中央暦1639年9月5日 11時39分
ロウリア王国 王都ジンハーク
「何たるザマだ!!!」
大王はこれまでにない怒りをあらわにしていた。立ち上がり、思いつく限りの罵詈雑言を目の前で恐縮する男に降り注がせていた。
目の前で最敬礼したまま、これからの己の運命を悟っていたパタジンは、何も言うことができなかった。
「50万いた兵は? いったいどこへ行った!!」
「そ、それは……」
「聞いたぞ。今や3万にも満たないと。4400隻いた海軍も全滅だと。クワ・トイネ軍よりも少ないとな! どうしてこうなったのだ。どうして……」
怒りに任せて怒鳴り散らしていたが、やがて意気消沈して玉座にへなへなと腰を下ろす。
パタジンは地面を見つめながら、現状入手できた情報を慎重に脳内で組み立てながら報告した。
「港から避難した兵士からの聞き取りによれば、敵軍の掲げていた旗はクワ・トイネ、クイラ両国のいずれのものでもないとのことでした。辛うじて報告しに来た伝令からの聞き取り調査では、どうやら大日本帝国のものであるとか」
「大日本帝国、か」
大王は天井を見上げた。天井には煌びやかな装飾品が埋め込まれていたが、今の大王にその綺麗さは目に入ってこなかった。
3日未明に行われた攻撃により、3800万という人口を抱えるロウリア王国の王都ジンハークはほぼ全てが焼け落ちていた。つい先ほども定期便としてワイバーンより何倍も素早い巨大な飛竜が飛来し、腹から大量の爆弾を投下していった。
王都防衛隊が国民とともに消火活動に励んでいるが、これまた消化し辛い炎を必死に消そうともがいている。ロウリア人には分からなかったが、これは油脂焼夷弾(ナパーム)による空襲であるためだ。
幸いにも、王城自体には防御魔法により防御力が格段向上されていたため被害はなかったが、とはいえ城下町は例外なく燃やし尽くされていた。
……と、言うには語弊がある。実際は、防御魔法など多少の攻撃により破壊することが可能であったが、大王を殺せば、ロウリア各地で元首不在を理由に地方政府が乱立すると考えたため、攻撃を禁止しているのだ。
また戦後には占領地を統治する軍政監部を設置予定であるため、“戦後統治の象徴”として取っておいてある、ということもある。
「それで、敵は今どこにいる? 国境はもう突破されたのか?」
大王の問いに、パタジンはかぶりを振った。「既に工業都市ビーズルが陥落しました」
『何だと!?』
それまで沈黙を守っていた重臣たちが狼狽し始める。大王も唇をかみしめ、「どうにかならんか」と訊く。
「大王陛下。もはや王都防衛用の部隊は2000名を下回っております。それもほとんどが城下町に出張り、瓦礫の撤去作業や消火活動で手一杯です。王都防衛は難しいかと」
「そんな……」
「6年かけて育て上げた余の軍勢が、わずか数日で……」
大王は天を仰ぐ。もはや選択肢は残されていない。残されてはいないのだが……誰も“降伏”という言葉を口に出すことはなかった。
下手に進言すれば、「敗北主義者」「臆病風に吹かれた不敬人」などと烙印を押され、処刑される可能性もあったからだ。
御前会議は結局、結論を出さぬまま終わった。パタジンは瓦礫の撤去作業中の兵士を王城に呼び戻し、防衛体制を強化することにした。
このため城下町の復興がかなり遅れることになったが、大王からしてみれば民草は死んでもいくらでもいるが、王城にいる我々は死んだら終わりと考えたようだ。
そんな中、ついに日本軍が彼らの前に現れることになる……それも、彼らの予想だにしない方法によって。
2030年9月5日13時33分
ロウリア王国 ジンハーク 上空
余談であるが、“空挺”という言葉は、日本陸軍による造語である。
本来は敵地の奥に危険を顧みず侵入する“挺進”に、空から向かうという意味で“空挺”となった。
先の大戦中に歩兵科、砲兵科、騎兵科といった「兵科」は憲兵科を除き廃止され、陸軍“歩兵”軍曹や陸軍“騎兵”大尉と区別されていたものはなくなっていた。
しかし戦後、陸軍挺進集団、ドイツでいうところの降下猟兵師団、アメリカでいうところの空挺師団に相当する部隊は、海軍との確執から陸軍挺進軍に発展拡充されると、新たに挺進科……後に逓信省の逓信と同音であるため空挺科に変更……が設置され、陸軍の精鋭部隊として最前線に身を投じることとなる。
そんな空挺であるが、陸軍では二つの意味がある。すなわち“空輸挺進”と“空中挺進”である。
前者は輸送機に乗り込み敵地後方に降下する(エアボーン)、後者は輸送螺旋翼機(ヘリコプター)に乗り込み機動的に移動、前線もしくは敵地後方に降下するもの(ヘリボーン)、といった具合である。
陸軍ではどちらも“空挺”と略せる点、空輸挺進兵は空中挺進もできるし、空中挺進兵は空輸挺進もできるため、一緒くたに空挺兵と呼ばれている。
便宜上、陸軍挺進軍隷下の挺進師団には、空輸挺進連隊と空中挺進連隊の二つが存在するが、作戦によって全隊員が輸送機を用いることもあれば、旋機の場合もある。なお区別として、前者は空輸連隊、後者は空中連隊と呼ばれたりしている。
陸軍挺進軍は、先の大戦時には1万から2万名ほどの人員が所属していたが、戦後の拡充を経て、完全志願兵のみの所属で10万名の空挺隊員、輸送機・旋機操縦者、支援要員などの勢力を誇る。
輸送は光蓮重工製の七〇式輸送機もしくは七一式螺旋翼機を使用し、今回のロウリア攻略戦においても両機が空挺隊員らとともに敵地後方に進出していた。
「投下!」
次の瞬間、それまで硬くロックされていた重量14トンの鉄の塊が、機内貨物室から滑り落ちるように空中に舞った。
七〇式輸送機に積載されていた七二式挺進戦車は、機外に出るや巨大な落下傘を展開させる。
落下傘による効果スピードの減速により挺進戦車は無事に地表に着地すると、後追いで降下してきた空挺隊員が乗り込み、故障がないかの確認後、エンジンをかけた。
起動した挺進戦車は周囲に展開しつつある空挺隊員をタンクデサントさせると、ロウリア王国王都ジンハークに向け前進を開始した。
空から何かが降ってきたことを確認した地元の民兵隊か自警団らしき男たちが槍や鍬、包丁を持参してやってくるが、挺進戦車の搭載する30ミリ機関砲の直射を受け一瞬で遁走する。
ロウリア兵は王城の守りに徹しているらしく、空挺隊員らのいる王都郊外では一人も見かけなかった。
他にも十糎戦車砲(105ミリ)を搭載した七二式の砲戦車バージョンも投下されており、それらが頑丈な王都に続く城門を打ち破った。
それでもダメな場合には、上空待機している重武装の三八式襲撃機が噴進弾や空対地誘導弾などを食らわせている。
挺進第四師団隷下の空輸挺進飛行第四戦隊に所属する第一便がすべての降下を終える中で、間髪入れずに第二便が到着。各機100名近い完全武装の空挺隊員や、挺進戦車、挺進砲戦車、くろがねIIなどを次々投下していく。
それらが一斉に降下を開始したため、一見ジンハークに雪が降ったかのように見えた。
一方、王都周辺部及び城下町を捨てて王城防衛を優先したロウリア軍は、城下町を無血で制圧していく日本軍をただ睨むことしかできなかった。
何名か気の短い騎士たちが城下町に打って出ようとしたが、開門した直後に30ミリ機関砲によりミンチにされたため、以来外に出ようとする者はいない。
王宮主席魔導師のヤミレイは、なんとか王城から接近中の日本軍に一矢報いることはできないかと思考を巡らせていた。
「何とか一発だけでも……攻撃魔法を……」
そんな思いが先走ったか、ヤミレイは城壁に出る。城壁から眼下に映るのは、王城を包囲しつつある多数の兵士、そして甲鉄の地竜だった。
上から叩けば効果的に被害を出すことができないか、と考え、ヤミレイは詠唱を開始する。彼の意図をくみ取った何人かの宮廷魔術師らも共に詠唱を始め、彼らは共同で巨大な火炎玉を生成した。
城壁の上で異変が起きていることに気付いたのであろう数人の日本兵が指をさしてヤミレイたちに向かって何かを言っているが、彼らはお構いなしに、遂に十数メートルの火炎玉を作り上げた。
ヤミレイが杖を城下に向けた刹那、火炎弾はゴゥゥという飛翔する音とともに射出されていった。
着弾した箇所は爆炎を上げ、周囲の住宅を巻き込みながら瓦礫の山を形成した。幾人かの日本兵や1輌の鉄地竜が生き埋めになり、宮廷魔術師たちは歓声を上げた。ヤミレイも杖を上げて喜んでみせる。
その後、ヤミレイたちの活躍を見たロウリア兵は士気を回復させ、反撃を開始……だったらよかったものの、現実はそうはならなかった。
「何だあれは!?」
瓦礫の山をかき分ける日本兵たちを横目に、一匹の鉄地竜が合間を縫って進出してきた。
その鉄地竜は他のものよりかなり長い“鼻”を持っており、その鼻先はヤミレイたちに向けられていく。
「おい誰かあの――」
これから起きることを悟ったヤミレイは、側にいた魔術師に攻撃するよう命じようとした。しかしそれよりも前に鉄地竜の鼻先が光る。
0コンマ数秒後、ヤミレイたちは鉄地竜こと七二式挺進戦車から放たれた105ミリ榴弾の直撃を受け死亡した。体は四分五裂となり、同時に彼らの魔力や術式をもってかろうじて維持されていた王城全体の防御魔法にほころびが生じ始めることとなる。
「王城の防御魔法が弱体化している。全機攻撃開始」
上空で航空支援に勤しんでいた飛行第二十九戦隊の襲撃機が、城壁に対する攻撃を開始した。
それまで直撃以外の至近弾などでは謎の結界により弾いていたはずだったが、今では至近弾どころか多少離れた地点に着弾したロケット弾の破片でも城壁が傷付くようになっている。
それに気づいた地上部隊の方でも、ありとあらゆる火器を用いて城壁への攻撃を開始した。たちまち一部が崩れ落ち、籠っていたロウリア兵が城壁の雪崩とともに圧死する。
さらにいくつかの門も破られたことにより、遂に王城内に挺身隊員たちが流れ込んでいった。
「応戦しろ!」
王の間で指揮を取っていたパタジンは、待機していた近衛兵の投入を決めた。何部隊かが王の間から外へ出ていったが、日本兵の使う武器特有の音“パンパン”という音が近づいてくることはあれど、遠くなることはない。
王の間を守る近衛兵たちの血相は次第に悪くなっていた。しかしここを守らなければ、ロウリア王国の存亡にかかわると自身に言い聞かせ、剣を握りしめる。
「突破されます!!」
数分した後、外の警備についていた近衛兵が、腕を押さえながら入って来た。押さえる腕と頭からは血がだらだらと流れ出しており、報告を終えるや近衛兵は力を失ってその場に崩れ落ちた。
パタジンは抜刀すると、目の前の扉に全神経を集中させる。
一瞬の静寂、扉が開かれようとする。
「今だ! 突撃!!!」
パタジンが駆け出すのと、扉が爆散するのは、ほぼ同時のことった。
「ぐわぁ!?」
誰よりも前に出ていたパタジンは、爆風にあおられ横転する。慌てた近衛兵が彼の下に駆け寄ろうとするが、その前に無数の破裂音が室内に響き渡った。
パタジンはうつぶせになったまま目の前に口径を疑った。やはり、これはパーパルディアで見た——
「掃蕩しろ! 突入突入!!」
あっという間に数十名いた近衛兵が全滅。生き残っているのは自分だけのようだった。
彼は立ち上がり反撃しようとするが、うまく力が入らない。同時に右足に激痛が走る。
「(しまった、破片が……)」
扉の爆発により、勢いよく飛んできた木片が足に刺さったらしい。顔を足に向けると、ドアの一部が足に突き刺さっていた。
立ち上がれず悶絶する中、日本兵たちが近づき彼を拘束する。明らかに周りの装備が違うため、止めを刺すより俘虜にすることを選んだようだ。
パタジンの両手を背中に回し、声を荒げながらロウリア語で……実は日本語なのだが、どうやらこの世界の住民にはすべてそれぞれ対応した言語で聞こえるようだ……「大王はどこだ」と訊いてくる。
答えてたまるか、とかぶりをふった矢先、一人の日本兵が奥の間に続く隠し扉を見つけた。
「(し、しまった。その先は)」
「ぶち破れ!」
鍵がかかっているのを確認すると、後方にいた兵士を呼び寄せる。
その兵士は背中にかけていたアミダ銃砲製作所製の自動式散弾銃を取り出すと、錠前のある部分に銃口を押し当てて引き金を引いた。
元の世界では“マスターキー”ともよばれ、室内戦闘の王道武器の一つである散弾銃から発射されたスラッグ弾は、中世時代の錠前を簡単に破砕してみせた。
「やめろおおお!!!」
思わず叫ぶパタジン。その反応を見て、“あたり”と言わんばかりに指揮官らしき日本兵が一瞬笑みを浮かべると、銃を抱えて扉の向こうへ入っていった。
しばらくして、頭にずだ袋を被せられた男が部屋から連れ出されてきた。服装から見るに、大王ロウリア34世その人のようだ。
落ち着いたようで指揮官は弁当箱のようなものを背負った兵士を呼び寄せると、通信具らしきものを耳に当て、「大王確保」とはっきりと言った。
「……終わった……」
うなだれるパタジン。それを一瞥し、指揮官は連行せよと命じる。
連行される途中、廊下には無数の近衛兵の遺体が転がっていた。
反対に、日本兵の死体は見当たらない。怪我をして手当されている日本兵が何名かいたが、致命傷にまではいたってないようだった。
「終わった、すべて終わりだ……」
大王が捕まり、王都は失陥。パタジンはロウリア王国の滅亡を感じ取った。よく見れば宰相の死体も見える。首脳部のほとんどは逃げる最中、日本兵たちに殺害されたようだった。
パタジンはその後、虜囚として日本軍憲兵隊の一時預かりとなると、日本軍占領下にある都市ビーズルに送られた。そこで一旦足の治療を受けた後、今度はクワ・トイネ公国のギムにある俘虜収容所へ収容されている。
しばらく足の療養に専念することになるが、そんな中、ロウリア王国及びその属領が無条件降伏したという知らせを受けることとなる。