二人がやってきたのは、ギルドから少し離れた場所にある繁華街だった。
その中でも高級な店が立ち並ぶ一角へと立ち入る。
鏡次が連れてこられたのは、まさかのうなぎ屋である。しかも個室。
唯はメニューを見ることもなく、うな重の松を二人前注文した。
鏡次はずっと置いてけぼりである。
「それで、十六夜さんは本当に参加されるんですか? ダンジョンの実地演習に」
「あ、はい……なにかしら役には立てそうなので、参加の方向で考えています」
「……私はやめた方がいいと思っています」
「え?」
唯は演習の参加に否定的だった。鏡次がその理由を促してみると。
「一年ほど前、八雲さんたちとダンジョンアタックに行かれた時のことを覚えていますか?」
「ええ、よく覚えています」
鏡次が冒険者として活動していて、一番楽しかった思い出である。忘れたくても忘れられないだろう。
「では、その時のイレギュラーな事態のことも覚えていますか?」
「イレギュラーな……あー、二階層以降にしか現れないウルフが、一階層まで上がってきたアレですね」
その件をギルドに報告した後、T市南ダンジョンは一時的にスクエア以下の冒険者に入場制限を掛けた。
イレギュラーな事態の原因を究明するためである。
まぁ、結局は一週間ほど念入りな調査を行なったものの、何の成果も得られなかったのだが。
入場制限も、十日ほどで解除された。
そして、スクエア以下の一部の冒険者だけが、八雲兄妹と鏡次が虚偽の報告をしたのではと疑っていた。
「結局はなんの異変も見つからなくて、うやむやになってましたが……それがどうかしたんですか?」
「……表沙汰にはなっていませんが、似たような報告が二件あがっています」
「えっ……それはどういう……?」
聞いてみれば、どうやら三階層にから出るはずのホーンラビットが二階層に出て、五階層から出るはずのスケルトンが四階層に現れた、という報告らしい。
鏡次たちの一件があった後なので、ギルドは表沙汰にすることなくスクエア以上の冒険者に直接依頼を出して調査を行なっていたようだ。
そして、どちらの時も空振りに終わったそうな。
「そんなことがあったんですね……でも、調査の結果はなにも問題なかったんですよね?」
「……問題なかったのではなく、何も分からなかったんです。ダンジョンは未だ未知なる存在です。何が原因でそういうイレギュラーな事態が起こったのか、ギルドは何も分かっていないまま実地演習などという催しを企画しました。私はなんだか、よくない事が起こるような……そんな嫌な予感がするんです」
ギルドの人間たちは慢心している。
三度のイレギュラーが起こっても、明確な問題が起こっていないために『大丈夫だ』と判断しているのだ。
ダンジョンのことなど未だ解明できていないのに、なぜか誰もが『大丈夫だ』と高を括っている。
だからこそ唯は、そんな状態のダンジョンに数十人で潜り込む実地演習という『イレギュラーな行動』を疑問視していた。
「……なるほど、言われてみれば確かにその通りですね。この事はギルドの上層部には?」
「……一ギルド職員の戯言には耳を貸そうとしません。しょせんは想像の域を出ないですからね」
それも仕方のないことだった。唯の話には明確な『根拠』が存在しない。彼女の言うとおり、想像の域を出ない不安なのだ。
それはもはや妄想と言われても仕方のないことである。
「……例えば、真央さんにそのことギルド上層部に言ってもらうのはどうでしょう?」
「ダメです。さっきも言ったとおり、これは私の想像に過ぎないことなんです。何も起こらなかった場合は、真央に責任を負わせることになります。……まぁ、そもそも真央は遠征任務で他県に行っていて、いつ戻ってくるのかも分からないので物理的にも不可能です」
厳密に言えば、唯は真央の連絡先を知っているので呼び出すこともできる。
しかし、彼女は遠征任務の途中なのにそれを放ってT市に戻ってくれば、それこそ真央の信用に関わってしまう。
そうでなくても唯の話には明確な根拠がないので、どのみち真央を呼び戻す意味もないが。
「……八方手詰まり、ですね。どのみち大丈夫だと信じて力を尽くす他なさそうです」
「それはそう、なのですが……」
唯の表情から憂いが消えない。
彼女は優しいからこそ心配してしまうのだろう。
ギルドの受付という仕事は、毎日ダンジョンアタックに行った冒険者を見送ることになる。
命懸けの仕事の割に死亡率は意外にも低いが、それもゼロではない。
今日見送った冒険者が、後日死亡が判明することも絶対に無いわけではないのだ。
そういう不安と戦いながら、唯は毎日冒険者を見送っているのである。
「……優しいですね、茅野さんは」
「……優しい、ですか?」
「ええ、優しいです。毎日、ダンジョンアタックに行った冒険者が無事に帰ってこられるよう、お祈りしてるって前に真央さんが言ってました」
「それは……でも、誰だって人が亡くなったという報告は聞きたくないと思います。それが例え赤の他人であっても、誰だって嫌だと思います」
「その嫌な報告があるかもしれない仕事に就いて、辞めることなくきちんと向き合い続けているのは、唯さんが優しいからだと俺は思います」
「……そう、でしょうか」
「そうですよ」
そんな話をしている内に、注文していたうな重が二人の前に運ばれてきた。
出来立てのパリパリで、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「……とりあえずは食べましょうか」
そのうな重は非常に美味だったようで、二人はあっという間に平らげてしまった。
そして、会計でお金を出そうとした鏡次を押し切り、唯が全額支払った。
その後もお金を渡そうとする鏡次だったが、結局受け取ってもらえずに終わる。
「……ご馳走になってしまって、なんだか申し訳ないです」
「何も気にしなくていいんですよ。私が誘ったんですしね」
「気にしますよ……あ、そうだ。ダンジョン演習終わったら、今度は俺が茅野さんに奢りますよ」
「いえ、大丈夫です。次も私が支払います」
「えぇー!? いやいや、それは申し訳ないですって!」
「……ふふ、それなら私より出世したら奢られてあげます。それまでは私が奢ります、先輩命令ですので拒否はできません」
「どういう理屈ですか、それ……。まぁ、いいです。頑張って出世しますから、約束ですよ?」
「ええ、でも演習から戻ったら私の奢りですからね」
「い、いやなんか申し訳ないですから、ご飯はまた今度に……」
「ダメです、もう決定しました。先輩命令なので、怪我なく無事な姿で帰ってきてくださいね。約束ですよ」
「……命令なのか約束なのか分かりませんが、絶対に無事で戻ってきますよ」
そんな約束を交わして別れた二人だったが。
今にして思えば、それはフラグだった━━そんなことを後日、思うハメになる。