Hunting!~ユクモへの旅路と狩人娘と、時々オトモ~   作:Yuzuki0613

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第2話-1 渓谷への試練

 緑深き渓谷の奥の、そのまた奥に、その赤い色の村は在った。

 荒々しい岩肌が天を衝く崖に沿うように走る渓谷の中で、岩肌沿いにわずかながら拓けた場所がある。限られた平地の上に折り重なるように立ち上る家の軒並みは、特徴的な屋根瓦と赤く塗られた柱と壁。どこか異国情緒あふれる町並みには、もう一つ大きな特徴がある。そこかしこで上がる暖かな温泉の噴煙。ここは湯里、ユクモ村。

「着いたああああぁ!」

「無事ニャぁあああ!」

 大声を上げた少女…もとい、「ハンター」テルとアイルーはユクモの旗印が上がった街の門を潜り歓声を上げた。渓谷に佇むユクモに至るまでには当然の事ながら坂道に次ぐ坂道。先のジャギイとの一戦で半壊の荷車は、どうにか大方の荷を破損させることなく立て直すことが出来た。だが一度外れてしまった車輪は動くごとに軋みを上げ、いつまた外れてしまうか解かったものでは無いため、ここまでテルは車輪を気遣いながら、ガーグァ車の後ろをえっちらおっちらと押して上り坂を進んできたのである。お陰で彼女の細い体躯は荷車といい勝負に傾き、ぐぎぐぎと軋み声を上げていた。

「ああああ…疲れました…」

 思わず道端に大の字になって寝っ転がりたかったが、門番のアイルーが厳しい目を向けたので渋々止めにして、テルは荷車の上にへたりこんだ。

「本当にお疲れ様ニャ、お嬢。それに…ここまで辿り着いたのもお嬢のお陰ニャ。…なんて御礼を言ったらいいのかニャ」

 悪路を甲斐甲斐しく勤めたガーグァの喉を撫でながら、旅の友のアイルーはむにゃむにゃと唸る。

「御礼なんて…ここまで連れてきてもらったんですもん。それに、わたしだってたくさんカッコ悪いところ見せちゃったし」

 テルは肩をすくめ、顔を赤くした。助けてくれた赤い鎧の少年を思い出し、顔が何故か火照る。手にした大型生物撃退用の弓を折り畳み包んである花柄の布包みを、もじもじと抱えた。

 彼のようにスマートに撃退できれば良かったのだが、生憎世の中はそこまで甘くない。だが一時期は命が危なかったのだ。こうしてアイルーと無事村に辿りつけただけでも僥倖だろう。深呼吸をひとつして、気を引き締めた。

「それでも、お嬢には感謝のキモチを伝えたいニャ。オトモなら、ここでチケットを渡すところだけどニャア、ぼくは生憎オトモアイルーじゃニャいし…そうだお嬢、喉乾いてニャいかニャ?ユクモの特製ドリンクをご馳走するニャ、そうするニャ」

 ぴょこりとヒゲと耳を動かし、アイルーはとことこと門近くの東屋風の建物に近づく。掲げられたのぼりには、立ち上る湯気のマーク。後を着いて暖簾を潜ると、目の前にはふわふわと湯気を湛える湯船があった。岩で設えられた浴槽は随分と浅く、壁にそって木製のベンチが置いてある。

「ユクモの足湯ニャ。無料だし、疲れが取れるから浸かるといいニャ」

「わあ、嬉しい!ありがとうございます!」

 テルは脚を覆うブーツを脱ぎ捨て、長旅でくたびれた靴下も脱いだ。

締め付けから開放されて空気に触れ、喜ぶようなつま先を踊らせながら、ふうわりと湯気の揺れる足湯に恐る恐る指をつける。ベンチに座りぐっと脚を押し込むと、身体全体が何とも言えず緩やかに弛緩していくのが判る。

「はああぁ…脚だけでもこんなにしあわせなんて…」

「それは何よりニャ」

 ニャフニャフと目を細めながら、お盆に竹で出来た湯飲みをのせてアイルーが戻ってきた。中をのぞけば、赤みがかったオレンジ色の液体がゆるゆると揺れている。喉を滑るのは甘酸っぱい果汁の香り。いくつもの果実をブレンドしてあるようだ。付けた足先に身体がゆるみ温まってくる中、喉の奥を優しく冷やしてくれる甘いドリンクはまさに甘露。ごくごくと一気に飲み干してしまう美味しさだった。

「北風みかんと熱帯イチゴとハチミツのミックスブレンドニャ。お気に召したようでぼくも嬉しいニャ」

 岩肌に座り、アイルーも足先を湯につける。ふわふわとした至福の時間。

「お嬢はこれからどうするニャ?」

 ぱっちり見上げてくる三角耳を撫でながら、彼女はふむ、と考えこむ。

「ユクモ村で幼馴染がハンターをやっているんです。とっても格好いい女の子なんですけど…まずはその子を頼ろうと思っていて。ひとまず試験の手続きをしにギルドに行って…あとは今晩の宿を探さないとですね」

「ニャ。ハンター試験を受ければ、試験期間の一週間は格安で宿を手配してもらえるニャ。…ユクモはギルドの新しい拠点になるためのテコ入れが行われてる村ニャから、そのへん手厚いニャ」

「良かったあ。正直そんなにお金もありませんし、とても助かります。でもネコさん詳しいですね、ギルドの事」

 テルの質問に、アイルーはちょっぴり照れくさそうにもじもじと足湯を蹴った。湯の雫が跳ねてヒゲにかかり、鼻を鳴らす。

「それは…ボクもオトモアイルーにあこがれて…修行したいと思ってたニャから色々勉強したのニャ。でも、ジャギイでもブルブルしてしまったボクニャんて…。お嬢はすごいニャ」

「そんな事ありませんよ。わたしだって全然なんですから。…なりたいって無我夢中でやってきただけなんです」

 テルも笑って、湯を蹴った。

「さっきだって全然でしたし。あのね、ネコさん。もし良かったら…」

 その続きを言おうとして、ぽふりと脚に肉球が触れる。アイルーが柔らかく眼を細めていた。

「だいじょうぶニャ、お嬢。オトモを雇うにはそれなりにお金がかかるものニャ。いろいろと物入りニャ?今は試験をパスすることに専念するが良いニャ」

 アイルーは独自のコミュニティから人間の村に降りてきて、仕事を持つ個体もいる。ハンターに従いて狩りに出かけるアイルーは「オトモ」と呼ばれ、専用の装備で身を固めハンターの心強い相棒となる。アイルーの中でも「オトモ」となることは名誉の面でも収入の面でも憧れの存在なのだった。だがしかし、そう容易になれないのも現実である。まずオトモを探しているハンターに巡りあい、機会を得なくてはならない。更に、狩りに従いていける実力と的確なサポート力、何よりもハンターとの信頼関係がなければオトモになることは難しい。一人のハンターに雇われるアイルーは多数居ても、狩りに従いていくオトモアイルーに選ばれるのはほんの一握り、狭き門なのであった。

 更に人間のコミュニティでは生きていくのも通貨が要る。アイルー族に共通する通貨「肉球のスタンプ」では貨幣価値が無いので、ネコバアと呼ばれる仲介人に紹介してもらい仕事をして通貨を稼ぐのが一般のアイルー道(?)と呼ばれる。故郷に別れを告げ、身売りに近い形で働くアイルーは決して楽な生活ではないことは確かだった。

「やっと貰った仕事ニャ、ガーグァ荷車でもう少し稼ぐニャ。でもね、そのう…もしボクが実力をつけたらお嬢のオトモになりたいニャ」

 照れくさそうに笑うアイルーの健気な眼差しにやられ、テルは思わず胸を詰まらせ、ふわふわした毛皮を思い切り抱きしめた。

 

 手を思い切り振って、旅の友は半壊したガーグァ車で去っていく。

 後に残された少女は、荷物を入れた鞄を背負い直し深呼吸を一つした。

急にひとりきりになってしまったような感覚。おしゃべりなアイルーが側に居てくれたことがどれだけ心強かったか。胸を掠める不安気な気持を、頬を叩くことで追い出した。

 見上げれば、朝から続いていた雨は止み、オレンジ色の夕日を空に投げかけていた。ユクモの赤い街に夕日が照り返し反射する。色とりどりの果物や野菜や植物が所狭しと積み上げられている屋台、湯気を立て道の横を流れるのは温泉のせせらぎ。カン、カンと高い金属音に中を覗けば、竜人族の老人が真っ赤になった鉄の塊を金槌で叩いている武器工房。名物温泉たまごののぼりがそこかしこではためく。活気のあるユクモの村を、荷物を抱えたハンター見習いは登っていく。

「(うまく彼女に会えるかな…あとレイさん、いるかな)」

 

しかし、現実はそう甘くは無かったのである。古今東西、多くの先人が伝えているように。

 


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