「もうすぐ一階層だ! 地上まであと少しだから、頑張れ!」
「はぁ、はぁ、はい!」
息せき切って走る愛の手を引き、鏡次は走っていた。
しばらくは鏡次が抱きかかえて走っていたが、その間に愛は自分の足にヒールを掛けて、ほぼ完治の状態まで治したのだ。
なぜほぼ完治で止めたのか。その理由は、次の曲がり角を越えたところで明らかになる。
「くそ、またか……!」
ウルフとゴブリンが二体ずつ待ち構えていた。
向こうも鏡次たちの存在に気づくや否や突撃してくる。
足の速さの関係上、ウルフ二体が先行して飛び掛かる。
対して鏡次は一体目を盾で弾き飛ばし、二体目は剣で一刀両断。そのまま吹き飛ばしたウルフへ一気に接近し、剣で貫いた。
遅れてゴブリン二体が同時に突っ込んでくるも、同じ戦法であっという間に全滅。
仮にも三階層を一人で探索できる強さなので、今さらゴブリンやウルフ程度で遅れを取るようなことはない。
しかし、何度も何度も鏡次たちのまえに立ち塞がるので、愛の足を完治させる時間がなかったのだ。
「さ、行こう。まだ走れるか?」
「はい!」
ゴブリンとウルフの死体は放置したまま、二人は一階層への階段を駆け上がってゆく。
開けた場所にでて、曲がり角の先にまたしてもゴブリンが五体、待ち構えていた。
「くそ、なんなんだこんな時に……!」
鏡次は悪態を吐きながらもゴブリンたちを丁寧に始末し、再び地上を目指して駆けてゆく。
「十六夜さん、なんでこんなにモンスターがいるんでしょう? 先に逃げた冒険者たちもいたはずなのに……」
「ああ、それは冒険者の数が多すぎるからだ。演習参加者は四十人弱。俺と君と国重さんを除いた、それだけの数が一斉に走ってきたら弱いモンスターはビビって逃げ出すんだ」
「じゃあ、行きでモンスターたちが襲ってきたのはどうしてですか?」
「走らずに歩いて移動してただろう? それならモンスターを刺激しないから襲い掛かってくるのさ。彼我の戦力差が分かっていないからな、モンスターは。……っと、またゴブリンだ。少し下がってて」
今度は四体のゴブリンだが、鏡次はあっという間に駆逐した。
そして、二人は先に進もうとしたが、目の前の異変に足が止まる。
突如として赤い魔法陣が地面に浮き上がったのだ。
警戒する鏡次は愛を後ろに下げると、油断なく剣を構える。
そして、カッと眩い光が辺りを照らし、そこに現れたのはボロボロな状態の国重だった。
「国重さん!? なんで……!? い、いや、それより茅野さん、ヒールを!」
「あっ、は、はい!」
すぐに二人はヒールを掛け始めた。愛は潰れている左腕を重点的に、鏡次は火傷や軽い傷を治してゆく。
「あー、すまんな二人とも……」
「いえ、むしろ自分たちは国重さんのおかげで命拾いしましたから……でも、どうやって瞬間移動を? 魔法やスキルですか?」
「いや、アイテムを使ったんだ。そのために、お前のバッグに赤いクリスタルをねじ込ませてもらった」
「赤いクリスタル……?」
言われて鏡次がウエストバッグを漁ると、本当に赤いクリスタルが出てきた。
「それは目印でな。対になる青いクリスタル……ブルークリスタルを事前に触れ合わせておき、それから砕くとレッドクリスタルの近くの開けた場所に転移される仕組みだ」
「そんな便利なアイテムがあるんですね……」
それほど量産されておらず、かなりの高級品である。使い捨てのわりに数百万円はするので、フレーム等級の冒険者でもそうそう持っていない。
「でも、なんで何も言ってくれなかったんです?」
「あの状況でいちいち説明してる時間はなかったからな、こっそりねじ込ませてもらった。ああ、レッドクリスタルの方は繰り返し使えるから、返してもらうぞ」
「あ、はい」
そう言って国重は鏡次からレッドクリスタルを受け取ると、懐にしまい込んだ。
ちなみにブルークリスタルは、魔力を込めた状態で包まないと砕けないので、落下などの衝撃で砕けることはない。
「……そういえば、あの赤くてデカいウルフみたいなモンスターはどうなりました?」
「ああ、なんとか片足を吹き飛ばしてやった。クリスタルでの転移で離れたから、さすがに追いつかれることもあるまい」
「す、すごいですね……あんな恐ろしさモンスターを相手にたった一人で……」
「まぁ、タンカーにはタンカーの戦い方があるのさ。……そろそろいいだろう、地上を目指すぞ」
「えっ……で、でもまだ……」
ある程度は回復したものの、まだ完全ではない。左腕も出血は止まったし、グチャグチャだった手も原形を取り戻したが、骨折までは治っていないので赤黒く腫れ上がったままだ。
「構わん。一応、純度六十のポーションを飲んでいるから、放っておいてもそのうち治るだろう。それよりヤツのいるダンジョンをさっさと抜けて、五芒星〈ペンタグラム〉以上の冒険者に討伐してもらった方がいい。それまでこのダンジョンは完全に封鎖されるだろうからな」
あんな危険なモンスターが出るのでは、フレーム以下の冒険者は皆殺しにされてしまうだろう。
国重もアイテムや強力なタンカースキルがあったから逃げられただけで、どちらかが欠けていても確実に殺されていただろう。
「さぁ、行くぞ」
「はい。さぁ、茅野さ……ッ!?」
愛の手を引こうとして振り返った鏡次は、その後ろの光景に目を剥いた。
赤い魔法陣が地面に浮き上がっているのだ。しかも、国重の時よりも三倍以上は大きい。
そして、その気配に気付いた国重もバッと振り返った。
その時には、赤い魔法陣から先ほどのレッドヴァンウルフの顔がにゅるりと出てくるところだった。
「逃げろ!!」
国重が叫び、我に返った二人が走り出した。逆に国重は盾を構えて攻撃に備えている。
そして、全身が出たレッドヴァンウルフは、おもむろにその場で左前足を振るい、虚空に現れた赤い魔法陣へと突っ込んだ。
それと同時、国重の背後にいる鏡次の真横に赤い魔法陣が出現し、そこから飛び出してきたレッドヴァンウルフの左前足によって吹き飛ばされる。
その威力はあまりにも強く、右腕にかすっただけにも関わらず腕は千切れ飛び、体は数メートル先の壁に叩きつけられたほど。
「あぁ……! 十六夜さん!」
「あっ……ぁ……!」
鏡次は倒れ伏したまま動かない。
タンカーの自分がいながら仲間を死なせてしまった。
その事実に国重の顔は青ざめるが、叫びながら鏡次に駆け寄る愛を見て、すぐにレッドヴァンウルフを睨みつける。
「このっ……クソ犬があああぁぁぁぁっ!!!」
懐からアイテムを取り出し、レッドヴァンウルフ目掛けて投げつけた。
それを今度は右前足で叩き潰したレッドヴァンウルフだが、青い煙が吹き出して体を包み込まれてしまう。
スキルシールの魔法が込められたアイテムだ。直撃した相手にまとわりつき、しばらくスキルや魔法を封印する効果がある。
国重はレッドヴァンウルフの赤い魔法陣による転移が、魔法やスキルによるものだと判断してこのアイテムを使ったのだ。
「リミットブレイク!!」
さらに国重がスキルを使うと、彼の持つ盾が光り輝き始めた。
一時的に武具の性能を数倍以上に引き上げるスキルだが、代償として使用した武具はしばらくすると跡形もなく砕け散る。
国重は一切の出し惜しみをせず、全力を尽くすことを決めたようだ。
「シールドカッター!」
盾をブーメランのように投げつけるスキル。低く飛んでいったが、レッドヴァンウルフの足元で唐突に上方向へ軌道変更し、顔と左目に深い傷をつけた。
悲鳴をあげて後退するレッドヴァンウルフを横目に、国重は戻ってきた盾をキャッチすると愛のもとへ駆け寄る。
「逃げるぞ!」
「で、でも、十六夜さんが……」
「諦めろ! もう死んでいる!」
鏡次の体は血塗れで、ピクリとも動く気配はない。
「行くぞ!」
「あっ……!」
国重に手を引かれ、少しの間鏡次を見ていた愛だったが、やがて顔を前に向けた。
しかし、レッドヴァンウルフが二人を見逃がすはずもなく。怒りの形相で踏み潰さんと右前足を叩きつける。
「スモールフォートレス!」
国重の盾が光り輝き、そのまま薙ぎ払うように振るった。
レッドヴァンウルフの右前足のぶつかり合い、三階層の時と同じように吹き飛ばされたのはやはりレッドヴァンウルフだった。
そして、国重は盾を地面に突き刺し、さらにスキルを発動する。
「シールドオブウォール!!」
光の壁が張られて、国重たちとレッドヴァンウルフを分断する。
それを見たレッドヴァンウルフは、前と同じように砕かんとすべく攻撃を加えるが、前回と違いびくともしない。
リミットブレイクを掛けた盾を柱としてスキルを発動したので、耐久力が数倍以上に高まっているのだ。
スキルと魔法を封印されたレッドヴァンウルフは、二人の後ろ姿を恨みがましく見つめる他なかった。