最弱ヒーラーの激昂   作:勇(気無い)者

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1.こうして人は冒険者になる

 ダンジョン━━人外のモンスター達が蔓延る迷宮。

 ゲームや漫画、小説なんかでは有名だろう。

 冒険者と呼ばれる人間達がダンジョンへと挑み、怪物達を仕留めては素材や宝を持ち帰る。

 そんな空想上でしかないものが、現代の世界各地に現れた。

 

 まるで夢物語のような言葉だが、いざ現実に起こってしまえば、すぐにも人類はその事実に向き合い始める

 しかし、現実は過酷であった。

 軍や自衛隊の持つ銃などの兵器は、なぜかダンジョンのモンスター達に通用せず。

 鉄などで構成された刀剣類も、ダンジョン内ではなまくら同然の切れ味に。

 結果、人類は己が肉体のみでダンジョンに挑むハメになった。

 

 人外のモンスター相手に、拳一つで挑まなければならないとは、何とも過酷に思える事だろう。

 しかし、上層━━ダンジョンに入ってすぐ近くの階層では、徒党を組んで戦えば余裕で対処出来る程度の、弱いモンスターしか出現しないので何も問題なかった。

 が、先の階層へと進むにつれて、次第に手強くなってゆくモンスター達。

 五階層も降りる前に、人類は手強いモンスター相手に、攻略を一時的に中断せざるを得なかった。

 そんな折に、現代の加工屋達によって再び希望がもたらされる。

 

 それは━━ダンジョンで手に入った素材によって作られた武具である。

 

 今まで肉体一つで戦わなければならなかった事を考えれば、それは革命と言っても過言ではなかったであろう。

 しかし、希望と同時に絶望の報せも舞い込んできた。

 手付かずだったダンジョンから、モンスター達が溢れ返り、地上へと進出してしまったのだ。

 調査部隊の報告によれば、増え過ぎたモンスターがダンジョン内で飽和状態となり、行き場をなくした個体が上へ上へと追いやられて、遂には地上へとはみ出してしまうらしい。

 それはつまり━━人類はダンジョンを放置する事は出来ず、調査と攻略を続けなければならなくなったという事だ。

 

 この現象は、しっかりとモンスターを狩っていれば起こらないらしく、それこそ最も浅い階層でモンスターを倒す事でも抑えられるらしい。

 それならば、全てのダンジョンの浅い階層のモンスターを狩り続けていれば━━と思うかもしれないが、それだと人手が足りなくなってしまう。

 主に国からの要請で、軍や自衛隊などの組織に所属する者達がダンジョン攻略を行っているが、ダンジョンは『新しく増え続けている』のだ。

 一週間置きに現れる事もあれば、一ヶ月掛かる事もある。

 そんなペースで増え続けて、その上でダンジョンを『まだ減らす方法が確立されていない』ともなれば━━どうなってしまうかは火を見るよりも明らかだ。

 

 故に、国はなりふり構っていられず、民間人からも有志を募る事にした。

 そうして、身体能力に自信のある者達が集まり━━ダンジョンを攻略する者達は『冒険者』と呼ばれるようになった。

 ダンジョンが世界中に現れてから九年━━未だ人類はダンジョンの謎を解明しようと足掻き続けている。

 

 この物語は、最弱のヒーラーと呼ばれる青年が、最強に至るまでを描く冒険譚である。

 

 

 

 

 ダンジョンが世界中に現れてから、九年目の昼下がり。

 横にも縦にも大きく立派な超高層ビルを、一人の青年が見上げていた。

 中肉中背の黒髪短髪で、白いシャツにジーンズ、赤いチェック柄の上着を羽織っている。年の頃は二十歳ぐらいだ。

 名前を、十六夜鏡次〈いざよいきょうじ〉という。

 

 彼は意を決した様に前を向くと、ビルの入り口へと歩き出した。

 そのまま建物内に入り、一度立ち止まる。

 初めて入るので、気後れしてしまったようだ。

 無理もない、中は大手一流企業のエントランスを彷彿とさせる立派な造りで、吹き抜けとなっており広くてデカい。五階層分はぶち抜きとなっている。

 百メートルを優に超える超高層ビルなので、最高階層はここの天井の何倍も高い位置であり、この広いエントランスホールでも建物の一部に過ぎないが。

 そんな場所に初めて足を踏み入れるのなら、誰だって鏡次の様に呆けてしまうのも無理はない。

 

「おい兄ちゃん、そんなとこに突っ立ってたら邪魔だぜ」

「あっ……! す、すいません!」

 

 背後からの声に、鏡次は慌てて横にズレる。

 声の主は、筋骨隆々な大男であり、こんな場所にはそぐわないハーフプレートアーマーを身に付けている。

 他にも男女を連れ立っており、魔女の様な格好の女性や、西洋の神官服━━いわばファンタジー世界の僧侶のような格好の男性も同行していた。

 

 まるでコスプレ集団にしか見えないだろうが、この世界ではアレが普通である。

 なぜなら、鏡次が足を踏み入れたこの場所は、ファンタジー世界では定番である『冒険者ギルド』の建物なのだから。

 ……無論、私服に着替えてからギルドに来る者も多いが、彼らはダンジョンから帰還して直接ギルドまでやって来たのだろう。彼らの装備には、傷や血痕が幾らか目に付く。

 

 数秒ほど彼らを見送り続けていた鏡次だが、やがてハッと我に返り、本来の目的を思い出す。

 ……が、彼はどう手続きをすれば良いのか、具体的には分かっていなかった。

 とりあえず、役所の受付窓口のようにズラリと並んだカウンターへ行って聞いてみようか。

 鏡次がそう思った時、再び背後から声を掛けられた。

 

「ちょっとそこのおにーさん?」

「え……?」

 

 振り返ってみれば、そこに立っていたのは二十歳ぐらいの若い女性。

 しかして、その格好のふざけ具合は先ほどの一行をはるかに上回る。

 カジノにでも出て来そうな、バニーガール姿なのだ。

 流れるような美しい黒髪に、黒一色のうさみみカチューシャを着けて、胸元が大きく開いた衣装。下は色気を感じる網タイツに、黒のハイヒールという完全セット。

 場所がカジノならば違和感もないだろうが、このような場所ではただのコスプレイヤーにしか見えない。

 しかも、かなりの巨乳である。鏡次の視線も彼女の胸元に集中するが━━それは性欲に駆られてではなく、別の理由である。

 だが、理由はどうあれ、視線がどこに向いているのか女性にバレバレだった。

 彼女は両腕で自分の胸を隠すようにして。

 

「いや〜ん、エッチ♡」

「……っ!? あ、いや……! そんなつもりじゃ……!」

「うふふ、冗談よ。コレが気になるんでしょ?」

 

 と、彼女は向き直って自分の胸元━━そこに刻まれたタトゥーのような模様を指差した。

 二重丸をベースに、正方形と斜めの正方形が外側の丸に重なり、丸の内側には五芒星〈ペンタグラム〉刻まれている。

 鏡次はそれが何を示すものなのか知っていた。

 それは━━冒険者の等級を表す証だ。

 

「……君は初めてみたいだけど、コレの意味は分かってるみたいね」

「え……?」

「ううん、何でもないわ。さ、こっちよ」

 

 と、彼女は鏡次の腕を引っ張って一番カウンターへと連れてゆく。

 そこには、スーツ姿の若い女性が座っていた。

 見た目から年は鏡次を引っ張る女性と同じか少し上で、やや明るい茶髪をお団子ヘアーでまとめている。

 彼女は、近付いてくる鏡次たちの姿を視認すると声を掛けた。

 

「真央、また新人の人を引っ張ってきたの?」

「えへへ、私の役目だからね〜」

「そんな役目ないわよ。というか、職員ですらないでしょ、あなたは」

 

 呆れるように言う女性に、鏡次を引っ張ってきた女性━━真央は、からからと笑いながら去っていった。

 そして、受付の係員と思しき女性は改めて鏡次の方へ向き直り。

 

「初めての方ですね? 改めまして、私は茅野唯と申します。よろしくお願いします」

「あっ、こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 直角九十度の礼を見せる鏡次。真面目な男である。

 

「それで、本日はどのようなご用件が伺っても?」

「はい、今日は冒険者登録に来ました! えっと、これ通知カードです」

 

 と、鏡次がポケットから取り出したのは、一枚のカード。

 唯は「確認させて頂きます」と言ってそれを受け取ると、彼女のすぐ横にある機械にカードを入れた。

 そして、下の引き出しから数枚の紙を取り出し、ペンで素早く文字を書いてゆく。

 そして、その紙とペンを鏡次に差し出して。

 

「こちらとこちらの必要事項にご記入をお願いします」

「あ、はい」

 

 言われるまま、鏡次は記入してゆく。名前や年齢、連絡先や住所などの情報である。

 そして、最後の記入事項である「ダンジョンで命を落とした際の注意事項」をよく読み、同意するの方を丸で囲う。

 

「書けました」

「はい、それでは拝見させて頂きます。…………はい、大丈夫ですね。それでは、奥へ案内します」

 

 そうして鏡次は奥へと案内され、計測室という部屋に足を踏み入れる。

 中は普通の部屋なのだが、中央には座席のある酸素カプセルのような機械が存在した。

 

「そちらの機械にお掛け頂いて、力を抜いてリラックスして下さい」

 

 言われるまま鏡次はカプセルの中へ入り、座席に腰掛ける。

 それを確認した唯は、カプセル横のスイッチを操作してカプセルの扉を閉めた。

 そして、裏側へと回り赤いスイッチを入れる。

 瞬間、鏡次の目の前は真っ暗になり、動けないように手足が拘束された。

 それから足元で緑の光が点灯し、まるで鏡次の体をスキャンでもするように上がってゆく。

 それが消えると、今度は正面から緑の光が鏡次の胸元を照らす。

 

「うっ……!」

 

 僅かな痛みを感じてうめくが、それも一瞬の事だった。

 それから少しずつ明るくなってゆき、元の部屋と同じ明るさになった頃、拘束が解かれてカプセルの扉が開く。

 

「お疲れ様でした。胸部の確認をさせて頂いてよろしいですか?」

「はい」

 

 鏡次はシャツの首元を引っ張って見せた。

 唯から見て、鏡次の胸元にはタトゥーのような丸印がある。丁度、真央と呼ばれていた女性の胸元にあったものと同じ位置だが、鏡次のものは丸印のみである。

 

「……はい、大丈夫ですね。これにて十六夜さんはたった今から冒険者となります。既に適正試験を突破されているのでご存じとは思いますが、一般人と冒険者では一部、適用される法律が変わる事もありますのでご注意下さい」

 

 適正試験━━筆記と実技と面接からなるそれらを突破しないと、冒険者になる資格は得られない。

 鏡次がカウンターで出していた『通知カード』が合格証である。

 一般人とは別に適用される法律も色々あるが、最たるものを挙げるなら『入浴施設に入れない』や『スポーツジムの出入り禁止』だろう。

 冒険者は、その肉体自体が凶器と言っても過言ではないほど強力なので、犯罪性を危惧しての措置である。

 ……まぁ、スポーツジムに関しては、冒険者が扱うには物足りないものしかなく、その強過ぎる力故に設備を破壊しかねないから、という理由もあったりするが。

 他にも一般の生命保険に入れない(冒険者用の保険があるのでそちらに加入出来る)とか、献血は冒険者ギルドでしか出来ない(どんな反応が起こるか分からないので、冒険者の血は冒険者にしか輸血出来ない)など、細かいルールは色々あるが割愛する。 

 

「それから、こちらをお持ちください」

 

 手渡されたのは、一枚の丈夫なカード。冒険者としての身分を証明するカードであり、ギルドカードと呼ばれている。

 

「紛失した際には再発行も出来ますが、費用が掛かります。出来るだけ無くさないようにお願いします」

「分かりました」

 

 その後、鏡次はギルド施設の説明などを一通り聞き、自宅へと帰った。

 明日からは、初めてのダンジョンに挑戦━━ダンジョンアタックを行うつもりである。

 その日、鏡次はワクワクして寝付けず、いつもより一時間遅く就寝した。

 

 この時の彼は知る由もない。……いずれ自分が、最弱のヒーラーなどと呼ばれるようになるとは。

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