最弱ヒーラーの激昂   作:勇(気無い)者

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19.考察

「……ん」

 

 鏡次が目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。

 ゆっくりと体を起こして周囲を見渡すと、病院の個室であろうことが分かる。

 鏡次の腕には点滴を打たれており、服装も病人が入院する時に着用する患者衣に変わっていた。

 

「……う」

 

 非常に体が気だるく、軽い目眩まで鏡次は感じた。

 それに、こんなところに居る理由も分からず、それまでの記憶もあまりない。

 辛うじて覚えているのは、実地演習に出かけたこと。

 その演習でT市南ダンジョンに入り、引率側として色々やっていたことぐらいだ。

 

「あー……」

 

 鏡次の喉はガラガラであり、搾り出したかのような声もカスカスだった。今すぐにでもなにか飲みたい気分であろう。

 立ち上がろうとしたところで、部屋の出入り口である引き戸が開いた。

 

「……十六夜さん!」

 

 中に入ってきたのは、茅野唯だった。

 鏡次が起きているのを見るや否や、唯は駆け寄って声を掛ける。

 

「気がついたんですね! 大丈夫ですか!? 意識ははっひりしていますか!? どこか痛いところは!? 熱は……なさそうですね!」

 

 次々とまくし立てる唯に、鏡次は思わず「誰だこの人」と思ってしまった。喉が痛くて声が出なかったのは幸いか。

 一年ほど共にギルドで働いていたが、鏡次どころか誰も見たことがほど、普段のクールな印象からかけ離れていた。

 

「あ……あの……」

「どうしました!? なんでも言ってください!」

「み、水を……」

「ミミズですか!? ミミズがどうしたんですか!?」

 

 思考力もポンコツになっているようだ。

 鏡次は喉が痛くてあまり喋りたくはないのだが、はっきりと言うことにした。

 

「飲み水……んんっ! 飲み水を、ください……」

「ああ、飲み水ですね! いま出します!」

 

 唯は持っていた袋からペットボトルを取り出すと、キャップを開けて鏡次の口元まで持ってゆき。

 

「気が利かなくてすみません、飲んでください!」

「ガボゴボブボッ」

 

 唯は飲ませてあげようとしているのだろうが、その様は誰が見ても水責めによる拷問にしか見えなかった。

 

「ああ! ご、ごめんなさい!」

「何やってるの、お姉ちゃん……」

 

 鏡次がむせ返っていると、更に入り口から二人の女性が入ってきた。

 演習で妙に懐いていた茅野愛と、その後ろからニヤニヤしている佐伯真央である。

 

「い、いや違うのよ、水を飲ませてあげようとしてて」

「もう! お姉ちゃんは相手を心配しすぎて無茶するんだから、余計なことしちゃダメ!」

 

 唯からペットボトルを奪い、愛は鏡次に手渡した。

 ありがとうと礼を言い、鏡次は水をグビグビと飲む。

 カラカラだった喉と体に染み渡り、あっという間に飲み干してしまった。

 

「ふぅ、助かった……ありがとう、茅野さん」

「「どう致しまして」」

 

 愛と唯が同時に言った。

 鏡次は一瞬、キョトンとした顔をして。

 

「そっか、二人とも同じ名字……」

 

 鏡次は今更ながらそんなことに気付いた。

 そんな彼のつぶやきを無視して、二人は言い合いを始る。

 

「今のはお姉ちゃんじゃなくて、私に言ったんだと思うよ?」

「でも愛ちゃん、その前に水を飲ませようとしてたのは私よ」

「さっきのは水を飲ませてたんじゃなくて、ただの水責めでしょ! なにそのマニアックなプレイ聞いたことない!」

「だって、十六夜さんが辛そうだったんだもの! 大体なによプレイって! どこでそんな言葉おぼえてくるの!」

「別に普通のことよ! 友達とそういう話もするし! お姉ちゃんの頭が固すぎるんでしょ! だから彼氏もできないのよ!」

「そ、そんなの別にいいでしょ! ただいい人が見つからないだけなのよ!」

 

 完全に話が逸れて、全く関係ない言い合いを始める二人。

 鏡次も愛の「お姉ちゃん」発言で頭がついてゆかず、その視線は愛と唯を右往左往しながら「えっ? えっ?」と繰り返す始末。

 しばらく黙っていた真央が、見兼ねてパンパンと手を叩いて中断させる。

 

「はいはい二人とも。いくらここが一般の病院じゃないって言っても、ギルド内の医療機関だからね〜。静かにしようね〜」

 

 そう言われて、愛と唯は口をつぐむのだった。

 

 

「まさか、三日も寝たままだったなんて……」

 

 真央と唯から事情を聞き終えた鏡次は、そうつぶやいた。

 レッドヴァンウルフの異常個体出現からすでに三日が経っており、鏡次はその間ずっと寝たきりだったのだ。

 唯が鏡次のことを心配そうにポンコツ化していたのは、それが原因の一つ。

 

「……でも、本当に俺がその……レッドヴァンウルフ、でしたっけ? の、異常個体を倒したんですか?」

 

 その話も聞いてはいたが、鏡次は懐疑的だった。

 何しろ、鏡次よりも三段階上の等級である国重が、命からがら敗走するような相手である。

 全てを聞いても記憶が飛んだままの鏡次は、イマイチ信じることができなかった。

 それでも真央は肯定する。

 

「本当のことよ。途中からだったけど、戦う姿もトドメを刺すところも私がハッキリと見ていたもの」

「そうですか……」

 

 担がれているようにしか思えない鏡次だったが、仮にも五芒星〈ペンタグラム〉の真央が自分ごときを担ぐ意味が分からず、半信半疑な状態だ。

 なので一旦それは置いておき、鏡次はふと思った疑問を口にする。

 

「……それにしても、そのレッドヴァンウルフの異常個体というのは、なぜ現れたんですか?」

 

 そもそもにして、異常個体のモンスターはダンジョンがオーバーフローを起こした時に出現すると言われている。

 これは過去の異常個体の調査をしていた時に発見された法則だ。

 この調査も有志たちが国からの依頼を受けて行なわれたものであり、信憑性は非常に高いと言われている。

 しかし、T市南ダンジョンがオーバーフローを起こしたという報告はない。

 やはり一年前に零が疑っていたように、ウルフが一階層に上がってきたのはオーバーフロー現象だったのか。

 数秒ほどの沈黙の後、真央が口を開いた。

 

「……あのダンジョンで三件、その階層で出現しないはずの別階層のモンスターが出たって話は私も唯から聞いてる」

「ええ、俺の友人がオーバーフローじゃないかって疑ってました」

「私は違うと思う」

 

 鏡次の言葉をハッキリと否定した後、真央は結論を告げる。

 

「オーバーフローとは違った、新しい現象だと私は思う」

「新しい現象、ですか?」

「ええ。これ、私の個人的な考えだから言いふらしたりしないでね」

 

 そう前置きして、真央は説明を始める。

 

「まず、オーバーフローと異常個体の発生は密接な関係にある。これは知ってるわね」

「ええ、一般常識ですね」

 

 そう言う鏡次だが、一年前にオーバーフローが何か分からず零に訊ねた時、勉強し直したほうがいいと言われたことは忘れているようだ。

 

「でも、私は少し違うと思ってる。オーバーフローが起こるから異常個体が出るんじゃなくて、オーバーフローが起こった副次要素として異常個体が発生するんだと思う」

「……えっと、それは何が違うんです?」

「うーん、なんて言えばいいかな……オーバーフローがA、あのダンジョンで起こった三件のイレギュラーをBとした時に、Aが起こってもBが起こっても、どちらの場合でも異常個体が発生するってこと。……んーごめん、これ以上は上手く言えないわ」

「……つまり『特定の現象』が発生した時に異常個体が出現するのであって、真央さんが今言ったAも Bも『特定の現象の一つ』にすぎないって事ですね」

「そう! それが言いたかったのよ!」

 

 鏡次がまとめ、真央が肯定する。唯もなるほどといった様子であり、愛はというと話が難しかったのか途中から聞いていなかった。

 

「まぁ、さっきも言ったけど私の個人的な考えだから、鵜呑みにしないでね。違ったら恥ずかしいだけだし」

「……いえ、これは今すぐギルドに報告して調査を行い、世界中の冒険者に共有するべき案件ではないですか?」

 

 真央の意見を否定し、鏡次はそう言った。

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