Hunting!~ユクモへの旅路と狩人娘と、時々オトモ~   作:Yuzuki0613

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空を舞う巨大な影。地に潜む影。渓谷の深淵、天を突く山々、どこまでも広がる海原。多くの自然環境に恵まれたこの国には、古来から非常に多くの種類の生き物が生息してきた。強きものがまた強きものを捕食する、生命の連鎖。鎖のようにつながるそれらは、強きものほど数が少なくなり、三角形のヒエラルキーを形どってきた。
それらの頂点に立つもの。それが、竜と呼ばれる種族である。
そのような最強の生物に対抗する者たち。
それらを総称して、「ハンター」…狩人と呼ぶのである。

ここに一人の少女が立つ。
彼女のか細い体躯に背負う大形生物撃退用の弓を見なければ、誰もが彼女を狩人とは思わないだろう。
これはそんな少女と荒々しくも眩しい世界の物語。

※こちらは株式会社CAPCOM様から発売された「Monster Hunter」シリーズの二次創作作品となります。
※処女作となります為、世界観が公式設定などと異なる場合がございます。至らぬ点があるかとは存じますが宜しくお願い致します。




Hunting!~ユクモへの旅路と狩人娘と、時々オトモ~

今でない時。

 ここでない場所。

 深淵なる渓谷に、一羽の鷲が舞った。

 猛き両の翼は屹立する山渓を自由に舞う。その翼を叩く雨脚など気にする風でも無く。

 遠く山頂から吹き下ろしてくる強風にその身体を乗せ、雷鳴轟く谷の上を悠と飛ぶ様は、まるで空の王者の様である。

否。

 空を往く鷲の上空に、一迅の影が舞った。鷲の雄大なる翼が影に隠れ、にわかに黒く染まる。

鷲が自らの危機を察知するのと、静かな山渓に轟く咆哮をその耳にするのと、上空より巨体が凄まじい速度で舞い降りてくるのは同時だった。

 慟哭する間もなく、天空より風を巻いてその爪を光らせたのは赤き竜。毒のしたたる鈎爪が、鷲の両の翼を貫き羽毛に覆われた胴体をも捉え、雨粒と強風を道連れに岩盤へと叩きつけた。

上空を舞う王者は、それをも優る赤き覇者によって贄となる。

岩盤に打ち据えられた嘗ての空の王者は断末魔を上げる間もなく、その鳶色の瞳を永遠に閉じた。

 強きものはより強きものの糧となり、より強きものは天空を駆ける覇者となる。繋がりゆく生命の連鎖の闘いは、渓谷の深淵に於いても同様であった。

赤き竜は糧となった鷲を鈎爪に捉え、今ひとたびの咆哮と共に空中に飛び

上がった。聡明な翡翠色の伴侶に収穫を届けるために。

 

渓谷に轟く翼音は、色づいた紅葉の葉を切り取り、ふわりと風にのって。

篠突く霧雨の中を往く少女の掌へと舞い降りた。

 

 

 

「雨、です」

 少女は掌に舞い降りた紅葉を弄びながら、そっと呟いた。

撥水加工がほどこしてある緑色のフードの縁より、冷たい雫がぽとりと落ちた。霧雨が少女の足元を濡らし、その冷たさが少女の身体を竦ませる。

 ごとごとと音を立てて、少女を乗せた荷車は渓谷沿いの道を往く。

 幾分年期の入った荷車を引くのは、丸鳥の別名を持つガーグァという家畜だ。その名の通り全体的に丸みを帯びた身体付きである。申し訳程度についている羽は小さく退化してしまっていて、他の鳥と同じように大空を駆けることは出来ない。その代わり、彼らは地面を踏みしめる強靭な足を持ち、人間と共存する道を選んだ。食用のみならず、保温性の高い羽毛や荷車の足として、繁殖してきた種である。

「わわ」

 ガクン、と大きく荷車が傾き、少女はバランスを崩した。自分の横に積んであった果物を入れた籠が傾き、中身が幾つか零れてしまったので少女は慌てて籠を押さえ、ほっと息をついた。

 ガーグァは貴重な庶民の力として重宝されているが、些か臆病で頭が良いとは言い難いのが難点だ。少しの物音でも驚いて足並みを乱すため、乗合の車は他の家畜を使うのが常である。ガーグァが引く荷車は専ら物資を運搬する用途に使用される。

「すまねえニャお嬢ちゃん。ちっと荒い運転になっちまって」

 御手席に座っている猫のような影がぴょこりと少女を振り返り、鼻をひくひくさせながら詫びる。

 ふかふかした毛皮に覆われた姿は猫に似ているが、器用にタズナを捌く様はまるで人間のようである。

 彼らはアイルー族。高い知能を持ち、人間と同じように村を作って棲息する種族である。通常自然界のフィールドにてアイルー族の共同体を作って生息しているが、好奇心が旺盛な性格のため、人間のコミュニティに降りてきて仕事を見つける者も少なくない。

 大きな目に柔らかな毛皮、ふかふかの肉球で器用に道具を使い、後ろ足でよっこらと立ち上がって歩き、走る時は四本足で駆ける。

愛嬌のある顔立ちと種族に共通する従順な性格から、生涯の相棒として人間と古くから共存関係にある獣人族である。

「やっぱ乗合の馬車に乗った方が良かったんでニャいかい」

 アイルー族の話方は独特で、ナ行の音がむにゃむにゃと籠るのが特徴だ。

「お嬢ちゃんみたいニャ若い娘っ子が旅をするニャ、ガーグァ車はちっと暴れん坊過ぎるかニャ。お尻が二つに割れちまうニャ。あ失礼、人間は元々お尻が割れてるんだったニャ」

 ニャフニャフと御手のアイルーは笑った。この愛すべき種族が言うと、聊か下卑た冗談も愛嬌あるものとなってしまうから不思議である。

「でも乗合馬車は満席でしたので…全然構わないのですよ。それに私はお嬢さんじゃないのです」

 少女は被っていたフードを外した。雨が滴り落ちる外套に仕舞われていた、亜麻色の髪がふわりと姿を現す。

「これでも、ハンターなんです」

 がくん、とガーグァ車が再び傾く。少女はバランスを失って荷台の中を左右する果物籠と共に派手に転び、強かに腰を打ちつけ、むうと唸った。

「びっくりしたニャ。びっくりしすぎて運転が狂ったニャ。大丈夫ですかニャお嬢ちゃん、改めハンターっ子さん」

「痛つつ…そんなに意外でした?」

 頭に被ってしまった果物籠を取り除き、ふうと彼女は息をついた。

荷車に乗ってきた街から、自分がハンターだと名乗れば回りの反応はいつもこの調子である。いい加減に慣れてきたとはいえ、そういつも同じような反応だと逸っていた気も凋んでくるというものだ。

 荒くれ者揃いのハンター…別名『狩人』の印象の中では、華奢な印象を持つ彼女が名乗ったとしても冗談のように聞こえるのであろう。

解ってはいても。胸を掠めるこの気持ちは少しの悔しさであった。

 

 空を舞う巨大な影。地に潜む影。渓谷の深淵、天を突く山々、どこまでも広がる海原。多くの自然環境に恵まれたこの国には、古来から非常に多くの種類の生き物が生息してきた。強きものがまた強きものを捕食する、生命の連鎖。鎖のようにつながるそれらは、強きものほど数が少なくなり、三角形のヒエラルキーを形どってきた。

 それらの頂点に立つもの。それが、竜と呼ばれる種族である。

 鋼鉄の鱗に蔽われた身体。獲物の身体を抉る爪や牙。轟く咆哮。彼らが棲まう場所は、緑深き渓谷か、青深き海原か、凍てつく凍土か、はたまた命育たぬ火山の果てまで。名を変え姿を変え、竜はこの国の最強の生物として古来より君臨してきた。

 豊富な自然環境は数多の生物を作り出し、それらの豊富な自然の資源は

巨大な体躯を誇る彼らを育んだ。各地に跋扈する竜達は他の生物を捕食し、

縄張りを侵す人間達を尽く牽制してきたため、人間は彼らの息吹の届かぬ場所に村や街を作り、ひっそりと暮らすにとどまってきた。

 そのような最強の生物に対抗する者たち。

 それらを総称して、「ハンター」…狩人と呼ぶのである。

 最強の生物に対して闘いを挑む、命知らずの狩人達。

 ある時は竜の逆鱗に触れた村を護る為。

 ある時は万能の薬の元となる薬草を探しに、竜の住処に入る為。

 ある時は、千金の価値がある竜の宝玉を手に入れる為。

 彼らは各地に点在する村や街の武器となり盾となり、日々野山を駆ける。

「そんなハンターに、憧れていました。ずっと…。ですから私、修行を重ねてこの度、ついになることが出来たんです!」

 少女は首に下げた細い鎖を引きよせて、小さな鋼の塊を取り出した。

燻した鋼で模られた象徴化された竜に、剣が絡まった紋章。

『ハンターの証』である紋章であった。

「ニャ…こりゃあ二度びっくりしたニャ。確かにホンモノ。でもまだ、組紐がついてないようニャけど」

 ハンターには定住する「村」が必要であった。

 人々の共同体である「村」が求める生活物資や素材を、大自然の中より

獲得する役目を担っている為、村はハンター達に最低限の住環境を提供する仕組みとなっている。「村」からの要望をまとめて「依頼」という形でハンター達に提供する役目が「ギルド」であり、通常「村」が「ギルド」を直営している形となっていた。(そうでない場合もあるが。)

ハンターとなって生きるには、どこの「村」所属のハンターか、ということが重要になってくる。そうでないと、定期的な仕事の無いハンターは食ってゆくことが出来ない。「村」所属であることを示すには、ハンター証にその「村」特有の組紐をつけるのが決まりであった。

 少女のハンター証には組紐がついていない。と、いうことはまだ少女はどこの「村」所属でも無いということになる。

「そうなんです…実は私、ハンターになりたてホヤホヤでして。『村』所属ハンターになるための採用試験を受けに行くんです」

 「村」所属のハンターであるためには、一定の信用を得ることが肝要になってくる。戦闘職であるハンターには気の荒い者も少なくないため、「村」側とのトラブルを少なくするためギルド側が一定の採用制度を設けている場合が殆どだ。…そして、「村」所属ハンターでないということはやはりハンターとしては半人前、なのであった。

「(自分が半人前なのは解ってるんだけどな…)」

 御手のアイルーが気の弱い荷車の馬力(ガーグァ)が気になるらしく、話半分にそわそわし始めたので少女はフードを被り、大人しく荷台に座り直し、ふと溜息をついた。

 この先、どのような試練が自分を待ち受けているのか。

 どのような竜に出会い、どのような人々に出会うのか。

 期待と不安に胸を詰まらせながら、しっかりとハンター証を握り締めた。

 冷たい鋼の感触は、頼りない自分の掌の中で次第に温まっていくようであった。

渓谷より立ち上る霧が山河のあちこちに白く煙り、視界はぼんやりと白く見え辛い。荷台から身を乗り出せば、白い海のようになった霧溜まりの中よりうっすらと森の影が映る。

 幽玄という形容が当てはまる神秘的な景観であった。

 篠突く雨は勢いを増し、時折雷光が空を奔る。出発の日にはあまり有難く無い天気である。

「いつも私晴れ女なのにな」

 空を眺めてひとりごち、湿気が進入しないよう外套の前をしっかりと合わせた。

 その時であった。

 ガクン、とまたもや荷車が大きく揺れた。三度彼女は果物籠と共に転がることとなる。

「わぷ、うう。やっぱ荷車は勘弁なのです…」

果物籠を押しやった次は、鍋や皿などの質量の物も崩れてきたから大変である。割れ物と思しき物を片っ端から手で掴み、足で拾い、顔面で受け止めた。右に大きく傾いたかと思えば今度は左へ。軋みを上げる荷車はお世辞にも丈夫な作りとは言い難く、車内の揺れも酷い。

 思わず声を上げそうになった耳に、御手のアイルーの叫び声とガーグァの鳴き声が飛び込んで来た。

「(どうしよう)」

 身体が強張る。ドクンと心臓が早鐘のように打ち、血の気が引いてゆくのが分かった。荷車の揺れは尋常で無い。想定していない「何か」があったに違いなかった。

 考えるより先に身体が動いた。

 抱えていた布包みを掴む。花柄のそれがするすると戒めを解き放ち、

主人である彼女の手で、その姿を白日の元に現した。

 折り畳まれていたそれは、ぱちんと音を立てて広がり、一対の弓となる。

彼女の背の高さほどある、対大型生物用の武器。国特有の羽虫の素材で作られたそれは、武器にするには勿体無いほどの美しさだ。

 使い慣れたその武器を握りしめ、その弓を持って、アイルーに飛びかからんとしていた影を思いきり打ち据えた。

ギャンッという声と共に黒い影が地面に叩きつけられる。しかし襲いかかってきた影は、それだけでは無かった。

 疾走していたガーグァの足に纏わりつき、その足に噛みついた影を彼女は見落としていた。しまった、と思う間もなく、ガーグァが哀しい叫び声を挙げて大きく道を外し、荷車はバランスを崩して山道の壁に叩きつけられる。

「守らなきゃっ…だめ、です!」

 咄嗟に空中に放り出されたアイルーを抱え、武器を絶対に離さない要に一緒に抱え込む。衝撃を最大限に殺すため、肩から滑り落ちるように転がった。少し遅れて、荷車の車輪が飛んで来る。

「(教官に習った通り。転がる時は思い切って、だっけ)」

 早速実戦で使うとは思っても見なかった。座学でいつも赤点擦れ擦れではあったが、実技の点数は割と高得点だったことを不意に思い出す。

腕の中でアイルーが僅かに身じろぎするが、怪我は無いようだ。ほっと、溜息をついた。

「お嬢、じゃニャかったハンターさん!あ、あそこあそこ!」

 腕の中のアイルーが素っ頓狂な声を上げる。ぽかぽかと頬を叩く肉球の感触に我に帰ると、目の前には幾つもの影が立ちふさがっていた。

 オレンジと紫の鮮やかな体躯。細い体躯に鋭い爪。トカゲの様なエリマキが特徴的な小型の肉食竜。

「えっと確か…」

「お嬢しっかりニャ!ジャギイニャ!ここらで最近増えてて被害続出の奴らニャよ!」

 ガーグァの足に噛みついたジャギイと、先ほど打ち据えたものも含め、

合計四匹のジャギイが彼女達を取り巻き、地面を引っ掻きながらしきりに牽制していた。襲いかかってきたのは少なくとも二匹だった筈なので、恐らく先発隊が仲間を呼んだのだろう。ジャギイは特殊な呼び声で仲間に相図を送り、集団戦法を得意とする厄介な習性を持つ。

「どうしよう…なんて考えてる暇は無さそうですね…」

 額から汗が噴き出てくるのを感じるが、ゆっくりと弓を構え直す。

「お、お嬢どうするニャ?奴らもう腹ペコって顔してるニャ」

 アイルーが彼女の足にしがみ付いて声を震わせる。耳がぺたりと寝ていて、完全に怯えきっている様子だ。

「お嬢じゃなくて、ハンターなのです。…ね、ネコさん。一匹くらいならどうにか出来ますか?っていうか」

 彼女は大きく息を吐き出し、地面を駆けつつ叫んだ。

「どうにかしてください!行きますっ!」

「無理ニャー!!!」

 アイルーの叫びを合図に、彼女は駆けた。そして賭けた。自分の感に。

 高速で矢を番え、同時に飛びかかってきたジャギイに向けて、弾き絞った指を放つ。空を切り割いて飛んだ矢は、丁度大口を開けて彼女の喉笛を狙っていたジャギイの喉を貫いた。ゲッという声と共に、後頭部から矢を生やしたジャギイが地面に倒れる。

 続いて飛んできたジャギイの牙を弓で受け止めた。ギリギリと弓に食い込むジャギイの乱杭歯から滴る涎で弓を握り締めていた左手のグローブが湿っていく。

「ッ、離して!」

 右手に持った矢で大きくジャギイを薙ぎ払う。弓に被りついていた所為でガラ空きだった胸の部分に矢が刺さり、堪らず牙を離したジャギイに、

懇親の力を込めて突き放すように蹴りをくれた。

「ド、ドロップキックの練習しといて良かったです…」

 講習の空き時間にふざけて披露していた蹴り技がまさか役立つとは。少女は息を付く間もなく、新たな矢を番え、ギリギリと力一杯引っ張った。

力を込める。気を送りこむように、弓を引張るココロに集中を。神経が研ぎ澄まされ、標準が絞られるように一点に視界が狭まっていく。

「当たって!」

 流星の如く、放たれた矢はジャギイの胸を刺し貫いた。断末魔の叫びを挙げて、崖の下を転がり落ちていく。それが三匹目だった。

「お助けニャー!」

 気づけば先ほどの御手のアイルーが残りのジャギイに追いかけ回されていた。だが四つ足で全力で駆けるアイルーの尻尾を執拗に捉えようとするが、ジャギイの鋭い牙はその度に虚しく空を噛む。苦し紛れにアイルーが投げつけた石礫が大きく噛みつかんばかりに開けたジャギイの口の中に入った次点で、この日のジャギイの運命は決まったようなものであっただろう。

 石を飲み込み目を白黒させたジャギイに、今度は後ろから矢が二本、立て続けに浴びせられる。咳を一回したジャギイはゆっくりと倒れ、ギ、と一回腹を膨らませると動かなくなった。

「はあ、はあ…。これで、全部、ですか…?」

 肩で大きく息をして、彼女は腰から力が抜けた様に、へたり込んだ。

 ジャギイなら、講習で相手をした事もある。初めての相手では無い筈、だった。しかし講習では教官が付いていた。他のハンター訓練生も居た。

同じ種族である筈なのに、実戦のジャギイは講習よりもずっと速かった。

それに、こんなに一度に何匹も相手にしたのは、本当に初めてだったのだ。

「う、怖かった…怖かった…です…。」

 号泣しながら胸に飛び込んできたアイルーを抱き止め、彼女は涙とじんわり出てくる鼻水を抑えることが出来なかった。

 情けない、と思った。

 生命を奪うものに対して自分の力を持って立ち向かっただけだった。

捕食されたく無かったから、夢中で防衛しただけだ。

「でも、この子達は…」

 矢が突き刺さったジャギイに近寄る。瞳を閉じて、皆絶命していた。

まだひくひくと生々しく足を動かしている個体もある。脊髄反射というやつだろうか。ともあれ、彼らは先ほどまでは生きていた。自分が奪ったのだ。他ならぬ、彼らの命を。

「ごめんなさい」

 これがハンターだ。文字通り命を『狩る』者。

 腕の中で震えるアイルーと、自分の命を護る為に差し出した代償を前に、

彼女はただ茫然と、涙を零し続けた。

 閃光が奔り、ほどなくして雷鳴が轟く。かなり近い処に落ちたようだ。

雷鳴が轟き目の前が真っ白になる。耳をつんざくような轟音に思わず身を竦ませた瞬間。

 雷鳴の中、轟音と共にそれは現れていた。

 紫を基調とした体躯。しかしそれは先ほど屠った先発隊よりも数倍は巨大な。

 小型の彼らは先発隊に過ぎず、本体の親玉が到着したことを彼女が悟った時には、彼女の右肩上部に凄まじい一撃が加えられた後だった。

鞭のようにしなる尻尾による一撃は小柄な彼女を岩盤に叩きつけるのに十分だった。十メートルはありそうな巨体から振り下ろされた衝撃で脳心頭を起こしたのか、彼女の目より文字通り火花が散った。

つうっと、切れた額から生暖かい物が視界を覆う。

「ドス…ジャギイ…です」

 狗竜の名を持つ、大型竜。初めて遭遇する。

 がくがくと、身体が震えていた。小声で戦わなきゃ、と呟き、力の籠らない震えた腕で弓を持つ手を握る。しかし、討ちつけた頭の衝撃が強かったせいか視界が歪み、とても狙いを定めることは出来そうに無かった。

 閃光が走る。狗竜の顎から滴る涎が、早く獲物を噛みちぎりたいとばかりに地面に溜まってゆく様が、妙にゆっくりと目についた。

 わたし、ここで死ぬのかな。

 ぐらつく視界の果てで、考える。

 ハンターに成りたてで、所属する村にもたどり着けずに。

 たった一人で、こんなところで。

 何も…出来ずに。

 裂けるほどに牙を広げ、狗竜が彼女に飛びつこうとした瞬間。

 牙を受け止める鋼の凄まじい音が、豪雨の谷間に響いた。

 

 

 雷鳴と共に自分に襲いかかるはずだった痛みと衝撃が無いことに気づいて、彼女はそっと、瞳を開ける。

 目の前に広がるのは、紅き鎧の広い背中。身の丈ほどもある大剣が、狗竜の牙を力強く受け止めていた。

「うっぜえな…。三下のクソ竜の分際で」

 牙を受け止めていた大剣に力を込め、刃を横に、薙ぎ払った。

 牙を支えていた剣の刃の向きが変わったことにより、狗竜は無防備な口の中を斬り裂かれた形となる。血飛沫を上げながら後退した狗竜の身体に、

勢いを乗せた大剣の追撃が入った。

 人間の身長ほどもある大剣は、刃の鋭さよりも力により「叩き斬る」戦法を得意とする。故に竜の鱗であれども、まともに食らえば生半可な傷では済まないことは必定だった。

 その一蓮の動きの鮮やかさ。とても大剣を扱っているとは思えない素早さだった。

「何してやがる、ぼーっとしてんじゃねえ!」

 乱暴に腕を掴んで横っ面を張られる。遠ざかりかけていた意識が一瞬にして脳に帰ってきたような感覚を味わい、頬をさすりながら何とか答えた。

「は、はい!大丈夫なのです」

 赤き鎧に身を包んだその救世主は、同業のハンターの青年のようだった。額につけるヘッドギア型の兜から除く瞳は黒。声からして、案外若いようだ。青年というかは、少年というべきか。

 しかし容赦無く平手打ちを喰らわせる辺り、颯爽と推参した王子様…にしてはちょっと態度がきついのではないかしら、とぼうっと考えていると目の前の少年の眉がきつく寄る。苛々と舌打ちをした。

「てめえ呆けてんのかコラ。狩りの最中で気ィ抜くんじゃねえよ、足手まといになりやがったら俺が先に叩っ切るからな」

 凄まじい悪態を彼女に浴びせる。まさに立石に水の如しである。

「すみません…でした」

「解ってんだったら後ろ退いてろ。すぐに片…づけてやる」

 会話の途中で憤怒の色を浮かべた狗竜のしなる尻尾が、彼の背後に迫っていた。

 彼女が息を呑んだ瞬間、彼は狗竜の攻撃を振り向きもせずに背中の大剣で尻尾の攻撃を受け止め、更に裂帛の気と共に切り上げた。

 中ほどで切断された尾が宙を舞う。

「ひっ!」

 どたりと目の前に落ちてきた尻尾を前に思わず喉の奥が飛びあがる。

 尻尾を失った狗竜が足を引き摺り、一時退却を図ろうとした瞬間が、狗竜の最後となった。

「遅いんだよ…ッ」

 身の丈ほどの大剣を軽々と操り、少年の牙は狗竜の背中に食い込んでいた。紫色の鱗を食い破り、肉を断ち骨を割る一撃は致命傷だった。

 ガ、と大きく息を吐き出した後、狗竜は地面へと倒れ伏す。

 その動き。大剣を捌く技術。

 どれほどの卓抜した身体能力と天性の才があれば、彼のように動けるのだろうかと思った。

「おい…おい!そこの娘っ子!」

「は、はい!」

 ぶっきらぼうに声をかけられ、自分が彼の力量に見惚れていたことに気づく。そしてみっともなく口が開けっ放しだったことに気づき、恥じ入る次第であった。

 そして投げつけられたのは先ほど切り落とされた、狗竜の尻尾。

「ひ、ひいっ!何でこれ、投げるんですかあっ!」

「剥ぎとりゃ鱗のひとつでもあんだろ。折角だから貰っとけ」

「はい…でも、投げるかな普通…」

「あん?」

 彼の眉がまた不機嫌そうに寄ったので、大人しく指示に従うことにする。

まだビクビクと生々しく動き、切断面も露な尻尾に、恐る恐る剝ぎとり用のナイフを当てた。

「ごめんなさい…わたしも、死にたくなかったの」

 言い訳のように呟きながら、表面の鱗を削いでいく。

 ぽたりと、地面に雫が落ちた。

 先ほどまで降りしきっていた豪雨だろうかと空を見上げると、

いつの間にか雨が止んで、雲の切れ間から光が差し込んでいた。

地面に落ちた雫は、自分の瞳から零れ落ちたものだったのだと気づく。

そう思うと、涙は後から後から溢れ出てきた。

「…何やってんだ」

 僅かに、戸惑っているような声音が頭上から落ちてくる。少年に顔を見られたくなくて、少女は顔を覆った。

 命を奪うことこそ、狩りだ。

 でも、その恩恵を受ける行為をするには、自分が責任を持って屠った相手に対してではないといけない気がした。

「わたし、守ってもらったのにこの…竜さんの…鱗を剥ぐなんて…うう、ごめんなさい…」

 あーもう、とナイフを取り上げられた。どすっと座り込み、彼が丁寧に

尻尾に刃を当てていく。その手つきは意外と細やかだ。

「クソみてえにウジウジしてんな、鬱陶しい。これだから女は嫌いなんだよ…。折角助かった命なら感謝しろ。っていうかまず俺に感謝するのが筋だろうが!てめえが襲われた相手に対して泣くってのはどういう了見だド阿呆が。しかも剝ぎとりもまともに出来ねえときてやがる。あー鬱陶しいことこの上なしだ。こんぐらいこなせ、ボケナス!」

 罵倒に次ぐ罵倒の嵐で出かけていた涙が引っ込む。目を白黒させている彼女にほらよ、と、少年は幾ばくかの小さな鱗とナイフを押しつけた。

「本体の分は俺が貰うぞ。ドスジャギイなんぞ端金にしかならねえがな」

 いつの間に剝ぎとったのか、少女に渡したのよりも大きい鱗を手の上で弾ませ、彼はくるりと踵を返した。

 が、その鎧の裾がぐいと引っ張られ、それ以上前に進めない。

 眉間の皺を更に深めながら振り向くと、彼女が彼の鎧の裾を引張り、何か言いたげにしていた。

「あのっ!…お礼が遅れちゃってごめんなさい。あなたの言う通りです。助けてくれて、ありがとうございました!」

 じっと見つめた彼の紅い鎧に陽の光が反射する。くっきりと露になった顔のライン。切れ長の瞳に整った顔立ち。歳の頃は少女とそう違わないように思えた。

「お名前を聞かせていただいても…良いですか?あの、こう見えても私、まだ見習いですけどハンターなんです、その、あまりにもお強いのでその秘訣とか教えてほしくって、えっとそれから」

「あん?…ああ…なんつうか、突っ込みどころが多すぎてどこからまず指摘したもんかだが。とりあえずだ」

 彼の不機嫌な様子に更に拍車がかかっていく。そして、ゴッ、という音と共に拳が彼女の頭にめり込んだ。

「一つ、人に名前を聞く前に自分が名乗るのが筋だろうがこのド阿呆が!

二つ、ハンターだったらドスジャギイからの自己防衛くらいしろこのアンポンタンが!三つ、いつまでも裾掴んでんじゃねえよこのウスラトンカチが!」

「ご、ごめんなさいーッ!」

 ひりひりと熱を持つ頭を押さえながら、彼女は立ち上がり、被っていた雨除けのフードを払ってから微笑んだ。陽の差し込むような、とびきりの笑顔で。

「わたし、テルっていいます。宜しくお願いします!」

「ああそうかよ」

「ちょっと!お名前、聞かせてくださいって言ったじゃないですか!」

 速効で立ち去ろうとした少年の裾を再び掴む。少年は至極迷惑そうに、

ぶっきらぼうに答えた。

「…レイ。これでいいか」

「レイさん、ですね。良い名前ですね!」

「あん?てめえ、頭湧いてんのか」

「湧いてないです!だって、レイさんが」

「うるせえ。うぜえうぜえうぜえ!人の名前連呼すんじゃねえ!」

「だって、名前…」

「あああ、もう。てめえと喋ってっと苛々すんだよ。しかもハンターだったらもっと悪りぃ。ドスジャギイに食われそうになるわ、剝ぎとりも出来ねえわ、おまけに獲物に同情して泣くなんざハンターじゃねえ。悪いことは言わねえから辞めちまえ」

「…それは、出来ません!わたし、決めたから」

 真っ直ぐに、彼の瞳を見返す。彼女の焦げ茶色の大きな瞳が彼の日が射して紫色がかった黒い瞳にぶつかった。

「絶対に、一人前になるって、約束したんです」

「…はん、そうかよ」

 瞬時の邂逅の後、彼から視線をそらす。

「てめえがどう頑張ろうが俺の知ったことか」

 そして、少女にふかふかする毛の塊を押しつけた。

「この伸びてるアイルーも適当に処理しとけ。あそこのバカ鳥の荷車もなんとか動くだろ」

「はい…あの、ありがとうございます。…優しいんですね、何だかんだ」

 みるみる内に彼の眉間の皺が深くなり、全身から殺気だった雰囲気を感じたため、彼女はそれ以上の言葉を放つのを封じた。どうも自分は余計なひと言を交えてしまうようだと学習したのである。

 別れの言葉も言わずに、彼はくるりと背を向けた。その背に負う大剣が、

彼と自分との差を示しているように力強く輝いていた。

「あの…レイさん!レイさんは…ユクモ村に居るんですか?…また、会えますか?!」

 ずんずんと進んでいく彼の背中はその声に答えることなく。

 ただ一瞬だけ立ち止まった。こちらを向かないまま、また歩き出す。

 それが答えだ。きっと彼にはいつかまた会える。

 そんな予感がした。

「もうちょっと、聞きたかったんだけどな」

 彼の紅い鎧は、何の竜の鱗を使用しているのかと、彼女は問いたかった。どこかで見た気がしたからだ。しかも、ごく最近…。

 その時、渓谷の底から大きな風のうねりを感じた。少女は思わず、腕の中のアイルーを飛ばされないように抱きしめる。

 谷の奥底より、霧を巻いて空へ飛びだしたのは、紅き竜。

空の王者リオレウス。

陽光を浴びて、彼の雄々しい鱗が煌く。

 「彼」を間近に、彼女はその鱗の輝きに見入った。

 そうか、あの輝きは、あの人の。

 翼から生み出された推進力で、彼は空に登っていく。遥かなる高みへ。

 その風は、彼女の亜麻色の髪を揺らした。

 少女はまっすぐに前へ向き直る。そして深呼吸をひとつした。

「わたし、あきらめない。…目標が、出来たから」

 むにゃむにゃとアイルーが唸る。彼ももうじき目を覚ますだろう。

 荷車を立て直して、ユクモ村へ行こう。私は私の為すべきことをする。

見知らぬ竜や人々の出会いに、躊躇している暇は無いのだ。

 少女は空を見上げた。見果てぬ空の先に何が待つのかを想像しながら。

 

 少年と少女が再び出会うのが、それからそう遠くない先であることを、

まだ彼女は知らないのだった。

 

 

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