真央がダンジョンに入ると、雄叫びとともに凄まじい打撃音が聞こえてきた。
「なに、今の……?」
国重からの話によれば、サークル等級の冒険者が一人犠牲になっただけで、あとは全員が逃げ延びたとのこと。点呼で十六夜鏡次以外の生存は確認されている。
また、実地演習の前に五芒星〈ペンタグラム〉以上の冒険者がダンジョンに入っていないことも確認済みらしい。
ゲート前で入場確認されるので、これも間違いないだろう。
だが、それでは一体誰が戦っているのか。
「……やっぱり入ってよかったわ!」
真央は全速力で駆け出した。
戦闘音を聞く限り、少なくとも互角以上の戦いを繰り広げているのが真央にも分かる。
国重が撤退を余儀なくされるレッドヴァンウルフと、同等以上の相手。
それがどんな正体であれ、真央は確認しなければ気が済まなかった。
車を追い抜けそうな速度で走る真央は、音を頼りにダンジョンを進んでゆき、あっという間にその場所にたどり着いた。
「あれは……人間、なの……?」
レッドヴァンウルフと対峙する者は、赤く血に染まった人間らしき男だった。
形は人間なのだが、その戦い方は野獣そのもの。
武器も持たず、殴る蹴るの攻撃だけでレッドヴァンウルフを圧倒する姿に、人間性を見出すことができないのだ。
誰が見ても人間型のモンスターだと勘違いするだろう。
鏡次のことを知る真央も、変わり果ててしまったアレが鏡次だと分かるはずもなかった。
「イガガガガガガガガガガガガガ━━━ッッッ!!!」
鏡次が拳のラッシュでレッドヴァンウルフの頭を削ってゆく。
殴るたびに打撃音と何かが破裂する音が鳴り、鮮血が飛び散っている。
「ウバシャアアアアアッ!!」
それだけに収まらず、胴体にまで攻撃を始め、レッドヴァンウルフが見る影もない無惨な姿になるまで攻撃は続いた。
その様子を見ていた真央は、ただただ黙って見続けることしかできない。
「ウガアアアアアアァァァァァァァァァァ━━━ッ!!!」
大気をビリビリと震わせる方向。
その直後、鏡次は仰向けに倒れた。
そのまま一分ほど様子を見ていた真央だったが、鏡次の元に近づいてゆく。
五芒星〈ペンタグラム〉の彼女をして怯むほどの殺気が放たれ続けていたのだが、それが一切感じられなくなったので確認しようと思ったのだ。
真央はすぐそばでしゃがみ込んで、倒れた鏡次の顔を覗き込む。
真っ赤に染まってしまった顔では、誰なのかはっきりと分からない。
そこで真央はポケットからハンカチを取り出し、顔を拭いた。
いきなり手を噛まれたりしないだろうか、と不安になりながらも拭いてゆくと。
「えっ……!? まさか、鏡次くん!?」
ようやく、その男の正体が鏡次であるということに気がついた。
自称初心者案内人の彼女だが、初心者の案内が済んだら大抵はその冒険者の名前も顔も忘れてしまう。
それがなぜ鏡次の名前を覚えているのかといえば、理由は二つ。
一つは、彼がギルドの職員になったから。
もう一つは━━。
「ごめんね、鏡次くん。ちょっと漁るね」
真央はおもむろに鏡次のウエストバッグの中をまさぐり、彼のギルドカードを取り出した。
そのカードのスキルが書かれている欄に目を落とす。
「……特に新しいスキルが増えたとかはない、か」
真央はスキルの内容も覚えているようだった。
そして、それこそ彼女が鏡次のことを覚えていた最大の理由。
「……やっぱり、この『強化』ってスキル、ユニークスキルだったんだわ!」
初めて鏡次のギルドカードを見た時から、それを疑っていたからである。
「…………うふっ」
小さく笑う。さらに体が小刻みに震え出した。
「う、うふふ……うふ、ふふふふふふ……!」
はたから見れば、少しばかり不気味にも見える笑い声。
「やっと……やっと探しに行けそうだわ」
真央は自分の目的に一歩近づけた気持ちになった。
「よろしくね、鏡次くん━━逃さないわよ」
まるで獲物を見るかのような表情である。
真央は鏡次を抱きあげると、引き返してダンジョンの外に出るのだった。
★
「佐伯!?」
ゲートが開かれ、中が出てきた真央に驚いた声を出したのは国重だった。
彼はゲートの前で中に入るか入らないか葛藤し続けていたのだ。
事情を話してしまったことで、真央を行かせてしまったのを悔やんでいたらしい。
……恐らく、真央は話そうが話すまいがダンジョンの中に入っていただろうが。
ちなみに、他の冒険者たちはギルドに戻っている。いつまでもここに残っていても仕方ないためだ。
「無事だったか……遺体を持ち帰ってきたのか?」
「生きてるわよ」
「何っ!?」
国重は近寄って鏡次の首筋に触れる。
ドクン、ドクンと脈打つ感触があった。
「……確かに、生きているな。見たところ血塗れだが、怪我があるようにも見えん。どういうことだ? そもそも、レッドヴァンウルフの異常個体はいなかったのか?」
「……倒されたわ」
「……何?」
言葉の意味が分からず、国重は聞き返す。
「どういうことだ? お前が倒したのか?」
「倒された、のよ」
「……意味が分からん。説明しろ」
「ちょっと待って、その前に鏡次くんを」
真央は近くのベンチに鏡次を寝かせた後、事のあらましを国重に話した。
戦闘音が聞こえたので、急いで近寄ったら鏡次が戦っていたこと。
その戦い方はまるで野獣そのものであり、レッドヴァンウルフの異常個体を圧倒していたこと。
殺したあと、執拗に攻撃を加えて死骸が跡形もなくなったこと。
その直後、力尽きたように倒れてしまったこと。
その全てを国重は黙って聞いていたが、信じられないといった表情であった。
が、相手が相手なので事実なのだろう、とも思っていた。
二人にはそれぐらいの信頼関係がある。
「にわかには信じがたいことだが……お前が言うのなら本当なのだろう。だが、この男はサークル等級だ」
そう言って、国重は鏡次の胸元にあるシンボルに目を落とす。
そこには、確かにサークル等級を表す丸印が刻まれている。
「戦闘力において、俺にすらはるかに劣るはずのこの男が、なぜあの異常個体を倒せた?」
「……推測だけど、私は鏡次くんの持ってるスキルが怪しいと思ってる」
そう言いながら、真央は再び鏡次のギルドカードを勝手に取り出し、スキルの欄を指差して国重に見せる。
「……強化? 強化スキルか? それがなんだと……」
「指定がないのよ、このスキル」
過去にも一度説明したが、スキル欄に表れる強化スキルは『肉体強化』や『魔力強化』のように、特定の要素を強化するスキルとして表示される。
だが、鏡次のギルドカードには『強化』としか書かれていない。
「私の推測でしかないけど、この強化スキルってもしかしてあらゆる要素に対しての強化なんじゃないかしら?」
「……肉体強化であり、魔力強化である、ということか? だが、その程度で……」
「それと多分だけど、強化の上限がないんだと思う。だからはるか格上の異常個体に勝てた」
「バカな! サークル等級の肉体だぞ!? 相手はフレームの俺が手も足も出せないやつなんだ! 何十倍の強化をすればそんなことができると思っている!」
普通、強化魔法やスキルを使ったとしても、その補正は二倍にすら届かない。良くて五割といったところだ。
だから国重も声を荒げている。
「分かってるわよ。だから、鏡次くん固有のスキルなんでしょ」
「……ユニークスキル、か」
筋力強化や魔力強化、それに国重が使っていたタンカースキルは、他にも使い手の多い一般スキルだ。
使い手が世界規模で見て、数人から十数人程度しかないスキルはレアスキル。
そして、世界中見渡してもたった一人しか使えないスキルをユニークスキルという。
「だが、仮にサークル等級の体をそこまで強化できるとして、反動で肉体が壊れるんじゃないのか?」
「確かに、私が見た時は鏡次くんが攻撃するたびに派手に血飛沫が舞ってたわね……アレってモンスターのじゃなくて、鏡次くんのだったのかも。でも、体が淡い光に絶えず包まれてたから、回復魔法を強化して常に使ってたんじゃないかしら」
「肉体強化と回復魔法を強化したうえに、ずっと使い続けていたと? 荒唐無稽だな、どれほどの魔力があればそんなことができる?」
「でも、これ見てよ」
再びギルドカードを示し、今度は魔力のステータスを指差す。
「表示がフレームになってるでしょ。ステータスはこれ以上の計測ができないから、同じサークル等級の冒険者と比べて、強化くんの魔力量は数百倍から数千倍の可能性もある」
「……滅茶苦茶だな。肯定できる根拠はない……が、否定する根拠もない、か」
ここまでの話は、全て真央の推測でしかない。
事の次第をハッキリさせるには、ギルドに判断を任せる他ないだろう。
……ギルドに任せても判明しない可能性もあるが。
「とりあえず、この男をギルドに運ぶか。……佐伯、何か羽織るものを持っているか?」
「持ってるわけないでしょ。あったら鏡次くんに着せてるわよ」
「まぁ、そうか……だが、このまま連れていくのもな」
鏡次の服は激しい戦闘によってズタボロであり、残った部分も体も血塗れである。
いくら二人が冒険者であるとはいえ、こんな状態の鏡次を運んでいたら職質でもされかねない。
結局、真央が鏡次の体を公園の水道で洗い流し、国重が適当な服を買ってくることになった。