾の炸裂音がした直後、小銃を持った兵士たちが部屋に突入していく。
部屋に突入するや、何もない空間に向かって発砲していく兵士たち。しかしこれは、決して誤って発砲したわけではない。きちんと彼らには“敵”が見えていた。
仕掛けは、兵士らが装着している眼鏡にある。この眼鏡を通じて、拡張現実(AR)の世界における室内戦闘を体験しているのである。
本来そこにないはずの死体に触り、死亡を確認した後、兵士は手分けして侵入する。
2名から3名ほどの班に分かれた兵士たちは、応戦してくる敵を的確に処理していき、最後の部屋に入った。室内には人質数名を盾にした敵兵が待ち受けており、拳銃を乱射してくる。
慎重に応戦していた兵士らだったが、ある兵士が発砲した銃弾が、人質に当たってしまう。
途端、眼鏡上に「警告」の表示とともに真っ赤に染まり上がると、さらに「演習中止」と大きく表示された。
兵士たちは安全装置を掛け、眼鏡を外す。視線は誤射してしまった兵士に集中した。
「す、すみません……」
今回の訓練は、原子力発電所といった重要民間施設においてゲリラ・テロ事案が発生し、それを鎮圧するのを想定した対ゲリラ戦闘である。そのため、民間人が人質として捕えられている可能性が高い。
彼ら……クワ・トイネ公国陸軍空挺団第1落下傘連隊の兵士たちは、そんな不慣れな対ゲリラ戦闘訓練に参加することとなったのも、わけがある。
1641年初頭、クワ・トイネ公国は日本発送電株式会社と契約し、クワ・トイネ国内に原子力発電所の建設が決まった。原子炉は光蓮重工製の溶融塩原子炉が2基置かれることとなり、クワ・トイネ国内のほとんどの電力を賄うことができる。
また電力化が進んでいない地域もあるため、2基のみで大丈夫であるが、今後さらに増炉も検討されている。
なおクイラ王国では石油・天然ガス輸出の観点から導入に消極的で、未だに火力発電所が発電量100%を占めている。
光蓮重工は2038(1647)年までの運用開始を目指している。それに伴い、原発警備についてのノウハウも、黒龍警保のオペレーターや陸軍教導団の教官を通じて教わっていたのである。
2032年現在、クワ・トイネ公国は大東洋共栄圏で最も発展している国の一つといえよう。
既に去年から稼働しているマイハーク民間宇宙港から得られる土地使用料や、周辺都市への経済効果は膨大なものとなり、最近ではクワ・トイネ公国公立宇宙軍も本気で検討されている。
最初は懐疑的な宰相のカナタだったが、農作物の輸出以外にも“近代化”に次ぐクワ・トイネの“現代化”の象徴として、2040(1647)年までにクワ・トイネ人の宇宙飛行士を宇宙空間に送り出すことを公言している。
また、日本陸海軍・政府共同計画の一つである月面有人探査計画「たけとり」にも、参画する意欲を見せている。
ちなみに、将星宇宙通信が独自に計画している月面植民地計画へ出資する大手組織に、ちゃっかり名を連ねていたりする。
「まあ、そんなに落ち込むことはないさ。不慣れなうちは誰でもミスはある」
誤射した兵士への視線が集まる中、一人の将校が兵士を励ます。
クワ・トイネ陸軍空挺団第1落下傘連隊長のモイジ大佐は、兵士の肩をぽんと叩いた。兵士の顔は明るくなり、強く返事し、眼鏡を付け直す。
「戦闘訓練用眼鏡型拡張現実装置」を付け直すと、人工知能の審査官が前の前に現れ結果を伝える。民間人誤射により大分スコアが低かったが、それ以外の部屋の制圧や射撃能力については高いスコアを出していた。
それを総合した結果、人工知能審査官は彼にいくつかのアドバイスを伝えていく。
「さあもう一度だ! 配置につけ!」
それぞれの分析を読み込んだ後、モイジが兵士らに命じた。彼の指示に従い、8名のクワ・トイネ兵、4体の機械兵士は「了解」と答え部屋を出ていった。
今回の総合火力演習において、クワ・トイネ軍空挺団には、3人に1体の割合で機械兵士が配置されていた。
60キロの装備を抱えながら最高時速10キロで移動でき、連続で6時間稼働可能な「キヘイ45」型機械兵士(黒龍社側製品名「アトム45.8」)は、黒龍重工の自慢の製品の一つだ。
ちなみに、兵士らがかけている眼鏡型拡張現実装置も、黒龍重工製だったりする。当初はオペレーター(警備員)の訓練用に開発された本製品も、今や大東洋共栄圏各国と提携し、多数の訓練用装備が輸出されている。
クワ・トイネ軍は、そんな実装国の一つだった。
原発やその他重要施設での戦闘を意識した戦闘訓練は、それまで日本軍教官から教わるしかなかった。しかし今では、その他にも黒龍民警のオペレーターや、もはや人間ではない人工知能という未知の存在に教えられている。
これまで数々の武器や兵器を見てきたが、人間を介さない存在の登場に、モイジは思いをはせる。いつか我々のような人間が戦場に出ず、機械だけで戦争を行う時代が来るのだろうか、と。
ビーッというブザー音が鳴り、再び手榴弾の閃光弾が炸裂する音が聞こえてくる。
モイジは突入の合図を送り、騎士団時代からの戦友と、新たな“機械の戦友”とともに部屋に突入していくのであった。
西暦2032年8月20日 9時25分
大日本帝国 マリアナ諸島サイパン島 南洋諸島総合基地第2演習場
機械兵士の登場により、陸軍はようやく大規模な召集解除に踏み切ることができた。しかしその一方で、保守的な思想を持つ将軍や中堅幕僚層からは激しい反発を招くこととなる。
理由はいたって単純明快で、「機械なぞに背後を任せられない」というものである。
無人戦争論者が国策として勢いを増し、多数派となりつつある中でも、反機械主義運動は一定の影響力を保持していた。やがてそれは大規模な署名運動にまで発展する。
しかし、無人戦争論者はこれを逆手に取り、あえて反機械主義者を「臣民の敵」として矢面に立たせ、世論を誘導していった。
曰く、「将軍たちが御子息を戦地に送り出そうとしています」という情報を流布させたのだ。
この噂は瞬く間に広がり、やがて「クルセイリースを忘れるな」と叫ぶ遺族や、反戦・反軍部思想を持つ若者たちが将軍たちの私邸に押しかける事態に発展した。
憲兵隊が急行するも騒ぎは収まらず、後に“老害将軍の末路”と呼ばれる私邸襲撃事件として記録されることになる。
保守派将軍私邸襲撃事件は、一気に反機械主義運動の声を萎縮させるのに十分な効果を発揮した。だが同時に、それは軍部全体に対する臣民の監視の目を、かつてないほど厳しいものにしてしまったのである。
軍内の反対を一応抑え込んだ無人戦争論者たちであったが、とはいえ既存の兵士たちの戦力を強化しないというわけにはいかなかった。来るべき機械兵士との共闘において、人間側が足を引っ張ってはならないからだ。
そこで彼らは、一部保守派将軍の提案を逆に利用することにした。かつて机上の空論として一笑に付されていた強化兵士計画――その試作品を「実験運用」と称して採用し、兵士強化試験を行うのである。同時にこれは、保守派を懐柔するための政治的ジェスチャーでもあった。
防毒面の呼吸音がする中、不気味な灰色の男たちがゆっくり歩いていた。
手には三八式軽機関銃が握られており、弾帯は背負っている弾薬箱まで伸びている。背中の弾薬箱には600発もの7.7ミリ弾が収納されており、連続発射が可能となっている。
防弾仕様の装甲服を着こみ、足腰腕には強化外骨格(パワードスーツ)が取り付けられ、600発連射できる軽機関銃を装備する兵士……“装甲歩兵”が今、サイパン島にある実験場で実戦式の試験運用が行われていた。
近未来的な兵士の姿、として開発元の黒龍重工は言ってはいるものの、未だ問題点は多々ある。
まず全身装甲服とは言え、関節部には装甲が施されていない。そこを撃ち抜かれれば致命傷になることもあるし、対化学戦仕様のために防毒面をつけている関係上、視界も限られ、非常に苦しい。
防毒面の目の部分には、拡張現実によって残り弾薬数や自身の心拍数など、様々な情報を投影することが可能だったが、これが逆に極度の眼疲労の要因となり、長時間での運用が難しくなっている。
さらに頼みの綱の強化外骨格であるが、装甲服の外部に取りつけられているのが致命的であった。将来的には内蔵されるとのことだが、ここを撃ち抜かれるとパワーを失い、総重量70から80キロほどの装備を自重で支えなければいけなくなる。そうなればまともに動くこともできない。
唯一、600発連射可能の軽機関銃装置はまともに動いているのが幸いである。
結局のところ、「これこそ機械兵士にやらせればよくね?」という声が多数上がるという、本末転倒な事態となっている。
考案した将軍自身ですら、むしろ兵士の負担になってしまっている現状を知るや、鞍替えして機械兵士の導入を推奨するほどであった。
兵士たちは歩みを進めていく。
先ほどの試験で防弾耐久実験をクリアした彼らは、広めの部屋に案内される。続いては、射撃訓練だった。
ありとあらゆるところから標的となる看板が出現し、兵士らは一人につき600発もの7.7ミリ弾を連射していく。もちろん、一気に撃てば銃身が焼き付いてしまうので、単連射が基本ではあるが。
とにもかくにも、問題は多々あるものの黒龍重工のゲテモノ兵器は今や最先端兵器として褒め称えられ、気付けば実装間近に至っている。
今後、十数年から数十年後、無人兵器と機械兵士に戦場が乗っ取られる時代が来るのかもしれない。
いやもしかすると、それは数年後の未来かもしれなかった。
そしてまた、黒龍の躍進は留まることを知らない。