ダンジョンアタック演習の当日。
鏡次は万全の準備を整えてギルドへとやってきた。
装備は以前と同じく白のローブに、短めの剣と丸盾、腰には荷物の入ったウエストバッグ。
そして、八雲兄妹の時とは違い、ショートワンドも腰に差さっている。
魔法使い御用達の装備であり、魔法の威力を強めるための装備だ。ヒーラーにも一定の効果があるが、装備するしないは人によってさまざまだったりする。
戦闘を中心に活動するヒーラーは武器のみ持ち歩くし、戦闘に進んで参加しないヒーラーは杖だけを持ち歩く。
鏡次のように両方持ち歩く者が少ないのは、持って帰れる素材や魔石を圧迫するからだ。
逆に鏡次が両方持ってきたのは、万が一の自衛のためとヒールを使うのが役目だからである。
今回の演習の目的は、サークル等級の経験が浅い者たちに、効率的なダンジョンアタックの方法を教えるのが目的だ。
なので魔石を入れる容量などを気にせず、鏡次は一行に着いていくだけとなるだろう。
「……あれか」
ギルドの駐車場に、今回の演習参加者が集まっていた。
十人程度と少ないので、まだ全員はそろっていない。
まぁ、時刻は午前八時過ぎ頃であり、出発時間までは一時間弱はあるので少ないのは当然だろう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう十六夜君。今日はよろしく頼むよ」
鏡次が挨拶した相手は、一週間前に演習参加の話を持ってきた先輩職員である。名前は牛崎力雄〈うしざきりきお〉。
彼はスクエア等級の冒険者だったらしく、重厚な日本武者を思わせる甲冑姿で、盾を所持していないところを見るに、腰の刀で前衛を張るアタッカーなのだろう。
鏡次も「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「十六夜君も知ってると思うけど、あそこにいる灰色の鎧の人が国重哲治〈くにしげてつじ〉さん。今回の演習のリーダーを務める人だよ」
そう語る牛崎よりも更にガタイのいい男である。
等級はフレームだが、タンカーとしての腕は一級品と言われる実力があり、一つ上の五芒星〈ペンタグラム〉のパーティーに誘われるほどだ。
「あの人が国重さんなんですね。初めて見ました」
「基本的には第一線で活躍している人だからね。T市みたいな初心者級と中途半端な強さのダンジョンしかない場所には、基本的にこないよ」
「なるほど。でも、今回は演習に参加してもらえたんですね」
「ああ、それはギルド側が指名したそうだよ」
当然ながらボランティアではなく、報酬は出る。というか、引率側は全員に報酬がある。
参加者は参加費などは無いものの、報酬は自分たちで取った魔石や素材のみだ。
それから二人は十分ほど雑談を続けていたが、牛崎がお手洗いに行ったので鏡次は一人になった。
時間まで二十分はある。鏡次がどうやって時間を潰そうか考えていると、不意に背後から声を掛けられた。
「あのー、すみません」
振り返ってみれば、そこには十代半ばほどの少女が立っていた。
鏡次と同じく白いローブを着ており、木製の杖を手に持っているのでヒーラーで間違いないだろう。
「私、茅野愛って言います。お兄さんも演習に参加されるんですか?」
どうやら、引率される側の参加者だと思って鏡次に話しかけたようだ。
「えっと、参加はするよ。ただし、運営側として、だけど」
「あっ……! そうなんですね、ごめんなさい! 私ったら、早とちりしちゃいました……!」
「気にしないで。でも、他にも人はいるのになんでわざわざ俺に声を掛けたの?」
「えっと、私と同じ色のローブを着ていたので、同じジョブの方かと思いまして……私とお兄さん以外には白いローブの人はいないですし」
確かに、白いローブを着ている冒険者は大抵ヒーラーである場合が多い。
しかし、近接色でも白ローブを着る者は僅かにいる。決して多くはないが。
ちなみに、八雲兄妹が鏡次をヒーラーだと思っていなかったのは、鏡次が杖ではなく剣を装備していたからだ。
鏡次があたりを見回すと、白いローブを着ているのは二人だけだった。
引率側からヒーラーは三人ほど参加すると鏡次は聞いていたが、どうやらまだ到着していないらしい。
「そうだね、でもその内ほかのヒーラーの人も来ると思うよ。……あー、そう言えば俺だけ名乗ってなかったね。十六夜鏡次、ギルドの職員として働いてる。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします! ……十六夜さんもギルドの職員ということは、もしかして━━」
「演習に参加の方は集まってくださーい!」
拡声器による声が辺りに響いた。そろそろ出発の準備をするようだ。
「時間みたいだね。行こうか」
「あ……はい」
愛は話が遮られてしまい、やや不満そうだったが鏡次に言われるまま着いてゆく。
それから説明が始まり、この演習の注意事項やルールの確認、具体的になにをするかなどの話を聞いた後、一同はT市南ダンジョンへと向かうことになった。
★
場所は変わって、T市南ダンジョンの一階層。
演習はすでに始まっており、参加者たちはゴブリンを相手に戦いを繰り広げている。
無論、いきなり戦わせているわけではなく、事前に手本やアドバイスをもらっていた。
そして、鏡次はそんな光景を戦いの外から眺めている。
基本的に救護要員なうえ、ゴブリンごときに助太刀するような場面はない。
「十六夜さーん」
茅野愛が鏡次のもとに駆け寄ってきた。戦闘が終わったのだろう。
愛は隙あらば鏡次の近くにやってきていた。
「お疲れさん。戦闘はどうだった?」
「はい、座学で学んでたことだけじゃダメなんだって思い知りました。実際に戦ってみると、思った通りにはいかないですね……」
「まぁ、それはそのうち慣れると思うよ。……というか、パーティーメンバーと一緒にいてもいいんだぞ?」
参加者たちは、ダンジョンに入る前に四人ごとになるようパーティーを組まされている。
「……十六夜さんは、私が近くにいたら迷惑ですか?」
「いや、別にそんなことはないけど……」
「じゃあ、近くにいます」
「あー、そう……」
なぜだか鏡次に懐いているらしい。愛の名字から察することのできない鏡次には、その理由が分からなかった。
それからも演習は順調に進み、二階層へと進出。
ただ数で突っ込んでくるだけのゴブリンと違い、ウルフは素早いモンスターだ。
引率者パーティーが戦い方の手本を見せ、動きの解説を聞いた後に参加者パーティーが戦う。
危うくなればいつでも引率者パーティーが助太刀に入る手筈だが、その必要がないほどに参加者たちの戦い方は安定していた。
三階層、四階層とも順調に進んでゆき、五階層で異変が起きた。
五階層で出てくるモンスターは、オークとスケルトンのみである。
だというのに、通路の奥からオークとスケルトンの群れの背後から、六階層以降に出現するハーピーが数匹混じっていたのだ。
このイレギュラーな事態を前に、引率者パーティーは手本を見せるような手加減した戦い方ではなく、全力で戦い文字通りモンスターの群れを秒殺した。
「……今の異変、どういうことなんでしょう?」
「分からん……が、あまりよくないのは確かだな」
「そういえば、似たような件が前にもあったって聞いた」
「なに? そんな話は聞いていないが、ギルドは調査しなかったのか?」
「調査したけど、特に何もなかったって」
国重を中心に、引率者パーティーが話し合っている。
不穏な空気を察してか、愛は不安そうに話しかける。
「十六夜さん、なにかあったんですか……?」
「ああ、ちょっと異変が起こってね……」
「異変、ですか……?」
愛は更に不安そうな表情を浮かべる。
「うん。でも、多分なにも起こらないと思う。それで、今回の演習はこれでおしまい。この後は帰還することになると思う」
鏡次の言葉は正しい。
……なにも起こらない、という点を除いてだが。