無事に逃げ仰せた国重と愛は、地上に戻っていた。
国重はゲートの壁に寄りかかるように座り、仲間たちが点呼や報告を行なっているのを茫然と眺めている。
彼はタンカーとして誇りを持っていた。
今までに彼が参加したパーティーで死人が出たことはなく、それに自信と誇りを持っていたのだ。
それが今日、イレギュラーな事態だったとはいえ、一人死なせてしまった。
その事実にショックを受け、深く失意に陥っているのだ。
また、愛も先ほどまで会話していた人物が死んだという事実を今頃になって実感し、口元を手で抑えながら震えていた。
彼女に至っては冒険者としての初陣であり、いきなり仲間が死ぬという悲劇に巻き込まれている。
その心情はどれほどのものか。彼女にしか分からないだろう。
「ハァ……」
心ここに在らずといった様子でため息を吐く国重。
ギルドへの報告……イレギュラーな存在である、レッドヴァンウルフの異常個体。
その強さや攻撃方法など、詳しく知っているのは直接戦闘を行なった国重だけだ。
その報告を行なわなくてはならない義務が彼にはある。
が、どうしても体は動かなかった。
事情をある程度話した仲間たちは、彼に何も言おうとはしない。気を遣って、少し待ってくれているのだ。
そんな風にしばらく茫然としていた国重だが、少し離れたところから騒めきが起こり、そちらに目を向ける。
すると、冒険者たちがモーゼの奇跡のように割れて、そこから一人の女性が姿を現した。
「っ! 佐伯か!」
国重が驚いて声をもらす。
ギルドで平然とバニーガールのコスプレをする、自称初心者案内人の五芒星〈ペンタグラム〉等級の冒険者━━佐伯真央である。
が、今日の彼女の服装はバニーガールではなかった。
白と黒を基調とした衣装で、ミニスカートにスパッツという私服のような姿である。胸元はやはり広く開けているが。
赤いリボンで長い髪をツインテールに纏めており、いつもより身長が低いこともあって高校生くらいの少女にも見えてしまう。
身長が低いのは、ハイヒールではなくブーツを履いていること、うさ耳カチューシャを着けていないことが要因だろう。
ちなみに、彼女のこの服装は歴とした防具である。
布のような素材でできていながら、耐熱耐寒耐刃とあらゆる耐性を備え、おまけに国重の重装鎧並の耐久性を誇るとんでも防具だ。
同じ五芒星〈ペンタグラム〉でも、ここまで最上級の性能を誇る防具を装備している者は他にいない。
「やっほー。なんか大変なことが起こってるってギルドで聞いたから、遊びにきたよ」
「相変わらずふざけた奴だな……いや、そもそもお前は遠征任務に出ていたはずではないのか?」
「そんなの、とっくに終わらせてきたわよ。だから私がここにいるんでしょ、国ちゃん」
「その呼び方はやめろといつも言っているだろう……」
妙に気安く話す真央だが、国重とは年齢が一回り以上違う。当然ながら二十代前半の真央が年下である。
それでも彼女が国重に対して気安いのは、しばらくパーティーを組んでいた時期があるからだ。
「で、確か今日は初心者たちを集めての実地演習だったわよね? 一体、何があったの?」
「話しても構わんが……お前、絶対にダンジョンの中に入ったりするなよ」
「今日はいつもの武器を持ってきてないわ」
ほら、と両手を上げて見せる。
「……まぁ、いいだろう」
本当に武器を持っていないことを確認し、無茶はしないだろうと判断して、国重は事のあらましを話した。
レッドヴァンウルフの異常個体が現れたこと。
軽く時間を稼いで逃げた先で、サークル等級の冒険者が二人逃げ遅れていたこと。
レッドヴァンウルフに追いつかれて再び時間を稼ぎ、ブルークリスタルによる転移で逃げたこと。
逃げた先でレッドヴァンウルフがスキルか魔法による転移で追い掛けてきたこと。
そこで一人死なせてしまい、命からがら逃げ延びたこと。
それらの出来事を掻い摘んで話した。
「……なるほど、だから元気なく項垂れていたのね。国ちゃん、今まで仲間を死なせたことなかったものね」
「…………」
否定をしないのは図星だったからだ。
更に真央は続ける。
「でもね、国ちゃん。月並みなこと言わせてもらうけど、なんでもかんでも守れると思い込むのは傲慢だよ。どんなに強い冒険者だって死ぬ時は死ぬんだから」
「それは……分かっている」
頭では分かっているものの、心は整理できていない。
そんな国重の心境を察して真央は軽くため息を吐くと、それ以上の言及をやめた。
「ま、いいわ。じゃ、私はもう行くから」
「ああ……いや待て、どこに行く気だ?」
国重の問い掛けに、真央は黙ったままダンジョンゲートを指差した。
「バカかお前は!? レッドヴァンウルフの異常個体がいると言っただろうが!」
「大丈夫よ、ちょっと見て勝てなさそうだったらすぐに逃げるから」
「死にに行く気か!? 大体、武器を持っていないと言ったのはお前だろう! 丸腰で何を━━」
国重が言葉を止める。いつの間にか真央が剣を手に持っており、その切先を突きつけられたからだ。
「バカな……武器は確かに持っていなかったはず」
それは確かなことだ。彼女は何も持っていなかったし、背中や腰にも帯剣は一切していなかった。
それなのに、彼女は確かに剣を手に持ち、切先を国重に突きつけている。
「……うふふ、こういうこと」
真央がそう言うと、剣はフッと小さくなって、彼女の手の中に収まってしまった。
その大きさは、土産屋などで売っている剣を模したキーホルダーと同じサイズである。
「魔道具だと……! いつの間に手に入れたんだ? 前までそんな物は持っていなかったはず……」
「遠征任務で手に入れたのよ。ダンジョンの地面に落ちてたわ。近くに装備の破片もあったから、そこで死んだ何かが持ってたものかもしれないわね」
「……登録はされていなかったのか?」
魔道具は希少品であり、同じ物は二つとない場合が非常に多い。
そこで魔道具をギルドで登録しておくと、盗難があった場合に分かるのだ。
まぁ、闇市に流されて、使われることなく後生大事にしまわれた場合はほぼ見つからないが。
盗まれた魔道具を使っている者がいたらすぐに噂が流れ、戻ってくる場合は多い。
他人の魔道具や装備を盗んで使われないようにするための、いわば防止策である。
「されてなかったわね」
「……ふむ。なら、モンスターがダンジョン内で拾って持っていたもの、とかか?」
魔道具を手に入れる方法は大まかに二つ。
職人が造ったものを何らかの手段で手に入れるか、ダンジョンで拾うか。
稀に、ダンジョンに落ちていた魔道具をモンスターが拾って装備している場合があるのだ。
しかし、拾った冒険者がそのまま魔道具を使い、帰還できずに死んで落とした、というパターンも考えられる。
真央が拾った魔道具が、どのような経緯でダンジョンに落ちていたのかは不明だ。
「まぁ、そういう訳だから。それじゃ」
「待て、何がどういう訳だ? まさか本当にダンジョンに入るわけじゃないだろうな?」
「本当にダンジョンに入るんだけど?」
あまりに堂々とした物言いに、国重は思わずため息を吐く。
「ダンジョンに入らないという約束で事情を話したんだ。違える気か?」
「えっ、私それ了承してないよ?」
「なんだと?」
「国ちゃんが言ってたのは『事情を話しても構わないけどダンジョンに入るな』だったでしょ? 私はそれに対して『いつもの武器を持ってきてない』って言っただけ」
確かに、真央はそう言った。
しかし、人はこれを屁理屈と言う。
「じゃーね国ちゃん、ギルドへの報告よろしく! バイビ〜!」
「あ、おい待て! 何がバイビーだ、貴様いくつだコラ!」
国重が制止する間もなく、真央はゲートを通ってダンジョン内に入ってしまうのだった。