西暦2033年4月23日 13時45分
神聖ミリシアル帝国 マグドラ群島沖合
「……ちゃんと記録したか?」
「はい、ばっちりと」
神聖ミリシアル帝国海軍、第零式魔道艦隊を追跡する任務を帯びていた『伊号第1249潜水艦』は、突如襲い掛かってきたグラ・バルカス帝国海軍と同艦隊との海戦の様子を、海中からばっちりと監視していた。
たった今、追跡目標の壊滅をもって、任務はグラ・バルカス艦隊の監視に移行している。
事前に入ってきた偵察衛星の情報を基にマグドラ群島沖に赴いた『伊1249』だったが、今では潜望鏡深度にまで浮上し、先ほどまで熾烈な艦隊戦を眺めていた。今のところ、ばれてはいないらしい。
「全滅か……こりゃ本当に神聖ミリシアル帝国が、ムー基準に抵触するか疑問に思えて来るな」
「とはいえ、グラ・バルカス軍も無傷ではなさそうです。接近戦であれば、我が国の巡洋艦程度であれば被害を受けるかと」
「そうだな。だがあくまで一昔前の砲雷撃戦や航空戦をやっている段階で、我が国には指一本触れられんよ」
「まあ、それはおっしゃる通り」
艦長はケタケタ笑いながら、悠々と東に向かうグラ・バルカス艦隊を見つめるのであった。
西暦2033年4月23日 17時37分
大日本帝国 首相官邸
「首相閣下!!」
陸相の怒号が、首相官邸内に置かれた危機管理室に響き渡る。
大本営政府連絡会議の開催場所として適しているという理由で、最近では頻繁に開催されていた当会議も、ついにある決断を下す場面となった。
神聖ミリシアル帝国において、現在進行形で開催されている先進11カ国会議。その席上、グラ・バルカス帝国の外交官が全世界に対し宣戦を布告したという。それはすなわち、
ムー基準に抵触する国家が敵対を意味するは、熱核兵器による先制核攻撃である。
もしこれは、先の立憲政友会内閣であれば何も問題なく、つつがなく進められていたであろう。しかし今回、リベラルや左派政党を含んだ7党連立内閣である。
いざことが起こると、躊躇する閣僚が多かった。
そんな彼らを見て、既に覚悟を決めていた陸相が怒鳴ったのである。ガンギマ陸相と言った方がよいかもしれない。
「貴様ら、ムー基準は知っていたはずだ! 知っておいて何も言わないは、それはすなわち同意したも同じ。いまさらこの期に及んで反対するというのか!!!???」
「まあまあ、陸相。そう凄まんでも……」
蔵相が落ち着かせようとするが、陸相は鼻息を荒くしたまま睨みつける。蔵相は息をのんで黙ってしまった。
悩む首相に、陸相は追い打ちをかけた。
「帝国陸軍内では、弱腰の政府に対して失望の声が上がっております! ……そしてこれは余談ではありますが、軍内のあるグループによれば、クーデターも辞さない構えです」
『ッ!?』
陸相の不穏当発言に、流石の首相も目を丸くして彼を見た。他の閣僚たちも一様に顔を引きつらせ、重苦しい沈黙が広がる。
やや間を置き、陸相はさらりとした調子で問いを投げかけた。「海軍でもそうなのでしょう?」
「えっ」
思いがけない矛先を向けられた海相は、驚愕に目を見開き、思わず声を裏返らせる。書類を持つ手がわずかに震えていた。
「海軍でも、いくつかのグループが政権掌握のための計画を練っておられると、そう聞いておりますが」
「い、一体……誰に」
海相は冷や汗を感じつつも問い返す。
「さあ、“風の噂”です。噂ですがね」
陸相は肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべた。
その態度には、虚実を巧みに混ぜ合わせて相手を追い詰めようとする計算が透けて見える。
「……か、海軍は、そのような陰謀は、ないはずだが……」
かろうじてそう答えながらも、海相の脳裏には数日前に受け取った特警(海軍特別警察隊、海軍版憲兵) からの極秘報告がよぎっていた。
報告によれば、一部の将官らが陸軍と通じ、弱腰とされる現内閣を打倒し、軍事政権を再び樹立。来たるべき対魔帝戦、そして異世界からの“挑戦”に備える計画が進められているという。だが海相は、清廉潔白を信じてきた自らの海軍に限って、と心のどこかで否定し続けていた。
だが目の前の陸相は、まるでその全貌を掴んでいるかのように語る。
海相の苦しい否定の言葉に、陸相はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。だがそれ以上は追及せず、まるで獲物を弄ぶ狩人のように、ゆっくりと首相へ視線を戻した。
「首相閣下。ムー基準は、既に策定された帝国国防方針において取り決められたものです。それを守らねば、軍に示しがつきません。それにもし、グラ・バルカス帝国が核兵器を開発していた場合、また彼の国が先に核兵器を使用すれば、帝国は後手に回ることになります。再び“クルセイリースの衝撃”を体験するおつもりですか?! そうなれば、本当の本当に帝国は異世界から見放されますぞ。二度目はありません」
陸相の言葉は、議場の空気を一瞬にして凍らせた。
その声色には、ただの警告ではなく「選択を誤れば破滅だ」と突きつけるような切迫感がこもっていた。
「……ぐ、ぐぬぬぬ……」
首相は呻き声を漏らし、目をぎゅっと閉じる。頭の奥が熱を帯び、こめかみが脈打っているのを感じる。
先般、議会で政友会政権による熱核攻撃を「そこまでやる必要があるのか」と批判したのは、何を隠そう彼自身であった。平和と節度を標榜してきた民政党の総裁として、理想と道義を掲げることは当然だった。
しかし今……その同じ自分が、かつて断罪した決断を下さねばならない。しかも、政友会内閣が選んだ道とはわずかに形を変えただけで、結果は同じ。
首相の胸中を、苦渋と屈辱と、帝国を守らねばならぬ責務がないまぜになった感情が押し寄せていた。
「……軍令部総長、連合艦隊に伝えてくれ」
静まり返った議場に、その一言が落とされた瞬間、誰もが重みを感じて息を呑んだ。
西暦2033年4月23日 18時01分
ムー国 マイカル東方1500キロ沖合
「司令、『ニイタカヤマノボレ』です。『決二号作戦』が発令されました」
ムー国の貿易港マイカルより東方1500キロに位置する海域において、伊798型弾道弾原子力潜水艦の『伊号第799潜水艦』、伊759型弾道弾原潜の『伊号第763潜水艦』は、その日も核巡回(核パトロール)のためにムー方面まで進出していた。
既にマイカル港までは、観測衛星により海図、及び海底地形の大まかな概要が判明していたため、原潜を派遣されていた。任務はムー基準に抵触する神聖ミリシアル帝国(決一号)、及びグラ・バルカス帝国(決二号)、そしてアニュンリール皇国(決三号)に対する熱核攻撃である。
潜水戦隊司令は、胸ポケットから弾道弾の発射コードが書かれた紙を取り出す。
満載水中排水量2万トンを誇る伊798型弾道弾原潜は、18基の垂直発射管を備えている。僚艦の伊759型弾道弾原潜は12基であるため、戦隊全体で30発の潜水艦発射弾道弾を有していた。
搭載する再突入体は一発当たり3基。すべてが50キロトン級熱核弾頭である。爆発規模は戦術級に抑えられている。
弾道弾の射程距離は8000キロに至るため、ムーの東から発射しても、十分グラ・バルカス全土を射程に収めることができた。
「発射30秒前」
発射コードの入力が完了し、垂直発射管が開いていく。発射には二人の高級士官が、同時に発射ボタンを押さないといけないため、司令は『伊799』の艦長と並び、同時に安全装置を解除、発射スイッチを押した。
今回の指令では、30発すべての発射ではなく、あくまで甲種目標……つまり、大規模軍事基地、軍港に対する限定的な核攻撃のため、発射される弾道弾数は12発に限定されている。首都は目標から外されていた。
それでも、これからグラ・バルカス帝国は、12発36弾頭の50トン級熱核弾頭が本土に降り注ぐことになる。
なお、レイフォルやイルネティアといった占領地に対する核攻撃は、第二文明圏諸国との関係性や、ムーへの放射性降下物の可能性が指摘されたため行われない。こちらは通常戦力による攻撃が計画されている(西号作戦)。
「1番管、発射。続いて2番管……」
15秒に一発の割合で、連続発射されていく弾道弾。三段階に渡るブースターにより、わずか数分でマッハ20に到達したそれは、惑星低軌道に到達後、再突入体を分離する。
再突入体は自身のブースターを展開し、目標に向け高速で突入していった。
それらが降り注ぐ様は、まるで流星群のようだった。
2033年4月23日18時21分。
グラ・バルカス帝国本土において、最初の核弾頭が起爆した。
閃光と轟音のあと、瞬く間に数十本の巨大なキノコ雲が立ち上り、本土を覆い尽くす。
そこに展開していた、ムー大陸への侵攻準備のため待機・訓練中であった帝国陸海軍300万の兵は、光と炎に呑まれ、一瞬にして消滅した。
攻撃対象を軍事基地に限定したことから、民間人の犠牲は最小限にとどまり……たまたま面会のために基地を訪れていた者など……千数百人規模にすぎなかった。
だが、それでもなお「帝国の軍事力」が根こそぎ吹き飛ばされたという事実の前には、数字の小ささなど意味を持たなかった。
翌日――
核の炎で全てが灰燼と化した帝都ラグナ近郊の軍事基地跡を視察した帝王は、あまりの惨状を前に卒倒したという。
西暦2033年4月24日 16時12分
神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス 帝国文化館国際会議場
「皆様に、お伝えしなければならないことがあります」
開口一番、ミリシアルの外交官にして今回の会議の議長を務めていたリアージュが、憔悴しきった顔で外務省から戻ってくるや、会議を再開することもなく話を始めた。
「先日、グラ・バルカス帝国の艦隊が、我が国から西方に位置するマグドラ群島に奇襲をしかけ、対処していたミリシアル海軍地方隊が被害を受けました」
『ッ!?』
本当であれば、被害を受けたのは地方隊などではなく、第零式魔道艦隊であったのであるが、それを言えば威信にかかわるので、方便を使ったというわけである。しかしすべてを知っている日本使節団、そして既に事の一切を日本から伝えられ、グラ・バルカスに対する熱核攻撃も通達されていたパンドーラの外交官らは微妙な顔をする。
しかし疲れ切ったリアージュを見て、彼らにも大国1位の面子があるだろうし、ここで追及しても何ら利益はないと考えた彼らは、黙って彼の説明を聞いていた。
「テロ対策として、カルトアルパス港には巡洋魔導艦8隻から編成される地方隊が警備についております。またカルトアルパス空軍基地からは戦闘用天の浮船が発進するので、ここカルトアルパスに危害が加えられることはありません。ですが、万が一、我が国本土に攻撃を加えた場合のことを考慮し、万全を期した方が良いと外務省の方で見解が一致いたしました。そのため先進11カ国会議の会議の場を、東のカン・ブリッドに移したいと思います。ご理解いただければと思います」
先のグラ・バルカス帝国による国際会議場での蛮行、そして中央世界への挑戦……
無知が身を亡ぼすのだなという空気が漂う中、モーリアウルがスッと立ち上がった。
「あの無礼者が攻撃してきたからといって、世界の列強、大国がしっぽを巻いて逃げろと? それこそ沽券にかかわる。ただグラ・バルカスの奴らに堂々と会議を続ければよい。我々は陸路で来たが、他の者は皆、それなりの規模の艦隊を引き連れてきているのだろう? そのための外相級護衛艦隊ではなかったのか? 魔力数値の低い、魔法も使えないような人間族のみで構成された文明圏外の国相手に、世界中の強国が戦わせずして逃げるは、敵からも文明圏外国からも情けないと思われる。我々も控えさせている風竜22騎を出させる。諸君らも抗おうぞ」
『おおぉ……』
ミリシアルの新型制空戦闘型天の浮船に匹敵するほどの強力な風竜、それが22騎投入するという彼の言葉に、多少軍事に詳しい外交官たちから歓声が上がる。
世界第3位と目されるエモール王国が戦うと宣したことにより、場の雰囲気が変わった。
「わ、我が国も、戦列艦7隻を出撃させますぞ!! 非礼の限りを尽くしたグラ・バルカス帝国めに一撃を加えるのであれば、喜んで手を貸しますぞ! 奇襲で神聖ミリシアル帝国の地方隊が被害を受けたとのことですが、動きが掴めているのであれば、文明圏外国家ごときに我々が後れを取るなどということはありませぬ!!」
「我が第二文明圏では、グラ・バルカス帝国が暴虐の限りを尽くしております。そのような悪逆非道な帝国を撃ち滅ぼすべく、我がマギカライヒ共同体も艦隊を提供いたします!!」
モーリアウルの言葉に感化され、中央世界からはトルキア王国、第二文明圏国家のマギカライヒ共同体が相次いで参戦を表明する。
近藤が「大変なことになったな」とため息をつく中、ウッキウキで隣にいたパンドーラ大魔法公国の大使が声をかけて来る。
「もはや一国の猶予もありません。我がパンドーラ大魔法公国も、貴国から供与されましたポセイドン級戦列艦(258号型海防艦)6隻を以って参陣いたしたく思うのですが、いかがでしょう?」
近藤は軽く頷く。「ここまで来たら、もう戦うほかないでしょう」
大使はおぉ! と声を上げる。同時に近藤は手を上げ発言を求めた。
「我が大日本帝国も、参戦いたします」
『おおおぉ……!!』
気持ちか、エモール王国よりも声が大きかったような気がするが、近藤は続ける。
「つきましては、神聖ミリシアル帝国側で把握しているグラ・バルカス帝国艦隊に関する情報を、提供いただけませんか。世界連合艦隊が結成されたとしても、敵の情報もなければ不安が残るままでしょう」
「うむ、我がパンドーラ大魔法公国も参戦いたします!! また、敵の戦力情報の提供については、大日本帝国と同様に要請いたします」
視線は一点にリアージュ議長に向けられる。
ここに来て、持っている情報を出せと言われたリアージュは困ってしまった。情報も何も、当事者である第零式魔道艦隊もとい“一地方隊”が壊滅してしまったため、詳しい敵戦力情報については曖昧なところが多かったのだ。
断片的ではあるものの、入ってきた艦隊からの情報や、陸軍のマグドラ群島離島防衛隊からの情報によれば、敵は機械仕掛けの戦艦や空母を有し、飛行機械からは新型兵器により軍艦を襲撃し、いとも簡単に撃沈して見せたというが……
「……それだけですか?」
近藤は呆れたようにリアージュに問う。リアージュは首肯した。「現在、軍内でも情報を収集中で、情報が錯綜しており……」
「でしたら、我が大日本帝国において把握している情報についても、提供させていただければと思います」
『ざわざわ……』
ここに来て、神聖ミリシアル帝国ではなく大日本帝国から情報が提供されるという、思ってもみなかった事態に、リアージュは動揺を隠せなかった。
しかしパンドーラやエモール、ムーがこぞって聞きたがる姿勢を見せると、リアージュは日本側の情報提供を受け入れるしかなかった。