何が悲しくて異世界は帝国を召喚したか   作:太田目黒

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第5話 俘虜

中央暦1639年9月??日 9時43分

クワ・トイネ公国 ギム ???

 

 ――タタタンッ

 

「……んん?」

 

 かつて、4400隻の大艦隊を率いた提督シャークンの意識が戻ったのは、遠くで何かの破裂音が聞こえてきたことによるものだった。

 重たい眼を徐々に開けると、窓を通じて太陽の光が多量に入ってくる。

 頭痛は激しく、身体中が重石を載せているかのように動きづらい。

 

「ッ!? 提督! シャークン提督!!」

 

 そんなシャークンに駆け寄る影が一つ。光に慣れていくと、それが自分の副官であることが分かった。

 

「ここは、ここはどこか?」

 

 彼の問いに、副官は悔しそうな顔を見せながら答えた。

 

「ここは……ここはクワ・トイネ公国の俘虜収容所です。我々はあの海戦で、日本軍に捕らえられたのです」

 

「何だと。なぜクワ・トイネにいるんだ?」

 

「分かりません。ただ日本は、クワ・トイネに俘虜の管理を任せているそうです」

 

 通常、日本軍が俘虜を捕らえた時は、陸軍であれば陸軍憲兵隊、海軍であれば特警隊(特別警察隊)によって収容・尋問・管理される。

 しかし、日本としては異世界人の管理についてノウハウがなかったため、隣国にしてロウリア王国人がどういった人種かを分かっているクワ・トイネ側に俘虜管理を任せていた。

 

 日本軍側からの要望により、俘虜収容所施設の建設は陸軍工兵隊がやる代わりに、収容所の運営はクワ・トイネ及びクイラでやる俘虜管理協定を締結したのである。

 この俘虜管理を巡る方針は、今後の異世界における日本陸海軍の慣例制度となっていった。

 

「目を覚ましたようだな、シャークン提督」

 

 副官から何が起こったのかを全貌を聞く前に、シャークンに声をかける男が一人。

 声のした方を振り向くと、鎧を着た騎士と、その護衛と思しき兵卒が立っていた。

 

 騎士の方は太陽の光に反射するほどにまで磨かれた銀色の鎧に対し、兵卒の方は不釣り合いなほどにくすんだカーキ色の服を着装していた。

 これまた苔でも生えてるのかと言わんばかりに汚れている(ように見える)ベストと、黒い杖のようなものを握りしめていた。

 

「お前は……」

 

「クワ・トイネ公国西部方面騎士団長兼ギム俘虜収容所所長のモイジだ。ここに収容されている2914名のロウリア王国軍俘虜の管理者に当たる。 ……もっとも、先ほど数名少なくなったわけだが」

 

「クワ・トイネの騎士が、俺に何の用だ?」

 

 シャークンはモイジの眼を見つめる。何か魂胆がありそうに見える顔をしていた。

 モイジは兵卒から書類を受け取ると、それを読み上げ始める。

 

「シャークン提督……ロウリア王国海軍東方討伐艦隊司令官。本年9月3日、ロウリア北方海域海上で捕縛。ギム俘虜収容所に収容後、治療済み」

 

「ああそうだ、情けないことにな。そして今、我々が滅ぼそうとしていたお前らの領土で、虜囚の身なわけだ。 ……で、何が望みなんだ? 拷問か? 公開処刑か?」

 

 自身らの征服対象であったクワ・トイネ人に捕まった挙句、治療して生き永らえさせてもらっていることに屈辱といった複雑な心境に至り、また頭痛と倦怠感から半ば投げやりになってきたシャークンだったが、モイジは表情を変えず告げた。

 

「私の任務は、あなたを日本に引き渡すことだ」

 

「日本に……?」

 

「そう、日本に。大日本帝国は今回の戦争に際し、ロウリア軍の高級士官から色々なことを聞きたいとのことだ。あなたは勿論その高級士官の中に含まれているわけが、昏睡状態だったために引き渡しは延期していた。だが今回目覚めた。私はギム収容所所長として、あなたを日本に引き渡しても大丈夫だと判断して、通告に来たのだ」

 

「……お前たちが何かするわけではないのか?」

 

「いや、我々はただ日本軍の捕まえた俘虜を管理するだけだ。勿論脱走しようとしたら、先ほどの俘虜みたいになるがな」

 

「先ほど……?」

 

「さっきの銃声は聞こえなかったか?」

 

「ジュウ声……あの、パンパンという破裂音のことか」

 

 そう、とモイジは肯定する。彼は兵卒に車椅子を持ってくるように命じると、数分後に借りてきた車椅子をシャークンの寝ているベッドに横づけし、彼を乗せた。

 シャークンの乗る車椅子は副官に押させ、モイジらとともに病棟の外に出る。

 

 外は秋っぽい心地よい風が吹いていた。

 そんな穏やかな秋晴れには相応しくないように、遠巻きに延々と続く鉄条網と何人かの死体が見える。どれもロウリア軍の陸兵のようだった。

 

「あそこで倒れているのは、先ほど脱走を図ろうとしたロウリア兵だ。我が軍の兵により射殺された」

 

「待て、射殺とは? 弓で射られたのか? にしては矢が見えない。それに弓を放つ際に破裂音はしないはずだが……」

 

 その時だった。

 けたたましいサイレンと共に、数名の俘虜が外に向かって走り出した。

 

「ああ、またか……ロウリアが“敗戦”してからというもの、脱走が多くなっている。困ったものだ」

 

「おいちょっと待て、敗戦というのはの――」

 

 モイジがさらっと言った“二文字”に反応するのとほぼ同時に、意識が混濁している中で聞こえた、あのパンパンという破裂音が聞こえてくる。

 振り返ると、血飛沫を挙げて倒れる俘虜たちの姿があった。

 後方には兵卒が持っていた黒い杖のようなものを構えている看守が見え、脱走を企んだ俘虜全員を倒すと、指揮官らしき看守がさらに小さな何かを握りしめながら更に近づき、1発ずつ何かを射出する。

 

「あれは……もしや銃!!」

 

 シャークンは過去の記憶が鮮明に甦ってきた。第三文明圏に視察に行った際、パーパルディア皇国の兵隊が銃と呼ばれる兵器を持ち、あのような音を出して攻撃していた。

 しかし大いに疑問なのは、彼らの持っている銃はパーパルディアのより小型で、さらに連射していることだった。一発一発弾を込めることなく、何度も引き金を引くたびに発射されている。

 

「あれもこれも、全て日本軍によって提供されたものだ。シャークン提督、あなたの艦を撃沈したのも日本、この捕虜収容所や、我々クワ・トイネ軍に銃を提供してくれたのも日本……そして、つい先日、ロウリア王国を併合したのも日本だ」

 

「……そうか、祖国は、もう、この世に存在しないのか……」

 

 肩が下がる。車椅子であるため、あの時のようにがくんと膝から崩れ落ちはしないが、シャークンは頭を抱えた。

 

「祖国の滅亡を、この目で見届けられなかったのは屈辱だ。今は、何時なのだ。私は一体何か月眠っていたのだ」

 

 彼の問いに、モイジは苦笑して答えた。「6日間」

 

「えっ?」

 

「6日間、あなたは昏睡状態にあった。今は1639年9月9日。ロウリア王国が滅亡したのは、9月8日だ」

 

「……」

 

 シャークンとモイジの間に、静寂が訪れる。

 後ろから、副官のすすり泣く声が聞こえてくるだけだった。

 

 

西暦2030年9月4日 8時49分

ロウリア王国 国境地帯

 

「戦隊長より各中隊へ、目標は腐るほどある。各個に攻撃せよ」

 

 陸軍飛行第二十九戦隊長による指示の下、三八式襲撃機が搭載する無数の100キロ親子爆弾が投下されていった。

 一機当たり6トン近い空対地誘導弾や無誘導爆弾、噴進弾(ロケット弾)、クラスター爆弾などを装備する彼らは、街道上を敗走するロウリア軍将兵の頭上に降り注いでいく。

 

 襲撃開始からわずか数分で、地上は爆炎と爆風、そして土煙に包まれた。

 後に残るのは、黒焦げた死体や馬車、荷車が散乱しており、街道上に生存者はなく、そこら中にクレーターが出来上がっていた。

 

 三八式襲撃機は、日本陸軍史上最大のトラウマといって良いあのノモンハン事変以来、「襲撃機構想」を推し進めていた日本陸軍によって開発された襲撃機(シュトゥルモヴィーク)シリーズの最新型である。

 

 ノモンハン事変により、関東軍3個師団、陸軍航空兵力300機以上の壊滅という極めて甚大な敗戦を喫し、数十キロにもわたる国境線の後退という屈辱的な停戦協定を締結した日本陸軍、ひいては日本では、“対ソ復讐論”の名の下にすべてのリソースを来るべき対ソ戦争に注ぎ込んだ。

 襲撃機はその一つであり、陸軍はノモンハンにおける航空撃滅戦の結果、航空機相手だけでなくソ連軍機械化部隊への対処も迫られた。

 

 そこで開発されたのが、重武装・重防護性能を持つ戦闘爆撃機、すなわち「襲撃機」である。

 九九式襲撃機、四式双発襲撃機、一六式噴進(ジェット)襲撃機を経て、日本陸軍は重武装・重防護の襲撃機を開発していったが、三八襲はその期待性能から“究極の襲撃機”と呼ばれるほどにまで完成度の高いものとなった。

 使い勝手と物持ちの良さが災いして50年来、陸軍では三八襲の後継機を作るに至っていない。

 むしろ三八襲の中身を現代の電子機器に改造し、三八襲改としてリメイクしようとするぐらいであった。

 

 閑話休題。

 

 この日、クワ・トイネ駐屯軍として派遣されていた陸軍飛行第二十九戦隊は、王都ジンハークに向け敗走中だったロウリア軍東方征伐軍先遣隊2万を消滅させた。

 大戦果の裏には一つ、変わり種の兵器があった。それは、三八襲の搭載していた八糎噴進弾の弾頭部にある。

 

 今回二十九戦隊では敵軍の多さから熱圧力弾頭……いわゆるサーモバリック弾頭と呼ばれる大威力弾頭を取り付けていた。

 熱圧力弾頭は燃料気化弾頭の後継として開発され、固形化合物による強烈な粉塵爆発を狙った本弾頭は、八糎噴進弾ながら一発で数十メートルの範囲を爆風で吹き飛ばすことができる。

 

 こんなのをぽんぽんと発射してくるもんだから、1時間もしない攻撃により残党軍は壊滅していった。

 後方で進軍するか撤退するか迷っていた35万の本隊についても、先の空爆により半数近くが死傷していたが、三八襲の攻撃を受けこちらもまた切り裂かれている。

 

 海軍による空爆も含めれば、この時点で既に40万名近いロウリア軍将兵が死亡もしくは何らかの被害を受けていた。

 本土防衛用の兵力は各所に散っていたため半数近くが生き延びることに成功していたが、偵察衛星や長距離偵察機によって順次発見されると、誘導弾か爆弾が叩き込まれ、こちらも撃滅されている。

 

 

「これは……」

 

 クワ・トイネ公国西部方面騎士団長のモイジは、派手な爆発とともに吹き飛ばされていくロウリア軍を眺めながら絶句していた。

 日本陸軍の七一式螺旋翼機(ヘリコプター)は、モイジら騎士団を乗せたまま低空ロウリアの大地を低空で進んでいった。

 地上を見てみると、既に撃破されたロウリア軍の遺骸がそこかしこに散乱している。

 それをかき分けるようにしてクワ・トイネ駐屯軍の戦車、装甲車が進軍している様が見える。

 

「乗り心地はいかがですか、団長殿」

 

 同乗している歩兵第四連隊のある中隊長が尋ねる。

 ワイバーンよりも数十キロ速く、モイジ含め14名の人員を抱えて飛ぶ鉄製飛竜の中で、モイジはただ苦笑して答えた。

 

「いやぁ……ただただ驚愕するばかりだ」

 

「そうですか、まあ気持ちは分かりますよ。私も最初乗った時は同じでしたから。もうあと15分でビーズルに到着します。降りる準備をしておいてください」

 

「わ、分かった」

 

 モイジは気を引き締め、手に握りしめていた二四式小銃の槓桿を引く。30発入りの弾倉から一発の7.7ミリ小銃弾が薬室に送り込まれ、すぐにでも射撃が可能な状態となった。

 すでに何度も軍事教練を繰り返してはいたが、実戦で使うのははじめてだ。

 

 伝統芸能“物持ちの良さ”が災いし、日本軍においても後方部隊で未だ現役の二四式小銃は、安住重機械工業が開発した九九式短小銃を改良した八式自動小銃の後継として開発されたアサルトライフルである。

 クワ・トイネ公国軍に提供された数万丁の本銃は、日本にとっては60年以上前の旧式であったが、彼らにとっては最新も最新の武器であることは言うまでもない。

 

 しばらくして、七一旋機の高度が次第に下がっていく。

 窓から外を覗くと、灰燼に帰した工業都市ビーズルの姿があった。火災こそ鎮火されているものの、あちらこちらから未だに黒煙が上がっている。

 旋機はビーズルの町の入り口となる崩壊した門の前に着陸すると、両側のスライド式のドアが一気に放たれる。

 

「降下降下!!」

 

 先ほどまで穏やかな笑みを浮かべ、モイジと話していた中隊長の顔色が変わるや叫ぶ。

 途端、猛訓練を重ねていた歩兵第四連隊の兵士たちが機外に飛び出していった。

 モイジも意を決し外へと飛び出す。地面に着地すると、事前に定められた通りすぐに伏せて周囲の状況を見渡す。

 

 中隊長が降りると、ドアハッチを閉じて旋機の操縦者にハンドサインを送る。

 バラバラと羽音のような音を出しながら旋機は上昇していき、第二陣を空輸するためにクワ・トイネ基地まで戻っていった。

 

「各小隊は各個に前進! 前へ!!」

 

 中隊長が各隊長に命じる。それを受け、小隊長は分隊長へ、分隊長は指揮下の分隊員を前進させていった。

 門は既に崩れ去っているため、日本兵たちはそれをよじ登って市内に突入していく。

 各旋機に分乗していたクワ・トイネ西部方面騎士団もモイジを中心に集まってきたことを確認すると、モイジも日本兵に追いつくように前進を命じた。

 

 都市は先日未明に行われた空爆により、町の主要な建物はのきなみ崩壊、もしくは火災により焼失していた。しかし完全に破壊されたわけではないため、健在な建物も少なくない。

 事前の上空偵察では、ロウリアのビーズル防衛隊の生き残りたちは、建物の瓦礫を利用して簡易防御陣地を設置しているという。

 また少数部隊が班ごとに分かれ、建物内に潜伏中との情報もあった。

 これらを制圧するのが歩兵第四連隊、そしてモイジたちの役目だった。

 

「市街地戦は恐ろしい……一体どこから来るやら……」

 

 モイジはこの数か月で覚えた動きを反芻する。

 日本からの軍事援助には、武器の供与だけではなく日本陸海軍軍事顧問団による戦術指南も含まれている。そこでクワ・トイネ軍部では、モイジら西部方面騎士団の中から選抜した200名を抽出し、日本軍と最低限協同できるまで指南して欲しいと要請した。

 これはクワ・トイネ軍全体の近代化に先立ち、日本軍式の戦闘手法、戦略がどのようなものなのかを知るためにあった。モイジたちはその先駆けとして、日本陸軍クワ・トイネ駐屯軍の駐屯地にて訓練が実施されている。

 

 日本陸軍側としては、アフリカや中南米にインストラクターとして派遣された経験もある陸軍教導団出身の将校を軍事顧問団として派遣しているため、クワ・トイネ側の要請は快く受け入れている。

 陸軍教導団は戦前・戦中、下士官育成のための教育部隊であったが、戦後に将校から兵士までの教育支援部隊となっている。場所も千葉県市川市から富士山麓に作られた広大な演習場に本部を移転し、通称「富士教導団」と呼ばれた。

 

 選抜騎士団員は軍事顧問団の作成した即席プログラムに基づいた訓練が行われることとなった。

 アフリカの現地民兵に対して実施されるような即席であるため、最低限の訓練とはいいながらもその内容は極めて洗練されたものであるため、モイジたちは瞬く間に一端の兵隊に成長を果たす。

 流石に螺旋翼機からロープで降下するような芸当はできないものの、銃の扱いや戦闘群戦法、分隊・班単位での戦いはある程度分かった。

 

 ここで、少数で戦う方法が騎士団で行う三人一組で行う戦法と似ていることに気が付いた騎士がいた。

 その気づきは日本軍の戦闘手法の理解に悩んでいたモイジたちの理解の一助になったようで、以降彼らは意識的に三人一組によって互いをカバーし合う戦い方に移行していくことになる。

 これは日本軍においても「浪士戦法」として公式に取り入れられているものだったため、軍事顧問の一人はまさか自分たちで浪士戦法を編み出すとは思わなかったとしてクワ・トイネの騎士に感心する一幕もあった。

 

 そんなモイジ率いる騎士団は、中隊単位で日本軍に追随していった。

 瓦礫の山を越えた先にある住宅街に到達すると、ここら一帯は軽微な損傷しか受けていない。

 

 その時だった。

 

「わぁぁぁぁ!!!」

 

 半壊した建物の一階部分から、突然3名のロウリア兵が現れた。剣を振り回し、モイジたちに襲い掛かる。

 いきなり現れたロウリア兵に若い騎士が一瞬たじろぐが、モイジは小銃を構えて引き金を引く。それに合わせて古参騎士の何名かも同様に射撃した。

 ダンダンという乾いた破裂音と共に、7.7ミリ弾はロウリア兵の胴体を貫く。

 初のロウリア兵との遭遇に、騎士団中隊は興奮気味でいた。しかしその後すぐ、住宅街で1個分隊規模のロウリア弓兵との撃ち合いが始まり、興奮はどこかに吹き飛んでしまった。

 

 第二波として派遣されてきた日本軍が後方から合流を果たすと、無線機で航空支援を要請した。

 弓兵たちが立て籠っていた三階建てのレンガで作られた建物は、駆け付けた三六式螺旋襲撃機による機銃掃射を受けると沈黙する。

 三六襲は固定武装に30ミリ機関砲、短翼に装備していた八糎噴進弾を発射すると、建物の三階部分がガラガラと崩れ落ち、そのまま建物全体の崩壊を招いた。

 

 

 市街地の掃討戦は丸一日がかりで行われ、翌日の正午に制圧宣言が出された。

 モイジたち騎士団中隊は197名中14名が戦死、38名が重軽傷を負い後送されるが、騎士団中隊の討ち取った戦果はその数倍にも及ぶ。

 

「団長殿には、この俘虜を義務に設置した収容所まで移送していただく任についていただきます。自動貨車がありますので、それを。車の操縦訓練はやられましたよね?」

 

「ああ、問題ない。俘虜は任せてくれ」

 

 モイジが自信を持って言う。

 中隊長は笑みを浮かべると、手袋を外して手を差し伸べた。モイジも戦闘用手袋を外すと、中隊長の手を強く握りしめる。

 固い握手をし終え得ると、中隊長は待機していた七一旋機に乗り込んだ。彼らはその後も別の都市を制圧する任務があった。

 ここで騎士団とはお別れである。

 

 北方に消えていく数十機の七一旋機、三六襲を見送ると、モイジは団員に俘虜の後送を命じた。

 いかんせん俘虜の数が多かった。そのため半分が俘虜を見張り、もう半分が自動貨車に乗車して義務へ向かうこととした。

 先頭の三三式小型乗用車「くろがねII」に乗り込んだモイジは、背後に5輌の六輪自動貨車 (トラック)を連ねて進発する。

 

「出発!」

 

 自動車の運転講習を受けていた団員がアクセルを踏み、俘虜を満載した車列が走り始めた。

 その直後だった。

 

「あ、おいちょっと待て!!」

 

 車列の後ろから団員の怒声が聞こえる。慌てて振り向くと、一人の俘虜が自動貨車から飛び降りて逃げ出そうとしていた。

 騎士団員が銃を構えるが、俘虜の逃げ足は素早かった。

 

「車列停止! 俘虜を追うぞ」

 

 モイジは座席を立ち上がると、運転手に命じて車を逃亡者に向け走らせる。

 彼の乗るくろがねIIには、後部座席に13ミリ機銃が取り付けられている。それを引っ掴むと、照準を俘虜に合わせた。

 

「とまれ! 止めれと言っているだろう!!」

 

 モイジの必死の制止を振り切り、短髪でうさんくさそうな目つきをした男は逃亡を続ける。モイジは槓桿を引き、親指で発射レバーを押し込んだ。

 自分の装備である二四式小銃よりもかなり強く、重い衝撃が全身に伝わってくる。

 元は高射機関銃や航空機関銃用に開発された13ミリ機銃であったが、対歩兵・非装甲車両用の支援火器として現場で使用されることが多かったため、正式に重機関銃として採用されていた。

 

 飛行機相手に使われるようなパワーのあるそんな弾が、数十メートル先の逃げ出した俘虜に被弾したからたまったものではない。

 2発の13ミリ弾が俘虜の足を捉えた。右足は千切れてしまし、俘虜は前につんのめるようにして倒れ込んだ。

 モイジはくろがねIIを停車させると、今度は二四式小銃を持ち副官とともに降りる。

 

「な、なぜ……こんなことに……」

 

 ――タタン

 

 俘虜を処分した後、モイジたちは車列に戻る。一部始終を見ていた俘虜は顔を真っ青にしてただでさえ抵抗を諦めていたところを、気持ちかさらに大人しくなっていた。

 13ミリ重機の威力を見せつけるデモンストレーションになったようだ。

 

「(都合がいい。早く収容所に届けなければ)」

 

 最初のトラブルこそあったものの、改めて出発した車列は、その後一人の逃亡者も出さずに移送を完了した。

 初めての俘虜移送にしては充分すぎるほどの働きであった。

 

 モイジはその後、ギム俘虜収容所所長として終戦を迎えた。騎士団中隊はそのまま俘虜収容所看守として、数千名に及ぶ俘虜の管理を任された。

 クワ・トイネ軍の日本軍との共同作戦はクワ・トイネ政府によって大々的に報道され、モイジは一躍国民的大英雄として称えられることになる。

 

 王都ジンハークが陥落すると、日本軍は戡定作戦に移行した。

 戡定作戦、残敵掃蕩とも呼ばれる本作戦により、日本軍は抵抗するすべての勢力を撃破していき、占領地域を拡張していく。

 同時にクワ・トイネ軍は、事前に策定された通りかつてロウリアに奪取された国境周辺の地域に進駐すると、そこで終戦を迎えている。

 

 モイジたちはその後、俘虜収容所が解体された後にクワ・トイネ軍部からの指示により戦術教官に就任した。

 西部方面騎士団内でまだ戦術指南を受けていない団員に対する講義を行うとともに、軍事顧問団から学んだ戦術・戦略をクワ・トイネ軍にどう取り入れるかの研究会の議長も務めている。

 

 正式にクワ・トイネ軍士官学校が設立されると、モイジは教官職として首都クワ・トイネに異動となった。

 妻子もともに移住しており、退役するまでの間、祖国の英雄として一家そろって華やかな人生を歩むこととなる。

 

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