「ウオオオオォォォォォッ!!」
鏡次が突如として叫び出し、自分を踏みつけたままのレッドヴァンウルフの足の爪を掴んだ。
そこは爪の付け根に近い部分であり、ミシミシと音を立て始めた次の瞬間、バギッと割れて中の肉までもをグシャリと掴む。
「グギャアアァァ!!」
レッドヴァンウルフが悲鳴を上げて後退した。
拘束から解放された鏡次がゆらりと立ち上がる。
その表情は、まさしく鬼の形相と言って差し支えない。白目を剥いたまま、表情は怒りに支配されていた。
豹変といっても過言ではない変化と膂力。鏡次の身に何が起こったのか。
しかし、表情だけでいえばレッドヴァンウルフも同じである。
虫ケラと侮っていたものに予想外の反撃をされ、激しい怒りに包まれていた。
故に、今度は殺す気満々で踏み潰した。
ダンジョンの地面が砕けるほどの威力━━しかし、レッドヴァンウルフは足裏に違和感を感じる。
地面を踏み砕いた感覚はなく、足裏の中央にのみ何かが当たる感触。
足の下では、鏡次が中腰の体勢で耐えていたのだ。
「ウオオオオォォォォォッッッ!!!」
雄叫びと共に鏡次が徐々に立ち上がり、レッドヴァンウルフの足を持ち上げる。
「カアアアァァァァッ!!」
そのまま最も高い位置まで持ち上げた後、鏡次は掴んでいる足先を捻った。
無理やり曲げられた足先に痛みが走り、レッドヴァンウルフは捻られた方向へと倒れてしまう。
さらに鏡次は足を両腕でガッチリ掴むと、その場で周り始めた。
レッドヴァンウルフの体がズルズルと引きずられ、その速度は徐々に上がってゆく。
やがて体が地面から離れるほどの速度に達して、鏡次は壁に叩きつけるように放り投げた。
「ギャンッ!」
小さな悲鳴と共にレッドヴァンウルフの体は壁に叩きつけられ、砕くほどではなかったがダンジョンの壁にヒビは入った。
あり得ないほどの力でレッドヴァンウルフを圧倒している。
が、鏡次の異変はパワーだけではない。腕や足からは血が吹き出し、全身が真っ赤に染まって鼻血も吹き出していた。
レッドヴァンウルフをここまで圧倒するには、少なく見積もっても六芒星〈ヘキサグラム〉の実力が必要だろう。
それだけのパワーの出力に、サークル等級程度の貧弱な体が耐えきれないのだ。
しかし、鏡次の体全体を淡い光が覆っており、体が壊れた端から修復を行なっている。
どうやら全身に回復魔法を纏ったまま戦っているようだ。
体を破壊するほどのパワーを出しつつ、回復魔法で破壊された体を治すという、ある意味合理的な脳筋戦法を取っている鏡次だが、当の本人には意識も理性も知性もない。
ただただ怒りに任せて暴れ回るだけのケダモノである。
レッドヴァンウルフは起き上がると、一気に距離を詰めて鏡次の体に噛み付いた。
胴体と足に鋭利な牙が深く刺さったが、鏡次はお構いなしに鼻面を殴りつける。
「グギャオォォォッ!!」
余りの激痛にレッドヴァンウルフが悲鳴をあげる。
鼻周りは敏感で痛覚も鋭く、犬にとっては急所の一つであり、犬型のモンスターにとっても同様。
怯んで噛み付くどころではなくなったが、牙が突き刺さったままで鏡次の体は離れなかった。
その間も、鏡次は何度も何度も拳槌を鼻先に叩きつける。
レッドヴァンウルフは首を振り、足で顔を払うことで鏡次の体が牙から抜け、激痛から解放された。
しかし、それだけでは終わらない。
「ウガアアアァァァッ!!」
地面に落ちて自由になった鏡次は、雄叫びをあげながら飛び上がると、全力のアッパーでアゴを打ち抜いた。
レッドヴァンウルフの頭が跳ね上がるほどの凄まじい一撃。同時に鏡次の腕が破裂したように血を吹き出し、瞬時に治る。
そのままの勢いで天井を蹴り、レッドヴァンウルフの頭が下がったところへ痛烈な拳骨。アゴから地面に叩きつけられ、またしても鏡次の腕が破裂して瞬時に治る。
「カアアアァァァァッ!」
着地と同時に雄叫びをあげながら走り出し、その勢いのまま倒れたレッドヴァンウルフの顔面を蹴りつけた。
あまりの威力にレッドヴァンウルフの体はコマのように回りながら地面を滑ってゆく。
「イガガガガガガガガガガガガガ━━━ッッッ!!!」
そして、壁際で止まったレッドヴァンウルフの頭部目掛けて拳のラッシュを叩き込む。
骨を砕き、肉を抉り、少しずつレッドヴァンウルフの頭を削ってゆく。
既にレッドヴァンウルフは絶命していた。それでも鏡次が止まることはない。
殴る、殴る、殴る殴る殴る蹴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る。
自らの体の破壊と修復を行いながら、レッドヴァンウルフの死骸を攻撃し続ける。
ものの十数秒で頭部を跡形もなく潰してしまったが、それでも鏡次は止まらない。
「ウバシャアアアアアッ!!」
雄叫びを通り越して奇声を発しながら、今度は足や胴体を蹴って殴って引きちぎる。
鮮血を浴びながら、自らも鮮血を撒き散らしながら。
全身を血で染めながらも、決して止まることはない。
肉を引き裂き、鮮血を飛び散らし、骨を砕き、心臓を潰し、臓物を引き出し、魔石を踏み抜き、尻尾と後ろ足までも引きちぎった。
そこまでやっても止まらず、残った肉片を踏んで殴って潰してゆく。
レッドヴァンウルフだったものは見る影もなくなり、辺りにはスプラッタな光景と、吐き気を催す血臭が漂うのみ。
「ウガアアアアアアァァァァァァァァァァ━━━ッ!!!」
ビリビリと大気が揺れるほどの咆哮。
それが終わると、鏡次の体からフッと力が抜け、血の海となったダンジョンで仰向けに倒れた。