中央暦1642年1月1日
ムー国
1640年と41年の2年間は、ムー国は受難の年となった。
大日本帝国と締結したム日通商航海条約以降、膨大な量の日本製品の流入と、天文学的数字に至る対ムー投資を前に、それまでにない技術革新を迎えていたムーだったが、その代償は極めて重いものだった。
国内産業は日本企業にのきなみ淘汰され、中小産業は死に絶え、“財閥”と呼ばれる日本企業集団に美味しい事業だけ吸われた挙句、吐き捨てられていった。ムーの誇る大企業と名高い企業もまた、日本企業との資本提携を余儀なくされ、半分近い株式が財閥の手に渡っている。
要求に従わないムー企業に対しては、冷酷無比なまでの敵対的買収が行われ、一夜にしてムー株式市場を通じて大量の株券が日本に流れていった。
第一次産業、第二次産業、そして第三次産業というすべての産業において、ムー経済界は日本企業に大敗北を喫した。
当初、人口7億を超し、食料自給率が低いことを知ったムーの農業組合は、日本にムー産の作物を売りつけることを画策した。しかしそれは、既に大東洋共栄圏の中枢に入り込み、対日穀物輸出で儲けを出していたクワ・トイネ公国からの妨害を受け失敗した。
あろうことか、反対に高雄財閥をはじめとする食品加工・化学財閥が進出してくるや、各所に食品加工工場を乱立し、ムーから缶詰・加工業者を駆逐してしまった。今やムー人が日々口にするのは、ムー産の食品であるが、ガワはほぼすべてが日本企業の作ったものとなっている。
他にも製塩企業も淘汰される憂き目となった。2万キロという超長距離を輸送してもなお、日本から輸出された塩は安価で、かつ品質が安定しており、人々の味覚を奪っていった。さらに製糖業もまた、合成甘味料に駆逐されて太刀打ちできなかった。
鉱業重化学工業財閥の安住財閥では、ムーに未だ多く眠る資源に注目していた。既にクイラ王国において大油田の採掘に成功し、巨万の富を得ていた彼らは、ムーにおいても山岳地帯や森林地帯といった手つかずの資源を、現地勢力と提携し掘り進めていた。
安住財閥独自に保有する資源調査衛星から判明した限り、ムー国内には日本の欲するレアアースといった希少資源の他、石炭、天然ガス、そしてクイラに比べれば少ないものの、いくつかの油田が存在することがあるという。
悲しいかな、これをムーが独自に発見していれば自由に処分できたものの、安住財閥傘下の安住鉱山は調査・採掘報酬として産出した資源の何割かを要求、ムーの技術力では採掘できなかったため、ムーに拒否権はなかった。
このため、あっという間にムーから金属・化石燃料・天然ガスが日本に流れ出していった。
この他、重化学・製造業に強い財閥や準財閥グループが進出すると、既存のムー系製造業を駆逐し、日系工場群が各所に乱立することとなる。
貿易港のマイカルから西にいったオロセンガ市は、日本と接触する前からオロセンガ工場地帯としてムー製造業を支えていたが、ここにも朝本財閥をはじめとする石油・重化学工業財閥が侵入すると、ほとんどの企業が、何らかの日本資本が入り込む形となっている。
経営者視点から見れば、株主割合の3割から4割近い持分を有する日本企業の言いなりであった。
しかし、労働者目線からすれば、それまでよりも高い給与水準となり、また福利厚生なども充実したことにより、むしろ歓迎する声が多い。
ムーにとてつもない速度で日本製品が浸透した大きな理由というのが、日本と同じ科学文明である点に尽きるだろう。これが魔導文明であれば、科学文明産の製品をそこまで使おうと考えなかった。
現に神聖ミリシアル帝国に対しては、通商産業省主導による「経済攻勢」が行われているが、なんとも言い難い微妙な戦果しか挙げられていない。一方で、ムーについては完全に民間財閥任せだが、ここまでになっている。
ミリシアルでは人々が魔道具を使って日々の生活を送っているのに対し、ムーでは明星財閥製の折り畳み式携帯電話や、一部のプチブルたちは明星製の最新の
通信局はまだ少ないが、宇宙空間に1万基以上の通信衛星(将星財閥)が展開しているおかげで、何ら問題はない。このために各地にあったムー系電話電信会社がのきなみ廃業、もしくは吸収合併されるに至ったが、消費者からしてみれば些細なことだった。
財閥企業にとって、楽園ともいえる経済植民地ムー国での繁栄は、一生続くかと思われた。
しかし、そうはならなかった。政府との癒着の下に、彼らが今まで好きやってきた“ツケ”が、今回ってきたのである。
西暦2033年2月18日 10時47分
大日本帝国 東京都 帝国議会衆議院本会議場
20世紀の軍事政権崩壊後、政権を任された時の政党内閣では、朝鮮・台湾の“内地化”政策を実施し、その結果として選挙区が定められるのと同時に、衆院議場一杯となる635議席まで拡大されていた。
朝鮮半島では、長年「相愛党」が一大政党として衆院に議員を送りこんでおり、近年では立憲政友会と連立を組んでいる。台湾においては「台湾民主連盟(台民連)」が野党勢力にも与党勢力にも与さない、“第三勢力”として衆院に存在していた。
2028年、軍事政権の崩壊とともに行われた衆院総選挙において、立憲政友会は連立相手の相愛党と合わせて375議席を獲得していた。しかし去年の選挙で、政友・相愛は両党合わせ321議席を獲得。
過半数が318議席であるため、ギリギリでの勝利であった。辛勝の理由としては、やはり異世界転移に伴う度重なる戦争に、好景気の傍らで臣民側の疲労が蓄積していたことが挙げられた。
一方で政権奪取を狙う立憲民政党は、192議席から44議席ほど伸ばし236議席を獲得。前回に引き続き議会内における最大野党勢力として、政権に圧を加え続けている。
そんな中で、地味に勢力を伸ばしつつあった党がいた。「皇国同盟」である。
皇国同盟は、国内最大の右翼団体である愛国黒龍会を支持母体とする極右政党で、国家社会主義を標榜している。
なお補足すると、民族社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)の掲げるゲルマン民族社会主義的な意味での国家社会主義ではなく、戦前から脈々と続く国家主義的社会主義の意味の方での国家社会主義である。
同党は今回の衆院選により、9議席から21議席と倍以上に勢力を拡大していた。
そして本日、衆院本会議場において、ドイツ国防軍が開発した100メガトン級水爆「カイザー・ボンベ(爆弾の皇帝)」以上の衝撃を与える“爆弾”が投下された。
それは――立憲政友会、相愛党をはじめ、政府、官僚、財閥、軍部による汚職に関する証拠であった。
その日、東京証券取引所は31万8149円の下げ幅を記録。これは、前日に記録していた132万5619円から24%も下落したことを意味し、それまで経済界で経験したことのない、未曽有の下げ幅だった。
内務省警保局による調査によれば、その日の自殺者数は2000名を超えたという。
西暦2033年3月17日 15時01分
大日本帝国 東京都 首相官邸内会議場
政軍官財による大疑獄事件の発覚に端を発する“日本金融恐慌”は、日本に関係するすべての国、地域に対し大なり小なり影響を及ぼした。
日本国内では立憲政友会、相愛党が吹き飛び、八つの政党に分裂。また立憲民政党も一部議員が汚職に関わってたということで、4割近い議員が離党を余儀なくされた。
政友・相愛連立内閣は事態の収拾を諦め、2月24日に総辞職。後任として野党第一党の立憲民政党に大命降下されたが、政治不信に陥った議会を過半数に届いていない民政党が抑えられるはずもなく、成すすべなく2月28日に衆議院の解散を宣言した。
3月に実施された衆院総選挙の結果は、各政党の乱立状態となり、どの政党も単独過半数を獲得できない状態に陥った。
そのため立憲民政党は、相愛党から分裂した朝鮮改革党、旧立憲政友会系ながら政友会と袂を分かった自由市民連合、新生日本党、人民社会党、無産政党の社会大衆党、そして台湾民主連盟と六つの党との連立を画策する。
しかし台民連が局外中立を示したことにより、7党連立内閣構想が崩れると、過半数を越えられないため民政党は悪魔と手を取り合うこととなった。
すなわち、89議席にまで大躍進した皇国同盟との連立交渉である。
皇国同盟側は陸海軍及び内務大臣のポストを要求したが、他の政党が反発、結果として陸相のポジションは確保する形で連立に参加することに同意した。このため、再び立憲民政党総裁に大命が降下され、民・皇・朝改・自・新・人・社大7党連立内閣が発足するに至った。
連立内閣の最初の仕事は腐るほどあった。むしろあり過ぎて消費期限が切れて腐り落ちそうなレベルには。
まず東印度どころか、内地であるはずの台湾、朝鮮など、日本各地で起こる反政府・反財閥デモ行進、暴動、騒擾事案の鎮圧に、金融恐慌の余波をもろに受けた大東洋共栄圏諸国へのケアも行わなければならない。
前内閣……正確にいえば前々内閣……の方針を基本的に引き継ぐ方針でいた新内閣では、大東洋共栄圏を中心とする地域大国としての存立は維持されたまま、汚職にまみれた帝国を刷新することを目標としていた。
しかし内閣発足早々、来月に迫る先進11カ国会議や、陸海軍から説明を受けた「ラヴァーナル帝国」なる、とんでも国家への対処など、やらねばならない対応が多岐にわたっていた。
とはいえ、まず先にやらねばいけないのは、目前に迫る事案についてであろうという意見は、各閣僚一致した意見である。
西暦2033年3月18日 11時03分
大日本帝国 江州特別市 パルネウス総督府大会議場
「……それでは、定刻となりましたので、レミール特別捜査官から報告を願います」
パルネウス総督府において、重要な会議が開かれようとしていた。
普段では、各都市の代表者と総督府役人との折衝などに使われている大会議場だが、今回の会議では総督府役人に加え、外務本省の官僚も多数出席していた。また、大本営陸海軍部の参謀たちもさらっと出席している。
しかし彼らは、ここ江州にはいない。全員内地の東京にいる。彼らは皆、
各員の眼鏡に、会議資料が投影される。その奥では、銀髪の麗しき女性が立っていた。
特別捜査官の役職に任じられた彼女は一礼すると、首につけられていた小型マイクを通じて挨拶する。
「ご紹介に預かりました、パルネウス総督府特別捜査局のレミール特捜官でございます。本日は、来るべき2033年先進11カ国会議について、ご提案したき点がありますので、申し上げます」
会議の内容は、来月4月末に、神聖ミリシアル帝国で行われる先進11か国会議への対策についてであった。
先の政変により、政友会内閣が固めつつあった会議案が吹き飛んでしまったので、できる限りそれに沿った形で進められてはいたが、まだ決められていない、核心的なものがあったのだ。
「……論点である、“どの程度の護衛を派遣するべきか”についてですが、特別捜査局としてはおおよそ……」
問題は、会議場所となる神聖ミリシアル帝国の首都カルトアルパスへ、いかなる規模の艦隊を派遣すべきか、という点であった。
当初、民政党議員を中心に「外交官を乗せた輸送艦のみを派遣すべきだ」とする慎重論が優勢であった。幾度となく異世界の戦争に巻き込まれた経験から、これ以上余計な刺激を与えるべきではないと判断していたのである。
しかし、その意見に真っ向から反発したのが、この世界の住民であるレミールやエルト特捜官、そして元パーパルディア人の役人たちであった。
彼女らは「輸送艦程度では、日本の実力を疑われる」と強く主張し、結果として急遽、彼らの意見を聞き取った上で今回の対策会議が開かれることになったのだ。
「直近の資料ですと、旧パーパルディア皇国では1638年度先進11カ国会議において、12隻の軍船からなる艦隊を派遣しております。そのため帝国政府としても、同数もしくはそれ以上で構成された艦隊の派遣を検討した方がよろしいと提言いたします」
一通り分析した内容を話し終えると、レミールはお辞儀して席に戻っていく。続いてエルト特捜官が壇上に上がり、さらに付け加えるように説明を始めた。
先の「クルセイリースの衝撃」、そして今回の金融恐慌によって、帝国の威信は大きく損なわれた。大東洋共栄圏における日本の影響力が低下しつつある今、共栄圏諸国に対し強い姿勢を示さなければ、神聖ミリシアル帝国をはじめとする異世界諸国から“侮られる”ことになる。
もし侮られれば、この数年で日本が積み上げてきた信用は一挙に崩れ去り、ロウリアやパーパルディアのように、武力によって屈服させるしかなくなるだろう。だがそれは、かつて民政党が野党時代に痛烈に批判してきた政策であり、軽々しく選べる道ではない。
「やはり一個艦隊を丸ごと派遣した方がよさそうだな」
陸軍大臣が鼻息を荒くして言う。彼は元陸軍中将で、件の皇国同盟から出馬、当選した古参議員であった。超武闘派の彼は、海軍案件であるも思わず口走ったのである。
これに対し、当の海軍大臣は困惑した様子だった。こちらは民政党出身の予備役の海軍大将であり、今回の派遣に消極的だったためだ。
「ここはやはり、実戦経験も豊富な第四艦隊はいかがでしょうか」
タカ派の陸相が首相と海相の顔を行ったり来たりしながら発言する。それに何名かの大臣も同意していた。
しかし民政党総裁である首相は、すぐには首を縦に振らなかった。
「海相、第四艦隊の顔触れは、いかように?」
「は、はぁ。第四艦隊は……」
第四艦隊(母港:セイロン島)
・尾張型原子力空母『伊予』
・白鳳型通常動力型空母『祥鳳』
・穂高型
・近江型戦艦『駿河』
・伊吹型原子力巡洋艦『高雄』
・玉波型駆逐艦14隻
「……その他、補給艦や後方支援艦等含む、54隻によって構成されております」
「過剰すぎる」
「ミリシアルに喧嘩吹っ掛けるつもりか?!」
陸相は満足げに賛意を表明するものの、“もののデカさ”を把握した閣僚陣たちから反発の声が上がる。特に民政党、左派政党の閣僚は文句をいう始末だった。
それに対し、陸相が立ち上がり威嚇する。「相手は戦力未知数の異世界国家なんですぞ!」
「まあまあ陸相。しかし心配する気持ちも分かる。現に海上となるカルトアルパスの港は、そこまで収容能力もない(地球基準)。50隻もいたら、ひしめき合って逆に足かせになってしまうだろう」
興奮する陸相を首相が諭した。
「それに我が国は恐慌中なのと、アニュンリール皇国の件もある。今セイロン島を空っぽにしておくのは得策ではない」
首相の言葉に、陸相は何か言いたげな顔をするが、ドスンとソファに座り込む。
「でしたら、空母『伊予』、戦艦『近江』、巡洋艦『高雄』及び駆逐艦8隻、これに外交官を乗せる輸送艦1隻の都合12隻で如何でしょうか」
海相が提案する。首相は「海軍がそれでいいなら」とだけ言った。
その場にいた外交官、近藤は静かに話を聞いていた。かつて、神聖ミリシアル帝国対日使節団を担当し、今回の先進11カ国会議では日本代表として出席する男は、これから行われる“砲艦外交”を想像し、胸が高まるのであった。
「そして、首相閣下も先ほどおっしゃられておりましたが、アニュンリール皇国についてですが……」
次の瞬間、それまで各々にそれぞれの気持ちを抑えていたものが、一挙に強張るのが伝わってくる。
特に陸相はじめ、軍人たちの顔は険しいものへと変わっていった。
「アニュンリール皇国ですが、航空偵察及び偵察衛星からの情報を総合するに、やはり古の魔法帝国……ラヴァーナル帝国復活のために活動していることは可能性大とのことです」
そして、と前置きした上で、報告担当の将校は続ける。
「二つ、偵察を通じて判明した点があります。一つは、アニュンリール軍の動きがここ数か月のうちに活発化している点です。偵察衛星で確認できた限りでは、既に数個艦隊、数個軍団相当の部隊が集結し、演習を行っている様子でした」
「なるほど……大規模な演習か……きな臭いな」
「はい。そして二つ目ですが、ベスタル大陸に対するアニュンリール軍の偵察行動が増加しております」
『……』
その後、将校が何を言いたいのかを、その場にいた全員が察することができた。
アルタラス王国から南方3000キロ、ロデニウス大陸から南西に2000キロほどの地点に、ベスタルと呼ばれる大陸がある。
意外なことに、この大陸はロデニウス大陸に匹敵するほどの広大な土地を有し、また土壌もグラメウス大陸のように貧しているわけではないのにもかかわらず、まったくといってよいほど国家が存在しない。
国家どころか、人気もまったくなかった。大型の魔物が棲息しているわけでもなく、いるのは少数の海賊や、休憩や難破により立ち寄った第三国人ぐらいなもので、極めて不思議な大陸だった。
そんな不可思議大陸ことベスタル大陸の調査を、日本は一昨年から行っていた。
特に人が住めない要員は何もなく、むしろ居住に適している環境が揃っており、調査団も「怪奇な大陸なり」と分析していた。
そんなベスタル大陸に、アニュンリール軍の偵察部隊らしき部隊が、頻繁に上陸しているという。怪しいことこの上なかった。
「つまり、アニュンリール皇国は、近々ベスタル大陸に攻め込むということか?」
陸相が問う。将校は首肯した。「その可能性は高いものと思われます」
「ベスタル大陸は手つかずの土地だ。鉱物資源はもとより、この世界の住民が欲しがる魔石鉱山も十分に存在しうる。そこを占領すれば、アニュンリールの国力はさらに強くなるな」
唸る閣僚、軍人たち。
ムー基準に抵触している国家の膨張はできるだけ避けたい、なにより魔帝と関わっているアニュンリール皇国の強化は防ぎたい、というのは帝国政府の本心だった。
しかし、とハト派の民政党議員である外務大臣が呟くように言った。
「なぜ、今になってアニュンリールはベスタル大陸に進出しようとしてるんだ?」
『……』
聞くところによれば、アニュンリール皇国は極度の鎖国体制下にあり、外交もブシュパカ・ラタンという島でのみ認めるという措置をとっていた。これは江戸時代、長崎で外交交渉を行っていたのと似ている。
南方世界に二つの大陸と無数の島嶼部を持っている彼らは、今までも、そしてこれからも影の薄い存在として生き続けるはずだった。それも、あくまで魔帝が復活するまでの間の話という注釈がつくが。
その時、何かが頭の中で合点したようで、陸相が顔をハッとさせる。「攻撃だ」
『は?』
「アニュンリールの奴らは、ベスタル大陸を前線拠点とし、我が国を攻撃するつもりなのだ!!」
『えぇ……』
「首相!!!」
陸相は立ち上がり、首相の下に詰め寄る。
「ベスタル大陸は、アルタラス王国及びロデニウス大陸から2、3000キロしか離れておりません。もしここがアニュンリールの領土となれば、中距離弾道弾などの奴らの攻撃兵器の射程圏内に入る恐れがあります!! 先の“クルセイリースの衝撃”の一件、そして今回の大恐慌により帝国の絶対国防体制が崩れ去った今、我が国が弱体化したと判断しことを始めようとしているのです彼らは!!!」
途端、議場が荒れる。民政党・左派政党の閣僚陣は、陸相の考えを馬鹿にするような発言をするが、一方で軍人らはそれに賛同を示す者が多かった。
また海相も、軍務局長や連合艦隊から上がってくる報告を精査中なのか、考えるそぶりを見せていたが、あながち陸相の見解に反対するつもりはなさそうだった。
司会進行役の内閣書記官長が静粛に! と、叫ぶものの、議場が収まる素振りはない。
未だ謎多き世界、そして気味の悪いアニュンリール皇国に対する不信感が強かった軍人を中心に、単なる陸相の発作的な“いつものトンデモ論”の開陳のはずが、気付けば、その場はその話でもちきりになってしまったのである。
いったん休憩を挟み、会議は再開された。
議論の結果、アニュンリール皇国は“クルセイリースの衝撃”を知り、なおかつ大日本帝国が未曽有の大恐慌に陥ったことをいいことに、ベスタル大陸の占領計画を進行させつつある……と、陸相のトンデモ論に沿う形の仮説が通ってしまうこととなった。
アニュンリールとの関係上、ベスタル大陸への入植に遠慮していた日本だったが、彼の国がベスタルを占領しようとしているのでは話は変わってくる。
当面の行動として、陸海軍の特務機関、偵察部隊によってアニュンリールの対ベスタル占領計画、そしてその先にある対日侵攻計画についての調査が始まることとなった。
いやはや、しかし、アニュンリール皇国は思いもしなかったであろう。
まさか国内における深刻な魔石不足を解消すべく、かねてより領土拡大計画の一つに入っていた大陸の一つを調査、進駐のための訓練を行っていただけで、彼らから見ればこそ“トンデモ”の部類に入る大日本帝国とかいう国家から、対日侵略と勘違いされ、元から短い寿命がさらに縮んでしまったのだから。
異世界転移後、ロウリアやパーパルディアとの戦いや、異世界各国との外交交渉、“クルセイリースの衝撃”を経て、帝国全体に広がる“異世界パラノイア”がまさに今、悪さをした瞬間であった。
「関連してお聞きするが、ラヴァーナル帝国対策で……」
来るべき対魔帝戦のため、陸海軍ではそれまでの確執を取っ払い、大本営に陸海軍部横断組織として「特種演習部」が設立されていた。
表向きは、毎年行われる総火演の管理運営を担当している、とされる部門であったが、裏までは捕らえたアニュンリール皇国観戦武官への尋問や、魔帝の痕跡調査、彼のもらした“魔帝復活ビーコン”なる魔帝復活に必要な装置の回収などを行っていた。
既にトーパ=エスペラント連合王国内の、旧エスペラント王国の地からビーコンを回収しており、現在では三つの地上設置型ビーコンを回収することに成功している。だが、尋問した限りではそれだけでは魔帝復活を防ぐことはできないようだった。
さらに吐かせた情報によれば、アニュンリール国内にも相当数のビーコンがあるようで、どの道アニュンリール人に直接“お伺い”を立てなければならなかった。平和裏に行かないのであれば、制圧して無理やりにでも破壊しなければならない。
「やはり数個の回収・破壊だけではだめか……」
「あと5分ほどでもう一つ破壊される予定にありますが、残念ながらアニュンリール皇国内に保管されている魔帝復活ビーコンがある限り、魔帝復活を妨げることはできないようです」
「ん? 破壊されるって、どこのビーコンが破壊されるんだ?」
大蔵大臣からの問いかけに、特殊作戦部所属の海軍士官はニヤッと笑って見せると、天を指さした。